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10.洗い物

「ごちそうさまでした」


 贅沢にも美味しい美味しい果物を2種類も食後に頂いた。

 口に広がった香りと瑞々しさを今でも思い出せる。

 記憶に残る美味しさとはこれなんだね。

 そんな果物たちによって存在感が薄まってしまったけれど、自分が作ったスープもなかなかに美味しくできた。

 素材がいいみたいで塩だけでも充分深みのある味になったんだ。

 というか、おそらくあの塩だって一級品だろう。


「ふぅ…」


 満足のいく朝食となったのでこのまま食後のティータイムに移行したい。

 けれど、この家にお茶があるのかどうかも分かっていない今それを行うべく動けばまた疲れること間違いなし。

 お茶そのものや茶器を探すところから始めなければいけないんだ。

 ティータイムが始まるまでに何時間かかることやら。

 飲む頃には気分が下がっているだろう。


(今回は諦めましょう)


 サッと立ち上がり使用済みの食器をシンクまで運ぶ。

 その際に昨日濯ぎ立てかけておいた食器が目に止まった。

 洗剤も使わずに洗ったこれを食器棚に戻すのは嫌だ。


(これにも“浄化”を使えないかな)


 ふとトイレでの事が思い起こされた。

 浄化の対象を食器に変えるだけならばできるのでは?


(浄化ね。浄化。それ…おぉ)


 さっそく行使してみると自分の魔力が食器を包み消えていくのが見えた。

 後に残ったのはピカピカのお皿たち。

 続いてまな板や包丁にも浄化をかけるとこちらも汚れが無くなり綺麗になった。

 思いがけず心が踊る。


(便利すぎ!あ、これなら洗濯もできそう)


 確認するべく意気揚々と洗面所兼脱衣所へと向かう。

 昨日脱いだ衣服は汚れが付いたままチェストの上に置かれている。

 そのひとつである白い長袖シャツを手に取り広げた。

 やはりとても綺麗とは言えない。

 薄い緑色の線は蔦か何かが擦れたことで残ったのだろう。

 それらや土汚れなど、とにかく白以外の色を払うとするか。

 サーっと全てを連れ去るイメージで。そして、魔力を放つ…


(お、できたできた!)


 両腕を伸ばし広げていたシャツの上から下へ自分の魔力が通ったと分かる。

 汚れも何もない状態の姿は記憶に残っていないけれど、元のように美しくなったと言っていいだろう。


(感動だ…)


 自分の力で真っ白なシャツに戻せたと思うと喜びで心がゾクゾクする。

 歓喜に震える数歩手前という感じだ。


(さて、続き続き)


 これならばお洗濯も楽に終えられるだろう。

 残りの汚れ物にも次々と浄化をかけ綺麗にしていく。

 白は真っ白に、黒は真っ黒に、焦茶色は深みのある色合いを取り戻し。

 原理も何も分からない不思議な光景だ。


(さて、これをどうしよう)


 綺麗にしたはいいものの今後着ることが無いかもしれない。

 昨日着用していた服とは恐怖と不安に苛まれながら森を進んだ際に着ていた服。

 そうやって繋がり楽しくもない過去を思い出すことがありそうだから。

 何よりペラいのが気掛かりだ。

 安っぽさはなく、着心地や手触りはいい。

 だけど、枝からの守りが薄すぎた。

 同じく着心地がいいのならば生地に厚みのある方を選ぶ。

 なので、昨日お世話になった衣服は一旦洗面所の棚に置いておくとしよう。


(それにしても、この能力は便利すぎるなぁ)


 泥を洗い落とす作業も干す作業も必要無いから凄く楽だ。

 雨の日だろうと雪の日だろうと、乾かないと嘆かずに済む。

 今朝洗ったから今日は着られないなんてことにもならない。

 

 だが、ブーツに関しては少し残念に思うことがある。

 艶は戻ったが細かい傷は残されたままなのだ。

 浄化はあくまで汚れ…不浄のものを払う効果しかないのだろう。

 けれど、今はそれが分かっただけでも充分だ。


 もしかしたらこの家が綺麗に保たれているのは浄化が作用しているからなのかもしれない。

 昨日、汚れたブーツを履いたまま室内を歩いたはずなのに泥は一切見当たらず、清潔なんだ。

 埃だってない。

 この家に魔法がかけられているのか、はたまたソルデのような魔道具を使用しているのか…。

 なんにせよ浄化が使われている可能性は高そうだ。

 それはさておき、洗濯を終えたことだし、事を進めようではないか。


(ブーツは…履かなくていいね)


 やはり室内で靴を履きたいと思わない。

 スリッパぐらいならばいいけれど、偶然見つけたら履くかもね。

 とりあえず、ブーツに関しては玄関に置いておきましょう。

 洗面所を出てこの家の正面扉のそばに。

 そして今度はリビングに向かう。

 この瞳に映るあでやかな色彩を少々抑えたいのでその方法を考える時間だ。




***




(魔力だよね?これって)


 ソファに腰を下ろし瞳に映ったままの何かについて考え始めた。

 これを見えないようにしたいのだ。


(というか、最初は見えなかったのに何故…)


 見えるようになったのはこの家に入ってから。

 ふわふわと魔力が宙を漂い感動したものだ。


(いや、正確には…玄関の魔石に魔力を流してから…かもしれない)


 確か家に足を踏み入れる直前にも視界の端にあったような気がする。

 そのとき何をしたか、自身に変化はあったか…

 あのときは体内の魔力を捉え、動かし、放出した。

 内に気を向け体内の魔力を捉えたとき、そこで初めて魔力とはこういうものなのかと理解できたように思う。

 “どれ”が魔力なのかは既に分かっていたが、魔力そのものについての理解が浅いどころか無いに等しかった。

 ふんわりと感じ取れていた“何か”のことをこの身と頭がようやく理解し、己に落とし込めたのがあのときだ。


(言葉では言い表せないねぇ)


 川を流れる何かは“水”

 頬を撫でる何かは“風”

 突如空を駆け抜ける何かは“雷”


 発生する理由や条件、それを構成する要素の全てを知っているわけではない。

 それなのにそうだと分かるもの。

 水は水と分かるし、風は風と思うんだ。


(“魔力”もそのひとつで……)


 だからなんだと言うのだ。

 声を上げたくなる感覚を覚え思わず身を後ろに倒した。

 勢いよくソファの背に身を預け、漂う魔力をしばらく眺める。


(目が疲れる……え……)


 拒否反応なのか、無意識にゆっくりと瞼が下りた。

 にも関わらず何故か魔力が分かるんだ。

 光は見えないというのに…

 五感のひとつを塞げば他が上がるかのようだ。


 流れるような魔力の一筋が感じ取れている。

 それだけではなく、単体の魔力があちこちに散らばっているとも理解した。

 どういうわけか魔力が持つ色も分かるから不思議だ。

 これもまた視認しているわけでも、頭に思い浮かぶわけでもなく、あれは赤色と分かる。

 天井から吊り下がる照明は白金色の魔力を抱え纏い、隣の部屋にある魔道食料庫は紺色の魔力を抱え纏っているね。


(ダメだ)


 思わず身を起こしながら目を開いた。

 ひとつ感じ取ればそこから更に他へ他へと繋がり、感知範囲がドンドン広がっていったんだ。

 分かってしまうから次々へと意識が向いたんだね。

 何か危機を感じ咄嗟に感知を止めたつもりだ。

 あのまま進んでいたらどうなっていたのかは分からないが、この身に疲労が蓄積されていることを思えばおそらく止めて良かった。


(魔力感知とはこのことか…)


 ようやく理解した。そのままの意味だ。

 魔力を感知する。そうとしか言い表せない。

 おそらくこれを完全に切ることはできない。

 だってこの身が勝手に受け取ってしまうのだから。

 しかも身体のどこでそれを感じ取っているのか分かっていない。


(あ、それなら目は?)


 視認している分だけでも切ることはできないのだろうか。

 目を閉じるがそれ?

 それなら見えないようにすることはできないということ?


(いやいや、見えなかった時があるんだ)


 諦めかけたその時、この家に入る前の視野を思い出した。

 考え始めたときにその辺りを思い浮かべていたというのに…

 とにかく、見えない状況に持っていけばもしかしたら見えなくなるのかもしれない。


(んー、それが分からないんだよなぁ)


 見えない状況とはなんぞや?

 何故見えなかったのだろうか。

 見えるようになったのは魔力とは何か理解したから。

 魔力とは何か理解しようとして…


(魔力とはなんだと知ろうとして、見ようとした?今は別に見ようとしていないんだけどなぁ)


 ついぼーっと宙を眺めてしまう。

 解決策が見出せずやる気が低迷してしまったのだろう。

 しかし、どうにかしたいとは思う。

 少しでも感知の負担を減らしたいんだ。


(魔法ではないんだよなぁ…)


 感知できている今も魔力が減少している気がしない。

 一昨日からそれは変わらずだ。

 そうなると何に分類されるのか…


(身体機能のひとつ?)


 仕組みが分からずとも呼吸はできるし、手足を動かせる。

 構造を知らなくとも声は出せるし、音を拾える。

 それと一緒なのかもしれない。


(ん?合ってる?これ)


 訳が分からなくなってきた。

 思わず目元を覆い項垂れる。

 額すらスベスベだとかは今はどうでもいいね。


(えぇっと…)


 呼吸は止められる。

 やり方を説明はできない。

 だけど、できる。


(そんな感じでできないかな…)


 何を思ったか顔を上げ目を閉じた。

 電気のスイッチをOFFに切り替えましょう。

 そのような感覚でパッと開く。


(あれ?…それでいいの?)


 唐突に魔力が見えなくなった。

 首を動かし室内を見回してもあの淡い光が視界に入らない。

 部屋に漂っている魔力も照明の魔力もなんとなくは分かっている。

 それより更にうっすらとだが魔道食料庫の魔力も。

 だけど、先程とは明らかに感じ方がぼんやりとしている上に瞳には映っていない。

 玄関の魔石に魔力を流す前と同じだ。


「………」


 身体の力が抜けた。

 冗談が解決に繋がり脱力だ。

 考えすぎたと呆れも生まれるね。

 意識ひとつで変えられるだなんて思うかよ。

 

(切り替えが大事ってか)


 ハッと鼻で笑う。

 あれこれ考えていた自分が馬鹿みたいだ。

 自ずと視線が下がるね。


……………


………


……


「よし!」


 ガバリと顔を上げた。

 そもそも世界が違うんだ。こんなこともあるさ。

 何かを考えるとは悪いことではない。

 あれこれ模索することで頭は使われ、鈍くなるのを抑えられるのではないだろうか。

 それに、解決したんだからいいじゃないか。


(無理があるな…)


 なんとか明るくしようと努めたけれど、無理だった。

 どうにかこうにか納得のできる理由を捻り出した感満載で呆れるね。


(はぁ…行くか)


 本日は家の探索をするつもりだったのだ。

 さっさと行動に移そう。

 身体を動かせば何かが変わるかもしれない。


(何してんだろう。自分は…)


 立ち上がり足を踏み出しながら己に浄化をかけたんだ。

 どこかに残る陰りや燻りをなんとかできると思ったのかもしれない。

 いや、あれだ。他人ひと様の家を見て歩くのだから身綺麗にしようと思ったんだ。


(そうだそうだ)


 励ましにすらならない謎の理由を己に言い聞かせ部屋を出た。


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