16.魔法実技 - 初回
玄関を抜けてすぐに立ち止まり、澄んだ空気を目一杯吸い込んだ。
そして今度はゆっくりと吐き出していく。
(よし!)
新鮮な空気を充分取り込んだところで本日学ぶ場所を考える。
未知なるエネルギーを使うことになるので家から距離を空けたい。
だけど、森に入るのは無理。
というわけで家と森の中間地点を陣取ることにした。
草原と呼べばいいのか庭と呼べばいいのか分からないけれど、この空間のほぼ中心に位置する場所に腰を下ろす。
胡座をかきまた深呼吸。
(うん)
魔法を試す前にまずは魔力感知を展開する。
目を閉じ、開く。
(んー)
広がるのは艶やかな世界。
360°どこを見回しても視界には不自然な色が入り込む。
まだこの光景に違和感しかない。
(当然だね)
魔力の在り方には違いがある。
水流のように風のように筋となり流れるものもあれば、靄が停滞しているようなものもあれば、ふわふわくるくると動き単一と呼べそうなのもある。魔力の塊と言えそうだ。
違いが出る理由は分からない。
そっと目を閉じてみればこの身が受ける情報量を知れる。
視覚から得られずとも分かるものですねぇ。
(んー、意識をどこに向ければいいんだ?)
これほど多く漂うならば焦点を当てるというのは難しい。
風を感じられるようになるにはどうすればいいのか分からないように、魔力も同じだ。
今の段階でも充分感知できている気がするけれど、これが強化されるとどうなるのだろう。
(魔力はこれ…あれ……左右上下に…)
魔力の塊に関しては私から離れた所に多く存在している気がする。
高さで言えば木の天辺辺りだろうか。
この空間の外周にも少なくはない。
私が苦手なのか、合わないのか、生物がいると何か変化を与えてしまうのか、この空間がそうさせるのか…
(分からないね)
この場を透明な何かが覆っているんだ。
色の無い魔力に思う。
魔力には色があるけれど、それだけは透明。
それなのに何故自分は認識できているのか不思議でたまらない。
なんとなくだけど、あの骸骨様…師匠が施したのではないだろうか。
効果や意味は分からないけれど、恐れるものではない気がする。
ちなみに魔力の塊はそれに沿って漂っているものが多い。
外側にも内側にもだ。
そうなると、師匠が施した透明魔力のドームが大気に漂う魔力を寄せるのだろうか…
(分からん)
結局答えなど出ることはない。
現時点で自分が困る気がしないので一旦保留だ。
「ふぅ…」
なんとか意識を変えて感知量や範囲を高められないか試そうと思っていたけれど、今回はやめておく。
違和感はストレスとなり、情報を得るとは心身共に疲れると知ったから。
その内、魔力が溢れる空間に慣れるかもしれない。
その兆しが見えたならば範囲を広げられないか試すとしよう。
現時点では魔力感知の常時発動だけに留めておく。
経験を積む以前に慣れるだね。
(さて…)
魔力感知に関することはここまでだ。
続いてお待ちかねの魔法実技の時間に入ろう。
魔法に必要不可欠な魔力の放出は既にできるようになっている。
となると考えるのはどのような魔法を発動するかだ。
森に囲まれたこの場所で火を使うのは避けたい。
使い慣れない私が考え無しに使えばどうなることやら。
風魔法は可視化できないので避けたいところです。
(無難に水魔法かな?)
こんなに考えるまでもなく一択だったかもしれない。
いや、他の魔法も次々思い浮かぶけれど、無難第一位は水に思うね。
(魔力を捉え、思い描き、放つ)
「っ!?」
ドッと重い音を理解したとき既にその音の根源はもの凄いスピードで正面奥へ猛進していた。
唖然とする。
水の球が放たれる様子を確かに思い浮かべた。
だけど、これはあくまでイメージであり、魔法として顕著させる気はなかった。
まさかの事態だ。
ただただ真っ直ぐに飛んでいく水球は森を破壊し突き進む。
バキバキと木々が壊れる音は徐々に遠のき、だけど、止むことはなく…
巻き上がった土埃に後から後から木片や葉が混じり舞う。
水の球が通り抜けているだけとは思えぬ光景が繰り広げられている。
「っ!?…!?」
離れていく木々を破壊する音の代わりに届いた轟音に全身で驚いた。
その瞬間、爆発的に土埃が湧き上がり周囲を覆う。
視界が一変し訳が分からない。
空まで届きそうな程の衝撃音は未だに耳に残っている。
己を占めるのは戸惑いと恐怖と罪悪感。
感じる揺れは逃げ惑う動物たちによるものなのか、衝撃を受けた大地の震えなのか…。
一斉に飛び立つ鳥の羽ばたきが耳に入ったことを今になって認識した。
おそらく数秒前には届いていたはずの音なのに。
自分は今、唖然としている。
「………」
頭が働かず身体も動かせない。
何が起きたのか、どうすればいいのか考えられない。
パラパラとドサッと鳴るのは粉砕された木々や巻き上がった砂や石が地に落ちているからだろう。
こんな雨を降らせるつもりは毛頭なかった。
「………」
徐々に収まる土埃の隙間から見えた光景に手が震える。
そこには真っ直ぐに伸びる一本の道。
抉れた土道の両脇には仰け反る木々が綺麗に並んでいる。
それを目で辿っていくと…
「申し訳ない…」
地面に穴が開いていることだけは分かった。
ここからでは大きさも深さも分からないが、決して小さくはないのだろう。
あの場の惨状も想像できぬ。
正真正銘、森林破壊をしたことだけは確かだ。
魔法は起こしたい事象を思い浮かべながら魔力を放出することで発動する。
この意味を理解した。
そこに自分の意志は関係ないようだ。
魔力の放出がトリガーなんだ。
魔力を元とし世に顕著させるという意思表示とも言えよう。
私にとっては不確かで、だけど、ここで生まれ育てばきっと当たり前のこととして染み込むのだろう。
(いやぁ…)
「自由すぎ…あ、そうだ…」
鑑定だって勝手に発動したじゃないか。
あの出来事を更に理解した気がする。
条件が揃えば発動するんだ。
「いやぁ…」
(どうしよう?これ)
ここまで強力な水を思い浮かべたつもりはないのだけど…
木に当たってベシャとか、そこまで届かずすぐそこに落ちるとか、それを想像していた。
(なんで?私は何を思い描いた?)
水球…確かに球技をチラッと思い浮かべたかもしれない。
その球の大きさなんて正確に知らなくてサイズは曖昧だったと思う。
そこも拾われるの?魔力に。
(え?どんだけ精密なの?)
ある意味決め事が多くやりいくいかもしれないが、自由度が高いとも言える。
朧げよりは鮮明だったかもしれない脳内映像を現実にされた。
しかし、顕著したのは水球だけか。
(プールは出てこなかったなぁ…あの勢いはなんだろう…というか、質量ありすぎだよね?たぶん)
水球を放つ気持ちは前面にあったから水球が顕著し放たれた。
サイズについては先に述べた通り。
では、密度と質量はなんでしょうねぇ…
(解明は後でだ)
今は現状をどうにかしよう。
いや、一旦普通の水球を生み出せるぐらいには持っていった方がいいのだろうか…
あの道をどうにかしようにも自分ができると思っていることが本当に遂行できるのか心配になってきた。
魔法云々《うんうぬ》の話ではなく、スコップをきちんと扱えるのかすら心配なんだ。
だって己を過信していたからこうなったのだ。
鑑定も浄化も難なく使えたから他の魔法もできると思った。
軽はずみな行動を取らないことと言い聞かせるなら大丈夫と思っていたか。
甘かった。単にそれだけだね。
(まぁ…)
こうして学んでいくしかない部分もあるでしょう。
幸いにも人的被害はなかったわけで…
「はぁ…」
だからなんだと言える。
ここまで森に迷惑をかければ数多の生物にだって…
「申し訳ございません」
自己満足でしかないと分かりながらも立ち上がり腰を折った。
頭を上げればそこには惨状が。
魔法を学びましょう。今度こそちゃんと。
馬鹿な自分を殴りたいぜ。