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1-7

 屋敷に帰ると夕食の時間だった。

 部屋でマーサに一日の出来事を話した。

 フラールとの時間はとても有意義なものだったと聞いてマーサも喜んだ。結局、謎は謎のままだったが。

「夕食の準備が整いました」

 メイドの一人が部屋に呼びに来た。

 憂鬱な食卓ももう少し公爵についての情報があったのなら、気分も違ったはず。フラールとの会話は楽しかったが、望んでいた有力な情報は得られなかった。

 いつもと同じ、ダイニングでは公爵がジャミール茶を飲んでいる。不思議な液体の名がジャミール茶だと知り得たことが、街まで行ったなによりの収穫だろうか。

「先に始めている」

 ガラガラ声で公爵が言った。見た目ほど凶暴な印象は受けない。むしろなにかに怯えているような弱さを、体全体から放出していっるような。

 フラールから以前の公爵の人柄を聞いた。

 この人は……今のこの姿が……本当のエディダス公ではない。きっと彼をこんな風に変えてしまった理由がある。

 エディス農業で作られた野菜が公爵の口の中で弾けた。赤い汁がテーブルに飛び散った。使用人が気を利かせてテーブルを拭く。無駄のない動き。


 使用人達は、公爵の食事風景を見ながら、毎日どう思っているのだろう?


 マリーヌは自分だけが迷路の中を彷徨っているのか気になっている。毎回公爵の食事を見て、テーブルが離れているので気にはならない? と言えば嘘になる。

 目の前で野菜を食べ、ジャミール茶を飲む。腹は風船のように膨れていく。これで老化が防げるというのか? 副作用で容姿がさらに醜くなるのでは?

 マリーヌは、自分の皿を手にした。まだナイフもフォークもつけていない。赤身と脂が絶妙なバランスのステーキ料理だった。

 マリーヌは立ち上がる。思い切った行動に出た。

 使用人たちの動きが止まった。

 なにをなさるおちもり? と怪訝な顔する配膳係。


 使用人達の不安を気にせず、皿を持って歩き出すマリーヌ。公爵の傍らで歩みを止めた。


 ん?!

 エディダス公の瞬きが激しい。


「そのようなお食事ではお体によくありません。こちらを」

 そう言って肉の皿を目の前に置いた。


 バキーーン

 皿の割れる音。地雷を踏んだようだ。


 公爵は差し出された皿を払いのけた。床に肉が散らばる。一瞬凍り付いた使用人達だが、みな驚いて一斉に動き出した。

「ご、ごめんなさい」

 マリーヌはその場に立ちすくんだ。

「肉を食わせる気か!!」

 マリーヌは恐怖を感じ、言葉を発することができなかった。

「肉は食わぬ」

 公爵はそれだけ言って、マリーヌを無視するように野菜を口の中に押し込んだ。その野菜を胃袋へ押し流すようにジャミール茶を飲み込む。

 マリーヌは金縛りにあっていた。よかれと思ってしたことなのに、どうすることもできない。悔いが残った。

「本日のお食事はお部屋のほうで」

 マーサが気を遣って声をかけてくれた。

 テーブルの中央には季節のフルーツがバスケットに収まっている。特にエディスベリーの赤・青・黄色は目立つ。その色の鮮やかさだけが、この時のマリーヌにとって救いであった。



 一夜が明けた。夢の中でも解けないパズルの組み合わせに苦悩していた。出口を探し、もがき苦しんでいる自分、そんな夢だった。 向かい合わせの鏡を重ねた世界を彷徨う夢。歩いても歩いても、幾つ扉を開けても抜け出せない迷路。


 私の未来はどこへ向かっているのだろう?


 マリーヌは朝日を浴びたかった。謎解きの回廊を歩く気分。闇はどこまでも深く、はまったら出られない。そんな自分には助けが必要だった。


 庭園に出てみる。癒されたいと思った。ハルキリスに会いたい。美顔で澄んだ声の男性がいたらという欲求が生まれてしまう。こんな時、自分は女のだと実感する。


 ヒュッーと爽やかな風。


 そよ風が希望を運んでくれた。

 ハルキリスの横顔が目の前にあった。

「おはよう」

 白い歯を見せて微笑んでくれる。

「ハルキリスもお散歩?」

 近づいた。つま先が彼を求めているらしい。

「この時間はここに来るんだ。季節の花を見に」

「それは?」

 小瓶とスポイトのようなものを持っている。

「肥料さ、季節ごとに咲く花は違うので、肥料の種類も変わる」

 そこには琥珀色の不思議な花が咲いていた。日差しがあたると水晶のように光を吸い込み、その後反射させる。


「不思議な花だろ? こんな奇妙な植物がこの地方には多い」

 花を見つめる彼の横顔をマリーヌが見つめる。

「綺麗」

 マリーヌの声は愛の粒子に変わり、彼の耳をくすぐった。

「花のこと?」

 わざとだろうか? はぐらかしているのかもしれない。

 目の前にいる女の瞳は、好意的なはず。男性なら気づいているはず。なのに……。マリーヌは彼の女性遍歴を想像した。

 高貴な家柄で美男、夢中になる淑女も多かったはず。これまでにも交際を望む女性を涙に変えてきたのかもしれない。

 もう少し彼を知りたい。一歩を踏み出した時だった。


 敷地内が騒がしい。

 マーサが駆けてきた。

「どうかしたの?」

「息子のリカルドが」

「え?」

「姿が見えなくて」


 別の使用人が走って来た。

「レナスの爺さんが、森の方へ歩いていくのを見たって」

「森に!」

 マーサの顔が青ざめる。

「また冒険にでも?」

 マリーヌは安易に言った。

「森には行かないようにって言っていたのに」

 マーサは慌てていた。それほど森には危険が多いのだろうか?

 フラールと会った時に、禁断の森という言葉を聞いた記憶がある。神の管理している森があるとか……。

「私が探しに行くわ」

 マリーヌが真剣な顔をした時だった。

「行ってはいけない!!」

 ハルキリスは強い口調でマリーヌを止めた。

「どうして?」

「どうしてもだ!!」

 今まで見せたことのない厳しい顔、苦痛もにじませている。


 なぜ?


「森に行くなんて」

 マーサはその場にうずくまってしまった。


 森に一体なにがあるというの? 断崖絶壁の危険地帯? 魔物が住む森? 獣の住処? 神の存在? なにも知らないマリーヌにとって、とにかくリカルドの探索が一番に思えた。

 マリーヌは夢中で駆け出した。

「マリーヌ!!」

「お嬢様!!」

「私は大丈夫、一人で行かせて」

 走りながら叫んだ。

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