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演劇は、主役の体調不良ということで、詳しいアクシデントについては語られずに延期になったが、フェミリアの目覚ましい回復で、マーメイド オブ レジェンディアは無事開演した。当初は夕食を兼ねてのディナーショーだったが、純粋に演劇を楽しむ昼間のショーになった。
もちろん物語も芝居も最高だと観客は喜んでいた。
観劇を終え、フェルン、ロッペン、ディアスの集まりにマリーヌも呼ばれた。
話題は演劇の中身に始まり、マーメイド目撃の体験談になった。
マリーヌにとっては信じがたい特別な体験なので、黙っているつもりだったが、フェルンはあの夜の出来事を嘘偽りなく話したのだった。
「僕も会いたかった。やはりマーメイドはこの海に存在するんだ」
自称マーメイド捕獲師のロッペンが一番に食いついてきた。
「もう少し詳しく」
身を乗り出して訊く。
「と言っても、夜だったから……でも、あれは確かにマーメイドだった」
フェルンはマリーヌに同意を求めてきた。
「ええ、顔は見えなかったけれど、普通の魚ではないことは確かだと思う」
「これで、断然やる気が出てきた」
ロッペンは拳を握ってみせた。
「俺の海底に眠る神殿の探索にも力が入りそうだな」
そう言ってディアスは、マリーヌに視線を向けた。
「マリーヌ、君の力を貸してほしい」
「え?」
「君は奇跡を呼び寄せる力を持っているのかも」
フェルンもまなざしを向けた。
「でも……」
仕事を休んでばかりのマリーヌは、やはり気になった。自分は客ではないのだ。高い階級でもない。そんな自分が探検家や冒険家の手伝いなんて。
「なにも心配することはない。今後のことはルシード公子が面倒みてくれるから」
フェルンが言った。それは、公子が言っていたプレゼントのこと?
「君も僕たちの仲間になるんだ」
そう言うと、フェルンは立ち上がった。
「行こう」
「どちらへ?」
「ルシード公子の別邸へ」
施設から馬車で街中を通り、林に囲まれた城のような屋敷に到着した。
「すごいお屋敷」
マリーヌはフェルンの後に続き、馬車を下りた。階段があって、そのすぐ上ブラウン系の色が高貴に光る扉が入口みたい。
屋敷の中も広い。
メイドの姿を見るとやはりお屋敷に来たんだと実感。執事らしき人の前に立つルシード公子がいた。
「ようこそ」
マリーヌとフェルンは、応接間に案内された。ふわっと開放感のある部屋。たんぽぽのような小さな花を描いた絵画。窮屈さを感じさせない雰囲気でいっぱいの室内だった。
公子と対面で座る。執事の指示でメイドがお茶を入れてくれた。
「君の賃金は僕が支払うことで、話をまとめたから」
すでに話は決まっているらしい。アクアラグーンの一部屋もマリーヌのものとなっていた。施設のスタッフはどんなふうに思うだろう。お客様として迎えてくれるだろうか? マリーヌに不安はあったが、決まったことだから。
公子とその仲間達が夢見る伝説解明グループの一員になれる。実際ワクワク感はあった。
美味しいお茶で喉が潤うと、マリーヌはフェルンと宝庫部屋に案内された。
宝物が? と思って入ったけど、宝石や貴金属類はなかった。そういうものは別の部屋にあるらしい。
公子が、見せたかったもの。それは、南国マリンビュールという土地の過去から現在までの時の流れだった。
古いけど高貴な衣装が並び、いくつもの箱が置かれたスペース。そこには書庫があった。公子の家系は、神ラルフの時代に遡る。神の加護を受けていた国王レドラス4世の妹アダルシアが祖先になる。神の実態が消えるとともに王族も衰退したが、その子孫が貴族として、今も家柄を守っているという。
公子は自らの出生を語りながら、皮表紙の書物を一冊ずつ手に取り、近くのテーブルに置いた。
時の階段を駆け上がる気持ちで歴史書を開く。パピルスには、栄華を極めたと思える城の絵が描かれていた。守衛に守られた正門には用水が流れ敵の攻撃に備えている。数々の部屋にはきらびやかな装飾品。貴族が戯れるダンスホールの模様。途切れることなく歴史を残せたのは、代々受け継がれた描写師一家・ベルソナール一族の働きだとする記述も残されていた。
さらにページをめくると、国王とその親族の絵。王冠をつけた国王と妃を囲むように大人から子供まで、多くの親族が描かれている。女性が身に着けているスカーフのデザインが独特だった。
フェルンが別の書を開いた。輝きは失っているが刻印を押された厚い表紙はいにしえの時を感じさせた。ページが開かれる。
「この香り!!」
王室を象徴するライラック花の絵。そこから不思議な香りがした。
これがいにしえを語る芳香? マリーヌは内面が研ぎ澄まされるような感覚を受け止めた。
さらに神の紋章が刻まれたページをめくる。
「それは?」
マリーヌの目に映る神の絵。
神ラルフとその妻・エルラードが描かれていた。
「かつては王国も神の力で繁栄していた」
ルシード公子は、ページの一枚一枚に記された出来事を基に話し始めた。
城下町での賑わいも記されている。熱帯魚売り、ヤシの実ジュース売りなど商人が街角に店を置くと人々が集まる。そんな絵もある。
特に黒く変色したページに移ると街の雰囲気が一転する。飢餓に苦しむ民衆の様子。繁栄があれば衰退もある。そういうことなのだろうか。
「荒れている」
フェルンが悲しそうに言った。
「どうしてこんなことに?」
マリーヌが公子の方を向いて言った。
公子は一度軽く頷く。
「神でも恋をする。そんな話を聞いたことは?」
「知っています」
マリーヌは即答した。
「始まりは、神ラルフと女神エルラードとの不仲から」
「エルラードというのは?」
「ラルフの妻」
「つまり、夫であるラルフは妻の怒りにふれることをした」
フェルンも会話に参加した。神々の時代を知っているようで、なぜかフェルンは複雑な表情をしていた。
「原因は愛を抱くミシュレーヌ座の女神ラルーシャにあって、嫉妬したエルラードが浮気相手を魔力で海の底へ。平和を愛するはずの神も恋愛がからむと我を忘れ誤った力を発揮することも……」
「そんなことが……」
神様でも恋をする。その出来事を聞いてマリーヌは敏感に反応した。
これが、私がここに導かれた理由なの? ……。
「食事の用意ができた頃だ。一度出ようか」
公子の言葉の後、この部屋の灯りは消えた。