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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦友

作者: 速水静香

 私は、自室の窓辺に立っていた。

 窓の外からは、夜の静けさに包まれた街の灯りが見えた。

 窓ガラスに反射していたのは、自分の疲れた顔だった。

 あの頃とは違い、どこか生気がなかった。

 今の私はまるで生きながらえているだけの病人のようだ。


「ジェームズ・シェパード少佐、射程2300メートル、風速3ノット東からの横風。」


 突然、記憶の中でエリックの声が蘇った。当時、彼はスナイパーである私の観測手として標的の位置や風向きなどの情報を伝えてくれた。

 共に多くの危険な任務を乗り越えてきた戦友だった。


 …ああ、これはその時の記憶だ。


『ジェームズ・シェパード少佐』


 彼が私の名を呼ぶ時の緊張感がフラッシュバックする。

 それが当時の私の肩書きだった。

 多くの任務で戦友たちからは愛称で呼ばれていたが、エリックだけは常にフルネームで呼んだ。

 彼なりの敬意の表れだったのだろう。


 あの頃は単純だった。

 命令に従い、標的を排除する。

 その繰り返しで、私は軍の中で評価を高めていった。

 狙撃の専門家として、不可能とされる距離からの命中率で知られるようになった。

 だがそれも今は過去の話だ。

 今の私は一人のアパートに閉じこもる元軍人に過ぎない。


 質素な部屋の中を見回す。

 テーブルの上に置かれた愛銃、9mmのベレッタM9が、かすかに銀色に輝いていた。

 退役後も手放せなかった唯一の武器だ。軍時代から常に携帯し、何度も命を救ってくれたこの拳銃に、まだ別れを告げられなかった。

 何かあった時のためと言い訳しながら、実は過去との繋がりを断ち切れないでいる証拠なのだろう。


 窓から離れ、椅子に腰を下ろそうとした瞬間、玄関方向から鈍い音が聞こえた。


「誰か、来たのか?」


 次の瞬間、轟音が鼓膜を突き破った。

 私は躊躇なく床に伏せた。長年の訓練が身体に染みついている。

 玄関ドアが破壊された音に続いて、複数の足音が室内に入り込んでくるのが聞こえた。


 侵入者は数人。武装している。

 そう直感した私は、テーブルの上のベレッタに手を伸ばした。


「ここで迎え撃つしかない。」


 弾倉を確認し、安全装置を外す。

 息を整え、心拍数を意識的に下げる。訓練の賜物だ。

 パニックになれば命中率は下がる。冷静さこそが生き残るための最大の武器だ。


 足音が近づいてくる。玄関から居間、そして私のいる部屋へ。

 ドアノブが回される音。

 私は拳銃を構え、ドアに照準を合わせた。


 ドアが勢いよく開かれ、黒い服を着た男たちが次々と部屋に入ってきた。

 私は迷わず引き金を引いた。一発目、男の胸を貫く。彼が倒れるまもなく、二発目を発射。二人目の額に命中した。

 部屋は狭く、侵入者たちは身を隠す場所もなく、私の射撃の餌食になった。

 彼らも反撃の銃弾を放ったが、壁や家具に当たるだけで、私には届かない。

 三人目、四人目と確実に仕留める。銃口から火花が散り、空気は火薬の匂いで満たされた。


 銃撃戦はわずか数十秒で終わりを告げた。

 部屋の床には黒服の男たちが動かなくなって横たわっていた。


 安堵の溜息をついた瞬間、最後に倒れた男の顔に見覚えがあることに気づいた。


「エリック…?」


 思わず声に出した。拳銃を握ったまま、慎重に近づく。

 胸部を撃たれた彼は、大量の血を流していた。


「なぜお前がここに?」


 混乱する頭で状況を把握しようとする。

 エリック・ハリントン。かつての戦友であり、多くの任務を共にした男だ。

 なぜ彼が私を襲うチームの一員にいる?


 エリックはかすかに目を開けた。苦痛に顔をゆがめながらも、私を認識したようだ。


「すまない、シェパード。俺には、こうするしかなかったんだ。」


 彼の声は弱々しく、言葉の端々に痛みが滲んでいた。


「俺たちは戦友だったはずだ。何があった?」


 私は彼の傷口を押さえながら尋ねた。

 出血はひどく、応急処置が必要だったが、まず真相を知る必要があった。


「そうだな、俺たちは。」


 彼は苦しそうに微笑んだ。


「ただ、シェパード、俺たちは知りすぎた。それがこの答えだ…。」


 あの任務。私たちが目撃したもの。

 そして任務完了後の不可解な出来事。

 すべてが一つに繋がり始めた。


「証拠を消そうとしている…俺たちも含めて。」


 私の言葉に、エリックはかすかに頷いた。

 彼の顔色は刻一刻と悪化していく。


「シェパード、友人として最後に頼みがある。」


 エリックの声はほとんど囁き声になっていた。


「何でも言ってくれ。」


 私は真摯に応えた。これが彼との最後の会話になると悟っていた。


「これをお前に託す。」

 彼は軍用ポーチから小さな金属容器を取り出した。

 手は血で濡れ、震えている。

 私は彼から容器を受け取った。


「中身は?」

「真実だ。すべての証拠が…入っている。」


 言葉を紡ぐのも困難なほど、エリックの状態は悪化していた。


「俺は…もう…。すまない…。」


 最後の言葉を残し、エリックの手が力なく落ちた。

 胸の動きが止まる。

 もう戻らない。


「エリック…!」


 私は彼の名を呼んだが、答えはなかった。

 親友の死に怒りと悲しみが交錯したが、感情に浸っている余裕はなかった。

 襲撃が失敗した今、次の刺客が来るのは時間の問題だろう。


 金属容器を開け、中を確認した。

 マイクロフィルム。これが真実を示す証拠だ。

 詳細な確認は後回しにして、今はここを離れる準備をする必要があった。


 最低限の荷物をまとめ、拳銃を腰に差し、エリックの遺体に最後の別れを告げた。


「安らかに眠れ、友よ。俺が真実を明らかにする。」


 アパートを出た私は、駐車場の端に停めていた目立たない車に向かった。

 エンジンをかけ、後方を確認する。

 夜の闇に紛れるように、静かに発進した。


「待っていろよ、エリック。お前の死を無駄にはしない。」


 私は決意を新たに夜の街を疾走していった。

 目的地は決まっていない。

 しかし、任務の内容は決まっていた。

 それは真実を暴き、裁きを下すこと。

 これが私が遂行する最後の任務になるだろう。

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