表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/39

33.光が灯る

 夕日が沈んだ。

 青い屋根の家で過ごす人物はそのことに気がついていない。

 陽が差し込まない部屋とはいえ、窓から外を見れば世が明から暗に変わったと分かるのに。


(お皿…あ、あれがいいね)


 今は改めて材料や道具を揃えているところだ。

 小さな調薬鍋は既に使いやすそうな位置に置いてある。

 6本の匙は広げた布の上に整列。

 魔石は失敗することも考慮して多めに用意した。

 浅い木箱に小盛りされている。

 白いカトレアの花弁は小皿に2枚。

 こちらは出しっぱなしにしていると質が落ちそうなので使うごとに棚から出すことにした。

 長時間放置すれば色褪せ枯れるとはそういうことだと思うんだ。

 最後に魔力ミキサーを2つ生み出す。

 座る私の目の高さよりも高い位置に出したのは下に粉受けの容器を置くから。

 粉受けは魔力で生み出したものを使用するのではない。

 この部屋にあったガラス製のビーカーを使うんだ。

 それに乗るような位置に発現した漏斗は魔力製。

 これにて準備完了。


(さて…)


 またワクワクしてきた。

 これから魔法の薬を作るのだと思うと勝手に心は躍るんだ。

 しかし、これまでの行程だって魔法薬作りの一端と言えるはず。


「んー」


 ここからは魔法薬作り第二段階としておこう。

 それならば納得できる。


「さて、始めましょう」


 つい言葉にしてしまうのは浮ついているからかな。

 最初にやるべきことは浄化だ。

 自分にも道具にも材料にもね。

 それらを即座に終わらせ、続いて乾燥粉砕の行程へ。

 魔力ミキサーに花弁と魔石を別々で入れ、蓋をする。

 そして、回転刃を設置。

 魔石の方は荒々しい音がする。

 その音が徐々に小さくなっていくのは当然だね。

 待つ間に調薬鍋に水を入れるとしよう。


「あ……あ、いらないか」


 用意し忘れたと、水を入れる容器を探そうと思ったのだが、それがなくとも製作を続けられると気がつきやめた。

 自分のそばに水球を出し、浄化を何重にもかけていく。

 あとはそこから匙で掬えばいいんだ。


(いい考えじゃない?え?凄くない?自分)


 と、表情も変えずに己を褒め称えている。

 それにしても量が少なすぎて心配になってきた。

 栄養ドリンク1本分とは容器に入れると極少量に見えるんだね。


(この鍋すら大きいのだろうか…)


 なんて考えながら粉受けに落とした材料を加えていく。

 カトレアの花弁は全投入。

 魔石は極小匙1杯。


(これで…)


「あ……」


 先程成功しなかった理由が分かった。

 あれでは完成するわけがない。

 だって、魔力を入れていないのだから。


「そっかそっかぁ…」


 うっかりだ。

 それが発覚し内心で木枯らしが吹いた。

 気づけたことを喜ぼう。

 しかし、魔力はどうやって注げばいいのだろうか…

 新たな問題が発生した。


(分からないなぁ…)


 匙で掻き混ぜながら考える。

 魔力の入れ方も量も分かりませんねぇ。


(もう魔石は入ってるんだよね?)


 何故か魔石に魔力を流すことができるんだ。

 いや、あれは当てるか?

 操ろうと留めたりしなければ魔力の放出に危険はない。

 なんとかこの鍋の中に向けて放てないだろうか…

 粉となり水と混ざっているものの、この中には魔石が入っている。

 だからそれ目がけて流すことはできないだろうかと思ったのだ。

 この指先から匙を通って…


(通るというより伝うかな?)


 匙の持ち手に水を垂らせば下に伝うように魔力もそうならないだろうか。

 魔力の場合は液体ではないから無理か。

 大気に溶け込もうともするから水とは全く違う。

 それに、玄関の魔石には魔力を流すことはしていない。

 当てているだけ。

 だから、魔力は勝手に魔石に向かうというわけでもない?


 思考が錯綜してしまうね。

 あれこれ、あちこちだ。


「ん?光った?今…え?」


 思考を巡らせている間に魔力を流していたようだ。

 匙を握る指先から調薬鍋に入っている液体へ。

 魔力を下に向けて放出すれば流れは上から下へとなる。

 流れる間に霧散はあれど、この匙の半分の長さ(距離)ならそこまでの量が散ることなく液体へ。

 散ったとしてもその分も流せばいいだけで…


(じゃなくて)


 手を止めて鍋を覗き込めばそこには煌めく緑色の液体があった。

 掻き混ぜた余韻でまだ揺れている。


「………」


 混乱とも言えない。

 考えが纏まらないどころか考えが浮かばない状態だ。

 自分は今何を思うのか分からない。

 “腑抜けている”が正解か。

 あまりにも呆気ない。


「達成感ないわぁ…」


 先程ほんの少しチカッと光ったんだ。

 その後光は弱まり、淡い光にまで落ちついた。

 おそらくあの発光が魔法薬完成の証。


「ほんとに?」


 信じられない。

 それほど時間をかけていない。

 そこまで多くの努力を重ねたわけではない。

 成功してほしいと思っていたものの望みは薄く、失敗からまた何かを得ようとする気持ちの方が強かった。

 だから完成品がここにあるのが不思議でならないんだ。


(本物…だよね?これってポーションなの?あれ?品質は?濁ってない…)


 ように見える。

 私の目には美しい緑色の液体に見えるけれど…


(これは何?飲めるの?あ…)


「出た…」


────────────

【下級魔力ポーション】


 品質:B


 魔力を少し回復する。

─────────────


「説明雑だなぁ…」


 またしても想定外に鑑定が発動した。

 魔力を放出し続けていたからだ。

 これまたうっかり。

 魔力の放出を止めるという行いがまだまだ身に付いていないようで。

 行動が染み付く以前に、身に付いてもいない。

 微妙な違いだが、違いがあると思う。


(じゃなくて…)


 視線はずっと縫い止められたままだ。

 揺らぎという変化はあれど、なんら変化は起きていないと言えよう。

 ずっとずっと透明感のある煌めく緑色が視界の中心であった。

 おもむろに上を向いて目を閉じるのは勝手なる行動で…


(あ…そこにあるのが薬…)


 緑色が手元にあると分かる。

 この部屋中には魔力が漂っているし、魔力の塊があちこちにあるというのに分かるんだ。

 魔石は魔力の塊なんだと理解したところでありつつも、手元の薬の存在感が強い。

 その理由は様々なのだろう。


「………」


 瞼を上げて視線を下げた。

 手から離れ鍋の淵に身を預けているのは柄の長い匙。

 その先端は液体に隠れ先が見えない。

 匙の一部を隠すのは…


(魔力ポーションだ。下級の)


「え…」


 じわじわと何かが広がっていく。

 私の体内で見えない感情や思いが今、ゆっくりとジワーッと。


「作れたんだ」

 

 どうやら私は魔法薬を作れたようだ。

 この手で。この頭を使って。

 自分の頑張りの先にあるのがこれで…


「………」


 途端に目が熱を持ち始めた。

 泣きそうなんだ。

 嬉しくて?違う。

 達成感?それもなんだか違う気がする。


「作れたんだ」


 この手で?─うん。

 私が考えて答えを見つけた?─それは少し違う。

 魔力ポーションを完成させられた理由の多くは師匠のおかげ。

 だけど、人は書物から学び成し遂げることもあるはずで…


(自分で作れたと言っていいよね?)


 試行錯誤を繰り返した。

 間違えても分からなくてもやり遂げたのは自分だ。

 そう言い切ろう。


(まだ…そう。実感が湧いてないんだ)


 まっさらな手を見つめる。

 努力も傷みも思い出も過去も…何も乗っていないまっさらな手。

 その手はかすかに震えていた。

 自分の手とは思えないけれど、これを動かしたのは私自身。

 私は私の手で魔法薬を完成させた。


「………」


 涙が零れた。

 思わず目元を覆ったが、流れ出る水を堰き止めることはしない。

 頬を伝う水は暖かく、心地いいとさえ思う。


 身も心も震えるのはおそらく嬉しいから。

 安堵もある気がする。


 ひとつ成し遂げられた。

 そう思うと今度は涙が溢れて止まらない。

 私にとって大きな一歩なんだ。


 この世の人からすれば大したことではないのかもしれない。

 たったひとつ、何かできたところで気にも留めないのだろう。

 私は違う。

 あまりにも無知で弱すぎるから。

 ちっぽけな人間だから。


 そんな私が何かを為せるとは思えなくて、自分を信じられなくて怖かった。

 だけど、できた。間違いなく。

 何もかもができないわけじゃない。

 できることだってあるんだ。


「うん。そうだ」


 光が灯る。希望が見えた。

 自分で灯したのだと思うと顔が上がる。

 ひとつ自信がついたんだ。

 ぼやけた視界でも光は見えている。


(光…)


 未知なる世界で未知なる身体で未知なる事に挑んでいる。

 挑戦全てが空降りに終わるわけではないと知った。

 ならば、頑張れる。

 自分を目標まで持っていくんだ。

 この手で掴みたい。 

 可能性はゼロなんかじゃない。

 0と1は大きな違いだ。


(頑張ろう。頑張れるよ、私は)


 せっかくの煌めきをいつまでもこのままにしておくわけにはいかない。

 鍋の中で異世界を知らせてくるこれの質が落ちてしまうのは嫌だ。


(あれ?でも、瓶に入れても徐々に質は低下するのかな)


 合間合間に鑑定して確認してみよう。

 そっと鍋を持ち上げ魔力漏斗を使いながら瓶に注いでいく。

 零してはいけない。

 ゆっくりと丁寧に。焦らず丁寧に。

 とろみもなく、スーッと流れ落ちていく様子もまた違った美しさがある。

 1滴たりとも残したくなくて、魔力と風を行使しながら注ぎきった。

 最後はコルクでしっかりと封をする。

 これもまた丁寧にきちんとね。

 恐る恐る横に倒してみたけれど、漏れはない。


「うんうん」


 これでようやく完成だ。

 なんだか瓶に収まった状態を完成形と言う気がしてきた。

 光を放った時点で完成と言えるだろうに…


(まぁ、自分が完成と思えば完成ということで)


 納得できたところでそっとテーブルに置いた。

 そこにあるのはたった1本。

 だけど、最初から多くを目指さなくて良かったと思う。

 1に向き合うことが大切だと思えたから。


「おぉ…」


 せっかくならばと室内の灯りを消してみれば実に幻想的になった。

 元々この部屋に残されていた薬はもちろんのこと、それ以外にも光るものがいくつかある。

 そちらも気になるが今は1本の薬が主役だ。

 私は勝手に魅了されている。


(効力ありだね)


 これは間違いなく私の薬だ。

 色んな意味で飲みたくないね。

 遺したい代物だ。


(あの日から今日へ…)


 道無き森を掻き分け道だと信じ進んだ先で光を見た。

 あの光からこの光へ。

 点から点へ1本の糸が繋がった。

 その一糸こそ人生の一幕か。


(幻想空間にいると思考も普段と変わるのかな?まぁ、悪くないね)


 言葉も行動も思考も私の好きにさせよう。

 それがいいと思う。

 身も心も楽にして幻想世界に浸った。

 おそらく、今日を忘れられない一日と呼ぶのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ