24.書庫にて反復
武器を玄関ホールに置き、キッチンに向かいながら己に浄化をかけた。
外から帰ったらうがい手洗いと言いたいところだけど、浄化があるからいらないね。
料理前の手洗いも必要ないし、野菜の水洗いもいらないから大変便利だ。
調理器具や食器も洗わなくていいとは最高なはずなのに、少しだけモヤモヤする。
手作業は手作業でいいと思う気持ちもあるみたい。
(そんなことより、ご飯ご飯。今日は何を食べようかなぁ)
本日は長らく考えることなく献立が決まった。
昨日炊いた白米の残りで作ったチーズリゾットとトマトスープ。
朝から重いと言うことなかれ。
食べられる気満々なんだ。
(いい匂いだなぁ…)
完成した料理を並べるのは毎度お馴染みキッチンの大御所と言える調理台だ。
もはや、ダイニングテーブルを兼任させられている。
「いただきます…熱っ!……うん」
口に入れた途端、仄かに苦味を感じたが濃厚なチーズとミルクがすぐさまそれを覆い隠した。
熱さもその役目の一部を担ったと思う。
昨日の残り物であるトマトスープはお供としていい選択だったようだ。
トマトの酸味がチーズの余韻を押し流し口の中をさっぱりとさせる。
またチーズとミルクを堪能できるってわけ。
意図せず生まれた絶妙な組み合わせに大変満足致しました。
***
朝食の後は読書の時間だ。
昨日掻き集めた書物をまだ読んでいない。
なので、それらを読むべく書庫へとやってきた。
1階部分に置かれたソファーに腰を下ろしテーブルに積んだ書物を眺める。
(けっこう多いなぁ)
改めて見るとなかなかの量だ。
さすがにこれ全てを本日中に読み終えるつもりはない。
このなかから本日読むものを選択しよう。
優先したいのは魔物に関することと怪我を治す方法についてかな。
(これか…)
昨日私に恐怖を刻んだあいつのことが載っているだろうか…
腕を伸ばし手に取ったのは魔物図鑑。
表紙や背表紙にそう書かれている訳ではないけれど、私だったらそう呼ぶ。
これにはハードタイプの装丁が使用されており、きちんと本の形を取っている。
見るからに期待できるんだ。
この世界にはどのような魔物が存在するのか知るべきでしょう。
正直読みたくない気持ちもある。
これを読むとは現実を目の当たりにするということ。
どのような生物と戦わなければいけないのか、どのような生物と共存していかなければいけないのか知るのは怖い。
だけど、そうも言ってられない。
「ふぅ…」
ゆっくりと表紙を捲り現れたページに視線を当てた。
が、しかし、そこには謎の絵が描かれているだけであり、おそらくこの本を飾る為のものだろう。
ここは序盤ですらない。次からが本筋。
(とっとと読めや)
「ふふふ」
笑えてきた。
1ページ目を睨んでいたって仕方がない。
もう読むしかないんだから読み進めましょう。
再度ページを捲り目を滑らせ始めた。
─────
───
──
本を開いたまま右手で額を支える。
頭を抱えるとはこのことだ。
項垂れるとはこのことだ。
様々なことが脳内を駆け巡る。
瞼の裏に映し出される絵は次々と切り替わり、昔ながらのアニメのようだ。
読んで良かったとは言い切れない。
恐怖も呆れもあるが、気落ちとは違う。
なんだかよく分からない感情を抱えているね。
(あぁ、なんとも言えない気持ちってこれだ)
「ふーん」
未だ肩を落とし頭を抱えている。
このなんとも言えない気持ちをどうすればいいのか分からず困っているんだ。
(次だ。次)
魔物図鑑をテーブルに置き別の書を手に取った。
続いて読むのは治療関係と言えばいいのかな?
一番上にきている紙には“治癒・回復関連”と記されている。
やけに紙が草臥れているけれど、その理由は分からない。
特に深く考えることもなくさっさとページを捲った。
──────────
【治癒魔法】
病や痛みを払う。
体力・血液・魔力は回復しない。
【回復魔法】
怪我や欠損を修復する。
体力・血液・魔力は回復しない。
【復元魔法】
元に戻す。
──────────
とのことです。
「…分かりやすいね。いや…どうかなぁ…」
この世界初心者にはこれぐらいの情報量がちょうどいいのかもしれない。
さすが師匠。それを見越しての略文か。
いつか現れる弟子すら予想し、それに合わせたか。
(んなわけあるか)
それにしても言葉が実に興味深い。
病を治すではなく、払うとかね。
そこに違いがあるからこそ選んだ言葉なのか、なんとなくこう書いただけなのか分からない。
(怪我をするわけにはいかないしなぁ…)
実際に試してみたいところだが、今の私は健康体。
治す…いや、払うものがない。
いつか擦り傷でもできたら試すとしよう。
(試しに今使ってみる?)
何も治すものなどないが、使えるかどうか知っておきたい。
しかし、治療が為されないでは魔法が発動したかどうか分からないかも?
(まぁ、それも試せば分かるでしょう)
さて、治癒魔法を使いたい。
しかし、何を思い描けばいいのだろうか。
そこが問題だ。
起こしたい事象とはなんだろう?
(てきとうでいっか)
なんかこの身体の側から内にかけて。
己を蝕んでそうなものを払う。
サーっとね。水で流す感じ?それとも光が吸収?
(放出〜)
「ん?おぉ…」
浄化に似ている。そっくりだ。
違うことと言えば身体が軽くなった気がすること。
体重がではなく…
「あ…」
あの青い小鳥さんから貰った水を飲んだときが正しくこれだ。
けれど、あれは水のはず。
(治癒魔法なの?あれも)
鳥さんと人間では同じ治癒魔法でも使い方や何かが違うのかもしれない。
とにかく、自分は治癒魔法を使えたと思っていいだろう。
今後も合間に試して間違いなく使えると断言できるまで持っていこう。
回復魔法に関してもね。
(あとは…何を読もうか…)
「あ!転移!」
もう一度あの書を読もう。
あとは、あれとこれとそれと…
本日の残る時間は読書に当てることにした。
元々ここで本を読む以外の計画は立てていなかったのでちょうどいい。
(反復した方がいいかもね)
なんだか自分が信じられない。
一度読んで満足してしまう奴に思う。
それではいけない。
自分が選んだ書はこれから生きるのに必要そうなものばかり。
きちんと内容を頭に残さなければ。
(最低2回は読むこと)
そう決めて文字を追い始めた。
やはり何かを知る度にあれはこれはと疑問が生まれる事態になったね。
とある一冊を持ちながら別のことを考える。
それを繰り返しながら夜更けまで書庫に篭った。




