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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
3/66

3.長い長い階段の先には

 崖の内部は想像と違い、そこまでの暗さはなかった。

 壁に等間隔に並ぶ照明により視界は明瞭。

 しかし、だからこそ階段の長さに嫌気もさす。

 先が見えないとはこのことだ。

 それは暗いからではなく、先端が遠すぎて。


(あそこを目指す意味はあるのだろうか…)


 ここに案内された理由が分からないからこそ、身を翻す選択肢も残ったままなんだ。

 先を見つめながら静かに立っていると私の横を小さなものが通り抜けた。

 小鳥さんは先導するつもりのようだ。


(やっぱり行くのねぇ)


 仕方なく足を持ち上げ前に進んだ。

 身体の軽さはどこへ行ったのやら。

 心持ちが少々重いまま数歩進み、今度は階段を着地点としていく。


 コツ…コツ…と音が鳴る。

 石造りの階段を一段上がるごとに。


(崩れないよね?ね?)


 壁と言っても剥き出しなのだ。

 両脇も天井も土もしくは岩。

 この崖を掘ったのだろう。

 生き埋めになる心配を抱えながら長い長い階段をただひたすらに登る。


(遠いなぁ…自分も飛べたら良かったのに…)


 やけに長く感じる。

 変わらぬ景色がそうさせるのか、実際に段数が多すぎるのか…

 一人であったならばここまで冷静ではいられなかっただろう。

 こちらのペースに合わせてくれる優しき小鳥の存在は大きい。

 先程まで身を置いていた森の中とは大違いだ。


(思い出してはいけない…うん)


 無心で階段を登るのだ。

 そうして数分のような数時間のような時の先にようやく到着した。

 出口と思っていた場所に。

 出先は洞窟の中だったので出口と言っていいものか…


(一番出口と言ったところか…)


 なんてことを考えながら現場の把握に努める。

 こちらにも照明が設置されており、視界が闇に覆われることはなかった。

 剥き出しの土壁がハッキリと見えている。 

 足元は硬く平らであり、何かに足を取られるとは思えない。

 おそらく誰かがならしたのだろう。

 振り返ってみると平らな道が奥まで続いていた。

 トンネルのようにまっすぐと。


 先の先に見えるのは…外だ。

 外部から自然の光が入り込んでいるのは確かだろう。

 出口とも呼べるその手前にあるのはおそらく椅子だ。

 逆光により正確には分からないね。


(行くんだねぇ)


 ピィピィとした囀りは私へ向けたもの。

 “こっち こっち”と知らせているかのようだった。

 今度もまた小鳥に従い足を進める。


(見えてきた)


 進むにつれ置かれている何かの姿が明確になっていく。

 そこにはやはり一脚の椅子。こちらに背を向けた状態で。

 背後からでも座面から黒い布が垂れ下がっていることには気がつける。

 そして一部隠れているものの、そこに黒い靴があることも。

 高さのある背もたれによって確認は取れないが、おそらくどなたかが座っているのだろう。


(小鳥さんの飼い主かな?)


 そう考えた途端に安心が生まれ歩くスピードが上がった。

 そんな自分は人に騙されやすいのかもしれない。


(あ…)


 思わず足が止まるのは危機感を覚えたからではない。

 肘掛けに乗せられた袖の先が見えてしまった。


「………」


 あの質感を知っている。

 軽くて重いそれを初めて見た時の光景を思い出し、じわりと汗が滲む。

 先導者はそんな私とは正反対と言える。

 悠々と飛び、最後には椅子の背もたれに降り立ったんだ。


「…あの…突然すみません。お邪魔してます。聞きたいことがあるのですが、今よろしいでしょうか」


 間違いなく届くようにハッキリと伝えたつもりだ。

 椅子に向けたその声はわずかに震え緊張していたけれど、届いたはず。


………


 帰ってきたのは静寂だ。

 やはりそうだと肩を落とす。


(どうしよう…)


 垂れた両手を握り締め、足に力を込めて踏み出した。

 椅子の正面に回りその姿を捉えようと思って。

 泣きそうな顔をしていたかもしれない。

 視線の先には黒いローブを纏った骸骨が鎮座していた。

 両腕をそれぞれ肘掛けに乗せ頭を少々傾けている。

 まるで眠っているかのようだ。


(いや、その通りなんだけど…)


 落ち込みはある。ようやく人から何かを聞けると期待したから。

 だけど、そこまで深く落ちてもいない。

 そこにおられる方を心穏やかに眺めるだけの余裕はある。


 全体を捉えた後に目が行くのは左手首を飾る装飾で、骸骨が身につけていても違和感のない腕輪だ。

 腕輪に並ぶ3つの石はそれぞれ色が違うけれど、調和が取れているように思う。


 身に纏う衣服はどれも落ち着きのある品々だ。

 艶の無い黒いローブ、白いシャツ、黒いズボンに同色のブーツ。

 その全てに汚れや傷は一切ない。

 使用感も何も感じられないから不思議だ。

 おそらく魔法がかかっているのだろう。


(ここにいるってことは…)


 あの家の関係者と思われる。

 それどころか持ち主かもしれない。


(別荘とか?)


 聞ける相手が物言わぬのでは知りようがない。

 見てしまった以上このまま去るのは後味が悪い。

 薄っぺらいと分かりながらも追悼を。

 手を合わせ瞳を閉じる。


………


 幾許か静かな時を流し、瞼を上げた。

 視線の先には先程と変わらぬ姿の骸骨。


(あの家の上がここか…)


 おそらく切り立つ壁の中腹と言える位置だろう。

 途端にここから見える景色が気になってきた。

 まだ私はきちんと見ていないんだ。


(この瞳に映してみましょう。この方が見る景色を)

 

 その思いで椅子の横に移動した。

 見据える直前、左肩に重みが増しつい口元が緩んだ。

 小鳥さんも一緒に眺めるのかな。


「………」


 見えたのは自然の雄大さ。

 眼下に広がるのは大木が作りし広大な森。

 風に撫でられ揺れる木々が鳴らすのは波の音のようだ。

 そんな森の奥には海が見えるけれど、ここからの距離は掴めない。

 遥か遠くに思うけれど、見えているということは近いのか…


 ここは大木をも見下ろせる高さに位置する。

 ならば遥か遠くも見渡せるのだろうか…

 遠い遠い場所に置かれた青を海と判断できるのは波と光の反射によるもの。

 白い雲が流れる空とは別物だね。


 これまでにこんな景色を見たことがない。

 大自然を感じる場所で、自然だけを瞳に映すことはなかった。

 なんだか大気を流れる風すら見えそうだ。

 そう勘違いする何かがここにはあるのか、単に自分の思考が鈍っているのか分からないね。


(ここは何処なのだろう…)


 声にならない声は誰にも届かない。

 それに気づくことなくぼんやりと眺め続けた。


─────


───


──


 ピィピィピィ


 私を呼ぶ声にハッとした。

 流れる雲を眺めていたはずなのに捉えていたはずの雲はどこにもない。

 一体どれほどの時を流したのやら。

 このままでは気づかぬ間に夜に包まれそうだ。

 それはいけない。声を上げてくれて助かった。

 だけど、呼び戻すつもりの声とは違う。

 何か話があるようだ。


「…?」


 顔を横に向け瞳で問いかけると肩から離れ私の正面側に。

 言葉を待っているとこちらに近づき私の額に嘴を当てた。

 小さな羽ばたきが起こす風は私の前髪を小さく揺らす。

 くすぐったさを感じながら大人しくしていると嘴の先から何かが流れ込んできた。

 体内にゆっくりと広がっていくそれに恐怖も不安もない。

 暖かな何かが身体に馴染んでいくのをそっと目を閉じ受け入れた。


(暖かいですねぇ…日向ぼっこみたいだぁ…)


 夢心地でぽかぽかしていると額に触れていたものが離れてしまった。

 少し寒さを感じながら瞼を上げると黒い瞳と視線が絡んだ。

 その瞳に乗るのは…


「異界の子よ。私は導き手だった者」


 開いた嘴から出た声が洞窟内に響いた。

 ぼんやりとしか伝わってこなかった小鳥の意思が今はハッキリと捉えられる。

 それなのにそれを喜べないのは声に悲痛が含まれていたから。


「私にはもう力が残されていません。そばに居られなくてごめんなさい…」

「導き手?力?どういう…」


 こちらが言葉を紡ぐ間に小鳥から青い光が溢れた。

 徐々に強まる優しくも美しい光の眩しさに思わず目を瞑る。


(どういうこと…)


 光が弱まっていくのを感じ瞼を上げた。

 そこに小鳥の姿はなく、あるのは寂しさだけ。

 いくつもの青い光の粒が舞い降り溶けてゆく。

 思わず手を伸ばした。

 幻想的な青い粒をひとつでも掴みたかったのか…


(あなたの幸せを願っています)


 空で鳴った音は短く、すぐに途絶えた。

 何が為の音だったのか、道標だったのか分からないまま…


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