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1-2

 異世界の時の流れには決まった波形はなく。時に速く、時に遅く感じられる。空間が多様に乱れ合うのがこの異世界だった。



 マリーヌの目が覚めた。

 柔らかなベッド。枕の高さが快適だった。

 窓のカーテンが揺れ、外からグリーン系の香り、そして日差しはオレンジの匂いがした。

 煉瓦造りの住居だった。内装はおもに木製で、ガラス製品が点々としている。

「お目覚めですか?」

 白髪の男性の顔。シンプルな眼鏡に髭を蓄えていた。

「クリスチャー(案内係)のレバロンと申します」

「クリスチャーって?」

「この世界での世話役のようなものです」

「どうしてここに?」

「神の導きでしょうか?」

 納得のいかない回答だと思った。

「心震わす出来事があってすぐ、その後の記憶がなくて」

 レバロンは黙っていた。でも、なにかを知っている。

「あれは夢だったのかしら?」

 指先で自分の唇を撫でてみた。あの心をかき回すような感触は、トキメキに他ならない。

「私、宮殿のような場所にいたはずなのに」

「夢だとしても、それは、あなた様に訪れた物語の序章なのでしょう」

 レバロンはクイズの出題のような口調で言った。

 眼鏡の奥の瞳が、その先の未来を暗示しているようで、ただ多くは語ってもらえそうにない。ここは冷静になることだけを考えた。

「お食事になさいますか?」と、関係のない話になった。

 そう言えば、お腹がすいていた。

 ベッドから起きた。だるさはない。花柄のスリッパを履いて下の階に下りた。


 焼きたてのパンの香り。

 バターの香ばしさが階段まで漂う。

「よかった。ご無事でしたのね」

 メイド服のバレンシアが食事の準備をしていた。


 ご無事とは? やはり眠りにつく前に、私の身にはなにかが起こっていたということ?


「玉子の焼き加減はいかがですか?」

 どう答えたらいいのだろう?

「お任せで」と、言っておいた。

 まだ全然、この世界の雰囲気に慣れていない。


「この後、お連れしたい場所があります」

 そう言って、一度レバロンは部屋の外に出た。


 なんの味だろう? 食後のお茶の味は新鮮だった。

 部屋で身なりを整えるとレバロンが迎えに来た。

 家の前では馬車が待っていた。


 この人、秘密めいている。揺れながら走る馬車の中で、マリーヌはレバロンの横顔を見た。多くを語らず、未知の世界に自分を誘導していく感じ。どこまで信じてよいものかと疑心暗鬼にもなる。が、今は頼れる人はこの人しかいないのだ。


 小高い丘、馬車は墓地に到着した。整理され清掃も完璧な霊園。

 御堂の塔から鐘の音が聴こえた。

「着きました」


 墓地だなんて。マリーヌは馬車を下りて視界を動かした。とても広い霊園だった。

「行きましょう」

 マリーヌはレバロンの後を歩いた。

 少し歩くと、レバロンが足を止めた。


 墓石に花を添える男性。

『やっとこの日が訪れた。切なさを乗り越えて、愛しさを携えて、君を迎えに来たよ』

 この言葉って……マリーヌの感覚が刺激される。セリフが耳元で弾けた。何が起こるの? と、予感を抱いたまま、じっと見つめてしまう。

 墓石に名が刻まれている。彼女かしら? とマリーヌは思った。

 男性は、膝をつき語りかけていた。

『時を戻せるのなら、この命を魔の池に沈めてもいい』

 なにかの呪文みたい。

 この世界の男性って、みんなこんな言葉を使うの?

 マリーヌは想像した。この男性は恋人を病気や事故で失い。それでも彼女への思いは捨てきれず、もう一度会いたいと願っているのだと。


『失った痛みは、僕を強くした。重ねあった好きの絆は、今もこの胸の中にある』

男性は胸に手を当て、思い出を再生しているようだった。


『長くしなやかな髪も、吐息も、幸福をもたらす微笑みも、君のすべてが僕の瞳に帰る瞬間を僕は切望している。だから、今こそ神愛の言霊が奇跡を起こしますように』

 男性は手を合わせ、祈りを捧げた。


 鐘の音が波長を変えて園を包み込んだ。

 その時……。


 な、なに!

 彼女の幻影?

 マリーヌは瞬きを繰り返した。

「この世界は神々の棲む異世界」

 レバロンの言葉だった。さらに解説する。

「神愛の言霊は、恋を成就させ、願いを叶え、深い愛に導くこともあります。もちろん奇跡を起こすことも……」

 マリーヌにとって、すぐに理解できるものではなかった。それでも目の前で起きている現象は作り物でないと確信している。


 男性は言霊に熱情を込めて放った。

『君と夜空を見上げて聴いた星の声も、木陰の隙間から漏れてきた太陽の歌も、君が長い眠りに入ったその時から、僕は忘れることはなかった』


『もう一度生きる喜びを君と……この世に生をーーー』

 叫びは光る言霊となり墓石を包んだ。輝きは墓石の中まで浸透する。


 幻影? いえ、彼女は本当に蘇った。美しく生命力を携えて立っていた。


「またあなたを感じられるなんて」

 女性は手を差し伸べる。

 その手を男性は優しく握った。そして女性の体を引き寄せる。

 見つめ合う恋人同士の姿。奇跡の瞬間だった。

「もう二度と話さない。ずっと、見守っていたい」

 抱き合う二人の姿を見つめるマリーヌの瞳、瞳のレンズには微笑む天使の幻影が映っていた。


 信じられない……これが、私のいる、現実の世界……。


 帰りの馬車の中、マリーヌは感動の余韻に浸っていた。隣にはレバロンが座っている。

 なんてドラマチックな時の流れ、瞳に映る静止画の美しさ。そして死者が蘇る奇跡。

「これがこの世界で起こりうる愛の形」

 レバロンはスライドする車窓を見ながら言った。

「もしあなた様も、この異世界で恋を学び、極上の愛にたどり着きたいのなら」

「それを望んだら?」

「これから幾重にも交わされる神愛の言霊を学び、身に着け、自由に操れることが絶対条件となるでしょう」

 マリーヌは頷いた。まだまだ理解できない未知の話だけど。

「この異世界は恋愛を好む神々の世界、言霊とは単なる神の言語ではありません。男女の運命をつかさどり、水先案内人とも言えるしるべにもなります」

「目には見えない恋を、形にする役割も果たすとか?」

「言霊をどうのように扱うかは、あなた様次第」

 レバロンはそう言った時、馬車は家に到着した。

 マリーヌは馬車を下りると、青い空を見上げた。異世界らしいピンク色の鳩が飛んでいる。時計台に設置されている旗が風に揺れていた。

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