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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
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46.飴ちゃん

 ここ最近は森に入ることを強く意識するようになった。

 それを目指してきたわけだが、やはり怖い。

 あの魔物が住処とする森に入らなければいけない事実から目を逸らしたくてたまらない。

 だけど、そうも言っていられない状況だと毎度毎度思うんだ。


 あらゆる可能性を想定しようにも難しく、せめて知識をと書庫を頼ることもしばしばあった。

 何かを見逃していないかと読んだことのある書を再度読み返すことも。

 何度開いても“美味しい”という表記は変わらず、ついぞ表情を落として“食ってやる”と思ったものだ。

 やけくそとはおそらくあのことだね。イラッとした拍子のそれだから。

 

 戦闘を想定すると付随して浮かぶのは薬や治癒・回復魔法のこと。

 どんなときでも自分を癒やし治せるようにならないといけない。

 そう己が語る。何度も何度もね。


「ふぅ…」


 現在居るのは作業部屋。

 丸椅子に腰掛けテーブルの上に広がる魔石の数々を眺めているところだ。

 今朝、痛みを伴った際に気になることができたのでそれを解消するべくここへとやってきた。


 魔法で治すのは簡単だけど、魔法を使うこと自体がしんどいときもある。

 腕を動かし患部を抑えるとは意外と無意識下でも行える。

 怪我を負った際の治療方法をいくらか用意しておいてもいいのではないだろうか。

 既に魔法と薬があるから充分に思うけれど、治療方法が増えて困ることはないだろう。

 一度ぐらいそれについて考えたっていいだろうと思い、草原に寝転びながら頭を働かせた。


 治す、もしくは、応急処置の方法はなんだろう。

 そう考えたとき、思い浮かんだのは絆創膏と消毒液と薬だった。

 どれもドラッグストアで手に入るものばかりだ。

 薬と言えば普通錠剤だよなぁとそのときに思ったね。

 いつの間にか薬=瓶入り液状となっていたみたい。


 さて、今や水無しで飲める錠剤だってある。

 のど飴は薬とは違うけれど、快方に向かわせるのが目的の代物。

 あんな風にポイッと口に放り込むだけで治癒の一端になったらいいのに。

 即座に完治ではなく、徐々に傷が塞がっていくとか、なんか患部にいる悪い奴を退くとかさ。


 と、そこまで考えたときに掠めたのは“魔石はそうなんじゃない?”ってこと。

 だって薬の材料になっているのだから癒やしの力を蓄えていてもおかしくない。

 粉砕し溶かすという行程があるものの、体内に取り込んでも問題はないと証明されている。

 薬製作の際に魔石に対して行うのは粉砕だけ。

 何かを取り除いたり変質させたりしていない。

 だから試しに飲み込んでもいいよね。

 そう思いここへとやってきた。


(どれにしようかなぁ…)


 テーブルにはたくさんの魔石が所狭しと置かれている。

 内部空間が広い引き出しや木箱から無造作に取り出した。

 魔石の残数を答えられないけれど、今見えている分を除いてもまだまだあると言える。

 なのでひとつ口にするくらいどうってことはないんだ。


(綺麗だなぁ)


 大小様々。片手からはみ出る大きさのものもあれば、小指の爪よりも小さいものもある。

 色鮮やか。色味は多く、同じ緑でも濃度や透明度の違いから同色とは言い難い。

 光が当たればまた変わる。月明かりを頼りに見ればまた雰囲気が変わる。

 そうして見るだけでも楽しめるのです。


(やっぱりこれかなぁ)


 選んだのは小さな小さなオレンジ色の魔石。

 錠剤サイズと言えよう。丸球に近いけれど飲み込めないことはない。

 なんだか飴玉のようで美味しそうにすら見えてきた。

 指先で摘まれたオレンジ色の魔石を眺める。


(オレンジ色の魔力かぁ…)


 ほんの少しでも癒やしの成分を蓄えていないだろうか。

 仮にその成分を抱えていても飲み込むことで気づけるかどうか…

 疲労をちょっぴり取り払うとかなら気づけないかもしれない。

 だけど、飲み込んだ後に何か感じるかどうかを知るだけでもいいでしょう。


(味はないよね。さすがに)


 小さく口を開けそこへオレンジ色を届けた。

 口内で少し転がし飲み込めば…


「ぐっ……」


(やばいやばい…またこれか…)


 思わず腹を抑えた。

 前方に倒れる最中さなか、なんとか右腕をテーブルの上で滑らせる。

 たくさんの魔石が額を受け止める前に。


「…っ…」


 体内を掻き回されている感覚だ。

 魔力欠乏症のときと似ている気もするが、全く違う。

 今は何かが抜けていく感覚は無く、とにかく内側が苦しいのか痛いのか…


(治癒?回復?浄化?…気持ち悪い…痛い…たぶん…じょうか…浄化か?分かんない…)


「…っ…ミス…ちが……ん?…」


 なんとなくで己に浄化をかけてみれば再度強くかき混ぜられ悪化した。

 自身の内側にある魔力の使用が悪い方に作用したのだろう。

 しかし、そのすぐ後に少しだけ快方に向かった気がした。

 それでも相変わらず体内は狂っている。


(浄化は正解なのか…不正解なのか…不整脈…な…どうすれば…)


「…ん…気持ち悪い…」


 苦し紛れに再度浄化を使用するという馬鹿をやったが、やはり少しマシになった。

 だからこそ残る苦しみ痛みと向き合う隙ができたわけで…


「いって…吐きそ…」


 頭を抑え大きく回されてるようだ。

 胃だけではなく、体内全体が活発になっている気がする。

 非常事態に騒いでいるかのようだ。


「………」


 額に当たるテーブルから冷えを頂戴する。

 本当は下を向いていたくないけれど、身を起こすことで内臓が動き吐き気を催しそうで嫌なんだ。

 このまま置いておこう。落ち着くのを待とうか。


(おかしいなぁ)


 魔石が身体しんたいに悪影響を齎すとは思わなかった。

 だって飲めるじゃないか。

 砕くことに意味があるのか、他の素材と混ぜることで人間の身体に異常をきたさないものに変わるのか…


(意味があるのね…うん)


 そのまま飲み込むのと同義ではないと。

 魔石は薬にも毒にもなるのだと知れた。


(お、正しく?)


 毒素を抜けばいいのだろうか…

 また疑問が湧いたけれど、今は諦めよう。

 研究に時間を割いている場合ではない。

 既に治す方法は見つけられているのだから。


「ふぅ…」


 少し落ち着いてきた。

 身を起こし窓を向けばそこには魔力ポーションが。

 その奥はすっかり暗くなっているね。


「………」


 食欲はない。動く気力も無い。


(飴…食べたいなぁ…)


 ふとそんなことを思った。

 だけど、それだけ。

 今は行動に移す気にならないから。

 この夜は何をするでもなく、ただただそこに居た。


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