2-11
船の上からマリーヌは様子を見ていた。
これから、どうなってしまうの?
珊瑚礁を抜けてさらに深く、フェルンはマーメイドに導かれるように泳いだ。
あれは!?
神殿の中へ
神殿の中は空間だった。
まるでバリアに守られるように、部屋が置かれている。
その一つが、愛を語る部屋だった。
見つめ合う二人、その間に存在したもの、それはラルフ、ラルーシャの愛、そのものだった。
マリーヌは心配そうに水面を眺めている。離れてレガール国の船団が次ぎの手段を準備していた。さらにしっかりした潜水服に着替えている。
二人はどこへ……?
その時だった、マリーヌの瞳がエメラルドに輝く。
海面のエメラルドグリーンもさらに深い緑に変色する。
これって!!
一瞬にして、海面がキャンバスになった。
そのキャンバスに文字が浮かび上がる。
『ずっと、待ち続けていた』
『ラルク……ラルクなのね』
『ラルーシャ……会いたかった』
マリーヌにしか読めないであろう海面の文字。その文字から神殿の今を想像した。
きっと、マーメイドは女神ラルーシャの姿に戻り、フェルンと向き合っているんだ。
『待ち続けていたら、いつの日か、思い描く未来が訪れると信じていた』
『未来を見失った時でさえ、ラルーシャ、君の香り、笑顔、恥じらう仕草……そのすべてが僕の支えになっていた』
『いつの時も笑っていられる場所、あなたとの場所、二人の時間はわたしにとって尊い宝物だった』
長い年月を待ち続けて二人の思いを、マリーヌは船上で感じていた。
これが……神による……神のための……真実の愛。
『僕には希望があったから、独りの時間も辛くはなかった』
『わたしも……』
『今こそ君に、この言葉を捧げよう』
『わたしもあなたに届けます。この言葉』
【いつも僕だけは……】
【どんな時も、わたしだけは……】
【ずっと……そばにいる】
【君と(あなたと)ともにある。ありたいと願う】
【この熱い思いとともに……】
【愛している(愛しています)】
これが……。
マリーヌは船の揺れを感じた。
海底から突き上げるような衝撃!!
わ!!
渦巻が一瞬にして船団を飲み込んでいく。
「マリーヌ!!」
ルシード公子が船で助けに来てくれた。船体に貴族の紋章を描いた特注の船は、荒れた海面をすり抜けた。
「こっちへ」
公子の柔らかく白い手の温もり。
手を引かれ、マリーヌは公子の船に移り、その場を退避した。
台風が一瞬にして去ったよう、大荒れだった海面が静まった。
船団が全滅した後だった、エメラルドグリーンの海面に穴が空く。
これは!!
伝説の始まり?
光が見えたと思ったその時、海面に神殿が浮上する。
その様子をマリーヌと公子は驚きの表情で見ていた。
「これが海底の神殿……」
城の中心にあったような塔のある建物。それはまさしくは神聖な建造物だった。長い年月海底にあったとは思えない美しい外壁。
「二人の神が出会い言葉を交わしたことで、魔力も消えたのかもしれない」
そう言ったルシード公子の横顔をマリーヌは見て頷いた。
これが、神愛の言霊の力……。
神殿の塔からフェルンとラルーシャが現れた。二人とも不思議なことに衣服も髪の毛も濡れていない。
フェルン、魂を受け継ぐもの、その生まれ変わり……。
ラルーシャ、愛を信じ待ち続けた女神。
ついに再会を果たしたのだ。
二人は誓いのキスをした。
「二人は神の魂を受け継ぐ恋愛神となったんだ」
公子の言葉が、海風に乗ってマリーヌの耳に届いた。
マリーヌの瞳には、エメラルドグリーンの海と愛し合う神々の幸福な姿が映っていた。
南国・マリンビュールで新たなる伝説が生まれた。その出来事は大陸の国々にも届けられた。
ラルフとラルーシャの愛の再現は、神殿の浮上とともに果たされた。
二人に愛が真実だとエルラードの残魂に認めさせたことで、嫉妬と憎しみの魔力は消え、本来の神の守護が蘇える。
神殿はマリンビュール見守る新しい守護神の住処となった。
マリーヌは、港から帰りの船に乗り込んだ。
クリスチャーのミレンが迎えに来てくれていた。
「色々あったけれど」
「ご満足でしたか?」
客船の船上からマリーヌはミレンと遠く水平線を眺めていた。
「でもあれほどモテていたのに、男性の数が減っていたような?」
マリーヌはミレンに不満そうに言った。
「あんなに男性の視線を受けていたのに、お別れは寂しかった」
「男性たちはたぶん……」
「ん? なにか知っているの?」
ミレンは知り尽くしたような瞳をしている。
「誘惑してきた男性達は、嫉妬した女神エルラードの残魂が作り出した……男の亡霊」
「偽物だったってこと?」
「エルラードの嫉妬心が訪れた女性達を惑わそうと悪戯をしたのでしょうね」
「私も嫉妬の標的にされたってこと?」
「男性の体に蝶のタトゥーとかありませんでした?」
マリーヌは思い出した。声をかけてきた男性には、首や手足に蝶のタトゥーがあった。
「そう言えば……」
「エルラードの魔色印というものです」
「今頃、男達はこの世から消えているでしょう」
「私に声をかけてきたのは、人ではなく人形だったってことなのね」
納得しつつ、がっかりした顔のマリーヌの頬に、爽やかな海風が伝わって流れていった。




