2-10
フェルンに引っ張られマリーヌも速足に会場を出た。
月光が海面に染み込むような夜だった。風が温かい。海風なのに果実の香り。不思議な時間が波音とともに流れていく感じ。
岸壁に立つフェルンとマリーヌを月の光が柔らかに包み込む。
「ここでなにが?」
「海を見て」
そう言われてマリーヌは海面に視線を運んだ。
光!!
海面を光が移動していた。
「あれはミュールだ」
「ミュールって、セレンが飼育していたイルカ?」
マリーヌは思い出した。ミュールは特殊な種のイルカで、夜間月の光を浴びると背中が光る。
「ミュールの背中が光っているということ?」
「その近くから目を離さないで」
マリーヌは背中を光で輝かせながら泳ぐミュールを遠くから凝視した。
うむ?
背びれ?
もう一頭のイルカ?
マリーヌは瞬きもせず一点を見つめた。
「あれは?」
泳ぐ人間の姿? そんなはずはない。
「そう、マーメイドだ」
「ミュールとマーメイドが一緒に……」
マリーヌは直感した。
フェルンもマリーヌの心を読んだように話し始めた。
「セレンがマーメイドだったんだ」
「あのセレンが……」
そのことを知っているフェルンは一体?
二人の間には、時空を超えた絆が存在すると感じたけれど……。
「セレンに出会った時、僕の魂は彼女に引きつけられた。すぐにわかったんだ。運命が導く二人の絆の存在を……」
「僕は……僕はね……」
フェルンのこんな真剣な顔、初めて見た。
遠くで大きな波が弾けた。マーメイドとミュールの姿は消えている。
「僕は神ラルフの生まれ変わりなんだ」
「そ、そんな」
フェルンが、神の魂を受け継いでいるなんて……。
「そして、マーメイドはラルフが愛した女神ラルーシャ」
「ラルフの妻エルラードの魔力で神殿に沈められたラルーシャがマーメイドだというの?」
「あの時の記憶を携えて、僕は転生したんだ」
フェルンはゆっくりと目を閉じた。
遠い過去の記憶。
神が王室を守護していた時代。
人間から信頼と尊敬の的であったラルフにも迷いがあった。
エルラードという妻がありながら女神ラルーシャを愛してしまった。
それがよかったのか? その時は答えが見つからず、時の流れに流されてしまった。
その結果、エルラードの怒りに触れ、魔力を使わせてしまった。
愛する心を信じ、エルラードに思いを伝え、納得できるような別れを切り出していれば。
神の体にも終焉は訪れる。
体は滅びる寸前、ラルクはもう一度ラルーシャと出会い、心から愛を伝えたいと……。
神の魂は永遠。ラルフの魂は、愛を叶えたいという思いとともに転生を果たした。
強い憎しみで神殿に沈められ、マーメイドとして生き続けるラルーシャとの再会を果たす。
そして、魔力を解くカギは、神愛の言霊だった。
翌日のことだった。
「これからどうするの?」
フェルンとマリーヌは、アクアラグーンの喫茶室にいた。
ロッペンが駆け込んできた。
「二人ともここにいたんだ」
慌てた様子。
「イルカが」
ん?
「イルカ達が……」
「落ち着いて」
「レガール国の捕獲船団が、イルカを無理やり捕獲している」
「どうしてそんなこと、目的はマーメイドじゃないの?」
マリーヌはフェルンを見た。
「イルカとマーメイドの関係を知って、イルカをおとりに」
「酷い」
「ディアスと仲間が船で妨害したけど追い払われた」
「行こう」
「うん」
フェルンとマリーヌは立ち上がった。
「僕はルシード公子に助けを」
ロッペンは公子のもとに走った。
港に来た。近くでは捕獲団の悪行を悔しそうに見つめる人の姿があった。
沖合で、大きな網でイルカが捕まっている。何隻もの船に囲まれ逃げ道を塞がれ、最後は網にかかってしまう。
ミュールが仲間を助けようと網に噛みつくが、モリが飛んで来た。血がにじむ。
「このままでは……」
「僕が行くしかない」
フェルンはボートに乗り込んだ。
「私も」
「危険だから君は残った方がいい」
マリーヌは首を横に振り、ボートに乗り込んだ。
フェルンの操縦でボートは沖に向かった。
「助ける方法はただ一つ」
「んん?」
「神の力」
マーメイドは傷ついたミュールに近づいた。出血している肌を撫でると不思議なことに傷口が修復した。
「マーメイドだ!! マーメイドがいたぞ」
船団の潜水士が一斉に海中に飛び込んだ。
「行ってくる」
「でもなんの装備もないのに」
「僕はラルフの生まれ変わり、なんとかかなるさ」
フェルンは海に飛び込んだ。
マーメイドは潜水士の酸素マスクをはぎ取り応戦している。
ただ、敵の数は多い。背後から掴まれた。
マーメイドの苦しみが顔に出ている。
が、潜水士が弾き飛ばされた。
フェルンの足蹴りが飛んで来た。一撃のみの抵抗だった。機材をつけていないフェルンは海中では息ができない。
遠のく意識。そこで、マーメイドはフェルンに口づけをした。
二人の体を泡が包み込む。
フェルンは水中で息ができるようになった。
二人は、目を合わせて頷いた。
潜水士が向かってくるが、二人は自由に泳ぎ回り潜水士の酸素マスクを外す。溺れている潜水士の隙を見て、二人は手を取り海底に潜っていった。




