21.台所に立つ
キッチンに立っているもののまだ本日の献立は決まっていない。
自分が作れるものと、この家にある材料で作れるものを照らし合わせていく。
かなり数が絞られ苦戦を強いられるね。
(醤油も味噌もないんだよなぁ)
調理台に寄りかかり調味料が入っている棚を見つめる。
扉を開いたままだから中身がよく見えるんだ。
(街にあるのかなぁ…)
醤油が無いのはかなりきつい。
作れる料理の数がかなり絞られるのもあるし、あの味を摂取できないのは心の負荷が大きいから。
チーズやバターはたくさん見つけた。
なので発酵という概念はあるはず。
(あ、パンあるじゃん)
ならばやはり発酵させて作るということはしているか。
しかし、醤油や味噌に行き着くものなのか…それは分からない。
この家にないのが気掛かりだ。
単に師匠の口に合わないだとか、料理に力を入れる人ではなかったからという理由であってほしい。
この世界で作られていないとなれば未来は明るくない。
(後でだ)
今は本日作る料理を決めないと。
しかし、鰹節や昆布を見つけられなかったことも己に陰りを生み落ち込む。
出汁を使えないのはこれまた狭まるし、存在しないのかもしれないと思えばつらい。
(んー、どうしようかなぁ)
なんと米はある。しかし、炊飯器が見当たらない。
そろそろお米が食べたくなってきた。
今後も食べたくなるだろう。
ならば、あの魅力的なふっくら白米を用意できるようにしておきたいところだ。
(土鍋…どうやるっけ?)
知識にはあったはずだ。
面白半分で実際に炊いたことがあった気もするけれど…
(どうだっけ?)
知識だけ詰め込んで、やろうやろうで終わったか、実際に行なったか覚えていない程に情報は薄い。
今、過去を掘り起こし引っ張り上げるとき。
なんて意気込んでキリッとしてみた。
虚しいぜ。
(合ってる?)
既に土鍋とお米に手を伸ばし何やら始めている。
お米を研ぐのはさすがにできるけれど、そもそも分量を計れない。
目分量で3合を木のボウルに移しお水でササッとね。
(えぇっと…)
もはや水量もてきとうだ。
手の甲や手首を基準にみたいなのがあったけれど、そんなん人によって違うじゃないか。
グラムやミリリットルで言えって話よ。
(ひとつも答え持ってねぇ…)
1合も計れない。水量は分からない。そして、浸水時間はいかに?
もう、実験感覚でいこう。
完成品から問題点を洗い出し、次に活かすんだ。
それを繰り返せばいずれいいものが炊けるようになるでしょう。
諦める気なんてない。美味しいお米が食べられない未来などいらぬ。
(うんうん)
土鍋に研いだお米と、なんかいい感じの量の水を入れしばし置く。
その間にまた本日の献立について考えましょう。
(メインか…やっぱりお肉かなぁ)
魚介類の気分ではない。
自分の頭に肉料理を並べましょう。
(えぇっと…揚げ物を食べたいけど…)
それを作る気力が湧かなかった。
トンカツは諦めましょう。
……………
唐揚げ、生姜焼き、ハンバーグにローストビーフ、チキン、七面鳥、カツ丼、牛丼、親子丼。
エビフライにカニクリームコロッケの組み合わせなんて最高じゃないか。
トンテキ、肉じゃが、肉巻きおにぎり、豚汁食べたい。
クッパにビビンバ、タッカルビ。なんだか言いたくなりますねぇ。
(チーズタッカルビとかどんなだったっけ…あー、チーズ食べたい)
グラタン、ピザにフォンデュにケーキ…
お手軽に作れるチーズ料理が思い浮かばない。
(困ったなぁ…)
もう気持ちはチーズに囚われている。
これを振り払おうとすればするほど捕まるのだろう。
(チーズ、肉…何かないかなぁ…もう頑張るか)
肉巻きでも作りましょう。
お野菜を挟めば栄養満点だ。
かなり面倒ではあるけれど、もうトロリとしたチーズが食べたくて仕方ない。
味付けは塩胡椒でも充分美味しくなると知っているしね。
(スープも…作るか)
よく考えれば作り置きし放題だ。
魔道食料庫に入れれば時が止まる。
(やっば…)
便利すぎる。それはさすがに。
料理とは気分が乗るときと乗らないときがある。
作り置きが可能ならば気分が乗ったときに躊躇いなく好きなものを好きなだけ作れるってこと。
それもいいし、気分が乗らないときや今日のような日にも助かるだけだ。
本日は本日の分を用意するだけに留めるが、思ったよりも食べられなかったらどうしようと考える必要はない。
余っても問題ないと分かれば、好きに作りましょう。
これとこれの組み合わせもいいなと段々増えていく気がするのでね。
では、メニューが決まったところでさっそく取り掛かりましょう!
(あ、浄化浄化)
料理の最初最初は手洗いだ。
しかし、今は浄化でいい。
身体も綺麗になるし手洗いよりも清潔だろう。
手始めにまず、お米の入った土鍋を火にかける。
続いて魔道食料庫から食材を取り出し並べていく。
豚肉はもちろんのこと、よさげなチーズや野菜を各種。
野菜の処理から始めましょうか。
皮むきやら下茹でやらね。
スープ用のお野菜も用意しなくっちゃ。
豚肉は塊肉なので薄く削ぐところから。
厚みが均一にならないのはご愛嬌。
途切れさせないの方に重点を置くべきです。
(この包丁いいなぁ)
切れ味の悪い安物とは訳が違う。
野菜を切る時なんて小気味よくてついついたくさん切ってしまう。
なんてやっていたら背後からブクブクと何かが泡立つような音が聞こえてきた。
バッと振り返るとそこには…
「あー、やだぁ…」
慌てて火を止めたけれど、泡立ちが引いていく様は己を萎ませる。
土鍋から噴き零れていたんだ。
コンロに敷かれた白濁の汁が切ない。
(毎度毎度ヘコむよねぇ…)
早々あることではなかったけれど、こうなったときは正しく意気消沈。
肩を落とすとはこのことだ。
眉尻が下がるとはこのことだ。
気が沈むとは…
「ふぅ…どうしようかなぁ…」
声が低い。
どうやら本日は美味しいお米を食べられないみたいだ。
ここで蓋を開けて様子を見るのは良くないことなのか…
(放置だ)
現実から目を逸らそう。
食べられそうなら食べる気はある。
もし、口に入れるべきではないと判断すればパンを食べればいい。
(うんうん。失敗は成功のもとだからね)
なんとか気を持ち直し、スープに取り掛かる。
とはいえ、本日は炒めるところから始まらないタイプの作り方です。
要は打ち込むだけ。
鍋にドサドサッと入れて点火です。
続いて野菜やチーズをお肉で巻いていく行程へ。
少し気が緩めば太っちょになってしまうのがこれだよね。
今回はチーズ入りなので無しよりはボリュームが出てしまう。
それはそれ。幸せの分だけ太るということで。
(そういえば、オーク肉が豚肉に分類されるのか分かっていないね)
そんなことを考えながら黙々と肉巻きを仕上げていった。
夢中になっても大丈夫。
さすがにスープは水が飛んでカラカラになるようなことはなく、無事だ。
潰したトマトを加え塩胡椒で味を整え完成です。
肉巻きを焼くのは一点集中でいきましょう。
本日はきっと気がそぞろ。
ジューっと焼かれる音を堪能しましょう。
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そうして出来上がった料理を並べ…
「いただきます」
初めに口に運ぶのはお米だ。
見た目はお粥と言える。
スプーンで掬って食べてみれば…
(んー、美味しくはないかなぁ)
これだけ水分を含んでいるというのに時々ザラつきを感じる。
芯が残った箇所もあったということ。
焦げた香りが鼻を通ることもあり、笑顔は生まれない一品だ。
水分を多く含んだ表面とは裏腹に中心には硬さがあり舌の上にザラザラと残る。
(ま、こんなもんか)
鍋肌にこびりついたお米を取るのは苦労するかもしれないけれど、きっと土鍋でお米を炊ける人のなかにはその道を通った方がいるでしょう。
そう思えば少し気が楽になる。
幸いにも他の2品は見た目から美味しそうだ。
それがあるから落ち込みが少なく済んでいる。
(おぉ…)
チーズの味が想像以上に濃くて驚くほどだ。
チーズ選びはかなりてきとうだったのでこうなる可能性もあったか。
いかんせん鑑定結果を読んでも味わいや濃さを想像するのは難しかったのでね。
食べ比べるのが一番なんだけど、今日はそんな余裕はなかった。
不味くなることは無いだろうとザックリとした考えのもと選んだのがこのチーズ。
(おぉ…)
アスパラも人参もなかなかに埋もれない。
それぞれじっくりと味わえば甘みが見える。
「面白いなぁ…」
やはりものがいいといいものに仕上がるのかな。
自分の腕の悪さを補えそうで大変助かります。
だけど、せっかくならば腕を磨いてより美味しいを目指すのもいいかもね。
(ま、やらないか)
そんな暇はないと思うから。
そこに時間をかけている場合ではない。
(お箸を用意するぐらいならいいかなぁ)
探してみたけれど見つからなかったんだ。
お箸で食べられそうなものはお箸で食べたい。
無くても死にはしないからそこに重点を置くべきではないけれど、どうにかこうにか余裕ができたら作ってみてもいいかもね。
腕のいい職人さんが作るような物も、お店で安価に売られている物も作れないだろうけど、自分が箸を思えるものをいつかね。
(うん。美味しい)
残る食事もゆっくりと堪能した。
片付けが一瞬で終わると思えば食事に時間をかけられるんだね。
そうして、気を緩めての食事を終え、お風呂で癒やされ眠りについた。
だけど、それでも何度か飛び起きてしまったね。
致し方無し。本日の中で一番一番、刻まれた出来事があれだもの。
これもまた現実を体感した証拠。
慣れるまで待ちましょう。
本日も一日が終わる。




