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32.事前段階 - 鍋と匙と水量と…

 魔力ポーションの製作に取り掛かるべく作業部屋へとやってきた。

 家に入る前に己に浄化をかけたけれど、念には念をということでこの部屋に立ち入る前にも同じく浄化。

 薬を作るのに汚れは禁物だと思うから。


 製作の合間にもこまめに行なおうか。

 微量の塵や埃がどう影響するのか分からずとも、やって損するとは思えない。

 不純物は極力排除だ。できる限り常に清潔を心がけましょう。

 もちろん製作物に影響が出ない範囲内でね。


 さて、薬を作るべく行動に移したいところだが、先におさらいだ。

 丸椅子に腰掛け水中に置かれた魔石を眺めているけれど、それに意味はない。

 溶解している様子は見られないが、そこはもう薬製作と無関係だ。

 魔石を水に浸していたことは粉砕用の魔石を取りに来た際に思い出した。

 カトレアの粉砕を目指してこの部屋を出た時点でそんな実験を行なっていたことは抜け落ちていたみたい。

 これを目にしたときに思い出したことがある。

 ポーションの作り方に“魔石を砕く”と記されていたなって。

 溶かして使うのではない。

 あれこれ頭に入れすぎてすぐに何かが抜け落ちてしまうと実感した。


 さて、下級魔力ポーションの作り方についてだったね。

 いくつかの書物から得たことを整理し纏めると、


 1.カトレアの花弁2枚を乾燥粉砕

 2.魔石(極小)を粉砕

 3.冷たい水を浄化する

 4.3に1と2を加え混ぜる


 師匠が書いた魔法薬製作関連の文章をそのままノートに書き写し、その下に上記を記入していく。

 さて、これだと分量が曖昧なままだ。

 魔石(極小)と言っても大きさは一定でない。

 重さもそうだ。同じ大きさでも持てば質量が違うと分かる。

 そして、水量はいかほどに?冷たい水とは何度を指す?


 まず、水量の厄介度合いが高いと思うので先に解決しておきたい。

 テーブルの上に置いたままだったポーションを並べてみるとどれも水嵩みずかさが同じだ。

 下級だろうと中級だろうと、水色だろうと赤だろうと。

 当然同じ瓶のものを並べているよ?

 ここにあるポーションの瓶は数種類あるけれど、おそらく内容物の量は同じなのだろう。

 では、その水量をどうにかして測ればいいのかというとそうではない。

 材料に違いがあるのに水嵩は同じということは、作る薬の種類によって必要な水の量は違うということ。


(これって全部瓶に入れて振るのじゃいけないの?)


 手順が変わってしまうけれど、瓶に粉砕したものを入れてから隣に置いたポーションと嵩が同じになるだけ水を注ぐ。

 これでいけないだろうか。

 もし、上手くいかなければ材料を無駄にしたと言える。

 しかし、失敗が無ければ成功に到達するのは難しい。


(無駄とは違うね)


 失敗は覚悟の上だ。

 椅子から立ち上がりようやく動き出した。

 己に浄化をかけながら空瓶を取りに向かう。

 その瓶にも浄化だ。

 テーブルに置いた瓶の上に魔力ミキサーの胴体を発現し、カトレアの花弁と魔石を投入後、蓋をして回転中の刃を置く。

 その下に角度が急な魔力漏斗を設置だ。

 出先は瓶の中。


(あれ?調薬鍋を使わなければいけないのだろうか?)


 壁にくっついている棚板の上に置かれたビーカーを手に取りながらそんなことを思った。

 ひとまずこのまま進めよう。

 手にしているビーカーに水を顕現させ、浄化をかける。

 乾燥粉砕が為されたと思えたところで魔力ミキサーを消した。

 サラサラと下に落ちていく様をつい見てしまうね。

 なんだか薬を作っている実感が湧いてきた。

 ワクワクするんだ。


(水ね?もう一回浄化をかけておこうか)


 “浄化をかけた水”ではなく、“浄化された水”と記されていた。

 なんとなくその違いを気にした方がいいと思うんだ。

 あくまで材料は“浄化された水”。

 しかし、浄化をかけるだけでそうなるのか分からない。

 とりあえず、これで作ってみるんだ。


(まず、やってみよう!)


 そうして瓶に水を注いでいく。

 量を合わせたいので慎重にね。

 最後はチョピッ、チョピッ、と微調整。


(手が震える…うん)


 そして、コルクでギュギュッと封をしてシャカシャカシャカシャカ…


─────


───


──


 廊下に出て窓の外を眺めながら振り続けた。

 意外と筋トレになるなと思いながら。

 一定のリズムで振り続けられるのかとか、縦ではなく横向きにして左右に手首を動かし続けるとどこが鍛えられるのかとか色々試したね。

 そして、私は薬の完成にどうやって気づくのだろうと考えたところで動きを止めた。

 瓶を陽に当てながら中の様子を窺うと、充分混ざっているように見える。

 だけど、淡い光は無く、おそらく未完成。

 一応、ポンッとコルクを開けて飲んでみたけれど、自身に変化は見られなかった。

 そうなるだろうと思っていたけれど、少し落ち込んでしまう。


(戻ろうか)


 この身が感知している生物はただ森を動き回っているだけと分かったことだしね。

 腕が少々重いと感じながら作業部屋へ。


─────


───


──


(さて、どうしたものか…)


 何がいけないのか分からない。

 材料・分量・作り方・その他…果たして何が悪いのか。

 理由はひとつとは限らない。

 それを頭に置きながら考えていこう。


(まぁ、やっぱりシャカシャカは違う?)


 調薬鍋というものがあるぐらいだ。

 瓶に入れて振るが間違っていたかもね。


「あ…」


 “あ…”だけ出て止まってしまう事が多い気がする。

 そこはどうでもいい。

 

 作り方には“綺麗な水(冷たい)に入れ掻き混ぜる”と書いてあった。

 私は無意識下に“混ぜる”に変換してしまっている。

 もしかしたらそこは言葉通りでないといけないのかもしれない。

 レシピ本を見て作った料理を食べた際になんか違うと感じる理由のひとつがそれだと思う。

 手順を守ったつもりでも、勝手に改竄していることってあるみたい。

 今回もそれと同じことが起きているのかもしれない。


(掻き混ぜるかぁ…)


 それには水量の問題が浮上する。

 瓶に入れて作ろうと思った理由がちゃんとあるんだ。


(どうしたものか…)


 先程書いた手順を書き直しながら考えた末に立ち上がった。

 そして室内を探してみたけれどデジタルの秤はおろか、針が回るタイプの秤も見つけられなかった。

 天秤でなんとかするしかないのか…

 計量スプーンや目盛りが引かれているビーカーなんかも無いし。


(スプーン何杯分とか?)


 それでいってみよう。

 再度材料を無駄にしてしまうが、瓶に水以外の材料を入れ、師匠が作った下級魔力ポーションと嵩が同じになるまで水を入れる。

 使うのはスプーン。

 大きさの違うそれをこの部屋から5本探し出した。

 分かりやすいように小1・小2・中・大1・大2としておこう。

 ここには柄の長いパフェスプーンタイプもあったので全てそれで揃えた。

 これで水を測る際は“1杯”がブレないように水の張った容器から掬い取ること。

 そして、零さぬよう注意が必要だ。


(でもこれだと瓶に注ぎにくい…)


 この部屋にあったミニ漏斗も使おう。

 漏斗に水滴でも残れば正確に計れないので1杯入れるごとに上から風を吹かせることにした。

 細かいことでも気がついたら気にした方がいい。

 ただでさえ、なんとなくが多いのだから。

 可能な限り丁寧に、そして、正確にだ。


──────────

 【下級魔力ポーション水量】

  スプーン中 × 9杯 + スプーン小1 × 1杯

──────────


 これもノートに書いておこう。

 魔石は体積で考えればいいのか質量で考えればいいのか分からない。

 最初に手にした魔石(極小)を粉砕し、それをスプーンに乗せてみる。

 目測では小1スプーン1/2杯分。

 本当にてきとうだけど、今回は新たに持ってきた極小スプーン1杯分を使用してみる。

 あとは掻き混ぜるだけなのだが…


(大きいよなぁ)


 部屋の壁際から運んできた調薬鍋はきっと豚汁20人前が入る。

 ポーション1本分だけ作るには不向きだ。

 もうこの鍋の用途が分からなくなってきた。

 そもそも何故“鍋”と呼ぶのか。


(お金持ちが家に飾る置物ではないの?)


 光沢のある白に近い水色。

 白銀色の鍋は高貴さすら窺える。

 ミスリル製と準ミスリル製のものはこの色になるみたいだね。

 形は奇抜ということはなく調薬鍋と知ったところで何も。

 この世界にあっても違和感はない。

 もし地球に存在していたとしたらゲーム世界の物を再現したのかなと思ったことだろう。


 調薬鍋を想像できる人の中にはこの鍋と同じ形状のものを思い描く人がいると思う。

 上部が少々くびれた壺のようなもの。

 ぽっちゃり体型で口は広め。

 底が丸いけれど、三つ足の支えがあるので倒れることはない。

 左右に付いている持ち手は銀で作られている。

 お洒落な形と思うものの、説明するとしたら耳型。


(何に使うんだろうなぁ)


 なんて考えながらポーション1本を作るのに丁度いいものはないかと首を回す。


「あ…あれでいいじゃん」


 この調薬鍋の周囲には似たようなものがいくつか置かれていた。

 コップサイズから、これより更に大きいものまで大小様々。

 形や太さ、口の広さも様々だ。取っ手無しもあるよ。

 立ち上がり、その区画へと近づいた。


(これかなぁ)


 片手でも持てる小さな調薬鍋に決めた。

 これは三つ足と胴体が一体になっているタイプではなく、ミスリルの輪に3本の支えが等間隔に生えている物の上に置いて使うんだ。

 底が丸みを帯びた鍋ならば上手いこと嵌まる。

 アタッチメント有りきで使用する鍋だね。

 鑑定すれば“調薬鍋”と出るので名前は合っている。

 こうなってくると鍋の定義が気になるところだ。

 そこは置いといて、この大きさでは木ベラを使えないので代わりが必要だ。


(これでいいか)


 鍋を置こうとテーブルに歩み寄った際に、その上に置かれているパフェスプーンが目に留まった。

 パフェを食べるときはそう呼ぶがこの場では計量スプーンと呼ぼう。


(いや…)


 それだと不服なので“計量匙”とする。

 これにてようやく準備が整ったかな?

 大きな鍋を掻き混ぜたい気持ちはあれど今回は諦めなきゃね。

 薬作り初心者なんだ。

 ひとつひとつ丁寧に作っていきましょう。

 いつか大きな鍋をグルグルと掻き混ぜながら作れたらいいな。


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