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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
5/66

5.鑑定が呼びし混乱と虚しさ

(まず…これからどうしよう)


 先のことを考え⋯る前にグゥとお腹が空腹を訴えた。

 背もたれに頭を預けたまま首だけを動かし隣の部屋へ目を向ける。

 そこへ続く入口には扉が無く、こちらからでも水道とシンク、鍋やフライパンを乗せた棚が見えた。


(食べ物あるかなぁ)


 重い身体を上げその部屋へ向かうと、そこはやはりキッチンだった。

 壁際にコンロや食器棚があり、部屋の中央にはマグロでも余裕で捌けそうなほどに大きい調理台が据えられている。


(思ったよりも近代的だ)


 竈門を想像していたので安堵する。

 キョロキョロと部屋を見回していると白い長方形の大きな箱が目に入った。

 ドアがひとつしかないことに違和感を覚えるが縦長のそれは冷蔵庫に見える。


「え?」


 軽い気持ちで開いてみれば引き出しが縦に10段ほど並んでおり驚いた。

 知っている冷蔵庫と違いすぎたのでね。


(冷蔵庫じゃないのかな?)


 おもむろに手を伸ばし引き出しを引いて覗き込む。


「!?」


 ガッガタッバンッ!


 訳が分からず反射的に冷蔵庫を閉めた。

 覗き込んだ先に映ったのは黒一色であったのだ。 


(何あれ何あれ…怖すぎ…)


 ドッドッドッドと速く脈打つ鼓動を気にかける余裕はない。

 恐怖で身が竦んでいるのだろう。

 ただただ冷蔵庫らしきものを凝視するのみで思考も定まらない。


──────────

【魔道食料庫】

──────────


「!?」


 突然脳内に何かが浮かび上がり、ビクリと肩が跳ねた。


(魔道食料庫?何が?これが?これの名前?どうして突然…魔道食料庫って何?)

 

 

 よく分からない事象に混乱を極める。

 次々と湧き上がる疑問をどうすることもできず流れていくばかり。

 ただただ謎の物体を見つめることしかできないでいる。


──────────

【魔道食料庫】

 

 〜いつでも新鮮な食べ物をあなたに〜


 食料を貯蔵するべく作られた魔道具。

 魔法により内部の空間が広げられており、容量不足に難儀すること無し。

 内部の時が止まっていることもあり、食料保存の最適解と言えるかもしれない。

──────────


「は…?キャッチコピーいる?」


 言葉遣いもなんだか引っかかる。

 物の説明文にしては違和感があるよね?たぶん。


(いや、そんなことより…)


 つまりあれなのかな?

 あの黒い所に食べ物が入ってるってこと?

 あそこに手を突っ込むの?


「嫌だなぁ…」


 心からの思いが声となり漏れた。

 しかし、空腹には抗えない。


(水だけでしのげるのか……よし!)


 魔道食料庫とやらに強い視線を当て、その扉を開く。

 そして、内部に並ぶ引き出しのひとつに手を伸ばす。

 なんとなく先程開いた段を避け、その下段を手前に引いた。


(白じゃダメなの?)


 やはり墨を落としたかのような黒。

 白の方が恐怖は少なく済む気がするんだ。

 とはいえ、どうしようもないのでゆっくりと手を入れていく。


(え…えぇ…お…)


 膜のようなものを通り抜けた先の手が見えなくなる思わず腰が引けた。

 だけど、手を握るとその動きをしっかりと感じ取ることができたのでほっと息を吐いたんだ。

 しかし、今度はそれと同時に頭にたくさんの名称が次々と思い浮かび驚いた。


(落ち着けー。冷静にね。冷静に)


 焦ることなく思い浮かぶものを認識していく。

 知らない名前も多い。

 とりあえず、馴染みのある名に意識を強く向けると掌に硬いものがぶつかった。

 それを掴み手を取り出すと確かにゴボウを握っていた。


「太くない?」


 長さに違和感はないけれど、太さがおかしい。

 通常の3倍はあるだろう。握り締めても指が回らないんだ。


(まぁ、いっか)


 使い方は分かった。

 ゴボウはお試し用に選ばれただけであり、黒い空間に戻されていく。

 再度手を入れ食料を探す。


(果物がいいかな)


 頭に思い浮かぶ名称から知るものを探す。

 その後取り出した手には傷ひとつ無いツヤツヤとしたリンゴがひとつ。

 地球のものより2回りほど大きいそれに顔を近づけるとほのかに甘酸っぱい香りがした。

 それにつられて齧りつこうとしたその時、手の汚れが目に留まりわずかに開いた口を閉じる。

 すぐそばにある水道で汚れを落とすついでにリンゴも洗っていると急に不安が込み上げてきた。


(これ食べて大丈夫かな?)


 見た目こそリンゴだが何せ異界の物だ。

 この身体は受け付けるのだろうか。

 毒が入っていないとは言い切れない。

 食べ物に見せかけた何かという可能性もある。

 流水にさらされたリンゴを見つめながらどうしたものかと思い悩むこと数秒。


──────────────

【リンゴ】


 食用可

 品質:S


 瑞々しく歯ごたえがある。

──────────────


「おっ…と…」


 またしても突然の出来事に思わず仰け反った。


(さっきからこれはなんなの…食用可って…)


 ふと魔道食料庫の説明を思い出した。

 中の時が止まっているかは分からないが、空間が広がっているのは確かだろう。

 その説明に嘘がないということは、このリンゴの説明も合っている…はず。

 なんにせよこの家を出て外で食料を探すなんて怖くてできない。

 となるとこの家に残る食料を宛にするしかないと己が語る。


(たぶん大丈夫)


 手に持っているリンゴを見つめた後、意を決して齧りついた。

 ツプリと皮を破った後には酸味が少し口に広がりそれに続くのは甘い蜜の味。

 噛んだそばから果汁が溢れるほどに瑞々しい果肉はシャキシャキとした歯ごたえがある。

 喉の渇きも相まって口に運ぶ手が止まらず大きかったリンゴがどんどん小さくなっていく。


(全部食べてしまった…身体は問題なさそう?)


 手足を見ても変化は見られず、痺れや不快感も襲ってこない。

 後から何かあるかもしれないと思い体感で10分待ってみたが何も起こらなかった。

 数日後に症状が出るとしたらもうどうしようもない。

 その間何も口にしないまま耐えられるかどうか…


(ある程度の思い切りは大切?)


 どうしたらいいか分からないので都度頑張る方向でいくしかない。

 我慢できるところは我慢するけどさ。

 ちなみに、手に持っていたリンゴの芯は待つ間に見つけたゴミ箱に捨てた。

 それらしき物を見つけ蓋を開ければ案の定、中は黒かったね。

 さて…


(次はどうしよう)


 次いで食す食べ物を考えながら横目にコンロを見る。

 作る気力は残っておらず、あの前に立つ気にならない。


(となると果物か…スープとかパンとかあるかなぁ)


 魔道食料庫の中に手を入れ目当ての物を探す。

 残念ながら調理済みのものは入っておらず、スープは諦めるしかないようだ。

 選び出したのはバナナ、梨、白パン、クロワッサン。

 食器棚から取り出した木皿にそれらを並べ部屋の中央にある調理台に置く。

 隅にあった丸椅子を運び腰掛け食事を摂りながら先程頭に思い浮かんだことについて考える。

 どうして急に思い浮かんだのか…


(さっきは…)


 黒い空間に驚き“何あれ”と魔道食料庫を見ていた。

 次は“魔道食料庫って何?”と。

 では、リンゴのときは…

 ふと思いつき手にしている梨を見つめながら心の中で問う。


(これは何?)


────────────

【梨】


 食用可

 品質:S


 瑞々しくやわらかい。

────────────


「あっ、出た。雑〜」


 魔道食料庫の説明文とは違い随分と簡素な内容だ。

 リンゴといい梨といい、何故こんなに雑なのか…

 やれやれと梨を見つめながら頭を振った。


────────────

【梨】


 食用可

 品質:S


 高さ20m〜30mの高木に実る果実。

 球状の果実と楕円形の果実があるが育った環境により形が変わるだけであり味に違いはない。

 10枚の花弁からなる白い花を咲かせ、その花は魔法薬の材料にもなる。

 果肉は白に近い黄色で瑞々しく柔らかい。

 全体的に酸味がなく食べやすいが、芯の近くにのみむせ返すほどの酸味があり注意が必要。

 身体しんたいに影響はなく、その酸味を好み食べる者もいる。

────────────


「長い長い!」


 唐突に詳細な説明が流れ、これまた慌てた。

 無意識に流れを止められたことに驚く暇はない。


(どれだけ詳しく知りたいのか意識すればいいのかな?)


 となるとこれは自分自身が持つ能力。

 魔道食料庫の説明だけならば本体に備わった機能かもしれないと思える。

 だけど、リンゴに続き梨の説明も出てきた上に、自分の意識が関わるとなれば自身が持つ能力の可能性が高い。

 馴染みのある言葉で言うとおそらく“鑑定”。

 

(んー、でも、なんで今になって使えるように?)


 外でだって同じような状況はあった。

 初めて小鳥を見たとき、崖下の扉、この家の主が身に纏っていた衣服、玄関横の白い石などなど。

 “これは何?”と疑問に思い見つめた場面は多々あったがそのときは何も起こらなかった。


(違いはなんだろう?小鳥の存在?でも、玄関でも鑑定は発動しなかった。外と中?何が変わった?ん?玄関?)


 何か分かりそうで分からない。

 考える最中さなか、おもむろに窓の外に目を向けた。


(あれ?外にいたときは魔力が見えなかったのに…)


 何故か外にある魔力もこの瞳が捉えている。

 家に入る前は見えていなかったというのに…

 ふわふわと漂うものもあれば、風のように流れるものもあるね。

 てっきり家の中を漂う魔力が見えるのはこの家特有の何かがあるからだと思っていた。


(見えるようになったのは家に入ってから?魔力…流れ……あ!)


 玄関で白い石に魔力を流したときのことを思い出す。

 目を閉じて体内の魔力を意識し感じ取ってみる。

 すると、わずかに自身から漏れ出ていることが分かった。

 体内を巡る魔力の流れは意識せずとも感じ取れる。

 しかし、大きい流れから外れた細い流れもあるようで、そちらまだ強く意識をしてみないと分からないようだ。


(これが原因か)


 玄関では一気に流れ出た魔力の勢いに驚き無意識に放出を抑えたが、完全に止めたわけではない。

 魔力の放出を止めるという発想がそもそもないのでね。

 あの後は他のことに気を取られ体内の魔力に意識が向くことはなかった。

 漏れていた自分の魔力と咄嗟に出た疑問が組み合わさることで“鑑定”の発動に繋がったと。

 魔力の放出を完全に止め、手元の梨を見ながらこれは何かと疑問を思い浮かべたが鑑定結果は出ない。

 だけど、不思議なことに空気中の魔力は見えたままだ。


(梨の鑑定結果が出ないのは分かるけど…魔力が見えるのはどうして?)

 

 行使するのに魔力が必要だということは、おそらく鑑定は魔法の一種なのだろう。

 魔力が見えている今、体内の魔力が減っている感覚はない。

 となると、魔力を見ることに関しては魔法とは別の何か。


(“魔力感知”とかかな?けど、急に見えるようになった理由は分からないなぁ…あ、知る方法あるじゃん!)


「ステータスオープン!」


……………


………


……


「恥っず!痛っ!」


 意気揚々と放った声は何も齎さなかった。

 そのことに身悶え、思わず顔を隠そうと手が動いたものの、そこには梨がいたのだ。

 顔を打った梨は実に美味しそうなのだが、今は憎たらしい。

 鑑定結果を更に詳しく調べることはできないかと思ったのだが、それ以前の問題だった。


(だって、梨はそうだったじゃん)


 梨を見つめているとジワジワと顔に熱が集まる。


「じゃあ、あれだ!」


 自分に鑑定をかけてみよう。

 誰に言うでもなく、ただ恥ずかしさを隠す為にわざわざ声に出した。

 虚しく消えた空元気にまた虚しさを覚えるという悪循環。

 そして、懲りもせず、己を励ます為に意気揚々と唱えた。


「鑑定!」


────────────

【人の手】


 食用不可

 品質:S


 瑞々しくやわらかい。

 しなやかで美しい。

────────────


「ちっがう!食べないよ!」


(そうじゃない。もっと全体を意識して…)


────────────

【名無し】


 異世界からの迷い人(?)

 呼ばれし者(?)

 導き手の友

────────────


「え?これだけ?」


 当然だが、答えを返す者などいない。

 何度虚しさを覚えればいいのだろう。

 思わず宙を眺める。

 脱力と言えばいいのか、虚無と言えばいいのか、とにかく身も心も重い。


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