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 マリーヌが自分の部屋に入ると荷物が届いていた。趣味ではないけど画材道具やバイオリン、化粧品一式、その他生活に必要な物は随時用意されるという歓迎ぶり。これからもいいことが起こりそうな予感。


 休む間もなく、マーサと公爵の部屋に向かった。

 服を着替えようと提案したけれど、マーサは気になさらずにと言った。公爵はそれほど、気遣いのいらない温厚な方なのかと思ったけど。髪の乱れだけ確認しながら歩いた。途中、廊下ですれ違う人。出入りの商人だろうか、気難しい顔をして大きなバッグ抱えている。挨拶もせず、足早に去っていった。奥の部屋でなにかあったのだろうか?


「公爵へ輸入品のなにかを届けに来たのでしょう。気になさらずに」

 マリーヌの気持ちを察してマーサが言った。


 公爵となにかあった?



 廊下には、大鷲の置物が飾ってある。その先に歴代当主の部屋。

 エディダス公の部屋の前には護衛が立っている。制服は国王を守護する近衛兵を連想させる。腰にはサーベルを装着していた。屋敷の中とはいえ、安全に配慮しているとはさすが政治的にも影響力のある公爵家である。護衛は硬い表情で正面の一点を向いている。

「この方が公爵に招かれたマリーヌ様です」

 護衛は黙って背筋を伸ばした。

「よろしくお願いいたします」

 マリーヌは身分など感じさせない振舞で挨拶した。


 それにしても、部屋の扉の重厚なことといったら、マリーヌが手で押しても動きそうにないほど丈夫な造りだった。マーサの説明では、百年の生命力をもつ天然木に金銀の細工が施されているという。

 扉の高級感は当主としての威厳を保つためか? マリーヌが思いを巡らせたその時、扉が内側から開いた。


 四角い顔のがっちりした男、重量挙げの選手のようなスポーツマンタイプに見える。ただ身なりはきちっとしていた。

「執事のグラニールです」

 マーサが先に口を開いた。

 執事? マリーヌにとって執事といえばやせ型初老の紳士といったものだったが、イメージの違いにやや戸惑いをみせた。

「お待ちしておりました。お入りください」

 意外に高い声だった。

 扉が護衛によって大きく開かれた。

「私は他の仕事がありますので」

「言ってしまうの?」

「また後ほど」

 マーサは淡泊な言葉を残して下の階に下りていった。


 マリーヌは気品ある空間へ一歩を踏み出す。

 憧れの公爵との初対面、胸が高鳴る。

 グラニールの大きな背中の後ろを歩いた。


 嗜好品の並ぶ部屋、東西の国々から集められたと思われる品々。贅沢な部屋だと思いながらマリーヌは奥へ進む。ワイングラスの収納庫。寺院の模型が置かれた棚には、お香が焚かれ、香りが煙とともに漂う。見知らぬ文化が混ざり合う部屋だった。


 部屋の奥にエディダス公爵が座っていた。

 マリーヌの視線は一点に向かった。


ところが!!


え?!


 公爵の座る椅子は高級なものに見えたが、その椅子が歪んでキシッと音がした。

 椅子が重みで辛らそう。マリーヌの第一印象だった。

 座っている公爵の体重は一般人の3倍はありそうだった。

 頬は膨れトラフグのよう。体は風船のように膨らんでいた。


 マリーヌは瞬きを繰り返した。自分の目を疑いたくなる。目の前にいる人物は、本当に養女として迎えてくれた公爵なのか?

「$#%&#“」

 公爵の声。口ごもって聞き取れない。

 それでもマリーヌは一歩二歩前進した。膝は小刻みに震えている。

「マ、マリーヌです」

 一礼してもう一度公爵の顔を見た。醜い……失礼だと思うが、正直な気持ち。

「よく来た」

 なんとか聞き取れた。

 公爵は立ち上がった。身長は高い。マリーヌは思わず後退りしてしまう。

「われが怖いか?」

 そう訊ねられた。

「い、いえ」

 細長い目から抑圧するようなビームを感じた。

「怖いだろう?」

「あ、はい、少し」

 そう言ってから気まずい顔になるマリーヌ。


「い、いえ……私は……」

「気にしなくてよい。正直は信頼に値する」

 表情は怖いけど、心には曇りがなさそうに思えるのはなぜ?

 この方は一体何者? 私はなぜここに呼ばれたの?


 さりげなくグラニールに視線を移した。助けを求めるように。

「お疲れでしょう。お話は後ほど」

 そう言ってくれた。

「茶会の間にご案内いたします。そちらでお寛ぎを」

 救われる気分、マリーヌはグラニールのことを勘のいい執事だと思った。



 マリーヌが茶会の間に入るとマーサが花瓶に花を生けていた。他にもメイドが茶葉を専用のポットに入れている。


「こちらのテーブルへ」

 黄色い花びらの描かれたテーブルクロス。目に優しいデザイン。

 座ると、メイドがカップに茶を注いでくれた。

「お好みがあれば、次回からお菓子やケーキもご用意できますよ」

 とマーサが傍に立つ。

「ありがとう」


「驚かれました?」

 マーサは公爵の容姿のことを言ったのだろう。事前に情報がほしかったとマリーヌは思ったが黙っていた。

 イメージを抱きすぎていたこともあって戸惑いは大きい。だからこそマーサも言えなかったのだろう。

「失礼なことを言うようだけど、まさかあのような」

 マリーヌは茶を一口飲んでから言った。

「古くからの奉公ではないので以前のことは知りませんが、幼少のお顔は美しかったと」

「時が変えたてしまったのかな?」

「私も使用人の一人にすぎませんからご主人様になにがあったのかは、あえてお尋ねすることは」

 確かに余計なことをしたら、無礼だと公爵の怒りに触れ、仕事を失うこともあるだろう。

「今の使用人はみな新しくお仕えした者ばかりで、あまり詳しいことを知る者もいないでしょう」


 きっと、マーサは私がここに導かれた訳も知らないのだろう。


「お食事は公爵とお二人でとのことですが、よろしいですか?」


 二人きりの食事。配膳係や調理人はいるだろうけど、公爵とのあの空間で食事ができるだろうか?

 でも断ることもでないだろうし。マリーヌは立ち上がると、複雑な顔を花瓶の花に近づけた。

 いい香り、癒される。

「領内では農業が盛んで作物は毎年豊作です。その傍らでそのような花も栽培されています」

 これは異国の花? と思える大きな花びらと小さな花びらが混ざり合った不思議な品種だった。

 壁に掛けたからくり時計の針が時を刻む。


「そろそろお部屋の方へ」

 マリーヌはマーサと自分の部屋に入り、ソファーに体を預けた。改めて部屋全体を見回してみた。一人部屋にしては大きな室内。着替え用のドレスルームもある。養女としての歓迎は最高だった。

 マーサが奥の寝室から声をかけた。

「ベッドは柔らかめにしておきました」

「ありがとう」

 王女のような気分。鏡に自分の姿を映してみた。


 マリーヌは、これから本格的に生活が始まるのだと、運命を受け入れる覚悟をした。それは、時に優しく、時に厳しいイバラの道かもしれなかった。


 マリーヌは部屋で一人になるとドレスルームの服を試着してみた。服の数は何年分? と思えるほど用意されている。しかもパーティー用や屋外運動用の物まで豊富なラインナップ。


 マリーヌはドレスを着てみた。ネックレスはこれかな? とコーディネートしてみる。鏡を見て満足。

 やはり、このコーディネートのまま外へ出てみたい。

 廊下を歩いた。

 途中、使用人の視線に触れた。

「素晴らしいですよ。お嬢様」

 お世辞ではなさそうで、嬉しい。


 階段の近くまで来た時、

「ハルキリス様!!」

 思わず声が飛び出す。


 ハルキリスは澄んだ瞳で見つめてくれた。

「僕達に身分の差はないはず、ハルキリスでいいよ」

 その声は耳元をくすぐる。顔も綺麗だけど声も綺麗だ。

「屋敷の中を案内するよ」

 お誘いの言葉に、ふわっとした気持ちになる。

 二人は歩き出した。


 いい香り。

 腕を組みたい気分。マリーヌは気づかれないように、チラチラとハルキリスに視線を傾けた。


 書庫に入る二人。独特の匂いがする。

 戦記から自然災害、生活や産業に関する本まで、領地以外の国全体に関する様々な事実がここで学習できそう。

 書物が並ぶ棚を見ながら、ハルキリスは色々話してくれた。

 公爵家の歴史は長い。本来、靴職人など代々引き継がれて働いている家族も多いはずだった。かつては、庭職人も祖父、父、孫と三人で手入れ作業をしたというが、今は違っていた。

 兄エディダス公の様子がおかしくなったことで、古くからの使用人達は屋敷を去っていったという。

 物悲しい雰囲気になった。

「外へ出ようか」

 ハルキリスもあまり兄のことを話したがらない様子だった。


 庭を散歩する。まるで国立公園? マリーヌは広い庭だと感じた。

 樹齢300年という大木には弓矢の刺さった痕もそのまま残っている。かつてはこの地域でも領土の奪い合いがあり、その時代の名残り。戦いの傷跡を残しておくのは、愚かな時代を忘れないためだという。

 そんな話をしてくれるハルキリスに、マリーヌは心の半分を持っていかれている。メロメロの様子で、体を近づけては距離を離す、その繰り返しで寄り添い歩いた。


 私達の関係って? マリーヌの妄想は果てることがなかった。

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