蛾
忘れないうちに。
招かれもしないのに翅を休めに降りたのは
ひとの爪ほどのちいさな蛾
里芋のような腹をしたやつになら
おれは飛び退きもしようが
蝶のなりそこねみたいな
ひらひらしたその姿は
可愛らしくさえあったけれど
そこはおまえにくれてやれる場所ではないぞと
冷たく払いのけて
そのうちおれもそこから ほかへと
ゆくえをくらましたのに
しばらくして戻ったときにも
そいつは 払いのけられたさきから
どこへも消え失せようとはせずに
じっと伏せつづけていた
翅を休めてるんじゃない
翅をひらくちからも残ってないのかと
そっと触れてやれば
そいつもおっとっと と数歩 踏んでみせる
なんだまだ生きてやがるのか
胸をなでおろしたおれは
またほかへと ゆくえをくらます
そうしたやりとりを何度かするうちに
いつのまにか
こんどはそいつのほうが姿を消していた
翅をひらくちからが戻ったとも思えないが
ゆくえをさがしてやるつもりもない
きっと どこぞで朽ち果てていることだろうけれど
その屍を晒さずにいてくれたことに
おれはありがたいと感じたんだ
いくらあいつが
蝶のなりそこねのように
ひらひらして可愛らしくさえあっても
ほんの蛾のためにまで涙してやれる心持ちなんて
すまねえけれど おれはしてないのだ
あしたにはあいつのことなんて
すっかり忘れちまってることだろう
ほんの蛾のためになんて涙してやらない
ほんの蛾のためになんて涙したくもない
そんな心持ちのおれをゆるしてくれとは言わないさ
すまねえけれど
名前つけたりしてないもん。












