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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
26/66

26.魔力欠乏症

 何かが浮上した。

 ぼんやりと視界が明るくなっていく。


(………)


 頭が働かず、ただただ何かを見つめ続ける。

 暗がりなのにどこか眩しさも感じる世界。


(…あ……)


 見えているのは瞼の裏だと気がついた。

 それでも動く気力は湧かず…


「いっ…」


 ズキズキと痛んでいたのは始めからだろうか。

 突然の頭痛に思わず腕が動いたが僅かに浮いて終わった。

 腕が重すぎたんだ。


(なんだっけ…)


 考えるのも億劫だ。

 瞼を上げるのも苦労する。


(何処?ここ…)


「うっ…」


 まだ意識は浅いというのに、口の中の気持ち悪さは感じるなんてやめてくれ。

 鼻につくのは実に不愉快な臭い。

 ツンとした独特のそれから吐き気を催すが、胃に力を込め耐えた。


すすぎたい…)


 とにかく口内を水で…

 その思いで身体を上に向け懸命に上半身を起こす。

 想像以上の気怠さに動く気が失せるものの頑張る。


(………)


 口を開きたくない。

 とにかく不愉快で顔は険しくなってるはずだ。


(あったまいてぇ…)


 ようやく頭を押さえることができた。

 額に触れる手は酷く冷たく、だけど、今の自分には心地いい。


(なんだっけ…)


「あー」


 何かがあって意識が途絶えた。


(いつ?)


 長く眠った感覚がある。

 だけど、5分前と言われてもおそらく納得するだろう。

 外を見たいけれど、首を後ろに回すのがしんどい。


(いつなんだよ…)


 ぎこちなく振り返っても意識が途絶えた時間は分からない。

 あのときは集中しすぎて外を見ていなかったから。

 朝だったのか昼だったのか夜だったのか…


「はぁ…」


 なんだか長い時を流してしまった気がする。

 落ち込むことなのかも分からない。

 とにかく、気怠い。頭が痛い。水を飲みたい。

 急に喉の渇きを覚えた。


「………きもっ」


 勝手に視界に入ったのは汚れた胸元。

 カピカピになっている。


「あれ?」


 軽く首を動かし見回しても他に汚れが見られない。

 ソファーにも床にもだ。


(床は分かるけど、ソファーはなんだ?家具も勝手に綺麗になるの?どんな家だよ)


 そのせいでここが何処か思い出せた。

 特に落ち込みも何もなく、床に足を下ろし力を振り絞って立ち上がる。


「ふぅ…」


 立ったはいいもののまたぼんやりとしてしまう。

 足を上げるのすら億劫だ。


(動くかぁ…)


 覚束ない足取りで目指すのは洗面所。

 顔を洗いたい。口内も綺麗にしたい。


(あ…うん)


 シャワーを浴びよう。

 それがいいと洗面所に付くや否や乱雑に服を脱ぎ捨て勢いよく水を浴びる。


(………)


 それが心地良く、しばらく下を向いたまま水を受け続けた。

 時折上を向いて口に水を溜め込んでは吐き出したりも。

 何度やってもなんだか気持ち悪いんだ。


「はぁ…」


 身も心もスッキリしたところで水を止め風呂場から出た。

 服の替えがあって良かったよ。

 着ていた服は浄化で綺麗にし、使われていなかった棚に畳んで置いた。

 なんとなく着たくないのでね。

 髪の毛をガシガシとタオルで擦りながらキッチンへと向かう。


「んー」


 コップに注いだ水を煽ったが、なんだか物足りない。

 スッキリとした味わいのものを飲みたいんだ。

 だけど、いい飲み物が思い浮かばない。


(これでいっか)


 レモンを2等分し、その片方を手に取った。


「うめぇのかよ」


 上を向き開いた口の上で絞ったんだ。

 強烈な酸味の後に苦味少々と柑橘特有の爽やかな風味。

 そして、少しの甘みが顔を覗かせた。

 見事な調和である。


(これいいね)


 もう片側も同じく口内に絞り出し果汁を取り込んだ。


(そういえば、お腹すいたなぁ)


 何かを摂取したからなのか空腹を覚えた。

 だけど、そこまで食欲が湧いてもいない。

 とりあえず数種類の果実を切り分け皿に盛り、それを持ってリビングへ。

 レモン多めだが、そうなって当然と言えよう。




***




 さて、所変わってリビングのソファーに身を預ける。

 なんとなく自分が汚したはずの方は避けその反対側に。

 レモンを口に含みながら自分に何があったのか考え始める。


(あれはきっと魔力欠乏症だ)


 目を閉じてその時を思い出す。

 この身との繋がりを細めていく魔力をなんとか繋ぎ留めようと気を張ったがどうにも勝てず緩んでしまった。

 その瞬間、待ってましたとばかりに体内の魔力が外へ引っ張られた。

 流れを堰き止めていた板を外したかのように。


 本来体外に放たれた魔力は元の持ち主との繋がりを消してから大気に溶け込むのだろう。

 それを私が無理に引き留めてしまったんだ。

 堰き止めた分、それが解けたときの勢いは強い。

 そして、通常よりも繋がりが強固ではあったのだろう。

 ほんの少しの差だろうと、勢いが加わればそれは危険を高める要因になると。

 結果、体内の魔力が外に持っていかれ魔力が不足する事態に陥った。


 不思議なものだ。

 酸素や血液が不足したわけでもないのに。


(それと同じなんだね)


 大幅な減少は身体機能の低下へと繋がる。酷ければ迫るは死。

 今や生命を維持するのに大きな役割を担うのが酸素・血液・水分・魔力。

 この世界の身体には魔力も必要不可欠か。


(面白いなぁ)


 魔力を蓄える見えない器官があるぐらいだ。

 あちらと生命維持に必要なものが違っても不思議はない。

 身体能力の高さについて考えたときに似たようなことを思ったね。


(魔力は生命維持役のひとつであり、身体の一部…)


 それが突如一瞬にして奪われれば死も見えるさ。

 見るだけに済んで良かったよ。

 僅か数日で二度も死に目に遭った。


(舐めすぎだな。この世界を)


 何度己に呆れることやら。

 しかし、落ち込んでばかりではいられない。

 それと、魔力操作を諦めるつもりは毛頭ない。

 身体の一部ならば自分で動かせるはずなんだ。


(いや、血液は動かせないけど、なんかね?)


 自分の意志が関われることは分かっている。

 流れを変えられるとはそういうことだ。


(描くってそういうことかぁ…)


 文字や絵のようにペンを使うわけではないようだ。

 何か特殊なペンか道具があるのかもしれないと掠めもしたけれど、どうやら違う。

 放出した魔力を己に繋ぎ止めながらも管を細め、更に操作する。

 描くのはいくつのも線が複雑に重なり合う精巧な魔法陣。

 難易度が計り知れない。だけど、高難易度に思う。

 失敗した場合は命が危険に晒されることになるという折り紙付き。


(けど、森で寝るのも危険度は同じだろう。うん。そうだそうだ)


 諦める理由がないね。

 そう思えたところで魔力操作の鍛錬に取り掛かろう。

 まずは操作以前に自身から離れようとする魔力を繋ぎ止めるところから。


(いや、その前に欠乏症について…後でだ)


 魔力操作に取り掛かる前に魔力欠乏症についてもう少し調べてみたい。

 だけど、更に前に解決すべきことがある。


(頭痛い…いや、ほんときつい…)


 ズキズキなのかガンガンなのか分からないが、ずっと続くそれが鬱陶しいのは確かだ。

 これをどうにかしてからでないと集中なんてできやしない。

 何をするにしてもこれを治さないことには…


(あ、こんなときこそあれだ)


「え?もう?」


 治癒魔法とやらを使ってみた。

 この頭の痛みをどこかに連れてってくれと思いながら。

 さすれば数秒にして健康体に様変わり。


「ほんとに?」


 鮮やかなお手並みに理解が追いつかない。


(え?治ったの?え?こんな簡単に?)


 治療がこれほど簡単とは誰が想像できよう。

 あまりにも軽い。

 不可解すぎて不安になるほどだ。


(まぁ、けど…うん。治ったんだからいいでしょう)


 それにしても早業だった。

 未だに魔法を使ったという自覚がない。

 頭痛もそうだが、気怠さなんかも消え去ったというのに。


(あれ?じゃあ、どうやって死ぬの?)


 ここまでアッサリと治せるのならば死因はなんだ?

 もちろん老衰はあるだろう。

 戦いが身近にある以上、即死や瀕死の頻度が高いだろう。

 だけど、ほんの少しの猶予さえあれば病や傷は無かったことにできるのでは?

 それはつまり死因が限られているということ。


(寿命…)


 魔法が無い場合よりも寿命は伸びそうだね。

 そこはいい。

 気掛かりなのは大きな大きな怪我でも治されるということ。


「………」


 身震いした。

 思わず自分を抱き締める。


(治るの?死なせてくれないの?)


 病に関しては発見次第治せば酷い苦しみや痛みを避けられるだろう。

 だけど、怪我に関してはそうもいかない。

 損傷の程度を決められる訳がないのだから。

 死にたくなるような痛みさえ即座に治されまた生きなければいけないんだ。


 一見簡単に治せるとはいいことに思うけれど私は悍ましいとさえ思ってしまう。

 剣で突き刺されようと斬られようと、全身を強打しようと、恐らく身体の一部が潰れようと、治せる。

 治せてしまう。

 それは…苦痛。

 苦しみ悶えては治され、傷つき恐れては治され…それを繰り返すのだから。


(なんて残酷な世界なんだ…)


 けれど、この世界の人たちにとってはそれが当たり前。

 何度も苦しみを乗り越え生きている。

 敵う気がしない…。

 湧き上がるのは恐怖だ。

 また私は人への恐怖心を増すのか…。

 生まれながらに戦いがそばにある。

 その意味をまたひとつ理解した。


(怖くないのかな…)


 思い浮かべるは小説の主人公たち。

 架空の物語。

 英雄譚なんてそんなに読んでこなかったけれど、数多く存在するのは知っている。

 アニメやゲーム、映画の中でだって多くの人は脅威に立ち向かい勝利を手にしてきた。


(夢物語ってそういうことか…)


 現実の話ではないもんね。

 しかし、ここはあの映画に出てきた人物のように強く逞しい人が多いのだろう。


「ふぅ…」


 レモンを一齧り。

 相変わらずの強い酸味。

 しかし、今回は苦味も強く感じるね。


(結局生きるんでしょう?)


 肯定だ。ならば、この世界を知り、この世界で生き延びられるように己を育てましょう。

 こうなってくるとこの島には人がいないことを望む。

 いや、実際の強さや動き、考えや性格をこっそりと知り、太刀打ちできるように策を練ることができないのはかなり困る。

 だけど、こんなに無知で弱い内に対峙することになればたまったもんじゃないとも思うんだ。

 すぐに食われてしまう。なんだったら殺してくれるならマシ。

 利用され痛めつけられるではやってられない。


「善し悪しだ」


 この島に人が生息していないとしたら、それにはいい点も悪い点もある。

 なんだってそうだよね。

 自分が置かれた環境を理解し受け止めそれに見合った行動を。

 そうするしかないんだ。


「まずは…そうそう」


 魔力欠乏症について調べるんだったね。


(ノートか何かないかなぁ…)


 書くことで覚えることもあるだろう。

 後で読み返して思い出すこともできる。

 合間にサラッと読み返すのもいいかもしれない。


(あるとしたらどこか…)


 書庫、書斎、物置部屋、作業部屋…


(あったあった。あ、インク…)


 ノートもペンも見つかった。

 だけど、数に限りがあると気がつき躊躇いが生まれる。

 現時点では数はかなり揃っているが、食料と違って近場から手に入れられるものでもないから。

 使えば減る一方だ。


(どうしよう…)


 ペンは万年筆にそっくりで、補充用のインクもある。

 その他に羽ペンや鉛筆もあるのでそこまで無くなることを恐れなくていい気もするけれど…


(無くなっても死にはしないか…)


 頭に記録するだけでは不安なのでやはりノートとペンを使おう。

 無駄遣いはしないようにね。

 とはいえ、ガチガチに固めすぎなくていいだろう。

 使用すると決めたところで万年筆と紺色のノートを持って書庫へと向かった。


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