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11.師から弟子へ

 リビングを出るとそこは玄関ホールだ。

 2階へと続く階段があり、今はそこに足を乗せたばかり。

 絨毯も何も敷かれていない木製の階段は随分と横幅が広い。

 艶のある手摺りや壁に掛けられている照明などを眺めながらゆっくりと足を進める。

 登り切った先、正面には両開きの大きな大きな窓。

 家の裏手に聳える崖を視界に収めることができる。

 その窓の手前には左右に伸びる通路。

 階段側は手摺りが連なっており開放感溢れる造りとなっている。

 想像は容易いと思うね。


 深い意味もなく、右側から見て回ることにした。

 と言っても扉は2つしかない。

 階段に近い方の扉を開くとそこは書斎のようだった。

 足を踏み入れ見据えた先には横長のソファとテーブルが1つずつ。

 一等存在感を放つのは向かって左側に置かれている執務机。

 重厚感溢れる木製のそれは艶のある茶褐色であり、威厳さえ感じる。

 純粋に格好いい。


(座ってみたい)


 欲望のままに近づくと机の上に置かれた1冊のノートが目に留まった。

 紺色の表紙には何も描かれていない。随分とシンプルなデザインだ。

 手に取って裏返してみたけれど、そこも紺一色で変わり映えしなかった。


他人ひとのノートを勝手に見るのはなぁ…)


 なんて悩んだのは一瞬で、何か情報を得られないかと期待を込めて表紙を捲った。

 そこには“師から弟子へ”の文字。

 ページの中央にそれだけが記されている。

 弟子へ向けたものが執務机にポツンと置かれているだなんて違和感しかない。


(怪しい?)


 だけど、もうノートを開いた後なのだ。

 もうこの文字が気になって仕方がない。

 もちろん内容も知りたい。


(この字は…あの骸骨の字なのかな?)


 そんなことを考えながら丁寧にページを捲ると今度は長い文章が綴られていた。

 自ずと目はその文字を追う。

 

──────────────────────

【僕の弟子へ】


 おめでとう。

 ここへ辿り着いたのは君が初めてだよ。


 見つからないように島を魔法で隠したんだ。

 いくつもの魔法をかけたんだよ?

 自分で作った魔道具も使っているから誰にも見つからない自信があったんだけどなぁ。

 君には見つかったようだ。悔しいね。


 時代が進んで魔法や魔道具が発展したのか、何かの分野で卓越した技術を持つ者が現れたのか、君自身の運か才能か。

 それとも…なんだろうね?

 どんな方法であれ、ここへ辿り着けるだけの何かを君は持っているということだ。

 それを直接問えないのはとても残念だよ。

 君となら楽しい時間を過ごせたかもしれないからね。


 元々この島には僕の全てを隠すつもりで来たんだ。

 僕自身も含めてね。

 まぁ、僕にも色々と事情があるのさ。

 誰にも見つかるつもりはなかったし、そうならないように心血を注いだつもりだよ。

 それでももしここへ辿り着ける者がいたとしたらその者に全てを託そうと決めていたんだ。


 砂漠に埋められた花びらを見つけ出し、素水さみずを遥か上空から一滴点じ潤す。

 意味は伝わるかな?ここに辿り着ける者が現れる可能性はそれぐらい低いって言いたいんだ。

 難題だよね?これって。

 少なくとも僕が出来るようになるのは凄く凄く大変なことだ。


 とはいえ、実際にこれを読んでいる者がいるのだから驚きだよ。

 残念ながら既にこの世を去った僕が直接君にできることはない。

 だからこの家とここにある全てを好きに使ってくれてかまわないよ。

 既にこれを読めるくらいだから君には必要のないものかもしれないけどね。


 この島はこれまで誰も足を踏み入れたことのない場所だ。

 この島の存在を知る人がいないと言った方が正しいかな?

 始めは家なんて無かったんだよ?

 一から作るのは大変だったけど、楽しかったんだ。

 この島は元々誰のものでもないから勝手にして。

 あ!もしかして君の時代には変わっているのかな?

 まぁ、僕はもういないしその辺りのことは自分でなんとかしてよね。


 君は僕の最初で最後の弟子だ。

 直接何かを伝えることはできないけれど、ここを譲るから問題ないよね。

 師匠なんて必要ない。そんな悲しいことは言わないよね?

 泣いちゃうよ?泣き顔は見たくないでしょ? 

 僕の自慢の弟子だと言ってみたいな。


 実りある一世であることを願うよ。


【君の師匠 ルークス・フェン・ヴェリタティス】

───────────────────────


「ルークス……フェン・ヴェリタティス…さん?様?」


 思いもよらぬ内容に頭が働かない。

 何に疑問を抱き何を思うのか…何も纏まらず混乱を極める。


(落ち着こう)


 顔を上げると同時にこの部屋にはソファがあったことを思い出した。

 一旦そこに腰を落ち着け、再度読み直そう。


(僕の弟子へ…か)


 今度はゆっくりと丁寧に読み進めた。

 少しでも何かを掴み取りたくて。

 何か情報を得たくて。そして、なんでもいいからひとつでも理解したくて。


─────


───


──

 

「ふぅ…」


 ゆっくりと息を吐き、読み終えたノートをテーブルに置いた。

 それぞれの足に肘を立て、組んだ手の甲で額を支える。


(まず…何から考えよう…)


 何度か読み返したものの考えが纏まらない。

 次から次へと溢れてくる疑問。理解し難い内容。文字の羅列。

 それらが頭を埋め尽くし、埋もれたと思えば湧き上がり、消え、新たな疑問が…となっているようだ。

 とりあえず今得た情報を淡々と頭の中に並べていこう。


(えぇっと…これはノートに書いてあるけど手紙と呼んでいいの?)


 どうでもいい疑問だ。勝手に呼べばいいと思う。

 自分でツッコミまで済ませるなんて実に滑稽である。


(えーっと…まず、この家を譲ってもらったから好きに使っていいということで…)


「ありがとうございます」


 お礼は大事だ。ペコリも忘れない。

 後で崖の中腹に何か供えに行こう。

 あの骸骨を思い浮かべても怖いと思わないから不思議だ。


(あの方は凄い力を持った人がここに来ると踏んでいたようだけど…)


 何も持たぬ自分が弟子になってしまい申し訳なさで胸が痛む。

 それでも既にここへ来てしまっている。

 その事実は変えられないので有り難く“師匠”と呼ばせてもらうことにした。


(しま……島なのかぁ)


 しかも“前人未踏の”と先につく。

 正確には2名到達しているが、ちょっとそこまでお買い物へなどと気軽に言える場所ではなさそうだ。


(いや、まだそうと決まったわけではない)


 島ではあるのだろう。だけど、今もまだ未開の地だとは限らない。

 ノートにもその可能性が記されていた。

 パッと顔を上げ窓の外を見る。


(無いな)


 視界に入ったのは家の横の開けた土地とその奥に立ち並ぶ木々、この家の背後に聳える崖の肌。

 昨日崖の中腹から森を眺めたが、人の住処らしき所は視界に入らなかった。

 背の高い木々がひしめく森だ。当然見えない箇所の方が多い。

 だから人の気配を感じられなくて当然で、まだこの島には人がいないと断定できない。

 だけど、そう分かっていても期待をする気にならない。


 あそこから見えた範囲は広くはなく、全方向を見渡せたわけではない。

 当然背中側は洞窟の内部であり、透視でもできない限り知る由はなかった。

 この場所から人を探すには森を突き進むか、聳え立つ崖を登らなければいけない。

 掘るという方法もあるが、容易ではないだろう。

 こんな状況では人がいる可能性を見出すだけの気力が湧かない。

 楽観的になどなれないよ。


 それに、はなから居ないつもりで考えた方がいいだろう。

 期待していなかったではきっと傷は大きい。


 となると、洗面所に置かれていた衣服の用途が不明だ。

 主本人用なのか、いつかここに到達できた人へ向けてなのか…


(まぁ、そこは今考えることじゃない)


 まず、自分はこれからどうすればいいのか、それが重要だ。

 その為には自分はどうしたいかが大事になってくる。


(帰りたい…)


 ただ、それだけだ。

 あそこが私の帰る場所。帰らなければいけない。


(うん。当たり前だ)


 となると、あちらの世界に帰る方法を探すしかない。

 けど…


(何を?)


 何を調べればいいのか全く分からない。

 取っ掛かりも何も無さすぎる。


(まずは……まずは、この世界のことを知るべきか)


 そうする内にヒントを見つけられるかもしれない。

 それに、自分に何ができるのかも分からない今、意気込みだけでは心許なすぎる。

 この世界と今の自分のことを知る。

 それが先駆けだね。

 やはりこの家に多くの書物が残されていることを願うばかりだ。

 そもそも地球への帰り方が記された書物でもあればいいのだが…

 

(期待はしない。うん)


 そんな都合良く事が進むだなんてありえない。

 そう言い聞かせた方がいいだろう。

 情報を見つけられなかった場合は外へ向かう必要が出てくるが…


(森か崖か…)


 大きな壁が立ちはだかっている。

 それに、森を抜けた先はどうする?

 崖を登った先にまた壁があったら…

 確か高い高い崖を見上げた先では緑が顔を覗かせていた。


(いや、頭と言える?そこはどうでもいい)


 予想では崖の上も森だ。

 やはり森を抜けるは必須か。

 それでその先は…となるが…


(分からん)


 予想すら立てられない。

 これでは備えようがないではないか。

 

(あ、島。ここは島だったね。となると、周囲は海。今度は海を渡ることになるのか…どうやって?泳ぐ?どんぐらい?)


 分からんわい。

 先の先のことを考えたってどうしようもない。

 まずは目先のことだ。これを思うのはもう2度目だね。


 この家から書物を見つけ出すこと。

 読み解き頭に蓄えること。

 なんにせよおそらく森で生き延びられなければいけないだろう。

 食料問題もあるのでね。

 全てを把握しきれていないが食料は充分にあった。

 数か月はつだろう。もしかしたら年単位でだ。

 食料が尽きる前に島を出る必要があるものの、学び知識を蓄えるだけの猶予は残されている。 

 服はある、家もある。何もサバイバルをしろというわけではないのだ。


(………怖い)


 いつの間にか手はかれていた。

 組んでいた手はほどかれ指先が震えている。


(大丈夫。この家がある)


 どんどん震えは全身に広がっていく。

 怖くてたまらない。だけど、ちゃんと怖がれていることに安堵もする。

 考え無しに突き進み命が途絶えたらたまったもんじゃない。


(偉い。自分は偉いよ。うんうん)


 触れ慣れていない滑らかな手の甲を右手でさすりながら顔を上げた。

 ソファは窓に向かって置かれているものだから自ずと外が見える。


(結局自分はなんであの森に…)


 その理由は知れなかったね。

 場所を考えると師匠がなんらかの方法で人を呼んだと言われてもおかしくない。

 だけど、ノートの内容を読んだ限りどうやら無関係のようだ。


(分からずじまいか…)


 自分が異世界に落とされた理由も、森に落とされた理由も分からないままだ。

 この家の主と何かしら関係があると思っていただけに落胆が大きい。


(仕方がない。これが現実だ)


 自分がなんとかするしかない。

 黙ってここに座り救助を待つだなんて能天気もいいとこだ。


(まず、知ること)


 ノートにはこの家と“ここにある全て”と記されていた。

 ということは家以外にも何か残されているはずだ。


(あそこに何かあるかな…)


 この家に寄り添うように建てられた円塔がずっと気になっていたんだ。

 見るからに何かありそうだった。

 内部を知っておいて損はないだろう。

 あの塔を確認するべく立ち上がった。

 なんとなくテーブルに置いたノートを手にしながらね。

 不安も恐怖も今は押し殺そう。

 今はやるべきことをやる時だから。

 そう己に言い聞かせながら書斎の扉を開いた。


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