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1-8

 太陽の光、この日は特に頬に強く当たって痛いほど。

 一人で大丈夫だと言ってはみたものの、やはり怖い。マリーヌは周囲を気にしながら、緑が香る道を歩いた。不慣れな道を歩くには服装も十分ではない。準備もなく初めて森に入るなんて。

 無茶なことだとはわかっているけど、後戻りはできない。養女のマリーヌが森に入ったとなれば、普通なら使用人が助けに来るはず。それができないほど、森は禁断の地なのかもしれない。


 リカルドが通ったであろうルートを、勘を働かせながら歩く。

 重たい空気が漂う。そんな場所に一人で来てしまった。

 額に汗が……。

 なにも起こらないで……。


 先へ進む。小枝の上、羽を広げ求愛のポーズをとる小鳥。のどかに見え、危険な予感さえも打ち消してしまう景色にも出会えた。不思議な空間にいる。

 地面に杖をついて歩いた跡がある。リカルドは間違いなくこの道を歩いた。


 ハッ! 膝に震えを感じた。石ころが転げ落ちる。

 絶壁だった。

 油断大敵!! やはり、危険が伴う。リカルドが歩いたとすればなおさら。

 生きていて……。

 マリーヌはさらに奥へと足を踏み入れた。


 キャーーー


 頭上を弾丸のようなものが通過した?


 なにこれ!!


 顔を手でかばったので、手の甲が弾丸を受けたように痛い。飛んで来たのはドングリだった。自分を狙った攻撃行為だ。

「誰?!」

 茂った緑の葉がうごめく。

 怖いと思っても、逃げるわけにはいかない。リカルドの無事を確認するまでは。

「出てきなさい」

 こういう時は声を震わせてはいけない。弱さをみせないことが大事。

 毅然と立ち向かう姿勢をとったが、内心ビクビクしているのも事実。


 猛獣・妖獣・魔獣……出現しないで。


「この森は立ち入り禁止のはず、なぜ侵入した」

 魔界からの声? そんな風に思えた。森を取り仕切る魔王でもいるの?

 正直震えが止まらない。ただ負けたくないと思った。

「人を探しに来たの」

「帰れ」

「帰れません。迷い込んだ子を助けるために来たのですから」

「命が惜しくないのか?」

 威圧してきた。

「私の命が欲しければ、戦って奪いなさい」


 内心怯えているのは確か、心を読まれてはだめだ。弱さを見せたらやられるだけ。無力かもしれないけれど、全力でぶつかれば……。

 マリーヌは木の棒を手にした。また木の葉が揺れる。

 あそこに!


 やぁぁぁーー


 棒を振り上げ、突進した。


「待って!」

 うむ!?

 なんか、かわいい声がした。先ほどの魔王の声とは正反対だ。


 木の葉の隙間から現れたのは小人だった。

 へ?!

「ごめん、ちょっと悪戯がすぎたかな」

 とんがり帽子の小さな少年が、照れ臭そうに木の枝に飛び移った。

「なに?」

「人間の侵入者なんて久しぶり、嬉しくって」

「人じゃないの?」

「僕の名はレティック、森に棲む妖精族の一人さ」


 妖精だなんて。マリーヌは奇妙なものを見る目をした。この森は神の支配する森。妖精族にも性別はなく、年齢もあってないようなものだった。

 レティックもまた小さな体で異次元をほのめかす微笑みをみせている。


 この世界は不可思議だと実感する。そんなマリーヌの顔を逆にジロジロと見つめ返すレティックだった。

「私の顔に何か?」

「美人なのに勇敢だなと思って」

 美人と言われて悪い気はしない。愛着を感じ始めたマリーヌは名前を言い、森に入った理由を告げた。


 レティックはうんうんと頷いた。

「僕は鼻が利くんだ」

 まんざらでもない顔をして言う。

「案内するよ」

 リカルド探しを手伝ってくれるようだ。どこまで信じていいものか、マリーヌは軽快に進むレティックの背後を歩き、距離を保っていた。

 細い道でもレティックは難なく進んでいく。

「イタッ」

 腕に枝があたり、服が破けてしまった。

「遅いよ~」

 かわいい声だが厳しい。

「だってぇ」

 レティックは、マリーヌの肩が血に染まっていることに気がついた。


 一瞬、レティックの姿が消えた。

「ちょっと、こんなところで一人にしないで」

 天を見上げる。高く伸びた木々。葉の隙間から向こうに見える空の青さ。


 もののけの気配?

 ん?


 枝が揺れて、葉の隙間から影が見えた。一瞬の不安が安堵に変わる。

 レティックが戻ってきた。


「肩を見せて」

 オレンジ色の葉っぱを手にしているけど、オレンジ色の葉っぱってなに?

「大丈夫、薬草だから」

 レティックはそう言って、傷口にオレンジ色の薬草を塗り込んだ。その手際はよかった。

「肌の再生を促進するメルコの薬草、人間の肌にはよく効くんだ」

「ありがとう」

 すぐに痛みが消えた。さすが、森を知り尽くした妖精族だと感心した。


「探し物は近そうだ。匂いが濃くなっているから」

 レティックは鼻の先を、太陽と逆の方向に向けて言った。

「行こう」

「うん」


 さらに奥、ワニの口のように大きく開いた葉を見つけた。猛獣の牙のように鋭いギザギザ。

「気をつけて、タイガ草だ。近寄ると食われてしまう」

 レティックから注意されマリーヌは逃げた。やはり危険な森だ。


 カンカンと物を叩く音がした。


 声がする?!


「助けてぇ」

「リカルドの声だ!」


 マリーヌは走り出した。

「危ないから!!」

 と叫びながら、レティックも後を追う。



「リカルド!!」


 リカルドは檻の中に閉じ込められていた。

「その声! マリーヌお嬢様!!」

 盲目の少年は檻に顔を近づけ叫んだ。リカルドは助けを求めていた。


 マリーヌが走り寄る。リカルドは青白い顔をしているが、ケガはなさそう。

「リカルド、どうして……」

「冒険に出て、森の中へ迷い込んだらこんなことに」

「冒険もいいけど、ほどほどにしないと」

 そう言ってマリーヌは檻を開けようとするが、開け方がわからない。錠もなく扉もない。そもそもどうやって檻の中に閉じ込められたのか?

「これは動物を捕獲する檻?」

「違うよ。人間を捕まえる檻さ」

 レティックは檻の上であぐらをかいて座っている。

「どういうこと?」

「動物に危害を加える人間を捕えるために神が用意した罠ってことだよ」


 やっぱり禁断の森には神が?


「リカルドを助けないと」


 ピューと強い風が吹いた。


 レティックが鼻を鳴らした。

「まずい!」

 と、恐れを感じているよう。


「どうしたの?」

「神だ!!」

 レティックはマリーヌの背後に身を隠した。


 小さな竜巻で木の葉が円を描いて飛び回る。


「逃げたほうが……」

 レティックは震えていた。

「リカルドをほっておけないでしょ」


 逃げるわけには……。


「相手が神であろうと、リカルドは解放してもらう」

 仁王立ちのマリーヌ。

 木の葉が舞う小さな竜巻。その中から神? ぼんやりだが女神の姿? マリーヌが目をこすると、はっきりと確認できた。現れたのはやはり女神だった。長い髪は突風でも乱れることはなく、白い神着は肌を鎧のように守っているようだった。ただ一言、美しい……人間なら絶世と呼べる女性であろう。

「ここは、人間の来る場所ではない」

 お告げのような声の質。津波のように強く耳に押し寄せた。


「あなたは?」

 マリーヌはあえて質問した。神と対等に話せるわけはないとわかっている。それでも失礼しましたと逃げ去ることもできなかた。


「森の慈護神じごしん・メリフィス様だ」

 代わりにレティックが震える声で神の名を言った。


「リカルドを檻から出してください」

「約束を守れない人間には容赦しない」

「立ち入ったことは私が謝ります。リカルドは目が見えなくて」

「関係ない」

 問答になった。勝てるのか? マリーヌは死を覚悟した。それでも立ち向かう。

「それが神なんですか? 不自由な少年を捕まえてどうしようと」


「あまり怒らせない方が」

 レティックの目に映る光景は女の戦いのよう。両者一歩も引くつもりはなさそう。レティックはこの場から逃げ出したい気分だ。


「罪は罪だ」

「それなら私が償います。私を檻に閉じ込めてください」


 少しの時間が経った。不思議なくらい短く感じた時間。にらみ合う二人の間にはなにも存在しない無空間のよう。そこには憎しみ、欲望、利己主義、なにもないように思えた。


 メリフィスの瞳にマリーヌの姿がはっきり映っている。穏やかな風が頬を伝わる。メリフィスの表情が和らいでいった。


「なぜ他人のために自分を犠牲にする?」

「リカルドを助けたいだけ。ただそれだけです。二人で公爵の屋敷に戻れたらと」


 んん!? メリフィスが反応した。懐かしさと憎しみが交差する不可思議な神の表情。


「公爵? まさか?」

「エディダス公爵のお屋敷が私たちの住まいです」

「あの男の」

 メリフィスの表情がさらに一転した。マリーヌもメリフィスの様子に異変が起こったことに気づいた。神であろうと動揺するのだと。

「公爵を知っているのですね。もしかしたらエディダス公をあのような姿にしたのは?」

 それは想像だったが、マリーヌは正しいことを言ったようだ。


「そう、罰を与えたのは、このわたくし」

「エディダス公がどんな罪を?」

 質問には回答しなかったが、メリフィスの顔は女神の顔に戻った。悟りきった無垢なオーラが体を包む。


 魔法が解けたように檻が開くと、リカルドが解放された。


「エディダスがなにをしたのか、教えてあげましょう」

 メリフィスが歩き出し、マリーヌもリカルドの手を引いて後を歩き出した。


「帰ろうかな? いや、この先にある時の流れ、見届けなくちゃ」

 レティックも後を追いかけた。


 石の墓石、墓の前にやってきた。

「これは?」

「マリンガの墓」

「マリンガ?」

「神の付き添い物、かわいがっていたエコー猿さ」

 レティックが説明を続ける。エコー猿は森に棲み神の心のよりどころとして使える希少動物。空気の振動を本能で読み取り神と会話ができるという。メリフィスはマリンガと名付けてかわいがっていた。


「子供のようにかわいがっていたマリンガをエディダスは」

 瞬間、どこからともなく突風が吹き寄せ去っていった。

「あの男は矢を放ち、マリンガの命を奪った」

 メリフィスの顔が怒りで赤く染まった。


「そんなことないよ。公爵がそんな酷いこと」

 リカルドが泣きながら訴えた。


「マリンガの体に残された矢は、あの男のものに間違いない」


「復讐のため、公爵に呪文をかけたのですか?」

「みすぼらしい姿に変えたのは神の力。老いの恐怖、その恐怖から逃れるための食との戦い……すべては自分の犯した罪悪が原因」

「そこまでしなくても」


 不思議だ。メリフィスは怒りに満ちていたと思ったら、悲しい表情に変わる。

「彼は、わたくしを裏切った」

 彼? マリーヌの頭に様々な光景が思い浮かぶ。


 どういう意味? 

 メリフィスは女の顔を見せている。エディダス公に特別な思いが?

 まさか、二人は愛し合っていたとか?

 神様も恋をするの?


 メリフィスは、マリーヌの強い視線を拒んだ。神が心を読まれるなんて。

「少年のことは許すことにする」

 威厳を保つように言った。

「もう少しお話を」

「なにも話すことはない」

「きっとなにか深い訳があるはずです」

「エディダスに伝えなさい。罪が消えることはないと」

 そう言ったメリフィスの瞳は濡れていた。

悲しんでいる。やっぱり二人は……マリーヌは二人の複雑な関係を知った。過去に二人が紡いだ数々の時間の束を紐解くには、真実のパーツが足りない。でも、神だって心をときめかせたことがあると悟った今、  自分にできること、なすべきことを胸に描いた。



 帰り道、マリーヌはレティックにある注文をした。

 公爵がもし、リカルドの知っているような人格者だったのなら、神にとって大切なものを傷つけるとは思えない。ましてや二人に恋が芽生えていたのならなおさら。この事件には秘密があると感じた。そのからくりは、森の中にあるはず。妖精族の情報網で、その秘密を解き明かしたいと考えたのだ。

「わかった協力する。長老に話してみるよ」

 レティックは姿を消した。

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