31.成果はレモンスムージー
植物の乾燥粉砕方法を身につけたことだし作業部屋に戻ろうと思ったのだけど、そうもいかなくなった。
まだ魔石の粉砕が成功していない。
というか、その必要があると思い出したのがつい先程。
おそらく花弁や草を刻むのとは訳が違う。
たぶんかなり硬い。
(まず試さないことには始まらないね)
とはいえ、カトレアの花弁のことしか考えていなかったのでこの場にはない。
というわけで取りに…
(デジャブ?)
ほんの少しだけ右足が浮き、すぐに降りたのは2度目だ。
まずは小石で試してみましょう。
探せばこの区域にもあると…
(あ、投擲の練習…をするには足りないもんね)
保留にしたのは森に入り探し集めないとと思ったからだ。
草を掻き分け探せばこの庭にもあるだろうが、それでは足りない気がする。
(あれ?っていうか…あ、出た)
石出せたわ。
どいういう仕組みなんだよ。
突如目の前に現れた石は真下に落下しポスッと音を鳴らした。
そして、草に受け止められた状態で今もそこに在る。
いくら視線で射抜こうとも変わることなくそこに。
消える気配はない。水と同じなのだろう。
浮力や保持力は魔力の拡散と共に弱まるが、物は残るという不思議。
(どこから成分掻き集めてきたんだよ…)
無から有が実現可能。それが魔法か。
そこについての考察はいつかだ。
今はそんなもんと思っておいた方がいい。
考えるのに必要な知識がゼロに近すぎるから。
そう思ったところで足元に転がっている石を拾い…
(えー)
魔力ミキサーに放り込もうとしたが、どうやって?という話だ。
そもそも未だにそこで踊り狂っている草粉はどうやって取り出せばいいのだろう?
とりあえず、新たに魔力ミキサーを生み出し石を放り込み蓋をして魔力の刃を顕現。
見事音を出して砕かれていく様を視界の端に入れながら草粉をどのようにして取り出すか考える。
真下に容器を置いておけばいつかはそこに落ちると分かる。
だけど、自分のタイミングで取り出せないのは不便だ。
(っていうか、もちすぎ…物持ちがいい…言ってる場合か)
魔力ミキサーも内部にある刃もいつまでこの世に存在するのやら…。
どれほどの魔力量でどれほど存在できるのか、いずれ感覚で分かるようになるものなのか。
水と風と魔力そのものでは同じサイズの球でも消えるまでの時間は違うだろうし、なかなか難しいかもね。
(んーっと…消すことは可能なのかな?)
自分が生み出した魔法を自らの采配で消すことができるのか。
魔法の源は魔力。
それが無ければ魔法ではなくなる。
物質は残るが、それ以外は消えるはず。
(そこにあるのは私の魔力…取り込めないだろうか…)
身体の外にある魔力をこの身にというのは問題ないはずだ。
自然治癒として大気の魔力を取り込むことがあるし、魔力回復の方法のひとつに他者からの受け渡しがあるぐらいだから。
そこにある私の魔力をこの身に戻したところで拒絶反応が見られる訳がない。
(問題はその方法か…)
呼吸、飲食、輸血…とは違うだろう。
おもむろに魔力ミキサーに手を添え目を閉じた。
指先で感じるのは魔力そのもの。
気のせいかもしれないけれど、私の魔力という気がしてならない。
それを指先から吸収できないかと考えたが何も変化は起きなかった。
(んー)
これを吸収と思うだけでは甘いか。
3本の指が触れるこの魔力。
私の体内にあるものと同じこれを中指の先端から指の付け根へ向かう流れに乗せる。
(これを少しずつこの指のここから……ダメか)
なんだかいけるつもりだったので少々落ち込む。
傍から見たら見えない壁の向こうで舞う石粉に触れたい人みたいになってる?
ちなみに草粉はもう既に散っている。
そちらのミキサーは消えたんだ。
(私の魔力なのになんで…おーい)
指先にある魔力からの反応はない。
ミキサーとしての形を忠実に保ち続けるいい子である。
なんとかこちらの流れに乗ってほしい。
呼んでいると気がついていない。
手を伸ばして絡め引き寄せる…
(けど、そんな繊細に扱う必要はないよね)
だって絡めるのは自分の魔力にだ。
体内の魔力を操る気はない。
絡め取る行いをするつもりはさらさらなく、出せば勝手に繋がる気がする。
バッと、グイッと。
「おぉっ…と…うん。大丈夫、大丈夫」
勢いがあったので驚いたが焦りも恐怖もない。
何かがブワッと膨らんだ感覚があったけれど、流れる血液の量が突然増えれば血管はほんの少しだけ膨張するとかだろう。
けれど、総量で言えば少ないはず。
すぐに馴染み自分の一部となって流れ始めた。たぶん。
分かりやすく血液と血管で例えたけれど、魔力も同じ。
(ほらね)
ふふん。今更これは取り繕いか。
指先からバッと出して即座にグイッと引けば勝手についてきた。
想定通りになったけれど、後に想定外が生じたね。
「あ…そうだった」
魔力ミキサーを自分の意志で消せないか試していたところだった。
本来何をしたかったのか思い出したのは視界にミキサーが無いと気がついたから。
(確か…うん)
外の魔力が指先から入ってくる感覚を覚えながらもこの瞳は舞い落ちる石粉を移していた。
そうだそうだと思いながら身を翻し進むのはもうひとつ思い出したことがあるから。
向かうは作業部屋。
(これこれ)
数分後には魔石を手にしてまた外へと出てきた。
これを粉砕できるか確認しないことには終われない。
そうして行えば滞りなく事は進んだ。
(入れ物を取ってこないと)
音を鳴らし砕けていくそれを残したまま再度身を翻し家に駆け込む。
今度は2つのガラスコップとレモンを手にして戻ってきた。
まず、踊る魔石粉の下にコップを置く為の透明な台を。
そして置かれたコップの上に透明な漏斗を。
上部は魔力ミキサーの幅より広くすること。
最後にミキサーを消せば無事魔石の粉を手に入れられた。
その後、自分を労う一品をササッと作り家へと戻る。
(レモンスムージーうめー)
左手には魔石粉入りのコップを、右手にはレモンスムージー入りのコップを持ちゆっくりと歩みを進める。
魔力ミキサーは氷だって砕けるんだ。
しかも洗う必要のない優れもの。
とはいえ、ミキサーを消した瞬間少し残っていたスムージーが地に落ちたので改善すべき点はある。
シンクの上で水をかけるとか、ゴムベラのようなもので綺麗に取り出すとか、方法は思いつくので大した問題ではない。
今自分は穏やかに歩けている。
草を踏み鳴らす音すら聞く余裕があるほどに。
それは口内を満たすレモンと砕けた氷のお陰でもあるが、なんだか一歩踏み出した感覚があるから。
試行錯誤の末に良い結果を出せたとなれば心は浮わつくというもの。
きっと魔力球を生み出せたときも似たようなものだろう。
(うんうん)
これにて乾燥粉砕についての検証は終了。
かなり脱線したものの順調と言える範囲内と思える。
心に余裕があるのはいい。やる気もまだまだあり。
というわけで、このまま魔法薬製作に取り掛かろう。
(頑張るぞ!)
心の内で意気込んだのは穏やかな昼下がり。
甘味のないレモンスムージーがとても美味しく感じる時でした。