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1-3

 三角日食の日だった。

 三つの月が三角形の位置で重なり太陽を隠す。

 昼間なのに夜のよう。闇のカーテンで仕切られた世界。住人は慣れていても、森の動物はどよめき、うめき声をあげる。

 煙突屋根が影に隠れる頃、街の居酒屋は酒の提供を止め、動物の肉を食べない人も多い。宗教的儀式も様々で、信仰の形式によって踊り、歩き、祭りをする。

 窓辺で手を合わせ、祈りを捧げる信心深い人もいた。


 マリーヌは食卓で異国の薫り高いお茶を飲みながら、レバロンの言葉に耳を傾けた。

「私が養女に?」

 突然の話だったが、それが運命なら素直に従うつもりだ。養女と言っても今回は子供になるということではないらしい。この世界特有の家族関係や習慣しきたりがあるらしい。詳細は目的の領地に入ってから。相変わらず秘密めいた口調で話すのは案内人クリスチャーの習性なのか?

「わかりました」

 と、マリーヌは承諾した。


 元々荷物の少ないマリーヌ、衣類と化粧道具くらいを揃えた。

 行き先は、エディダス公爵の屋敷、富は十分なので、必要な物はいくらでも購入することができそうだ。いつまでかはわからないが、その屋敷で暮らすことになる。しばしのお別れということで、バレンシアは大陸産高級肉の赤ワイン煮込みなど、料理を奮発してくれた。


 不安はある。眠れない夜が明け、出発。

 コツコツと硬い地面を打つ馬のヒズメの音。途中舗装されていない道には小石が多い。飛び跳ねる小石。

 馬車の車輪の回る音を聞きながら、マリーヌは車内で一人、書物を読んでいた。

 これから訪れるエディダス公の歴史が記されている。この世界は神の世界。公爵家も代々神のご加護を受け、長年の繁栄を続けてきた。

 領地の農園では、エディス農業という独自の方法で、地域野菜の栽培が行われ、領内の豊かさの要にもなっているという。青菜や根菜、果実に似た野菜。収穫物は、絵でも紹介されている。

 さらにページをめくる。

 歴代当主の肖像画は、どれも美男で。多少の修正はあるものの、現エディダス公爵のスタイルは期待できるものと思えた。

 不安を抱くより前向きに。マリーヌは、まだ見ぬ主人との胸ときめかせる出会いと、屋敷での生活に大いなる夢と期待を抱いてみた。


 中継地点の街に入った。東西南北に道がつながり、交通の中心部のようだ。行き交う行商人、観光客、貴族、警察の制服姿で歩く人もいる。

「こちらでご宿泊を」

 馬使いに案内され、宿に入った。予約済みのようで、すぐ部屋に通された。ベッドとテーブルのシンプルな室内。一泊だけなので丁度いいのかもしれない。


 マリーヌは、やや硬めのベッドで朝を迎えた。

 朝食を食べ、外に出る。

 馬使いは、雇人専用の宿があるらしく、そこから出迎えてくれた。

 出発、馬車は走り出した。



 領内に入ると景色も変わる。道も領地の経済力で綺麗に舗装されている。

 ヒィーーン

 馬の荒い息が聞こえ、馬車が大きく揺れた。

「どうかしました?」

 窓から顔を出し、馬車使いに声をかけた。


 道に少年が倒れていた。


 まさか! 馬車で衝突した?


 マリーヌは慌てて馬車を下りた。

「ぶつかってはいませんから」

 馬車使いも下りてきた。

 少年はゆっくりと起き上がった。

「大丈夫?  怪我はない?」

「うん、僕がぼんやりして歩いていたから」

 少年は杖を手で探っている。

マ リーヌは、その杖を拾って少年に手渡した。

「もしかして、目が……」

「生まれた時から僕には景色がないんだ。頭の中では色々と描いているけどね」

 と言った少年の表情に暗い影はなかった。


 こんな年齢なのに苦労を感じさせないなんて。


 マリーヌは気の毒に思い、少年の手を無意識に握った。

「優しんだね」

「馬車で送ってあげる」

「ありがとう。でも……」

「遠慮はいらないわ。エディダス公の屋敷に行く途中だから」

「え? 公爵様のところへ?」

少年は驚いた顔をした。

「公爵様って、知っているの?」

「母さんがお屋敷で奉公しているんだ」

 少年の名はリカルド、屋敷の使用人部屋で母と暮らしていた。今は屋敷に戻るところだったという。マリーヌはこんな偶然もあるのかと思った。


「行きましょうか?」

 馬車使いは二人が乗り込んだことを確認して馬車を走らせた。


 農作業が盛んに行われているだけあって、道を歩く人は背中に籠を背負っている。

 田園風景を窓の外に見ながら、マリーヌは少年に語りかけた。

「ずっと、お屋敷に?」

「うん、僕はお屋敷で育ったんだ。母さんは公爵のお気に入りのメイドだからね」

 少年は自慢そうに言った。

「それならリカルドも公爵をよく知っているの?」

「この目では外見を見ることはできないけど、噂だけなら」

「公爵って、どんな方なのかな?」

「人柄は素晴らしいって聞いたことがある。きっと外見も内面も素敵な人だと」


 やはり、王子様との運命的な出会いのようなストーリーが?

 車窓から見る景色を瞳に映しながら、まだ見ぬ公爵と先の未来を想像してみた。



 大きな建物が見えてきた。これこそが広い領地を治める公爵家の屋敷なのだと実感。

 屋敷の門番が、馬車を停止させた。馬車使いが事情を説明する。マリーヌの顔を見ると、門番は深々とお辞儀をして門を開けた。


 なんて大きなお屋敷。

 長い通路は、奥の建物まで続いている。使用人や来客だろうか、身なりが様々な人達とすれ違った。小さな街のよう。


 やっと入口にたどり着いた。正面から見る造形はやはり王宮をイメージさせる。

 連絡が行き届いていたのか、メイドが並んで待っていた。

 紫色の絨毯は、なにを意味するのか?

 マリーヌはリカルドの手を引いて、馬車を下りた。

「リカルド!!」

 たぶんお母さんだ。マリーヌはその女性に視線を向けた。


 母は息子を抱き寄せた。

「どうしたの?」

「母さん」

「姿が見えないと思ったら」

「ちょっと冒険に」

「困った子だねぇ」

 と頭を撫でる。

 親子の会話にほっとするマリーヌだったが、すぐに使用人達の視線を受け、身が引き締まった。養女として迎えられた人物を、使用人達はどう見るのだろうか?

 表情には出さなくても、みなマリーヌの容姿からじっくりと探りを入れているようだった。歴史の長い屋敷にしては、使用人の年齢層が若い。



リカルドの母はマーサと名のり、マリーヌを屋敷の部屋へ案内した。数えきれないほどの客室がある。廊下には定番の絵画、そして花瓶の花が豪華だった。各国から集められたような調度品の数々。


 マリーヌはマーサにリカルドとの偶然の出会いを話すと、マーサは母として息子の教育方針を口にした。

「産まれてすぐに目の障害がわかって、亡くなった父親もその時は、とても悲しんでいました」

「でもあんなに明るくて」

「目が不自由ということで家に閉じこもっていてはと、自由に外へ出させることにしているんです」

「人と触れ合うことも大事ですよね」

「おかげで卑屈にならずに、困難にも負けない子に育っています」

 実はマーサ自身も幼少期に両親を失い祖父母に育てられていた。生まれた国は内戦状態で、父は政府側の兵士として反政府軍と戦っていた。

 やがて、反政府軍が実権を掌握し、反勢力とみなされた父は処刑、母は投獄後死亡した。

 マーサは祖父母と隣国へ逃げ成長し、薬剤師だった男と結婚した。夫はリカルドが産まれるとすぐ、薬剤の作用が原因で亡くなる。リカルドの目を治す薬を開発している最中のことだった。いくつもの困難を乗り越え、マーサは、この国で働いている。

 母の強さ、人間力なるものをマリーヌはマーサから感じ取った。マーサは屋敷内で強い味方になってくれると期待した。


「こちらです」

 マーサの背中を追うように、マリーヌは部屋に向かった。

 ここには赤紫色の絨毯が。マリーヌが表面の艶やかな絨毯に足をのせた時だった。通路の向こうで扉が開いた。


 プリンス? 思わずうっとり見惚れてしまう男性の顔。

「こんにちは」

「こ、こんにちは」

 緊張してしまう。

 

「エディダス公爵の弟君、ハルキリス様ですよ」

 マーサが、マリーヌの耳元で小さく言った。


 弟……なんて素敵な……。

 足音を連れて近づいてきた。足が長い、スマートな歩き方で、モデルのよう。


 うっとり~


 距離が近い。

 なぜか指先が震えた。私のメイク大丈夫かな? 余計なことに気が回る。

「私は……」

「知っているよ。ようこそわが家へ」

 口元がキラリと光る感じ。ドキドキが止まらない。マリーヌは胸を抑えた。


「これから公爵の元へお連れ致します」

 マーサが親しそうに言った。

「兄も楽しみにしていると思う」

 と微笑む。美男子の微笑み二重奏にクラクラッとする。


 マリーヌは返す言葉が見つからない。息がかかりそうな距離で、このシチュエーションは罪だ!! 

 礼をしてマーサと歩き出した。

「また会おうね」

 ハルキリスは柔らかな笑顔で手を振った。


 メイドにも人気で、みなハルキリスの側役を熱望しているのだとマーサは教えてくれた。


 歩きながら考えた。

 弟君があれほどうっとりする外見だとすれば、実兄であるエディダス公爵もかなりの容姿端麗で……。

 マリーヌはニヤニヤしてしまった。

「どうかなさいました?」

「い、いえ」

 ごまかしたけど、マーサはマリーヌの心を読んだようだった。

「公爵に会えるのが楽しみになりました」

 そんなマリーヌの正直な言葉にマーサは一瞬表情を曇らせた。

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