6.これは何?
自分に鑑定をかけるという発想はなかなかにいい案だったと思う。
だけど、得られた情報が少ない上に疑問が晴れるような内容はひとつもなく、テーブルに突っ伏してしまうんだ。
(もっとこう…)
レベルや使用可能な魔法、魔力や俊敏性の数値などを知りたかった。
小説によってはスキルなんかがあったりするでしょうが!
その称号を持っていれば特定のステータスが増し増しになるとか、特殊な魔法が使えるとか…
(ん?何を知りたかったんだっけ?あ!)
もしかすると鑑定の仕方が悪かったのかもしれない。
そうとなれば再挑戦だ。
ガバッと身を起こし目を閉じてもう一度己に鑑定をかける。
俯瞰で自分を見るイメージで…上から…
(もっと詳しく。自分のことを知りたい。これは誰?どんな人間?)
言い聞かせるように強く念じる。
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【名無し】
異世界からの迷い人(?)
呼ばれし者(?)
導き手の友
────────────
「変化なし…」
ガクリと肩を落とし項垂れる。
鑑定の熟練度が足りないのか、ステータスという概念がないのか…
「はぁ…分からないなぁ…」
為す術なしと諦め先ほど思い浮かんだ鑑定結果へ意識を切り替えた。
少ない情報だろうと考える足掛けにはなる。
(まず、“異世界からの迷い人”ってどういう意味だろう?)
自らこちらに来たつもりはないのに勝手に迷子認定されているのは納得がいかない。
何を以ってして迷っていると判断するのか…
迷い込んだ人という意味なのか、今まさに迷っている人という意味なのか…
“呼ばれし者”ということは誰かが私を呼んだ?
その途中で迷子になったから“迷い人”?本来行き着く先があったということ?
ハテナがついているのはなんでだろう…
(疑問しか生まれない…)
何もかもが分からず顔が険しくなっていく。
考えても考えても疑問が生まれるばかりで嫌になる。
「ふぅ…」
軽く息を吐き肩の力を抜いた。
今の自分では答えが出せないので一旦保留にするしかない。
(導き手の友…か)
あの小鳥は自分を友だと思ってくれたようだ。
何を以ってして友人と判断したのかこれまた分からないから素直に喜べないね。
鳥界では友人という概念が人間と違うのかもしれない。
それにしても、名を知らないのは惜しいというか、悲しいというか…。
(そうだ、この家に何か情報が残ってないかな)
崖の上での様子を思い出すに、あの主と関わりがありそうだった。
何か情報が残されていないか後で探してみよう。
さて、次だ。
(名無しねぇ…)
まるでゲームの初期状態のようだ。
非現実的すぎて仮想空間にでもいるような感覚がする。
さっきだってスキルがどうとか言っていたのはそんな感覚があったからだろう。
(これには名前が無いのかぁ…少し納得できる…かな?)
テーブルに肘をつき左手を目の高さまで持ち上げる。
シミひとつない滑らかな白い肌に少し骨張った長い指。
白魚のようなと語るには少し女性らしさが少ないか。
しかし、品質:Sという結果には頷ける。
長い手足にはまだ慣れず距離感が難しい。
以前よりも高くなった目線と自分から発せられる低い声に違和感を覚えるのは当然だ。
顔立ちは確認できていないが、それが無くとも己の性別ぐらい分かる。
森で混乱と恐怖に襲われている最中でも自分が男性になっていることは勝手に理解できた。
地球に居た自分とは別の人間。
故に名が無いのだろう。
そしてそれならば、誰かの身体に乗り移ったという可能性は低い。
元々この世界に存在していたのならば名があるはずだ。
そこに関しての憂いが晴れただけでも鑑定結果の簡素さへの嘆きはいくらか減る。
(魂が同じでも身体が違えばそれは別人ということか…いや、魂と身体が2つ揃って初めて個となるのか…)
仮にそうだった場合、この身体を乗っ取ったという可能性がまた浮上する。
私の魂と誰かの身体が組み合わさった可能性があると。
だけど、その考えは直ぐに払われた。
私の記憶しかないからだ。
誰かの身体だとしたら、この脳に自分以外の記憶が残っているはず。
それに、この身体は新品な気がしてならない。
生きた記憶が身体に残っていない感覚がすると言えばいいか…
なんにせよ、自分以外の記憶を持たぬ以上、誰かの身体を奪ったと考えなくて良さそうだ。
(まぁ、それはいいとして…)
この身体になっている理由が分からない。
そのままの身体と性別では不都合があったのか…
作り替えられたのか、新たに生まれたのか…
誰かの気まぐれか…
エラーか偶然か、それともこれが世の理か…
結局のところ何も分からない。
「はぁ…」
深いため息が漏れる。
鑑定により自身の情報を得られたはずなのに謎が深まる結果となり落胆するしかない。
どうしたものかと思い悩みながら窓の外を見ると空は夕闇に染まっていた。
深く考え込んでいたようで独りでに灯った照明が室内を照らしていることに気がつかなかったようだ。
今日はもう考えるのをやめて身体を休めよう。
あちこちを漂う魔力は未だ瞳に映ったままだが、後回しだ。
そうして、止まっていた食事を再開するべく梨に齧り付いた。
(んー)
シャリシャリとした音が小気味いい。
しかし、生ぬるいことがその良さを掻き消す。
ずっと手に持っていたので熱を与えてしまったようだ。
芳醇な香りと自然の甘みは充分感じており美味しいのだが、心は冷える。
梨が好きなので万全の状態で最高の梨を食べたかったという思いもあるのかもしれない。
先程はこれに憎しみを向け、今は温度に不満を持ち…この梨は実に理不尽を受けている。
なんて馬鹿なことを考えながら可能な限り味わい食べ進めた。
これがいつか笑い話になることを願うよ。




