13.転移と魔物と解読と
初めに読むのは転移魔法について記されたもの。
何故かこれは最前列に文字が綴られていない。
何も書かれていない真っ白な紙を表紙代わりにしているのだろう。
左側を紐で綴じるタイプの紙束もあるが、これは上部を紐で閉じている。
違いに意味があるのかは分かっていない。
そして、1ページ目を剥き出しにしていない場合、何か意味があるのかも分かっていない。
その解明に努めるのは諦め黒い革張りのソファに身を沈めた。
あちらの世界に帰る方法が載っているとは思えない。
それが合っていたとしても転移に関する何かを頭に入れられるならば価値があるだろう。
ワクワクもするね。
転移という夢物語が実現する世界なのかもしれないと高揚感が生まれるのだ。
(さて、何が記されているのやら)
期待を胸にしまい込み丁寧にページを捲った。
中身は本というよりもメモに近い。
単語や関係性が見えない文章が各々散らばっている。
考察らしきものだけではなく、何行にも渡る計算式、複雑に描かれた記号や魔法陣なども乱雑に記されており非常に読みにくい。
(んー、けど…読む価値はあるはず…)
なんとか読み進めたことで転移魔法の使い方を理解できたと思う。
魔法理論や計算式は理解できなかったので、そちらに関しては余裕があればいずれ紐解きたい。
──────────
自分の魔力で転移の魔法陣─転移陣を描く。
出来上がった陣に目印となるものを思い浮かべながら魔力を込める。
そうすると描いた場所に転移陣が刻まれ、自分が転移できる場所となるそうだ。
刻まれると言っても視認できるわけではなく、空間そのものに残すと言った方が正しい。
目印はそこへ転移する際の指標となるものなので自分さえ分かればなんでもいいようだ。
番号やマーク、文字などでも問題ないとのこと。
自身の魔力で陣を描くというのは相当魔力操作に長けた者でないとできないそうだ。
その上、転移陣を描くのも目印を刻むのも同一人物でなければいけないので多くの魔力が必要だという。
転移陣を描く都合上、一度そこを訪れる必要があるので知らない土地へいきなり行けるわけではないようだ。
ちなみに魔法陣を介して魔法を行使する場合は“魔術”と呼び、正確には“転移魔術”となる。
余談となるが、転移魔術の他にも別の場所へ瞬時に移動する方法があるようだ。
魔法で新たに空間を作り、そこに出入口となる扉を設置するだけだと書かれていた。
現在地|扉|新たな空間|扉|行きたい場所
このようにすれば扉は繋ぎの役割を持つと同時に出入口にもなる。
扉を設置する為に一度訪れなければいけないので、こちらもまた思い浮かべた場所へすぐに移動できるわけではない。
用意するものは“丈夫な扉”と“空間を作れる人物”の2つ。
──────────
転移魔術も扉も興味深いが魔法初心者の自分には難しそうなので一旦頭の片隅に置いておくとしよう。
ちなみに師匠は作れたそうで実際この家に設置されている。
書庫にある3つの扉の内の1つがそれだ。
試しに扉を開き通ってみれば寝室に出た。
ただの寝室とは思えず、地下深くに眠る場所かなんかかなと思うのは当然だろう。
というわけで、通り抜けたばかりの扉とは別の扉を開いてみたのだが、見たことのある玄関ホールを見下ろして終わった。
その寝室は書斎の隣であったということ。
謎が生まれた。
書庫からそう遠くない距離だ。
おそらく高度であろう転移扉の設置をしてまで時間短縮をしたかったのか…
すぐにベッドへ辿り着けるというのは大変便利だが、腑に落ちない。
(まぁ、いいでしょう)
そんなことよりも転移に関する知識を蓄えるのが先だ。
一度棚に戻したものの、再度転移に関する書物を引き寄せ手に取った。
見逃しがないように丁寧に読み進めたので知れたことに漏れはないと思う。
分かったことは、どれもが“転移魔術”について記されたものであるということ。
それはつまり、世界を跨いだ転移に関する情報はこの書庫に置かれていないということ。
「ふぅ…」
思わず溜息が漏れた。
期待はしないと言い聞かせてもどこかで期待をしていたと分かったね。
何も情報は得られなかった事実が想像以上にきつい。
そして、やはり、島を出なければいけなくなった事実ものしかかる。
(うん。仕方がない。そう上手くいかないのが人生だ)
嘆きも悲しみも恐怖もあるが、現実は受け止めた。
ならば、益々この世界の事をこの身に落とし込まねばならぬ。
(読書継続だね。いや、まぁ、まだ書庫があって良かったよ。本当に)
そうだ。書物すらないということはなかったんだ。
それならば、マシもマシ。心強すぎる。
(次だ次)
読み終えた書物を一旦テーブルに積み重ね、まだ目を通していない書を手に取った。
続いて読むのは魔物について記された書物。
魔物については必須科目だ。
知ると知らないでは生存率が大きく変わるだろう。
こちらも真剣に丁寧に読み進めていった。
読むほどに恐怖は増したが、読んで良かったとも思える。
──────────
魔物とは体内に核を持つ生物のことを指し、その核は魔石とも呼ぶそうだ。
魔物は核が壊れると命絶えるようだが、その核は魔道具や魔法薬などに使用されるので需要が高い。
なので、できるだけ核を傷つけずに倒すのが望ましい。
基本的に魔物も魔法を使えるそうだ。
なかには武器を扱う魔物も存在するとのこと。
魔物の生まれ方は3つ。
澱みの地から生まれる・ダンジョンが生み出す・それらが番い生まれる。
澱みとは、悪いものが集まりできたもの。
人や魔物の内にも存在するそうだ。
大気中にも存在しており、濃い澱みは澱みを引き寄せやすいのだとか。
師匠曰く、なんか悪いもの。
生まれないようにする方法は誰にも分からない。
詳しい説明は記されておらず、ふんわりとしか分からなかったが、なんとなくは理解できた。
一箇所に多くの澱みが集まるとドロリとした沼地のようになる。
それは“澱みの地”と呼ばれるようになるのだとか。
そこからは瘴気と呼ばれる霧のようなものが放たれ続ける。
瘴気は大地にも生物にも悪影響でしかなく、あっていいことはない。
澱みの地は瘴気だけではなく、魔物を生み出すこともあるとのこと。
その為、もし澱みの地を見つけた場合は早急に報告するのが無言の掟なのだそうだ。
報告後は国やギルドが隊を組み浄化するのが基本となっている。
稀に特殊個体と呼ばれるものが生まれることがあるそうだ。
全てが底上げされた個体。
同じ種であるはずなのに、その種内で圧倒的に強い。
とはいえ、特殊個体だからといって必ずしも人間の脅威となるわけではないようだ。
魔物の性格は様々で、見境なく襲ってくる魔物もいれば、危害を加えてこないのんびり屋さんもいるみたい。
敵意を向けてこない存在ならば底上げされたとて、怯える必要はないだろう。
より頑丈なのでぶつからないようにするといった注意は必要だろうけどね。
ただ、どのような性格の魔物であっても瘴気を多く浴びると凶暴化し暴れ回るので注意が必要とのこと。
元々の能力値が高いだとか、元から凶暴性を備えている魔物が更に凶暴化すると厄介だ。
その被害は甚大で、過去には街がいくつか無くなったこともあるとか。
澱みの地から生まれる魔物は凶暴化していることがほとんどで、そういった意味でも澱みの地は危険視されている。
──────────
(理解したくない…)
思わず顔を覆ってしまう。
紙束を持つ左手の力が抜け紙束が滑り落ちた。
ガサリと鳴った音は決して大きくないはずなのにやけに耳に入り込んだ。
何を恐れればいいのか分からない。
(魔物…)
凶暴性のあるそれも存在するってさ。
こちらに敵意はなくとも関係ないのだろう。
(引きこもりたい…)
しかし、森を抜け、海を渡らなければいけない理由がある。
どうしても帰りたいんだ。
何もせず、ここで時を流し続けるわけにはいかない。
引きこもることを己が許さないんだ。
(戦わねば。戦えなければいけない)
正直武器を使いこなせる自信はない。
選ぶならば魔法だ。
遠距離攻撃とは大きなアドバンテージだと思う。
しかし、敵が距離を空けることを許してくれるだろうか…
(そんな生優しい訳がない…)
とはいえ、まず魔法を扱えなければ弱者もいいところだ。
魔法のある世界で魔法を知らないなんてありえない。
知らぬまま生き延びられる訳がない。
ならばやはり魔法についても学ばねば。
(ん?あ…)
魔法について記された書物に手を伸ばしたとき、ふと喉の渇きを感じた。
そういえば朝食以降何も口にしていない。
見上げると天窓から射していた光は既に無く、星の煌めきが見えた。
(もうそんな時間?)
いつの間にか外はすっかり暗くなっていた。
そこまで多くの書を読んだつもりはないというのに想像以上に時間を使っていたようだ。
想定外にも文字の解読が必要になったことが原因だと思われる。
知らない言語が使われていたというわけではない。
単に師匠の字が下手くそすぎたのだ。
2冊のノートは滑らかに読めたというのに、他はそうでなかった。
下手度合いも書によりけりで、転移魔術について記していた文字は文字と呼んでいいのか迷うレベルである。
(天才型とか研究者気質の人はそうなのかもねぇ)
数冊しか読んでいないけれど、なんとなく師匠は天才型に思う。
そういう方は瞬時に膨大な量の何かが脳内に溢れ、丁寧に書き残すでは間に合わなかったり、余裕がなかったり、規則正しく書くという意識が排除されたりすると思うのだ。
故に字が下手なのではなく、そこに意識を置いていないというだけ。
この書庫に並ぶ数々の紙が本という形を取っていないのも頷ける。
とにかく、メモを。
仮説を書き出したりだとか、計算に使っただとかそういったものも残されている気がする。
ただのメモたちを一冊の書として綴ることはできないよね。
それにそんな暇があるならば研究を進めそうだ。
あくまで自分が思う天才型のイメージである。
そんな凄そうな人を師匠と呼べるとはね。
(弟子が貧弱すぎるなぁ…)
これが弟子で申し訳ないけれど、誰に迷惑をかけるでもないので問題ないだろう。
足元に落ちた紙束を拾い上げ再度捲った。
なんとなく下手くそな字を見たくてだ。
(文字みたいな何かだ…)
苦笑いを漏らしながら紙から指を離し立ち上がる。
読書の続きは明日にしよう。
既に読み終えたものを書物台で返却した後、残る紙束を手にしながら書庫を出た。
書斎から持ってきたノートも忘れずにね。
(書物みたいな何かの単位は1“冊”なのだろうか…)
そんなことを考えながら向かうのはキッチンだ。