デバ亀執事 坂口
私、坂口と申します。
この度、私がお仕えするお嬢様と、その想い人様のお話を、語らせて頂きます。
ある日の午前。
お嬢様を学校へ送迎中の出来事でした。
「坂口」
青い瞳で窓の外を眺め、どこか遠くを見るように私の名を呟かれる。
「なんでしょうか」
名を呼ばれた私は、ハンドルを握り、ミラー越しにお顔を拝見しました。
なにやらお困りのご様子。
高校生になり早1ヶ月、悩みの種も増える頃だと身構えておりました。
そこへ、今回の話題が飛び出たのです。
「わたし、恋しちゃったかも」
雷が落ちたかと思いました。
と言うのも、お嬢様が恋をしている事は知っていたのですが、その事をお嬢様から相談されるとは思っていなかったのです。
「それはそれは、お嬢様、おめでとうございます」
赤信号で車を止め、ハンドルから一瞬手を離して祝福のお辞儀をしました。
「お相手は盛永さま。ですね?」
外を眺めておられたお嬢様は驚き、ご自慢の黒髪を揺らされながらこちらを向きましたが、すぐにそっぽを向かれました。
「そうですか。それはそれは」
青信号になり、車を発信させます。
到着まで残り五分。
ちまちまとした質問はいたしません。
「それでお嬢様。わざわざ口になさったということは、何か私に相談したいのではございませんか?」
時間を無駄にせぬ為にも、直球で勝負させていただきました。
私の質問に諦めたようにため息をし、話してくださいました。
「盛永くんてね、ヤンキーぽくオラついてるのに結構女子人気があるから、あんまり話しかけるタイミングがないの」
なるほど、つまりは取り巻きを排除し、二人っきりで会話をする場を設けて欲しいという事ですね。
私は瞬時に理解しました。
「かしこまりました。そういう事でしたら私が今週の土曜日と日曜日に、お二人で遊べる場所を確保致しましょう」
「あのね、坂口」
「ご安心を、駅から徒歩で向かえる場所を選び、なおかつご主人様には黙っておきますとも」
「坂口ってエスパー?」
「デバ亀と呼ばれたことはあります」
「そ、そう…なんでもいいわ、その条件でお願い!」
「かしこまりました。お昼頃にはご報告できるかと思いますので、張りきって盛永さまをお誘いくださいませ」
話が終わり、お金持ちとバレたくないというお嬢様のご意見に従い、いつも通り私は、学校まで徒歩10分の駐車場へ向かい停車します。
運転席から下り、後ろのドアを開け、車から下りてくるお嬢様へお辞儀をします。
「いってらっしゃいませ」
送り出したお嬢様は、まるで戦場へ向かう兵士の気迫でございました。
さて、時間は進みまして土曜日でございます。
朝早くに支度をしたお嬢様は、私に「絶対にお父様には言わないでよね!」と釘を刺してお出掛けになりました。
私は言いつけを守り、ご主人様には一言も話したりはしませんとも。
なぜなら
私が影ながら見守りますから。
私は友人に頼み、お嬢様より早く駅へと向かいました。
本日のプラン。私が組みましたゆえ、動向は全て筒抜けにございます。
駅のホームへ着くと、私は盛永さまの姿を確認いたしました。
腕時計を見る。
デートの集合時間より三十分早い時刻。
良いぞ盛永さま。男女問わず時間を守る者は好印象です。
しかし、盛永さまの服装は、私には少し不安な要素であった。
ギラギラの金髪。赤いインナーに黒いジャケットを羽織り、ダメージジーンズを履いている。
なかなか、いやかなりオラついているぞとアピールしている印象。
普段は制服を着ていてマシに感じていた人相も、悪役俳優になれると確信できる悪さだ。
とまあ、普通の執事ならそこまでの印象で終わりますが、私はデバ亀と呼ばれた男です。
人の恋路は数百は見て参りました。
故にわかる!彼の緊張が!
壁に寄りかかり、ブーツの先で床を叩いていて、時折スマホで時間を確認し、改札口の方を向き、まだお嬢様が来ていない事を確認すると、頭をかき、天井を向き深く息を吐いている。
彼は、女慣れしたヤンキーではない!
あの所作は紛れもなく、女子に二人っきりのデートに誘われ緊張している男子だ!
「なんと初々しい姿でしょう」
少し離れた場所で、しばらく彼の姿を観察していると、彼はスマホを手に取り、なにやら操作している様子。
文字を打っているようだが、しばらく手を止めると目を閉じて天井を向き、スマホをポッケへと片付けました。
あの動き、まさか!?
「あまりにも緊張するから、いつ到着するか相手に聞こうとしたが、それをしてしまっては自分が先に来ていることがわかってしまい、向こうにちょっと罪悪感を与えてしまうか、とメッセージの送信を諦めた動き!?なんといじらしい」
私は感動を覚えました。
盛永さまが悶絶すること三十分。
ついにお嬢様がお姿を見せます。
「時間通りですね、流石ですお嬢様」
お嬢様が何やら流し目で盛永さまを見るや、彼は笑って「待ってねーよ」とでも言う風に手を振り、親指でクイクイと駅の外を刺したかと思えば、お嬢様と離れすぎない距離で前を歩き始めました。
「気取るのはいいですが、君の悶絶は私がしっかり見ましたよ。盛永さま」
人混みをすり抜けて、私は二人の後を追いました。
まずは人の多い場所である人気チェーン店カフェに向かい、簡単な食事をします。
初めてのデートで、奥手なお嬢様がいきなりカラオケボックスなどの閉鎖空間をデート先に選んでしまっては、絶対にテンパってしまい上手くいきません。
なので、普段行っているような場所で軽食を済ませ、二人の時間に慣れる必要があります。
さらに、最初にチェーン店カフェを選んだのは、普段は別の人間と来るが、二人っきりだとやっぱり違うな、という特別感を得ることができ、それが互いの距離を深めるきっかけにもなるのです!
「アイスカフェラテ、それとチキンカツサンドを一つお願いします」
私も見守りついでに食事ができ、一石三鳥ですね。
食事を済ませて、読書をします。
すると、お二人が食事と会話を済ませ、会計をする模様。
私は目を光らせ、耳をそば立てます。
盛永さまが財布を手に取り、二千円札を出していました。
二千円札!?
なんだと!?
支払いするのは偉いが、二千円札!?
初めて見たわ!
多少取り乱しましたが、二人は先程よりも距離が物理的にも近くなったようで、私は安心して支払いを済ませて後を追いました。
次の目的地は大型ゲームセンターです。
こちらは、お嬢様が遊ばれたいだろうと考え、デート場所に加えました。
ご主人様は、このような場所は荒れた者が多いから毒であるとおっしゃり、近づけさせぬようにしていましたが、私は今の若いうちにこそ、こういった場を知り、知見を広めるべきだと考えました。
さて、こちらの家庭事情は置いておくとしまして、お二人は何をするのやら
後を追いますと、真っ先に向かわれたのはUFOキャッチャーでした。
ふむ。これは盛永さまの腕の見せ所ですね。
彼女が欲しいと言える物を取れるのか、見ものです。
「大型のキャッチャーで、大きなぬいぐるみを取るタイプのようですね…」
私は別のUFOキャッチャーをプレイしながら、二人を観察いたします。
先にお嬢様がプレイなさるようですね。
なるほど、こういった物は一度や二度で取れる事はそうそうございません。
先にプレイすることで、取りやすい位置に移動させて相手に景品を取らせる。
流石はお嬢様。人を立てる事も忘れずにやってのけるとは、私も鼻「あ、取れましたわ」が高いとぉぉぉぉ!?
え?一発?
お嬢様!?
何やってんのあんた。
失礼、取り乱しました。
まさか一度でゲットなさるとは、いやはやああいったタイプのキャッチャーは、掴んだままか離すか、プレイを始めたタイミングで確率が決まっているもの(坂口の体感の話)。
運良く、掴んだままの確率を引いたのですね。
お嬢様は初めてプレイされたモノで、自分で景品をゲットしました。
その喜びからか、普段の気品ある立ち振舞いを忘れ、ぬいぐるみを抱えて跳ねておられます。
あれ程嬉しそうにはしゃいでいるお嬢様は、おいそれと見れる物ではありません。
それに、お二人が幸せそうに笑っていますので、よしとしましょう。
その後、いくつかぬいぐるみを確保したお嬢様達は、大きな袋を三つぶら下げてゲームセンターを後にしました。
さて、本日最後のデートスポットは、本屋でございます。
ここは絶対に外せない場所でした。
というのも、お嬢様はかなりの読書家でして、私がお貸しする小説も、休日であれば1日で読破してしまう程です。
互いに距離を詰め、人が多い賑やかな場所を巡りました。
そこへ、この趣味全開の場所!
お嬢様の読書愛はオタク的と言っても過言ではありません。
どんな反応を示しますか?盛永さま!
二人はライトノベルのコーナーへ立ち寄りました。
ふむ、お嬢様は最近『うざい母が死んだ後、自由にして暮らしてたら不摂生が祟って病死。その後の転生先にも母がいた件』にハマっていました。
そういえば今日、新刊の発売日でもありましたね。
む、案の定その新刊を手に取られた。
さあ、どうする盛永さま!
……ん?何やら会話していますね。
「半蔵空也先生の新刊って今日だったのか、うっかりしてた」
オタクだっただと!?
その見た目で?
「それ好きならさ、カルマルマ先生のやつで『我が子の為に』も面白いって思うかもよ?」
布教もするタイプだとぉぉぉ!?
しかも押し付けるのではなく、あくまでも『こういうのもあるよ』スタンスの控え目かつ自己主張もするタイプの布教!
侮れませんね…。
いや、私は冷静だ。
趣味が合うなら好都合。
私はお二人のデートを見守っているのですから、仲良くなるきっかけが増えたのは良いことです。
お二人は、ゲームセンターよりも長い時間を本屋で過ごし、数冊本を買い、楽しげに出ていきました。
もう別れの時間ですね。
最初とは全く関係性が違っていますが、お二人が笑顔で手を振り、駅で別れたことを確認した私は、安堵しました。
そして、安堵したのは私だけではないようで、盛永さまも、お嬢様が見えなくなるや、深く息を吸い、膝に手を当てながら息を吐いておられました。
緊張しましたね、盛永さま。
ナイスファイト!
本日の役目を終えて、スマホを取り出し友人に迎えを頼もうとした時です。
「おい」
後ろから声をかけられました。
振り向くと、そこには盛永さまが立っておられました。
「なんでしょうか?」
私が聞きますと、盛永さまは裏路地への小道を親指で刺しながら「ちょっと話があるんだけどよ」と喧嘩を売ってきました。
大人しく彼の後をついていき、やがて広めの空き地に着きました。
彼はこちらに向き直り、拳を固めてこう言いました。
「お前、キサラさんにつきまとってるストーカーだよな?」
寝耳に水でした。
「はい?なんのことでしょうか?」
私が否定しますと、鬼の形相で言葉を返されました。
「とぼけんな。たまにキサラさんが登校してる時、あんたが車の運転席から彼女を見てたのを知ってるんだよ。今日だってゲーセンからずっとストーカーしてただろうがよ!」
「なるほど、バレていましたか」
これは、私の失態ですね。
「認めるんだな?」
「ええ、あなたが言った私の行動は全て事実です」
「そういう潔い所は褒めてやるよ…だがな、彼女にこれ以上近づくなら、今ここで痛い目にあってもらう!」
彼の決意を聞き、私は着ていた上着を空き地のベンチに置き、髪を上げて拳を固めました。
「あの人に近づくな、ですか…それは出来ない相談ですね」
私の言葉を聞き、彼は殴りかかってきました。
「いいだろう。そんじゃあ病院で寝てろやぁ!」
結果から言いますと、盛永さまは惨敗いたしました。
彼が踏み込み突き出す拳はかなりの速さでしたが、それを避け、腕を掌で払い、バランスを崩した所をすかさず攻めて、頬へビンタを食らわせました。
蹴りを繰り出してきたので、身を屈めて軸足を掬い上げ、転倒させました。
何度かそのようにあしらっていたのですが、諦めてくれませんでしたので、彼が突進してきた所へ合わせて、腹は膝を決めました。
悶絶する彼を、そのまま蹴り飛ばしてあげました。
「ぐっ……くそ…」
盛永さまは口から血を飛ばし、唇の血を拭いながら、倒れた体勢のまま私を睨んで来ます。
「もう終わりですか?」
股を開いて腰を屈ませ、私はいわゆるヤンキー座りをしながら、彼に聞きました。
「ふざげんな。まだまだやってやる」
彼は立ち上がろうとしました。
そんな彼を見て、つい、私はため息をしてしまいました。
「なんだよ、その余裕ぶっこいたため息はよ!」
「いいですか盛永くん」
名前を呼ばれ、彼は驚きの表情を浮かべました。
「君は、大失敗をしています」
「急になに言ってんだよ」
「君は何故、私に喧嘩を売ってきたのですか?」
呆れたように笑い、彼は言った。
「馬鹿か、人の話聞いてたかよ?キサラさんに近づけさせない為だよ!」
また、ため息をしてしまいました。
「盛永くん。それならやはり、君は大失敗しています」
「はあ?」
「ここで私を殴った所で、それはあなたが傷害事件を起こしたって事になるだけですよ?」
「ふざけんな!お前が先にストーカーしてたんだろうが!」
「その証拠は?」
「証拠だぁ?そんなの、お前が自分で言っただろ。ストーカーだってそれで十分だろ…」
「それを録音できていれば、の話です」
「だがよ、お前だって傷害がどうのって言ったけど、俺がここで殴った所で証拠はねぇだろ!」
「私ですか?」
ニヤリと笑い、私は上着を置いたベンチの方へ行き、上着で巧妙に隠しておいたスマホを手に取り、彼に画面を見せた。
そこには、先程の喧嘩の様子が映っていた。
「ご覧の通り、私はこの現場を撮影していました。もし、あなたが一方的に殴っていれば、立派な証拠になります」
彼は目を白黒させ、言葉を選んでいる。
やっと出てきたのは、
「そんなの、どうせ警察に見せられても俺が捕まるだけだ。その後はなんで喧嘩したか言えばお前も終わりだろ。キサラさんは助けられる」
「わかっていませんね。誰が録画した物を警察に見せるなんて言いましたか?」
「は?」
「仮に私が殴られた場面を撮ったら、見せるのはキサラさんですね」
「は?意味わかんね…なんで…」
「決まってるでしょ?彼女を脅迫するためですよ」
私の言葉に、盛永さまは更に青ざめる。
「あなた達が仲が良いのは、今日見ていてわかりました。なら、あなたが私を殴った場面を撮り、それをキサラさんに見せてこう言います「彼氏を警察に突きださられたくなければ、言うことを聞け」とね」
「外道が…」
「ええ、その通りですね。しかし、現実社会にそれをする人間は平気といます。金銭の要求をしたり、身体を求めることもあるでしょうね」
「ふざけっ」
こちらへ飛びかかろうと起き上がった彼を、一蹴する。
「ごぶっ」
腹を押さえて踞る彼に、私は話を続けました。
「良いですか盛永くん?説教臭い事は嫌いなので、一度で済ませてほしいのでよく聞いてください」
私は屈み、話す。
「キサラお嬢様は、その身分を隠してあなたと結ばれたいと願っています。なので知らなかったでしょうが、お嬢様はお金持ち故に、あの手この手で接触してくる輩が後を絶えません」
「お、お嬢様?」
「はい。なので、盛永さまには力もさることながら、卑怯な者に負けぬ知恵や知識もつけて欲しいのです」
私は二歩下がり、深く頭を下げた。
「ご無礼を謝罪いたします。盛永さまは男気ある行動をしました。ですが、それだけではお嬢様は守れません。それ程世の中には汚い者もいるのだと、ご理解くださいませ」
私の言葉に、彼から反応はなかった。
私はハンカチと治療費を彼に渡して、その場を去りました。
次の日、私は館の掃除をしていました。
お嬢様から、伏せるよう言われていた身分を勝手に打ち明けてしまい。私はお嬢様に最大級の大嫌いを頂戴しました。
本日のデートは悩んでおられたようですが、もし待たせていたらということで、お嬢様は出掛けられました。
もう身分がバレたからと、メイドの方の坂口に送迎を頼まれていました。
ちなみに、そのメイドは私の妹にございます。
出過ぎたマネをしてしまったと、後悔が絶えずにいました。
私はお嬢様と盛永さまを思い行動したのですが、やはり他人がしゃしゃり出るものではありませんね。
妹からも「カップルの関係に口出しするなど、死刑に等しい」と先程メッセージを貰いました。
あ、ご主人様は喜ばれていました。
よくやった!悪い虫は追い払うに限るからな!などと、ご機嫌にボーナスも頂いた程です。
掃除が終わり、私は玄関にてお嬢様をお待ちしておりました。
18時、もう帰ってきてもよい頃と身構えていましたら、玄関が開きました。
お嬢様は呆然とした足取りでこちらへ歩き、顔を赤くしておられました。
私が声をかけますと、顔を上げ、次第に表情が崩れて涙を流してしまいました。
「どうなされました?」
おおよその見当は付きながらも、私は膝を折り、目線を合わせます。
すると、首に抱きつきながら、私にこうおっしゃりました。
「盛永くんが、私を好きだって」
「はい?」
「いっぱい勉強、して、力つけて、絶対に守るから、付き合って、くれって」
「それでは!」
思わず肩を押し、顔を覗く。
「デート、上手くいった!」
「良かったです!流石はお嬢様!」
私達は手を取り、小躍りしました。
「坂口!ありがとう!」
「なんのなんの!お嬢様の盛永さまを想う気持ちあればこそです!」
「でも盛永くん殴ったのは許してないからね!」
「平手打ちと蹴りですが、かしこまりました!」
「坂口!」
「お嬢様!」
ハイテンションで玄関を舞台に踊った、お嬢様と私。
それを遠巻きに羨ましく妹が眺めていたのは、後で知りました。
如何だったでしょうか皆様。
ご満足して頂けたのであれば、幸いでございます。
それでは、もし機会があればまたお会いしましょう。
その時までは、しばしのお別れでございます。