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瞬きひとつで世界が変わった  作者: ろみ
序章 - 道化舞台
20/66

20.玩具箱のような家

 圧倒される。

 それをこの身で体感できるあの書庫にやってきた。

 ついつい見上げてしまうね。

 360度を書に囲まれるこの空間が好きなようだ。

 ファンタジーの世界に入り込んだと思うにはここがうってつけだろう。


 と、夢心地になっている場合ではない。

 この世界は現実であるとちゃんと理解している。

 選択を間違えば問答無用で死に直結する確立の高い世界。

 日本で暮らしているように呑気に出歩くべきではない世界なんだ。

 この身の安全を常に考えなければいけない。

 能天気ではいられないんだ。


(うん。大丈夫。忘れてない)


 怖くてあの目を思い出すのは躊躇われる。

 だけど、今日この身に危機が迫ったと思うだけで、気は引き締まる。

 ちゃんと今も分かってる。

 まだ自分は現実を見ずにいるのではと思ったが、たぶん大丈夫だ。


「ふぅ…」


 ここへ来た目的を果たそう。

 書物台の前に立ち、今の自分に必要そうな言葉を頭に並べ立てる。

 飛び出す書物を引き寄せ、その中からこれと思う物を選び確保だ。

 それの繰り返し。

 魔法、武器、武術の指南書、魔物図鑑、薬、怪我、病、毒、世界地図…

 次から次へと必要そうな情報が思い浮かぶから、足元にドンドン書が積み重なっていく。


(これでいいのかなぁ)


 これと思う物と言ったが、その分野に関する書の中に師匠が書いたものがあればまずそれを選ぶ。

 そうでないなら、なんとなく気になるものを選んだ。

 まず、読んでみて納得できなかったらまたその分野の書を探そうと思って。

 結果。今のところ足元に積まれた書のほとんどが師匠作となった。


(興味を持つ範囲が広いんだね)


 ここまでいくと中身が浅いものもあるだろう。

 ちょっと気になったからそれについて考えたけど、数時間で飽きたから次へとかありえるかもしれない。

 それはそれで、別の書を探せばいいだけだ。

 数枚の紙が出てきたことも少なくないのでね。

 ちなみに、積み重なる書のなかにも数枚で終わるものがある。


(あれぇ?武器……鈍器、攻撃を受け止めるやつ、棒術?…投擲、ダーツ…)


 あれこれ検索ワードを変えてみても武術や武器の扱い方に関する書物が一向に出てこない。

 探し方が悪いのだと思う。

 だけど、今の自分が見つけ出せないなら一旦諦めるべきだ。

 ダメな方にハマり抜け出せなくなっている気がするから。

 こういうときは一度思考をリセットする必要があるよね。

 

(“世界で見た武器の数々”みたいなの無いかなぁ…)


「…出た」


 何が検索ワードとして認定されるのだろう。

 “世界”と“武器”が揃わないと出ないとかあるの?

 “武器”で検索した際に出てこない意味が分からない。


(難易度上がったなぁ…)


 必要な書を探し当てるには多大なる苦労を伴う気がした。


(いや…これこそ絞るってことだ)


 武器に関する書が多すぎる場合、細分化しなければいけない。

 武器のデザインに特化した書が読みたいというのに一斉に出てこられてはこの魔道具の存在理由が薄まる。

 書物台を作った理由は情報を探すのが大変で面倒だから。

 書の内容を覚えていなくとも、あんな本を持っていたと記憶してさえいれば上手く利用できるだろう。

 この書庫を作り上げた本人にとっては実に便利な機能だ。


(便利を享受するだけしといて文句はいけないね)


 文句を言ったつもりはないけれど、あのまま行けば感謝を忘れそうだった。

 自分が滞りなく使えないからと言ってそれはいけません。


(さて…)


 選び抜いた書物の数々を読みたいところだけど、まずは武器を知るのもいいかもしれない。

 本物を見ることで危険をより理解するのではないだろうか。

 この手で持てばその重みを知れる。

 私にとって武器とは非日常。

 博物館でしか見たことのない遠い存在。

 だけど、この世界では身近な気がする。

 この世界で生きるにはどのような武器が誕生したのか。

 知り実感すべきだ。

 自分に向けられることがあるかもしれない武器とその危険度を。


 問題はこの家にあるかどうかだ。

 師匠は魔法特化型だったという可能性もある。

 この島に来る前にどこかに収めたといったこともあるかもしれない。


(探してみようか)


 一度思えば気になって仕方がないので先に武器探しだ。

 魔法と違ってウキウキの他に恐怖も顔を出している。

 少しは刃物の恐ろしさを知っているからだろうか。


 なんて考えながら扉のひとつへ向かう。

 この家内でまだ確認していないのは書庫の隣の部屋とその真上の部屋だ。

 まずは隣の部屋へ向かうべく3つ並ぶ扉の中央を開く。


(んー、いいねぇ)


 開いた先から木や緑の香りがいくらか届いた。

 新鮮味のある香りではなく、少し古びた匂い。

 嫌な気持ちになるということはなく、それに誘われるように足が動く。


(こんな世界に入り込めるとはねぇ…)


 中はこれまた空想世界を思わせる部屋であった。

 “魔法使いの研究室”。私だったらそう呼ぶ。

 ここはおそらく作業部屋。

 師匠は何か作るときここで作業をしていたのだろうと思うんだ。


 薄暗さはあるものの窓と照明が取り付けられているので陰湿な空気感はない。

 室内には淡い光を放つ何かが点々と。

 瓶に入った何かや、道具のようなもの、キノコなどからぼわぁっとね。


 そうして首を回していると驚きの物もたくさん視界に入る。

 フイッと首を左に動かせば黒板があるから驚きだ。

 入ってきた扉が設置されている壁に貼り付けられているそれは緑色ではなく黒。

 だけど、どう見ても黒板だ。


(いや、まぁ、特に驚く物でもないか…)


 何かに何かで書くという行いが存在するならば、この形式の物が誕生してもおかしくはない。

 余りにも黒板と明らかだったので驚いたのかな。

 大きな黒い板だけではそう思わなかったかもしれない。

 上と左右の三方を木枠で囲わないタイプの黒板だけど、底辺部分には見慣れたあれが。

 チョークを置けるような窪みのある板は黒板らしさを演出するんだね。

 しかも、その窪みにも黒板の周辺にもチョークがたくさんあるから更に。

 不思議と黒板の方に身体が向かう。


(研究者がいたんだねぇ)


 正面に立ち視線を這わせてしまう。

 白いチョークで色々と描かれているんだ。

 魔法陣や計算式、絵なのか文字なのかてきとうな線なのか分からないものなど。

 記述内容のほとんどを理解できないけれど、凄そうな研究者がここに立っていたと思えるだけで胸いっぱいだ。


 壁には黒板の他にコルクボードも。それと、棚板がたくさん。

 何も置かれていない板は少なく、ほとんどが役目を果たしているが、種類ごとに場所を決めているわけではないようで随分と雑多だ。

 様々な器具や道具、液体や木の実が入った瓶、枯れ葉、花を咲かせている蔦や枝、小石や宝石、蝉の抜け殻に似た何かなどなど。


 棚板の上に限らず部屋全体が雑然としている。

 壁に沿って置かれている棚の中も、部屋の中央に鎮座する大きなテーブルの上も、床にすら多くの物が。

 不気味な壺やすり鉢、蒸留器に似た器具、天秤に分銅、鋳造で使うような型、部屋の隅に転がるのはガラスペン…

 挙げたらキリがない。部屋の使用者の性格が少し垣間見えるね。


 窓は北側の壁にひとつだけ。

 そのすぐ隣にある扉を開き抜けると家の裏手に出た。

 一昨日長い階段を降りた先で見たのはこの扉のようだ。

 首を左に動かせば鍛冶場が見えた。

 扉どころか手前の壁一面が無いので丸見えなんだ。

 雨風が入り込みそうだと心配になる。

 内部の地面は剥き出しで、床汚れを気にする必要がないみたい。


 一際目立つのはドシンと構えているレンガ造りの炉。

 その他には金床や火かき棒、形や大きさの違うハンマー類がたくさん。

 ペンチを大きくしたような物などもあって面白い。


(ハンマーか…)


 武器が見つからなかったらあの鍛冶場から選べばいいかもね。

 この腕で扱える物がひとつはあると思うんだ。

 だけどまずは武器を探しましょう。

 木箱の中身なんかは分からないけれど、見える範囲に武器置き場はない。

 箱や引き出しの中を漁って探すのは残る部屋を確認してからだ。

 というわけで、一度作業部屋に戻った。


(研究室と呼ぶ?いや…)


 次に向かうのはこの部屋の真上に位置する一室。

 寝室や書斎から出た際に扉が見えるけれど、内部を知らない。

 客間かな?と思ったことはある。

 しかい、ここに足を踏み入れてその可能性は低くくなった。

 この部屋の一画に上へと続く階段があるんだ。

 作業部屋と客間が繋がることはあるのだろうか…


(ん?師匠はここの真上を寝室にした方が良かったんじゃないかなぁ)


 なんて考えている間に階段を登り終えた。


「おぉ…」


 言うなれば物置部屋だろうか。

 物で溢れているとはこのことだ。

 この部屋自体が玩具箱。


 階段手前に立ちながら身体を動かしあちこち見てしまう。

 見るだけでも楽しい部屋だ。

 分かりにくいけれど、階下よりも部屋が広く感じる。

 おそらく魔法で空間を広げているのだろう。


(あれは…ブランコでも作るつもりだったのかな?)


 厚手の木の板の両端に穴が開いているだけだ。

 少し気をつけて見回してみると種類ごとに区画分けされているように見える。

 木の板が積み重なるそばには大きな木箱や枝や流木っぽいものとかね。

 大きな木箱からは木製のものが飛び出している。

 材料なのか製作物なのかよく分からない。


(玩具箱の中に玩具箱か…いや、マトリョーシカ…)


 ピアノ周辺にはハープやバイオリン、イーゼル周辺にはキャンバスと筆と絵の具、バケツやブラシや綿の集合体?

 蹄鉄のそばには馬の置物、ワインとワイングラスと白い皿、宝箱の隣に積まれた金の延べ棒、甲冑の隣にハルバード…


(あ、武器あった)


 甲冑とハルバードの周辺には武器や鎧、盾がたくさん置かれている。

 武器も防具も整理整頓が為されているとは言えない。

 壁に飾られているものもあれば床に乱雑に積み重なっているものもあるんだ。

 鞘と柄がミスマッチの剣があるけれど、あれで正解なのか、面倒だからてきとうに選んだ鞘なのか…

 物を踏まないように慎重に武器防具区画に近づいていく。


(あら?かなり種類が…)


 階段そばからだと他の物や積まれた木箱に隠れて全体が見えていなかった。

 想像よりも種類が豊富で、数も多い。

 これならば私が持てる物を見つけられるかもしれない。


(触ってもいいよね?)


 そっと持ち上げ…られなかった。


「おっも…」


 選んだ武器が悪すぎた。

 剣ならば重みは感じるもののいい感じに持てる。


(自分が使うとしたらどれかなー)


 一旦剣を立てかけ近辺を見回す。

 斧やハルバード、モーニングスターは選択肢から外そう。

 大きな手裏剣を縦に10個並べたようものは持ち手があるのでかろうじて武器と分かる。

 しかし、羽子板に似た形状のあれを武器と呼ぶのかは分からない。

 気になる武器がたくさんある。そのひとつが杖だ。

 指揮者が使用するタクトに似た杖もあるし、アニメやゲームに出てきそうな重厚で厳かな杖もある。

 持つのが躊躇われる程に重みを感じる。重量という意味ではなくね。


(杖って何に使うの?)


 振り回し使うのであれば斧や槍でいいはず。

 あの形だから使いやすい何かがあるのだろうか。

 武器を使って生きる人たちは戦いを知らない人が思い浮かばない使い方を見出しているのかもしれない。

 それはさておき、自分が使うならやはり剣が無難なのだろうか。

 槍もリーチがあって良さそうだが森では振り回すのが難しいのだろう。


(たぶんね)


 使ったこともなければ、使っている様子を見たこともないので分からない。

 実際に使ってみてから考えるのもありかな。

 どれがいいのか全く分からないので武器と聞いて思い浮かぶ中から更に絞った。

 選んだのは剣、槍、ナイフの3種。

 この手で握りしっくりくるものを。

 それが私に合うということなのか分からないけれど、まぁ、いいでしょう。

 もう少しこの部屋を楽しみたいが、ここから出る時を見失いそうなのでやめておく。


(行きましょう)


 3つの武器を恐る恐る抱え扉へ向かう。

 やけに出口が遠く感じる。

 この空間が広くなっているからではなく、雑多に置かれた物たちを避けながらあそこまで到達するのは苦難に思うから。

 転んで物を壊したらいたたまれない。

 あと、普通に痛そう。

 しかも、武器を持った状態でなんて怖すぎる。

 慎重に慎重に足を置く場所を選んでいく。


「ふぅ…」


 時をかけて出た先はこの家の玄関ホールを見下ろせる場所。

 書斎の反対側だね。


(あ、そりゃそうか…ん?けど…)


 窓の外には夕闇が迫っていた。

 振り返れば今日は出来事が多すぎる。

 相応の時が経って当然だ。

 だけど、それにしてはもっと闇が深い時間でもおかしくない。

 今はなんとなくだけど、深夜帯ではない気がする。

 時間も時間間隔も曖昧なのでズレが生じるのは当然か。


(正確に時を刻めないからね)


 それより本日も昼食を食べ損ねたことを気にしよう。

 身体作りの資本だからあまり疎かにするのはよろしくない。

 何をするにしても健康体が一番能力を発揮できる。

 ゆったりと足を進めながら食事に思いを馳せた。


(今日は作ろうかなぁ)


 ここへ来てからまだ簡素なものしか口にしていない。

 それもまた問題がある気がする。

 作った料理といえばスープと簡単なステーキ。

 まだ肉を摂取しているのはマシだね。


(どうしようかなぁ…)


 抱えていた武器を玄関扉の横に立てかけながら本日の献立を考える。

 ブーツの横だね。

 これを扱うのは後だ。

 もう本日はこれ以上、頭や身体を使うのはやめましょう。

 情報量が多すぎて処理しきれなくなってしまう気がした。

 それにきっと心身共に疲れが見えている。


(何を食べようかなぁ)


 美味しいものでも食べて己を労いたいものだ。

 正直、自分で用意しなければいけないのは面倒だけど、致し方なし。

 調理済みのものが無いのは確認済みなのでね。

 あるものに感謝しながら、自分に必要なものを組み立てていきましょう。

 なんて考えながらキッチンに入った。


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