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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
52/66

52.ありきたりな魔物と勘違い

(あれ、そういえば…あった)


 首を動かしても見当たらなかったので身体を動かし探せばすぐに見つかった。

 白銀の刀身を持つ剣が。

 歩み寄りそっと手に取った。


(使わなかったなぁ…)


 なんの為に手にしたんだか。

 戦いと言えば武器と思い込んでいたことに今気がついた。


「いらなかったね」


 状況や環境によって武器がいるかどうか考えるべきだね。

 無い方がいい場合もあると。

 木々が寄り合う場では不向き。

 もしくは森の中でも上手く扱えるようになってから剣を向ける。

 特に強敵相手には。


「ふっ」


(馬鹿だなぁ)


 軽く口角を上げながら剣を収納し、遠くに落ちている本日の成果に向けて足を進める。

 意外と距離があるんだ。

 

「ん…」


 歩き始めてようやく気がついた。

 地面は荒れ果て、周辺の木々はボロボロ。

 足元に視線を縫い止め歩き、今度はあちこち見回しながら歩き…


「ふぅ…」


 また罪悪感が芽生えたけれど、森林破壊をしたあの時よりもそれは薄い。

 都合のいい考えだと理解しつつも、仕方がないじゃないかと思うんだ。


「………」


 とある大木に擦り寄り幹に負った傷を撫でる。

 風の刃にやられたのだろう。

 悪いと思えばいいのか分からない。

 せめて今回の戦いの跡地を記憶に残すとしよう。

 猪の足で抉れた地面、私が避けたせいで割られた木、無惨にも突き破られた横倒しの大木、踏み荒らされた草花…


(どうなんだろう。悪いことなのかなぁ…)


 この森を住処にしている生物が動き回っても許される気がするのに、外部から侵入してきた者が行なうのは何か隔たりがある。

 どうしてなのか分からない。


「んー?」


 戦闘跡地を記憶している間に大きな大きな猪のもとへ辿り着いた。

 せっかく勝利を手にしたというのに少し心に靄がかかってしまったね。


(自分を褒めないと)


 褒める点はある。

 この大きな猪を私は倒せた。


「……あ、ダメだ」


 感慨にふけたいところだが、ここは危険が集う森なんだ。

 そのことをすっかり忘れていた。

 戦いの最中も…


「後でだね」


 反省も喜びも戻ってからだ。

 今はまた警戒心を高めあの家まで戻らないと。


「うん。もう少し頑張れ」


 家に帰るまでが戦です。

 ここで気を緩めてはいけない。

 今回の成果を再度視界に収め、収納した。

 そうして身を…


「………あれ?どっちだっけ…」


 翻せなかった。

 動き回ったせいでどこから来たのか分からないんだ。


「おいおい…ふふふ」


 何故か笑えてきた。

 本来ならば自分を責め立てるところだというのに。

 帰りのことなんて一度たりとも考えたことがない。

 情けなさすぎて馬鹿すぎていっそ笑えるのかもしれないね。


「いやぁ…困りましたねぇ」


 思わず天を仰ぎ森の空気を吸い込んだ。

 森林浴をしている場合ではないというのに。


「あ…」


 そうだ。最初にマンティオロスが割った木ならば探せる。

 あの位置から割り出そう。


「うんうん」


 なんとか糸口を見つけられ安心した。

 また警戒心を高めてこの身を運ぶ。




***




「ふぅ…」


 なんとか青い屋根のお家が建つ場所まで戻ってこれた。

 おそらくお昼の時間は過ぎている。

 となると、数時間もの間、森に滞在していたということ。


「んー」


 振り返り森を見つめる。

 この地点は朝立っていた場所と少しズレているだろうが、そこまでの差はないと思う。

 今朝と心境が全く違うね。

 心は想像以上に晴れやかだ。

 しかし、この身体と頭に蓄積された疲労が凄い。

 魔法でも治らないことが不思議だ。


「…調子に乗ってはいけません」


 一度やり通せたから次もなんか大丈夫そうと思ってしまったんだ。

 それこそ危険が高まる要因でしょう。

 本日だって反省点が多いというのに考えを甘くしてはいけない。

 後でしっかりと本日を振り返ろう。

 反省会を開きましょうね。


「うんうん。さて…」


 己に浄化をかけながら庭の中央に向かう。

 反省は後だ。まだ外でやることがある。

 本日中に猪を解体し食したいのだ。


(解体できるかなぁ…)


 生き物の解体を行なったことがないので不安だ。

 いや、魚を捌くとはそうなのだろうけど…

 技術の心配もあるが、心が何を思うのか分からず不安が生まれる。

 とにかく物を見ないことには始まらない。

 そうして、庭先に本日の獲物をドドンと出した。


「おぉ…恐ろしい…」


 ビビリな私は自分から距離を空けた所に出してしまった。

 師匠の家が奥にある。

 向かって左側に出した頭部はこちらに牙を向けている。

 胴体は家と水平になるようにだ。


「…えー」


(あれを倒したの?)


「とんでもねぇな」


 あんな厳つい顔した猪を倒しただって?

 この私が?この貧弱が?

 決して筋肉質とは言えないこの身体で?


「何があったんだよ自分に」


 分かってる。

 訳の分からないことに巻き込まれ、なんとか適応しようと頑張ったんだ。


「おぉ…徐々に大きくなっていく」


 意を決して足を進めれば徐々にね。

 視線が上がっていく。


「大きいなぁ」


 見上げるほどの大きさだ。

 もちろん家よりは小さいが、足を使わずして2.5メートルは超えていると思う。

 茶色い毛は短く硬い。

 針とまではいかずとも、これだけの量が重なれば防御力は高くなるだろう。

 みんなはこれを当然のように突き破れるのか。


「恐ろしいなぁ」


 顔の正面に立てばまたこの猪とこの世に生きる生物への恐怖心が生まれる。

 空を指す2本の牙は両手を回しても届かないであろう太さだ。

 この巨体に勢いを乗せ突撃されるだけでも脅威なのに、これを受ければどうなることやら。

 木っ端微塵になりそうだ。


(なぁんでこれを最初に…)


「はぁ…」


 私がこの猪を初陣相手に選んだのにはきちんと理由がある。


 戦闘訓練を積むのは当然、実際に戦うことがあると思うから。

 そうなると実戦訓練も必要となる。

 初回はスライムかゴブリンを相手にするのがいいだろうと思っていた。

 この世に存在することは知っていたから。

 書庫に収められていたとある一冊に書かれていた。

 そう、師匠が製作した魔物図鑑に。


 先程挙げた2種がこの近辺に生息しているか確かめるべく庭から魔力感知を広げたが一向に捉えられなかった。

 自分の感知精度が低いのだとそれはもう必死に努力した。

 流れ込む情報に翻弄されないよう精神を鍛えるところから。


 お陰様で当初よりも精度は上がった。

 瞳に映らずとも生物の姿形が分かるようになり、魔草花まで捉えられるようになり、範囲も広がり。

 精度が上がるほどに、範囲が広がるほどに流れ込んでくる情報量は増え、その分だけ苦労と苦痛が積もる。

 頭が焼き切れそうになること数十回。

 そうして森に分布する魔物がいくらか分かるようになった。

 いつまで経ってもスライムとゴブリンらしきシルエットが捉えられない。

 様々な可能性を並べ立てる最中さなか、もうこの周辺にはいないと言っていいのでは?と己が語った。

 もしかしたら、島のどこかにはいるかもね。


 さて、となると初陣の相手を変えねばならぬ。

 そこで浮かんだのがあの猪だ。

 魔力感知を広げると大抵引っ掛かる。

 数が多いとは言えないが、珍しい種でもないのだろう。

 それが紅い目を持つ猪型の魔物、マンティオロスだ。


 私からすれば大型で恐ろしい生き物だ。

 あんなのと出逢うことなど想定していなかった。

 だけど、この世界の人たちは違う。

 当たり前なのだろう。

 あの猪が跋扈する森を有する世界で、それを当然の如く受け入れ生きている。

 私なんて赤子の手を捻るよりも簡単に吹き飛ばせるのだろう。

 ならば、まずはあの猪を乗り越えないと。

 あの猪を蹴散らせないでは生き抜けぬ世界なのだから。


 私の脳内ではスライムやゴブリンはありきたりだ。

 ならば、この世界のありきたりな魔物を倒せないとね。

 序盤も序盤だ。


 それに、私に恐怖を刻んだ相手でもある。

 恐怖を前にして戦えないでは弱者もいいところだ。

 恐怖を乗り越えなければいけない。

 その意味でもマンティオロスとの戦いは必要不可欠。


「とんでもねぇ世界だな」


 だけどそれがここ。仕方がない。適合しないとね。


「勇ましいなぁ」


 この世界の人たちはどれほどに屈強なのだろう。

 想像もできない。

 アニメや漫画に出てくるムキムキの人は貧弱と言われるのではなかろうか。


(考えても分からないね)


 そこはもう諦めるしかない。

 とにかく、自分が思う上を目指すんだ。


「ゴブリンなんて…あれ?ゴブリンもマッチョなのかな?いや、違ったね」


 師匠が書き記した魔物図鑑を収納から取り出し眺める。

 これを見る限り…


「あれ?もしかしてこいつも強い?」


 僕は嫌い。なんか汚いから。それと顔がムカつく。

 そうとしか書かれていないんだ。

 絵はある。ゴブリンという文字が無ければ生物と分かるかどうかといった具合の絵が。


「思い込みなのかな…」


 この訳の分からぬ絵は私に何も教えてくれない。

 ムカつく顔とやらを書けているとは思えないので、師匠がどのような顔に苛立ちを覚えるのか知れない

 おそらく二足歩行だ。

 身体付きは…


「んー?」


 私が勝手に細身と思っているだけで、実は筋肉溢れる生物なのかも…

 細身と思って見ればそう思えるし、くびれは実は胸筋によってそう見えるだけかもと思えてきたし…

 弱いという考えは勝手なる決めつけと分かる。

 実際に見たことが無いのだから。


「あれぇ?」


 とはいえ、ゴブリンっぽい絵とは思うから、いくらか私の想定も合っている気がするし…

 スライムは青いプル…


「なんでこの本を作ろうと思ったのだろう…」


 ゴブリンの右隣のページに目が行ったんだ。

 魔物図鑑とはなんだろうか。

 その図鑑はどのような理由で作られるのだろう。

 この書からは想像も難しい。


「あ、語尾なのかな?青いぷるぅ。アホか」


 魔物図鑑たぶんを収納しマンティオロスを見る。

 もし、ゴブリンがこの猪と対等に戦えたとしても乗り越えればいいんだ。

 私の記憶のなかにある魔物と似ている生物だったとしても油断してはいけない。

 そう気づけて良かった。


(さっさと解体しようぜ?)


 これは腹痛ではなく空腹だと気づいたところでローブを脱ぎ袖を捲った。


(あれ?そういえばローブ…後でだ)


 漆黒のローブを身につけていると分かっていたからこそ汚したくなくて脱いだはず。

 それなのに、脱いだ後に着ていたことを思い出すという不思議。

 今はそこに触れない。猪解体に集中しようか。


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