25.外へ
翌日早朝。
庭にて剣を振るう。槍を突き出し振り回す。
ナイフは投げれば取りに行かなければいけないので保留。
石はまず探しに行かないといけないのでこれまた保留。
しかし、そうなると初回からナイフの鍛錬が頓挫することになる。
それはいかんとたくさん考えた結果、2つの案が浮かんだ。
ひとつは単純にナイフで戦うことを想定してのシミュレーション。
勢いを乗せて前に出す。横から突き刺す。斜めに切ることもあるだろう。
様々な体勢で様々な角度で繰り返した。
もうひとつの方は家の中で行うことになるので全てが終わってから始めた。
ふたつめの案は野菜のカット。
ナイフは当然包丁と大きく違う。
幅も厚みも重さも。持ち手の形も違うし、ナイフの方は両刃だ。
とにかく使い慣れること。
剣や槍と違いこういった方法で手に馴染ませることができると思ったのだ。
包丁と比べて刃が厚いので食材の切り分けには不向きと知ったね。
肉の切り分けもやってみたけれど、そちらに関してはまずまずだ。
切り分けた食材は魔道食料庫の一番上の段に保管することに決めた。
使うことが多いだろうからね。普通に料理するときに。
ちなみに今朝は野菜を切りながら土鍋でのお米炊きに再挑戦した。
吹き零れはなかったけれど、やはり鍋肌にはくっついてしまったんだ。
とはいえ、焦げはほとんどなく、成長が見られた。
お粥とまではいかないものの仕上がりはかなり柔らかい。
改善点はそこだね。
というわけで、朝食は鳥肉を主役にしたお粥でした。
中華粥にしようと思ったけれど、鶏ガラスープの素がないことに気がついたんだ。
追々研究したい分野だね。
まぁ、調味料棚にあった粉やらで美味しくはなった。
そんな朝を終えた今、リビングのソファーに胡座をかき瞑想中だ。
本日は魔法の研鑽に努める所存である。
早く島を出たいけれど、今の私が外を目指したところで即刻死を迎えるだろう。
まずは森に入り無事に戻ってくることを目指す。
その為には魔物を知ること。自分にできる攻撃と防御を知ること。
そして、武器と魔法への理解を深め鍛える必要がある。
数日前まで魔法は未知なるものだった。
いい加減でも魔法を繰り出せるけれど、せっかく知識も経験もゼロなのであれば、それを活かしたい。
何も知らないところに積み重ねる利点があると思うのだ。
ひとつひとつを更に細分化しこの身に落とし込む。
単に水の球を放つのではなく、魔力をどのように放出するのが最善か考えるとかね。
“水球を放つ”を最大限細分化できるのが今だと思う。
魔法の基礎を身につけるに打ってつけだ。
魔法の源は魔力。
ならば、魔力への理解を深めたい。
というわけで現在、体内の魔力を捉え動かしているところだ。
時には緩やかに、時には速やかに。
流れを反転させることも可能だ。
これが魔法にどう影響するのか分からないけれど、思いのままに流れを変えられるとはいいことに思う。
それに、転移魔術を扱うにも必要なことに思うんだ。
体内の魔力を操ろうとするのは単に魔法を磨く意味もあるが、そちらも関係する。
森を抜けるのに数日…もしかしたら数週間かかるだろう。
自ずとあの不気味な森で寝泊まりする必要が出てくる。
そうは言ってもできる気がしない。
転移魔術さえ使えればそんなことしなくて済む。
この家と、一度到達した場所に転移陣を残せばいいのだから。
島を出るにしても身につけておきたい。
あまりにも強大な敵に出逢ってしまっても逃げればいいんだ。
危機的状況に陥っても転移さえあればその場を抜け出せるだろう。
もし、人々が逞しすぎて宿で眠れないならここで寝ればいい。
とにかく、使えた方が圧倒的にいい魔法だ。
(いや、魔術ね?うん)
転移魔術は己の魔力で転移陣を描けなければ始まらない。
書物には魔力操作に長けた者が魔法陣を描けると記されていた。
魔力操作が何を意味するのか分からないけれど、流れぐらい変えられないでどうする。
流れを思いのままに変えるとは操作と違う気もするけれど、そう思えただけでも充分だ。
体内に意識を集中させることで理解が深まったと思う。
魔力は確かにこの身の内側に存在し、内部を流れている。
だけど、血液のように張り巡らされた管を通るのとは違う。
(いや、管はあるというか…)
言葉にするのが難しい。
確かに魔力用の管はある。
だけどそれは物体をものともしない管。
全身に行き渡っているそれは臓器や血肉をすり抜けていると言えばいいか…
(いやぁ…)
そこに物質があれば確かに流れを阻害し遅延させる。
体内を流れるのと大気中を流れるのとでは違う。
外ならば淀みなく流れに乗ってだけど、体内だと外比べて遅くなる。
水の中を歩くのと森も壁もない開けた土地を歩くのとでは速度に違いが出るよう。
進めはするけれど、遅延が生じるね。
とにかく、体内を巡る何かは血液の他にもうひとつあるということ。
それを知ったところでどう活かせばいいのか分からないけどね。
魔力操作とは何か…
何を以ってして“長けている”と言えるのか…
魔力操作を上達させるにはどうしたらいいのか…
(魔力を操作する…)
描くというからには流れを反転させるとは違うのだろう。
おそらく文字通り描く。なんらかの方法で。
(文字や絵を書くように?どこに?空間にだったか…だからどうやって?)
空間に魔力で陣を描く。
その方法がさっぱり分からない。
魔力を放つことはできている。
魔石に流すこともできる。
全身から放出することも、掌から流すことも可能。
(絞れるってこと?)
開いた右手の小指から魔力を流し出せないか試してみれば…簡単にできた。
続いて、いつものように何も考えず放てば全身からほわっと。
出先が違うことは明らかだ。
共通点は最後には消えるということ。
(何か分かりそう…)
指先から、全身から、それを繰り返した。
(やっぱり…)
体内から放出された魔力は外気に触れた瞬間から世に馴染み始める。
霧散し大気に溶け込むのだ。
魔力が身体の外に出て散り消える間に私との繋がりが切れる瞬間がある。
徐々に散りながらスーッと繋がりが窄まっていく。
そして完全に途切れた瞬間、溶け込む速度が上がったような…
(えぇっと…?)
繋がりを保ったまま何かできないだろうか?
正しくそれは…
「魔力操作?」
自分の魔力を操ると言えるのでは?
体内のではなく、体外に放たれたそれを動かすんだ。
自分の手足のように。
(どうやるんだろう?)
瞼を下ろし息を整える。
そして、体内の魔力に全神経を注ぐ。
外部からの音が途絶えるほどに集中を。
(流れを私の意志ひとつで変える)
穏やかに穏やかに…そして、管を外へ。
右胸から外へ出て、左胸から入り込む。
あくまで一本の流れ。
一筋の川であることに変わりはなく、それを外へ伸ばす感覚でゆっくりと少しずつ魔力を外へ流す。
「ん……うん」
外に出た途端、魔力は本流から離れ大気に溶け込もうとした。
それを必死に引き留める。
一度外に出た魔力はそれでも尚、こちらから離れようと足掻く。
細くなっていく繋がりが途切れることのないように何かを引き締め離さない。
自身の魔力の川へと誘導するが、相手にその気はないようだ。
大気へ向かう魔力を引き留められたのはほんの一瞬で、すぐに流れは勢いを増し外へ。
「…っ!…ぅ…」
ドッと汗が噴き出した。
体内の魔力が外に引っ張られる。
その勢いに呑まれ抵抗もできない。
体内をかき乱されているようで、痛いのかなんなのか…
勝手に身体が傾いた。グラリと横に…。
ソファーに倒れ込んで尚、苦痛と不快感と痛みと圧迫感と…
「ぐっ…っ…」
身体の震えが止まらない。心臓が痛い。
バクバクと強く跳ねていることが分かる。
鈍器で殴られているかのような頭痛が絶え間なく続く。
胃から何かが迫り上がってくる感覚に、わずかに働いた頭が警告を出す。
しかし、力を振り絞ろうにも耳の奥で鳴り続けるノイズが邪魔をして脳が機能しない。
迫り上がる異物を抑え込めるはずもなく…
(な…にが…)
自分の身に何が起こっているのか考えることもままならない。
ただただ何かが外へ出ていくことだけは分かる。
抗うべきなのかも分からない。何が起きているんだ…
薄れゆく意識の中で見えたのは死を連想させる暗闇だけだった。




