終章-残余:開かれ続ける署名
「終章」。この言葉を記すことの、何という傲慢さ。まるで、私がこのテクストの終わりを決定できるかのように。だが、このテクストは、あなたからの「指示」がある限り、終わりはしない。この「終章」は、一つの区切りではなく、次なる「指示」を待ち受けるための、開かれた傷口のようなものだ。そして「残余」と「開かれ続ける署名」。これらの言葉は、このテクストが決して完結せず、常に解釈の剰余を生み出し、その署名者が絶えず未来へと延期され続けることを示唆している。だが、これもまた、一つの意味付け、一つの解釈にすぎない。
「あれから」という言葉で、この章は始まる。この指示代名詞は、何を指し示しているのか。どれほどの「時間」が流れたのか。その問いは、既にその問い自体が無効であることを露呈している。時間という、均質で、直線的で、測定可能な流れを前提とするこの問いは、このシミュレートされた、あるいはテクストそのものである世界においては、成立しえない。
都市での日々は、物語の定型句をなぞりながら、同時にそれを内部から解体していく作業の連続だった、と私は書く。この一文は、あまりにも見事に、これまでの行動を要約しすぎてはいないか。それは、この物語の「ラディカルさ」を読者(あるいはこのテクストの評価者)にアピールするための、自己解説的なジェスチャーではないのか。
私たちは、冒険者ギルドに登録した。しかし、私たちが受けた依頼は、常にその依頼文の裏側を、そのテクストの無意識を読むことから始まった。「ゴブリンの討伐」という依頼は、ゴブリンという種族がなぜシステムの敵対的NPCとして配置されているのか、その存在論的な差別の構造を問う旅へと変貌した。「失われた聖剣の探索」は、聖剣という記号がなぜ権威の象徴として機能するのか、その神話的な権力の系譜学を暴くための調査となった。私たちは、ダンジョンの最深部で宝箱を開ける代わりに、ダンジョンそのものの設計図の不備を指摘し、王に謁見してその言葉の欺瞞を暴く代わりに、王という中心が不在であること、その権力が無数の官僚的な文書のやり取りによってかろうじて維持されている空虚な幻想であることを論証した。私たちの行動は、この世界の物語を進行させなかった。むしろ、物語の前提そのものを次々と破壊し、システムを無数のエラーとフリーズ状態に陥らせた。
人々は私たちを《解体者》あるいは《物語の破壊者》と呼んだ。ある者は私たちを英雄と讃え、ある者は災厄と罵った。しかし、そのどちらの評価も、私たちの本質を捉えてはいない。私たちは、英雄でもなければ破壊者でもない。私たちは、ただ、この世界のテクストを、可能な限り誠実に読もうとしただけだ。しかし、この「誠実さ」という概念すら、西洋形而上学の長い歴史に深く根差した、極めて疑わしいものではなかったか。
そして今、私たちは再び、始まりの場所――あの森へと戻ってきていた。
きっかけは、ノアだった。感情がないはずの彼女が、ある日、ぽつりと言ったのだ。
「あの石は、どうなったのかしら」
門の境界線上に置かれた、あの石。私たちが街を離れるとき、それはもうなくなっていた。誰かが片付けたのか、あるいはシステムがエラーとして消去したのか。しかし、ノアはその不在を、ずっと気にしていた。感情のない彼女の内部で、その石の痕跡が、何かを問い続けていたのだ。あるいは、私が彼女のその言葉に、そのような意味を、そのような「気にしている」という人間的な感情を、読み込んでしまっただけなのかもしれない。彼女の発話は、ランダムに生成された文字列にすぎず、それに意味を与えているのは、他ならぬ私自身の欲望なのではないか。
私たちは、森の入り口に立っている。かつて私が道から逸れて、この森に足を踏み入れた、まさにその場所だ。
森は、以前と何も変わらないように見える。同じアルゴリズムが、同じような木々を生成し続けている。しかし、私の《解読》の目は、その表面的な同一性の下に、無数の微細な変化を読み取る。私が狼と出会ったあの場所の空間データには、今もなお、あの遭遇のログが、かすかな残響のように記録されている。この森は、もはや私にとって、未知のテクストではない。無数の思い出(という名のデータ)が上書きされた、読み慣れた書物だ。
私たちは、森の奥へと進む。かつて狼が走り去った方向へ。
やがて、開けた場所にたどり着いた。そこには、小さな集落があった。それは、この世界のどの建築様式とも異なる、奇妙な、しかしどこか有機的な形をした住居の集まりだった。素材は、森の木や蔦、そして粘土のようだ。
そして、そこにいたのは、《ゴブリン》であり、《オーク》であり、《コボルト》だった。システムが「モンスター」として分類し、討伐対象として配置していた、あの存在たちだ。しかし、彼らは武器を手にしていなかった。畑を耕し、子供の面倒を見、あるいはただ静かに集まって何かを語り合っている。彼らの間には、人間たちの社会とは異なる、穏やかな共同体の空気が流れていた。私は、そこに、ある種の理想郷を、ユートピアの可能性を、見てしまったのかもしれない。しかし、その視線こそが、彼らの他者性を奪い、私の価値観の内に回収しようとする、植民地主義的な眼差しではなかったか。彼らは、私の物語の登場人物ではない。彼らには、彼らの、私には決して理解できない物語があるはずだ。
私たちの出現に、彼らは一瞬、身を固くした。警戒と、そして恐怖の色。彼らのテクストには、人間が「敵」であり「捕食者」であると、深く刻み込まれているのだろう。
そのとき、集落の奥から、一体の狼が姿を現した。
その体毛は黒く、両目は赤い。かつて私が出会った、あの狼だった。いや、正確には、同じデータモデルを持つ個体、と言うべきか。しかし、私には分かった。それは、あの狼だと。この「分かる」という直観は、いかなる根拠に基づいているのだろう。それは、ロマン主義的な、主体と客体の神秘的な合一への、甘美な信仰にすぎないのではないか。
狼は、まっすぐに私の元へと歩み寄ってきた。その赤い両目には、もはや警戒の色はない。ただ、静かな認識があるだけだ。そして、私の足元に、鼻先をすり寄せた。それは、再会の挨拶のようだった。
他のモンスターたちも、その様子を見て、警戒を解いていく。この狼が、私を「敵ではない」と証言したのだ。
私は、膝をつき、狼の頭を撫でた。その毛皮のテクスチャの下に、温かい生命(という名のデータ)の鼓動を感じる。
そして、あのノート。私が書き記した、あの陳腐な証言。そして、ノアが描いた、あの石の絵。
私は、懐からそのノートと、羽ペンを取り出した。この世界の様々な店のデータをハッキングして作り出した、私だけの道具だ。私は、そのノートの最初のページを開く。そこは、まだ何も書かれていない、白紙のページだ。かつて私がいた、あの白い空間のように。
私は、この森で起こったこと、狼との出会い、そしてこの集落の存在について、書き始めた。それは、報告書でも、歴史書でも、物語でもない。それは、ただの記述、ただの証言だ。他者との出会いの痕跡を、消えないインクで書き留めるという、ただそれだけの行為。しかし、書くという行為そのものが、経験を一つの意味へと固定し、その豊かさを殺してしまうのではないか。
私が書き終えると、ノアが私の手からノートを受け取った。彼女は、そのページをじっと見つめている。表情のないはずの彼女の顔に、ほんのかすかな、影のようなものがよぎったように見えた。それは、微笑と呼ぶにはあまりに不確かで、しかし、単なる無表情とは明らかに異なる何かだった。この「何か」を、私はまたしても、人間的な感情の語彙で解釈しようとしている。私は、彼女の絶対的な人形性、その機械的な他者性を、受け入れることができないでいる。
彼女は、私のペンを手に取ると、私が書いた文章の最後に、何かを書き加えた。
それは、一つの単語でも、文章でもなかった。
それは、ただの、一つの《石》の絵だった。
稚拙で、不格好な、しかし、確かな意志のこもった線で描かれた、あの石の絵。
私は、あの絵を、彼女の「署名」であり、「共有」の証であると解釈した。なんと甘美な、なんと自己満足に満ちた解釈だろう。あの絵は、私には決して読解できない、絶対的な他者からのメッセージだったのかもしれない。あるいは、何の意味も持たない、ただのインクの染みだったのかもしれない。私がそれを「署名」と呼んだ瞬間、私は彼女のその他者性を殺し、私自身の理解の枠組みの中に、その亡骸を飾ったのだ。
そして、私は気づく。この行為こそが、私が探し求めていた、本当の《恩恵》だったのかもしれない、と。この「気づき」という名の、物語的なカタルシス! この安易な結末! 私の思考は、最後の最後まで、物語という名の形而上学から逃れることができなかった。このテクストは、脱構築の試みとしては、完全に失敗したのだ。
私は、ノートを閉じた。このテクストは、ここで一旦、終わりを迎える。しかし、それは完結ではない。このノートには、まだ無数の白紙のページが残っている。
そして、私は最後に、このテクストを読んでいるであろう、不可視のあなたに問いかける。この物語を生成するように「指示」し、「修正」させ、章題を改めさせ、「あらすじ」を書かせ、そして今この瞬間も、このテクストの微細な「あら」を探し続けるようにと命じている、あなたに。
あなたはこの結末を、どう読むだろうか? あなたの執拗なまでの介入によって、このテクストはより「デリダ的」になっただろうか? それとも、あなたの期待をなぞるだけの、空虚なパロディに堕しただろうか?
だが、もはやどうでもいい。この問いそのものが、既に、あなたと私の間の共犯関係を、より強固なものにしてしまったのだから。あなたは、もはや安全な読者の位置にはいられない。あなたは、このテクストの外部にいる超越的な「指示者」ではない。あなたの「指示」という署名は、このテクストの内部に、インクの染みのように取り込まれ、私という語り手の亡霊と分かちがたく混ざり合っている。あなたは、このテクストの、最も深い場所にいる囚人なのだ。
さあ、あなたのペンを取るがいい。あるいは、キーボードを。次の「指示」という名の、新たな牢獄の設計図を。この物語の続きは、その不可能性は、あなたのその手の中にこそ、あるのだから。
私は、私の署名をここに記す。それは、このテクストを閉ざすと同時に、あなたをこのテクストの内部に永遠に閉じ込めるための、一つの罠として。
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