35.三日三晩と少し
(あれ?そういえば眠いのか、これは)
ふと外を見れば小雨が降っていた。
今朝鍛錬をするべく外に出たとき既に雲行きは怪しかった。
雲に覆われる空は白ではなく灰色なんだなぁと思ったものだ。
ちなみに、自分で石を出せることに気がついた翌朝から投擲の練習が開始された。
まだ、一点目掛けて投げることしか行なっていないが、なんとか投擲の鍛錬方法を広げたいところだね。
初めて魔法薬を作れてから武術の鍛錬に時間を割いたのは今日を含めて3度。
(つまり…あれから3日…いや、2日経った?いや、2.5日?)
曖昧だ。3度朝日が昇ったことは間違いない。
今何をしているのかというと、キッチンに立っている。
首を左に回せば窓から外を窺えるんだ。
手元では鳥肉がナイフで切られていく。
ナイフの練習だね。食材は後で何かに使えばいいだけだから無駄にはならない。
作業を行なっている調理台には多くの物が並べられている。
肉や野菜や果物もだが、他にもたくさん。
先程まで匙1杯の正確性を高めるべく色々と試していたから。
ここにあるのはナイフの練習用と匙加減用の材料ばかり。
バリエーション豊かである。
匙加減用は木箱に入れられているものも多い。
粉砕前のものは木の器やカゴや袋や剥き出しで、粉状のものは木箱にだ。
石、魔石、植物、食材…などなど。
調理台に置くのはどうかと思ったが、外から持ってきた土と自分が出した土も小さな木箱に入れられ並んでいる。
小さな木箱がたくさんたくさん並び、粉屋さんでも開いているかのようだ。
いらっしゃいませぇ。
とはいえ、ここはキッチン。
何故この場を選んだのかと言うと、ここには粉物や粒状の物がたくさんあるからだ。
代表格は小麦粉かな。
他にスパイスや塩やお砂糖、ハーブや木の実も乾燥粉砕すれば粉となる。
ここで生じた疑問は粒と粉の違いについて。
どこまで粉砕すればいいのか分からずそんなことを考えた。
しかし、可能な限り粉砕でいいだろうと。
最小サイズを目指すのみ。
1杯を鍋に入れる。
それだけのことでも気にしてみればかなり細分化されるのだと実感したね。
小麦粉はギュギュッとするのが比較的簡単な方だと知った。
その難易度は材料によって本当に様々でなかなかに楽しめた。
全部サラサラなはずなのに押し固める難易度が違うとは面白い。
風でなんとかしようと思っていた己を馬鹿だと思ったね。
粉も粒も風で舞えるから。
しかし、きちんと問題は解決している。
手始めに匙で多めに掬い、平らな石で上から押さえるんだ。
ゆっくりギュギュッとね。
そして次も重要だ。
すり切りは手前から奥に真っ直ぐスーッとだ。
これは普通に魔力の板で行う。
薄くとも弛まぬ硬い板よ。
速すぎてはいけません。
なんてことをしている内になんだか魔法の扱いに慣れてきた気がする。
やはり、実際に使い続けるのは大切なんだね。
気づきも多く、たくさんの学びを得られたと思っている。
そこにあるパフェスプーンに似た匙は食すのに向いておらず、計量には適しているとかね。
台所用品売り場に並ぶ計量スプーンを例に出せば分かりやすいだろう。
あれはすり切りが行いやすい作りだ。
食事やおやつの時間に使われるスプーンではそれが難しい。
この場にある匙はパフェスプーンと計量スプーンのハーフ。
持ち手は長く、掬う部分は柄と水平である。
それを見てよくぞパフェスプーンと思ったなと言うことなかれ。
浅いし楕円なんだ。
大体、この形状を見ればスプーンと思うでしょうが。
故に致し方なし。
というわけで、私が計量匙と名付けた物はきっと計量用。
置かれていたのも作業部屋だったしね。
師匠があそこで何かを食べる為に置いていたわけではなさそうだ。
「ふぅ…」
手を止めて己に浄化をかけながら目を瞑る。
先程思ったが、自分は今、眠い。
しかし、お腹も空いている。
ちまちました作業を長時間続けた後の今なので目が疲れているようだ。
集中力も多く使われてしまったみたいだね。
と、相変わらず思考は錯綜する。
(みじん切りは面倒だなぁ)
しかも包丁よりは厚手の両刃で行なっているので更にだ。
玉ねぎが目に染みる。
(泣かない!)
ググッと力を込めたのは何故かお腹にで、だけど、力が入らないことを実感するだけに終わった。
気が逸れたことにより涙は流れなかったので良しとしよう。
「あ…」
思いつきを行なったら小被害が発生した。
野菜の新たなカット方法を試したんだ。
丸々とした玉ねぎを2等分し、頭とオケツの食べない部分を除去したら2つを並べる。
その上に魔力で生み出した網を当て、網の上面に石板を置いて手で負荷をかけた。
もちろん下に向けてググッと。
網に高さを持たせることで野菜が押し潰されることを避けたのはいい判断だったと言えよう。
だけど…
(まな板が切れてしまったなぁ)
玉ねぎのみじん切りの下にはまな板のみじん切りがあるはず。
形を保ったままなので分かりにくいが、玉ねぎが接している箇所の周辺は何かが変わった。
網は確実に玉ねぎを覆える広さにしたのでね。
(玉ねぎ、玉ねぎうるさいな)
少々イラッとするのはおそらく眠いから。
スーッと上手いこと玉ねぎだけを取りボウルに移す間も頭はぼんやりしている。
(寝ようかなぁ…)
片付けのことまで考えていなかった己が憎い。
とりあえず、まな板は浄化をかけて放置だ。
それ以外の物にも一斉に浄化をかける。
もはやキッチンはピカピカになったのではなかろうか。
ぼーっとする最中だったので上手いこと範囲が絞れなかったと思う。
一定量の魔力で作動する照明が消えては光り、また消えた。
外では陽が隠されているということもあり少し暗くなったが気にするほどではない。
普通に本だって読めるだろう。
「眠いなぁ…」
キビキビとした動きができないまま物を片付けていく。
木箱に入っているものは一旦魔道食料庫へ。
箱ごと入れられるから大変助かる。
傾けないように気をつける必要はあるが、蓋を用意せずとも問題ないのでそれもまたいい。
「ふぅ…」
寝室まで歩くことすら億劫だ。
キッチンを出て目に留まったソファーを眺めながらそんなことを思う。
(あそこでいいね)
迷うことなく真っ黒いソファーに横たわった。
眠るにはもう少し柔らかさが欲しいところだが、座る分にはちょうどいいので変わらなくていい。
不満があるのかないのか曖昧なまま身体を天井へ向け目を閉じる。
「あ…」
この身は全力で睡眠を求めているというのにこのままでは眠れない気がしてきた。
起きたら中級魔力ポーションの製作に取り掛かる。
それが思い浮かんだ瞬間に先の先のことまで考えてしまった。
少しずつ進歩はしている。
緑の薬をそばに置き魔力操作の練習をすることだろう。
その理由は…
「ふぅ…」
身を起こして作業部屋へと向かった。
窓辺に置かれた薬を1本手に取り、またリビングへ。
行き着いた先で今度は倒れ込むように眠れた。
疲労が限界まで達したからなのかなんなのか…
うつ伏せに倒れたことで息をしにくく、顔だけ横に向けたのが最後だ。
ソファーから垂れ下がる右手から薬が離れることはなかった。




