64.無くてはならないもの
瓶製作に取り掛かったあの日からいくらか経った。
本日は2回目の瓶製作研究に取り掛かる。
場所は家の裏手。鍛冶場の近く。
前回見つけた不明点を中心に進めていこう。
・原材料の比率が曖昧
・適正な冷却温度はあるのか
・熱する際の適正な温度はあるのか
・気泡を無くす方法について
今のところこの4つが挙げられる。
(それとあれか…)
魔力で瓶の型を用意するならば毎回同じものを生み出せなければいけない。
そこは訓練を重ねればできるようになるのかなんなのか…
(やっぱり型は必要かな?)
あればサイズや注げる量に差が出る事はない。
しかし、差があっても今のところ困らないので頭に入れておくだけでいいかな。
(問題ないね。そこは)
とりあえず一度瓶を完成させてみようか。
気泡や脆さを考慮せず完成だけさせればいい。
3つの材料を魔力ミキサーの中に生み出し粉砕混ぜ込み。
サラサラになったら魔力球に移し回転開始しつつ火を発生。
熱源の温度はできるだけ前回と同じくなるように。
(溶けたかなぁ…)
そろそろ型を用意しよう。
魔力球の下に完成サイズより少しだけ大きい魔力の型を。
空洞にしたい分だけその位置にも固めた魔力を。
(あれ?厚みが分からないなぁ)
なんとなくでいってみよう。
そして、型と型との隙間にマグマ状のものを流し入れれば…
(魔力は使い勝手が良すぎだなぁ…)
透明だからマグマが目視できることも助かる。
ここでどうにかして圧でもかければ気泡は消せるのかもしれない。
しかし、今はやらない。
(で…冷やすんだったか)
氷魔法で包み込めばいいのだ。
それならば冷却温度が上がる心配をしなくていい。
冷たすぎることで問題が生じればやり方を考え直そう。
(で…魔力を消すと…ダメダメ。落ちちゃうよ!危ない危ない)
あれこれして手に取ればいっか。
そうして1本の瓶が完成した。
決して綺麗とは言えない仕上がりの小振りな瓶が。
厚みに均一性がないのは見ればすぐに分かる。
けれど、私は嫌いじゃない。
「まずまずかなぁ…」
初回にしては上出来だろう。
気泡がいい味を出している気がする。
強度に影響しないならば残したっていい。
本日は曇り空だから陽を受け煌めく姿を見られないのは残念だ。
(そんな日もあるよねぇ)
試しに手持ちのポーションを注いでみよう。
1本分が収まらなかったらそれは失敗作だ。
「あら…」
師匠が用意した瓶に緑色の液体が残っている。
全て入れることはできそうだが、それだと栓をする余裕が無くなってしまう。
(厚みさえなんとかすればいいんだね…)
大きさはこのままで良さそうだ。
移し替えたポーションを元の瓶に注ぎ直す。
私が作った瓶は花でも挿そうかな。
使い道は考えれば出てきそうだ。
(ほんと、1本目にしては上出来すぎるね)
気分明るく瓶製作を続けた。
まずは大きさを揃えること。
厚みを均等にすること。
それを目標として。
─────
───
──
材料は簡単に手に入るし、その他に必要なものと言えば魔力と気力のみ。
ならば気兼ねなく作れるわけで、昼頃にはもう空き瓶を大量所持していた。
「ふっ」
同じ量のポーションを注いでも嵩が違う。
まだまだ向上の余地あり。
薬1本分が収まる瓶を安定して作れるようになってきたからいい。
(栓をする余裕もあるし…あれ?)
「コルク無いじゃん…」
ヒュルリと木枯らしが吹く。
おそらく探せばあるとは思う。
しかし、足りるかどうか…
(アホだなぁ)
栓をする隙があるかどうかまでは考えついたというのに本体を忘れおってからに。
鍛錬がてら木材探し並びに伐採だ!
チャチャっと後片付けを済ませ、森へと駆け出した。
***
とりあえず数種類の木を仕入れてきた。
これを削ればいいと思います!
「ん?」
作業部屋の引き出しに入っていたコルクを参考に木を削ったがなんだか思ったのと違う仕上がりになった。
試しに瓶に嵌めてみれば、なんだか硬い。
もっと弾力性があり、密封されるはずだ。
「あれ?コルクってなんの木?」
──────────────
【コルク】
コルクの樹皮からくり抜かれた物。
容器の栓として使われることが多い。
──────────────
(なん…だと…)
衝撃の事実だ。
木を削り作るのではなく、くり抜くときたか。
しかも“コルク”という名の木があるんだってさ!
ひとつ学んだね。
地球ではどうだったのか知らないけど。
(どうかこの島にコルクの木がありますように)
もしくは似た性質を持つ木でも可。
そうして再度森へと入り、コルクの木を探し回った。
魔力感知と微笑みを忘れずにね。
色々な木の樹皮を剥ぎ、コルクに似ていないか確認しながらだ。
(あの木を確認したいのに…)
木で遊んでいる魔物や襲いかかってくる魔物たちを相手にしながら探し回るのは大変だけど、コルク作りの何かが鍛練に繋がるのであれば心は晴れる。
「話し合いでなんとか…無理か」
静かに歩み寄っていたところ気づいた相手はニヤリと笑って見せた。
牙がよく似合いますねぇ。
二足歩行の大きなコウモリが翼を広げ駆け出してくる姿はなんだか滑稽だ。
(飛ばないの?)
首と胴体を剣で切り離し収納して終わりだ。
ダーマードムは食べられるけれど、そこまで美味しくないので次に陽の目を見る日は遠いだろう。
さて、亡きコウモリが歩き回っていた場所へ移動する。
その周辺に初めて見る木があったのだ。
樹皮を剥いで触ってみるとコルクに似たような感触があった。
色は少し濃いけれど、加工すれば変わるのだろうか…
鑑定様によるとこの木は“トルク”という名らしい。
名前も性質もコルクに似ているので仲間なのかもしれない。
というわけで、コルクとトルクを見つけ次第伐採もしくは余裕があればその場で樹皮を剥いで回った。
(たくさんあるみたい。やったね!)
そうして駆け回っているとまた新たな発見をした。
ウツリギという木の樹皮を剥いだ際、感触に違和感を覚えたので指で押してみると、弾力性があった。
これも栓として使えそうだ。
コルクと違い樹皮ではなく、幹や枝本体がその性質をもつ。
これならば1本の木からたくさん作れるだろう。
試しに水をかけてみれば撥水性も持ち合わせているという不思議な木。
大地から吸い上げた水を少しでも外に漏らさないようにする為だろうか?
果たして木にそのような考えがあるのかどうか…
この島はあちらの世界と生え方や性質が違う植物で溢れているので弾力性と撥水性の2つを併せ持つ木が存在していても違和感はない。
気にしないことが大事だ。運がいいと思って終わり。
というわけで探すのは、コルク、トルク、ウツリギの3種。
もう少し量を持っておきたい。
面倒なので瓶の栓は総じてコルクと呼ぼう。
“ウツリギ製コルク”となることもあるだろうが、自分が分かればいいのだ。
(魔石も食料もたくさんだね!)
木を探す目的で入ったがかなり魔物と戦った。
それは数が多いことも関係しているが、決着にかかる時間が少なく済んでいるのも理由のひとつだ。
まだまだ瞬殺といかないことも多いけれど、着実に力が付いてきていると分かる。
実感すると自信となり前を向けるよね。
初めて対峙する魔物が相手でも以前より冷静に動くことができるようになってきた。
今の自分の強さが島を出ても通用するのか分からず不安でいっぱいだが、それに囚われている場合ではない。
できることをやればいいのだ。
(今はコルクね?コルク)
地面に伏した魔物とそのそばに生えていたキノコを採取して家に向かった。
***
さて、レモン水と軽食を傍に置き、コルク作り再開だ。
もうすぐ夜だが問題ない。
魔法で灯りを灯しながら外で作業を進める。
まず、3種1本ずつを庭に並べ、それらに浄化をかけていく。
枝を切り落とし葉を片付け丸太にしたら…
(あれ?乾燥って必要?…分からん)
問題発生だ。
木製のものを作るときは乾燥という作業が挟まると思うのだが、答えを持ち合わせていない。
となると、乾燥の有無や乾燥度合いを研究せねば。
水分量何%が最適なのか…
(そこまで拘らなくていいかな?)
とりあえず家に残されていた瓶に付属しているコルクと大きさや軽さを揃えてみよう。
そういえば、窓辺に置いていた薬は劣化が見られない。
瓶やコルクが変われば品質維持に影響が出てしまうのか確認しておこう。
気楽に気まぐれにね。
完成品の多くは時が止まった収納に入れるので数本劣化してしまっても問題ない。
さて、コルク製作再開だ。
最初に浄化は行うとして、乾燥に関しては色々と試しながらだね。
乾燥するタイミングや乾燥具合いなどなど。
当然初回から上手くいくわけもなく、乾燥させすぎて弾力性が失われたり、ヒビが入ってしまったりとたくさんの失敗を重ねた。
コルクとトルクは樹皮を剥いでくり抜く。
ウツリギは樹皮を剥ぎ、扱いやすい大きさに切り分け、削りでコルクの形にしていく。
最初は上手にくり抜けなくて難儀したが、徐々にその作業にも慣れた。
このままいけば複数同時にくり抜ける日が近いかもしれない。
ウツリギだってくり抜きで問題ないのだが、削りは魔法や魔力操作の鍛錬となるので選んだ。
単純な形だからと気楽に構えていたが、削りで正確な円筒状とするのは難しい。
しかし、大変でありながら楽しくもあったので善し。
そうして深夜には納得のいくコルクを作り出せた。
これでようやく薬の容器が完成だ。
ここまできたら中身を入れて終わりとしないとね。
取り出したのは6種類のポーション。
せっかくならば色とりどり並べて鑑賞したい。
庭の中央に石台を出し、空瓶とコルクを置く。
それらは使用前にも浄化をかけましょう。
注ぐ薬は収納に剥き出しで入れているものを使おうか。
1本の瓶を手に取って水色の液体を注いでいく。
何もないところを起点に流れ落ちる光景は摩訶不思議。
夜中ということもあり、煌めく水色の流動がより美しさを増す。
サラサラと注がれ、透明な水色が下から上へと嵩を上げていく。
なんだか感慨深い。自然と頬が緩む。穏やかな気持ちで眺めること数十秒。
最後に丁寧にコルクで栓をして本当に薬が完成した。
「うん」
薬を月に向けて掲げて見ればまた違った美しさになった。
瓶に素人の手作り感が現れているけれどそれも持ち味だ。
やはり気泡があってもいいものだねぇ。
全部全部自分で作り上げたのだ。
そう思うとまた口角が上がる。
心からの微笑みだ。
(よく頑張りました)
想像よりも道のりは短かったけれど、それでも苦労の連続だったと私は言うだろう。
達成できたことは己の励みとなる。
やって良かったんだ。
この支えが私には必要だ。
他のポーションも穏やかな心境で注ぎ終えた。
これらはどこかに飾ろう。
(どこがいいかなぁ)
目にすれば頑張った過去の自分を思い出し励みになると思う。
自信が無くなったときに見れば少しは顔を上げられるかもしれない。
いい場所が思い付かないので一旦保留だ。
(持っていることを忘れてはいけないよ?)
「うんうん」
そろそろ眠ろうか。
月夜に並ぶポーションを目に焼き付け収納した。
そして、穏やかな気持ちで歩み布団に潜り眠ったとさ。




