47.師匠の衣装部屋
(ここを開く時がきた…)
なんてキリッとしながら語ってみたけれど、大それたことを行うわけではない。
これから開こうとしているのは寝室にあるクローゼットの扉。
いい木材を使ってんだろうなぁと言いたくなる置き型の大きな家具だ。
艶のある焦茶色は高級感や重厚感を与えるよね。
今回ここを開くのは着替えの為。
現在着用している服はどことなく部屋着感のある軽装だ。
森に落ちた際に着用していたものよりも厚手で着心地がいいのだけど、戦闘には向かないと思う。
おそらく私が森に入る日は近い。
まだ日を定めていないけれどそろそろなんだ。
さすがに森に入るのにこの服では心許ない。
今より薄手の服を着ていたときの話になるが、枝は割と痛い。
服の上から突き刺さるのも、ベシッと当たるのも“んー”っとなるほどにはね。
それに、破れたら困る。直せないのでね。
裁縫は苦手なんだ。
(ん?あれ?直せそうだなぁ…後で考えよう)
とにかく戦闘服が欲しい。
それを着用した上での動きを基本としたいところだ。
とはいえ、このクローゼットにそれがあるとは限らない。
ここを開いたことがないので中身を知らないんだ。
本日まで一度も必要に駆られなかったのでね。
着替えようと思ったことは二度あるが、洗面所で済んだ。
この家で初めてお風呂に入ったときも魔力欠乏症に陥ったときも。
同じ服を着続けているということになるが、私は清潔を保っていると断言できる。
料理をする前、食事の前、外から戻ったとき、睡眠から覚めたとき、毎度毎度自分自身と衣服に浄化をかけているから。
お風呂に入るべく脱いだ際にも衣服に浄化をかけてから風呂場へだ。
(だから汚くないよ?)
そうだとしてもなんとなく着替えたい人はいるのだろうけど、私は違うということ。
手間や面倒を少しでも減らしたいタイプなのでね。
要はめんどくさがりってこと。
ついでに言うと、靴下は外に出る際に着用つもりであり、家の中では基本裸足だ。
しかし、玄関に出向いてから靴下を取りに行くのを忘れたとなることも多く、その際は大抵、裸足のままブーツを履く。
履く前も履いた後も足とブーツに浄化をかけるからいいと思っている。
気持ち的には都度手間暇かけて洗っている感覚だ。
しかし、これもかなり分かれる内容だよねって話。
面倒が勝る人は多いのか少ないのか…
それはさておき、クローゼットを開く理由がもうひとつある。
私が所持している収納空間に衣服を入れておきたくてだ。
何かあったときの備えとして。
さて、中はどうなっているのでしょう。
歩み寄り両腕を使い手前に開いた。
「おぉ…さすがです」
幅広の廊下が奥まで続いているような造りだ。
この場からでも奥を見通せるのは全ての物が左右のどちらかにあるから。
ハンガーパイプはあるし、棚やチェストも豊富で収納力は抜群だ。
両脇に所狭しと並ぶから幅を想定しにくいが、通路は学校の廊下よりやや狭い?
高さはアパートの一室よりも高いから驚きだ。
外観と内部の広さが噛み合わないのは中の空間が広げられているから。
心にも余裕を与える広々空間。
なんて謳い文句でも付いてきそうだ。
こんな家に住みたかった。
「いい暮らししてんなぁ」
なんて荒むほどに羨ましい。
だけど、今はその恩恵を受けるとき。
感謝を胸に宿しながらゆっくりと内部に入り込んだ。
数歩進んだところで足を止め首を動かす。
「凄いなぁ」
数えきれない量とはこのことだ。
種類も豊富で視界は賑やか。
どこに視線を止めればいいのか分からないほどだ。
(意外だなぁ…)
これほどまでに物が溢れているとは思わなかった。
師匠は服や身なりに無頓着だと思っていたから。
しかし、これを見ればその可能性が薄まる。
勝手な思い込みだったようだ。
シャツひとつ取っても種類は多く、目で楽しめる空間となっている。
「どういうセンスなんだろう…」
黄色い衣服が存在感を押し付けてくる。
サテン生地のそれはワイシャツのようだ。
好む人はいるだろう。似合う人もいるだろう。
センスに問題がありそうと言いたいのではない。
この室内には統一感が無く、好む系統やセンスが読めないと言いたいのだ。
しかし、様々な系統が揃うからこそ見ていて楽しい。
こんな服屋さん見たことがない。
ショッピングモールを練り歩かなくても一室で済ませられるとはねぇ。
ここにはシャツやズボンだけではなく、鞄や靴、帽子やベルト、マフラーやスカーフ、アクセサリーなんかもある。
どうやら服飾関連のものを収めていたようだ。
生地や紐などもそこかしこに見られるね。
アクセサリー類が少なく感じるけれど、おそらくチェストや小振りの箱に入っているのだろう。
赤いビロードを敷いた箱には宝石の他に魔石も入っている。
並ぶと違いが分かるようだ。
しかし、並ばなければ見極められるかどうか…自信はないね。
「んー」
目移りしながらもようやく歩き出した。
だというのに、すぐに足が止まる。
一歩進むだけで変化が多い。
見えていなかったものが目に留まるようになり、生地によっては色味が変わり…
やはりと思うのだが、整理整頓されている区画もあれば雑然とした箇所もある。
どちらかではなく、どちらも備えるのが師匠だ。
整然と並ぶも乱雑に折り重なっているも同室に。
真四角の棚にきっちり収まる布を隠すのは上段から垂れ下がるベルトや袖。
こうなってくると布を畳む理由が気になってくる。
整理整頓の為ではない気がするんだ。
「ん?」
重ねられた布のひとつに指先を滑らせれば想定と違った指触りで驚く。
見た目は麻布、手触りはビロードという脳を混乱させる布だ。
(面白いなぁ)
あちらに存在しない糸や植物で作られた生地がたくさんありそうだ。
なんとなく、こちらの世界の方が生地の種類が豊富そうだとも思う。
(あぁ、もしかして…)
自分が着用する為ではなく、生地や模様が気になり購入したこともありそうだ。
民族衣装コーナーと言えそうな区画を見てそう思った。
もちろんそういう衣服を好んで着ていたという可能性もあるけどね。
師匠が普段どのような格好をしていたのか予測できない。
派手、控えめ、柄物、無地、単色、多色、丈長、短丈、レース、革、絹、サテン…
(統一感のない衣装部屋だなぁ)
またそう思う。好みを読ませてくれないみたいだ。
と、言えば師匠らしいと思えてきた。
人柄も性格も考えも読み解くのが難しいのかもしれないし、実は表面から受け取ったままの人間かもしれないし…
(服の話してたよね?)
「ふっ」
この場にいながら何を考えているのやら。
旅人の服のようなものから僧侶の服まで揃える人ってどんなだよ。
(シルクハットいいなぁ…あ、あのローブも…えー)
割と心惹かれるものも多い。
というか、ファンタジー世界にありそうな服や装飾品を実際に見れるとは驚きだ。
本来の目的を忘れて衣装部屋を練り歩く。
(お、あのワイドパンツいいなぁ)
手に取り上から下まで眺め、裏返し反対側を確認。
ポケットの有無、裏地まで確かめた後、身に当ててみる。
見るだけでは飽き足らずそんなことまでし始めた。
「ん?事件の匂いがする…」
なんつって。
片足がふくらはぎまで、もう片足が膝上までの茶色いズボンは元々なのか、何か事件が…
その近くに厳つい衣服…があるから…
(衣服?)
ゲームの世界に出てきそうな革製の肩アーマーはここにあるのが正しいのだろうか…
物置部屋が正しい気がする。
私はこれを服飾関係に含めない。
「いや、うーん」
人によってはお洒落枠に分類されるのだろうか?
肩飾りみたいな?
(あ、でも、それなら戦闘に見合う服もあるかもしれない)
とはいえ、よく考えれば何を基準に選べばいいのか分からないんだった。
困ったことになったね。
戦うに当たり何を優先すべきか考えましょう。
ここにある衣類を参考にしながらね。




