表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
59/66

59.危険は付き物

(え……)


 切り株に座った状態から横にゆっくりと倒れ、地に落ちていた葉や枝、小石の感触を左半身で受けた。

 想定していた痛みよりも遥かに軽い。


「…っ…」


 声が出せない。呼吸も…


(治療、治療…うん)


「……ふぅ…」


 身体が動かせるようになったけれど、倒れた状態のまま動けずにいる。

 何が原因でこうなったのか考えるのが先だ。

 森の中で切り株に腰掛け作業をしていただけなのにいきなり身体の感覚が薄れた。

 通常ならば咄嗟に手足が動くだとか、目を閉じるだとか、声を上げるだとかするだろう。

 そのどれもが表に現れず違和感を覚えた。

 そして、全身に緩急をつけられないことで理解した。

 麻痺症状だと。

 喉を締めることも開くこともできず、バクバクと鳴る胸に手を添えたくともできず、とにかくこの身への命令が全く通らなかったのだ。

 なんとなく息が詰まる感覚に焦り治癒と回復魔法と浄化を発動した。

 この身に何かあった際、その3つを同時に発動することはもう癖になっている。

 鍛錬の賜物だね。


「ふぅ…」


 感覚が戻ってきた。

 左腕に当たる小石が痛い。枝が邪魔。

 葉っぱのザラザラ、ツルツルを頬に感じる。

 足を動かせば想定通りに動く。

 身体に不調は見られないが、身を起こすか迷う。


(何があった?何が要因で…風…)


「違う」


 空気がほんのわずかに揺らいでいるのはなんだ?

 よくあることだ。というかそれが常だ。

 いつだって空気は流れている。

 風が通り、植物や生物が動く毎日で、呼吸が大気に影響を与えることだってあるし…


(いた)


 横たわる身体を上に向けながら魔力球に閉じ込めたのは蜂だ。

 仰向けになった私の視線の先で殺意を色濃くさせた。

 

────────────

【ベスランサー】


 食用可

 毒:有り


 体長3cm〜15cm。

 群れを為し生きる蜂型の魔物。

 仲間を喰らうことすらある獰猛性を持つ。

 狩りの際は反転、静かなるハンターとなる。

 音も無く近寄り突き刺したことすら気付かれぬ手腕に“無音の暗殺者”と呼ばれることも。

 針の先端から流す分泌液が毒となる生物は多い。

 自由を奪われた者は群の餌食とされる。

────────────


 透明な球体の内部で小さな牙を剥き出しに暴れる蜂は見るからに獰猛だ。

 霧のようなものを全身から発したり、見えない囲いを針で力強く突ついたりと活動的である。

 気性が荒いのだろう。

 オレンジと赤茶の色合いがそう思わせてしまう部分もある気がする。

 色から受ける印象ってやつね。


 体長は8cm程。あの魔物の中では中くらいなのだろうが、私からすれば巨大蜂だ。

 これが15cmにもなったら恐怖は増すのかどうか…


 蜂の一群と聞くとなんとなく何千という集団を想像する。

 数匹でひとつの群と言われるのではなく、多数でひとつ。

 群の餌食とは…ということね。

 私を麻痺させた後は仲間を呼び寄せるつもりだったのか、何かしらの方法で住処まで運ぶつもりだったのか…

 今のところ他にベスランサーを感知していないが、だからといって群に知らせが届いていないと断言はできない。

 実はこの周辺に潜んでいる可能性はある。

 自分は気づけないと証明されたのだから。

 まだこの場に留まるならば、この身を守る策を練った方がいいだろう。


(んー、あれは突き破れないみたいだね)


 私が生み出した魔力球は無事だ。

 包容する魔力は蜂の攻撃でほとんど霧散しないようだし、安心だね。

 ならば私は自分を魔力球の中に閉じ込める。

 呼吸はできるので問題ない。


(結界みたいだね)


 我ながらいい案を思いついたと思う。

 しかし、移動するとなると魔力球を動かすのにかなり意識を割かなければいけない。

 これの活用については後でしっかりと考えよう。

 可能となればかなりの防御となること間違いなしだ。


「それにしても凄いなぁ…」


 警戒を怠っていたつもりはないけれど、少し緩んでいたのも事実。

 しかし、その緩みによって隙が生まれたとかではなく、全神経を警戒に注がない限り気がつけなかったと思う。

 それほどに音も気配も無かったのだ。


「いやぁ…恐ろしい」


 こんな生物が存在しているとはね。

 魔物図鑑に載っていたかどうか…

 見ても分からないから軽く頭に入れておくだけでいいかと流すからこうなるのだ。

 しかし、そこに関して己を責めるつもりはない。

 こうして出逢い都度対処してくのがいいと思ったままだ。


「どうしよっかなぁ…」


 未だ衰えを見せることなく暴れ回る蜂。

 魔石を所有しているのでそれを傷つけずに手に入れたい。

 あの針も調べたいし、音を出さない羽や身体の仕組みも気になる。


(冷凍は成分が変わってしまうかなぁ…)


 身を起こし、そこに落ちている木製のスプーンに手を伸ばす。

 この身から力が抜けたと同時に私の手から離れたのだ。

 乗せていた透明な液体は粘度があり、傾くスプーンに合わせとろりと葉に流れてしまったね。

 それはそのままでも問題ないでしょう。

 冷却作業を行なっている最中の出来事であった。

 立ち上がり己に浄化をかけつつ未だ暴れる蜂を眺める。


(どうしようかなぁ)


 中断していた作業を再開しながらこの暗殺者をどうするか考えていく。

 スプーンを持ちながら研究を進めるのはやめだ。

 小さなココットをいくつか取り出しガラスの容器に蓄えられた樹液を匙で掬い取る。

 耐熱性と急冷に耐えられる材質でないといけないので、ココット選びも重要だ。

 そんな樹液入りココットたちは石の台に置きましょう。


(あ…蜂をこれに入れて…いや、体液が変質してしまうかもしれない。ダメだね)


 準備は整ったとまた切り株に腰掛けた。

 私はここで樹液を採取がてらそれの性質を調べていたのだ。


 樹液を調べる一番の理由は飴を作りたいから。

 たくさん考える最中さなかに水飴を作るのが難しいならば、製法や成分が全く違ってもいいと思えてきたのはいつだったか。

 要は果実の香りと味が楽しめる甘くて硬いやつ。

 口内で溶ける…つまり、人肌の温度で徐々に溶ける何か。

 それが作れればいいのだ。

 というわけで、飴玉の材料になりそうなものはないかと日々の合間に気にするようになった。


 他にもメープルシロップに似たものはないか、膨らみの悪いホットケーキにかけたら美味しいものはないか。

 食物しょくもつとしてではなく、接着剤代わりになるもの、もしくは、その材料になりそうなものはないか。

 絵を描く際に使えそうな材料はないか。

 絵の具の材料としてやコーティング剤としてとか。

 とにかく、樹液や植物の分泌液を集めまくっている。


 本日森での鍛錬中に見つけたのは“シラカジュ”という白い木肌を持つ樹木だ。

 これまでも見かけたことはあるが本日は足を止める理由があった。

 表面の所々に水飴を塗ったかのように艶めく箇所があるのだ。

 樹液が滲み出る程に蓄えているのか、外に出す性質でも持つのか…

 とにかく、樹液を持つと分かれば採取だ。

 小さな穴を空けてみればトロリと透明なそれが流れ出てきた。

 指先で掬い舐めると上品な甘みを舌が感じる。

 くどさのない甘みは私の琴線に触れた。

 このまま甘味料として使うも善し、砂糖と混ぜてしまってもいい気がするし…

 可能性は広がりまくったね。


 欲が溢れ出た。

 手に入れるべく動き出すのは当然で、樹液に違わずキラキラしていたかもしれない。

 落ちている枝や無属性魔法を使いなんとか木肌から離れた位置で滴り落ちるようにした。

 その下にガラスの容器を置き流れが止まるのを待つ。

 その間、スプーンで掬ったそれを熱したり、急速冷却をしてみたりと色々試していたのだ。


(ここまで経っても仲間が来ないならば呼べないのかな?それとも…)


 危険な生物がいるから仲間を呼ばない選択をしたとか?

 そこまで考えていないという可能性もある。

 今はあの場から抜け出す方法を考えるべきだから。

 蜂さんからは疲労が見え始めた。


(もっと欲しいけど…)


 探すのに苦労するだろうし、生息地に近づけば刺される可能性が高まり危険だ。

 しかし、数が欲しい。

 蜂は食べられると地球人が証明している。

 こちらの蜂とは全くの別物なのだろうが…


(見つかったら考えようっと)


 一匹の巨大蜂はそのまま保管の方向で。

 時間はあることだし、収納が可能になるまで放置しよう。

 樹液はまだまだ流れ出ているのでね。

 その間に他の蜂さんこないかなぁ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ