49.大人の遊び心
「ん?これは…」
衣装部屋と呼ばれるようになったクローゼットの最奥には仕掛けが施されていた。
遊び心だろうと、何か意味のある物を隠す為だろうと、意図はなんでもいい。
ただただ見つけたいが為だけに、他のからくりを探す旅に出た。
と言っても師匠の家の中だけが探索対象だ。
つい先程、偉人の書庫で仕掛けに関係しそうなものを見つけた。
とあるテーブルに刻まれた紋様が気になる。
意匠ではあるのだろう。
だけど、魔法陣としての役割も担っていそうだ。
このローテーブルはこれまで何度も目にしてきた。
この場所に数多くある腰掛けのなかで一番使用頻度の高いソファーの前に置かれているから。
テーブルに施された模様も視界に入っていたはずだけど、その全てを注意深く見ることはない。
正方形の木箱に天板を乗せたようなテーブルはシンプルに見えて精巧な作りをしている。
天板の側面に施された彫刻は繊細で精密で私が偉そうに称賛するのは烏滸がましい。
見る人に高級感と暖かみを同時に与えるとはできるものなんだね。
そんな職人技が見られる細工には魔法陣と思われる模様もあるのだが、陣は4種と見せかけ5種。
4種は複数あれど、1種だけこのテーブルにはひとつしか存在していない。
これは怪しい。
「ふぅ」
と、あちこち細部まで観察してきたのでここで小休憩。
座り慣れた黒革のソファーに腰掛けカフェオレから癒やしを。
このソファーはリビングに置かれたそれよりも柔らかく身を落ち着けるのに最適なんだ。
師匠の拘りを感じるね。
(なんだかんだ目が頼りだねぇ)
瞼を下ろし何かを感じ取れないか試してみてもなかなか難しかった。
魔道具や魔力で溢れるこの家内で感知だけを頼りに探すのは不可能。
陣が機能しっぱなしであることに気づいてからそれを行えば、あれがそうなんだと分かるものの…
(これは機能していないねぇ)
テーブル天板の側面では魔力が陣をなぞっていない。
ただの模様。
……………
………
……
「ん?」
カフェオレを片手にしながらテーブル唯一の陣に魔力を流し続けたが、何も起こらない。
なんだか魔力が陣と繋がってくれないような…
(魔法陣じゃなかった?)
魔法陣に見えるただの模様という可能性が濃厚になった。
確かに書物で見たことはない陣だけど、魔法陣はルールさえ守っていればオリジナルを作れるんだ。
今人間界でどうなっているのかは分からないけれど、一般的に知られる陣と独自の陣があると思っている。
しかし、先程言ったように陣として機能させるには必ず必要なことがいくつかあるので、それを守らなければ魔法陣に見える模様の完成だ。
私はまだ魔法陣や魔道具関連のことが頭に入り切っていないので見ただけで判断がつかない。
(悔しいなぁ…けど…)
そこに時間を割いている暇はない。
魔法陣や魔道具関連となると家の探索と違いドンドン探究心が深まっていくと思う。
そうなってくるとそれに気を取られ、やるべきことを疎かにしてしまいそうだ。
魔力操作と転移陣を身につけるのに必要な分だけに留めないと。
(そこはそうするとして…これは引っ掛け?)
これすら師匠の遊び心なのだろうか。
気になるからとそれなりの魔力を流す馬鹿を未来に見た?
「んー」
仮にそうだったとしてもいい。
燻りも苛立ちもないのだけど、そうだと思える何かが欲しい。
ただの模様であると納得するにはどうしたらいいのだろうか。
「んー?」
テーブルに顔を寄せたり、身体を引いたり、立ち上がり真上から見下ろしたかと思えば、下を覗き込む。
様々な位置から様々な角度でひとつのテーブルだけを観察する。
トントンと指先で叩いたり、コツコツと指の関節で叩いたり、時には手触りを確かめたりもしながら自分が納得できる何かを探し続けた。
「これは…なんだ?」
そうして見つけたのは一冊の本。
硬い装丁に挟まれる紙は少なく、すぐに読み終えられる。
これはおそらく絵本。
文字がひとつもなく、何かの物語というわけではなさそうだ。
どのページにも絵が描かれているが、幼子が書いたような絵であり、正直何を伝えたいのか分からない。
もしかしたら、単に絵を書いただけかもしれない。
子供に絵本を作りたいと言われた親御さんがそれを叶えるべく作ったと言われても納得できる。
(けど…)
このタッチの絵を見たことがある。
しかも最近。
師匠が書いた魔物の絵は線が雑で色はベタ塗り。
線からはみ出すことで躍動感を…というのは捻り出した褒め言葉だ。
そもそも線は形を捉えていないから結局のところ魔物の姿は想像が難しいまま。
それを見たときは色々な意味で恐怖が増したね。
あれを読んだ後は誰しもが項垂れることだろう。
この絵本の中にある絵とかつて見た師匠作の絵は仕上がりがそっくりだ。
つまりこの絵本は師匠が手がけたものという可能性が高い。
「んー、遊びたかっただけかな?」
重要な何かを隠したかったのではなく、単に仕掛けを施したかっただけ。
仕掛けを解いた後に手に入る物はなんでも良く、てきとうに選んだ。
(とかかな。ま、テーブルの謎が解けたからいいや)
からくりを解明するのは楽しかった。
誰かの為に作ったわけではないのだろうけれど、未来で一人を楽しませたね。
(凄いや。さすがです)
絵本を収納し、テーブルのあれやこれを戻し書庫を後にした。
これならまだありそうじゃない?
もうひとつぐらい見つけたい。
(次はどこを探そうかなぁ…)
その前にお腹が空いたので夜食を摂ろう。
***
カツン…カツン…
石の階段を音を鳴らしながらゆっくりと降りていく。
(やっぱりまだあったんだねぇ)
あの後キッチンで新たな扉を見つけた。
棚に隠されていたその扉を開くとそこには地下へと続く階段が。
身を滑り込ませればパッと灯りが灯ると知っていた。
その深みのあるオレンジ色を頼りに足を進めているところだ。
ランタンからの灯りと石造りの内部は見事に調和し、落ち着きを与える。
だから、ひんやりとした空気を身に感じながらも恐怖を抱くことなく進めるんだ。
これを見つけたときはこれまた高揚感が湧き上がった。
観察力や感知力が上がっていることを実感し生まれた喜びと共にまだ胸中に残っている。
だけど、今の自分は静かなる心持ちと思う。
(静かにワクワクしていると言えばおかしな文法なのかな?)
細かいことはいいでしょう。
今は階段の終着点を想像して楽しみましょうか。
(何があるのかなぁ)
この先を確認したら一旦仕掛け探しは終了だ。
いつかまた探すかは分からない。
今回の一度きりで充分満足できているから。
「あら…」
階段の先に扉がないと分かるところまで下りてきた。
この階段を下りればとある場所へ直接入り込めるようだ。
もう少し進めば階段からその室内を窺えることだろう。
「おぉ…」
しゃがみ込み、一室を上から見渡す。
そこは無骨な棚が数多く並ぶ地下倉庫。
木箱や樽も多い。
所々に見える壁掛けには袋や麻布が掛けられている。
そこから頭部を出しているのは瓶だ。
(瓶?あー、なぁるほどねぇ)
立ち上がり残る階段を下り地下倉庫へと降り立った。
棚と棚の間をゆっくりと練り歩く。
ノートや筆記具、何かの道具などもあるが、棚に収まるほとんどはおそらくお酒だ。
ここはお酒を保管する為に造られたんだ。
(師匠がお酒?)
飲みそうにないと思えるほどに知らないのだったね。
魔道食料庫ではなく、わざわざ専用の場を作ってまで保管するとは余程の酒好きか。
なんとなくお酒をこよなく愛する人は並ぶなかからじっくりと選ぶのが好きそうと思うのだ。
あくまで私のイメージなのでそうと決まっているわけではないけどね。
(確かに見ているだけでも楽しめるねぇ)
瓶の形状・大きさ、中身の色味・濃度・透明度。
こうなってくると味や香りも気になってくるよね。
(色んなお酒があるんだねぇ)
きっとここに酒好きが辿り着いたら心は踊りまくるのではないだろうか。
それ程に種類も量も豊富なんだ。
数が揃っているお酒もあれば、数本もないお酒もある。
これでは師匠の好みを予想できないね。
好きだから大量に仕入れたのか、好みではないから減らないだけか…
(こっちのお酒はどんな味なんだろうなぁ…)
あちらと似通っているのか、独特なのか気になってきた。
だけど、もうしばらく飲むのはやめておこう。
お酒のせいで警戒心が緩んだとしても問題ない強さを持つならばいざ知らず。
(いつか祝杯を上げられるといいなぁ)
その日を迎えられるように頑張るとしよう。
軽い決意を胸に階段を登り始めた。




