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2-6

 リハーサルは無事終了した。演出家の意向で本番は2日後に延期になったけど。


 言霊に似たセリフは、マーメイドの言葉として発せられた。が、観ていたマリーヌに体の異変はなかった。舞台の上で、フェミリアは物語の主人公としてのマーメイドを演じることができた。


 意識を失った時の、あのアクシデントはなんだのだろう?


 さらにマリーヌが気になったのは、物語のストーリーだった。マーメイドは愛する男性の正体を知り、その心を掴むことで女神に戻ることができる。

 この物語の原案者がフェルンだとしたら、彼はどうして思いついたのだろう。

 旅をしているから神話や伝説を見聞きすることは多いとは思う。この土地で囁かれる伝説も物語の基礎となったのかもしれない。

 でも、彼はそれだけではないような気がする。マリーヌの視線の先には、舞台の余韻に浸るフェルンの姿があった。



 色々謎は多いけど、その前にフェミリアに挨拶に行こう。

 マリーヌは、舞台の本番の日を前に、会っておきたいと思った。


 楽屋に行ってみた。マネージャーのアスカもいて、お茶を入れてくれた。グリーンアップルをベースにした紅茶。甘酸っぱい香り。

「どう体調は?」

「平気、健康そのもので、前より体も軽くなった」

「そう、よかった」

 いつの間にか二人は友達のようになっていた。その雰囲気にアスカも微笑みを見せる。

「お世話になったお礼にお食事でも」

「でも……」

 マリーヌは考え込んだ。従業員として雇われている身で、そんな贅沢が許されるのだろうか?


「ぜひ一緒に、支配人には私から話を通しておきますから」

 アスカがそう言ってくれたので、マリーヌも承諾した。


 レストランで食事だなんて……他のスタッフに悪い気がするけど……。


 フェミリアとレストランに入ると、マリーヌが従業員の一人だと知っているスタッフは怪訝な顔をしている。妬みの視線を送る者もいたが、マリーヌは気づかないふりをした。厨房で豪快な炒め料理が始まり、大きな炎が上がった。


 客も増え、サービススタッフも忙しなく右へ左へ動く。


 久しぶりの豪華な食事だった。舞台俳優と向かい合って食事ができるなんて。


 そこへ男性の影。麗しい香り……って、フェルンがルシード公子と現れた。

「この時間にお食事とは奇遇ですね」

 久しぶりに見た公子の微笑み、またもマリーヌはドキドキしてしまう。太陽がまぶしい南の島にいても、透き通る白い肌。


「お二人も? お食事?」

 フェミリアはルシード公子と初対面ではないらしい。

「舞台を楽しみにしています」

「きっと素晴らしいステージをお見せできると思いますわ」


 階級の高い人との会話も自然体で、さすが有名俳優。マリーヌはフェミリアと公子の顔を交互に見た。


「それではまた後程」


「ルシード公子とは演劇のフェスティバルで初めてお会いしたのよ」

 二人が別の席に案内された後、フェミリアが言った。


「素敵な方よね」

「マリーヌったら、頬が赤いわよ」

「やだっ」

 マリーヌは照れた素振りを見せた。


 テーブルには順番にコース料理が運ばれてくる。

 やはり海の幸が豊富な料理だった。高級食材に慣れている顧客にも不満のないメニューが用意されている。

 二人の会話も演劇から異国の文化など、互いの経験を語り合った。

 デザートになった時、フェミリアが言った。

「私の部屋に泊まらない? もっと異国のことを知って感性を磨きたいから」

 断る理由はない。

「でも……」

「アスカに言って、支配人に許可をもらうから」

「楽しそうだね」

 食事を終え、帰り際フェルンが声をかけてきた。

「公子とも色々と話して、マリーヌのことだけど」

「私のこと?」

「後にしよう。楽しみは後で……プレゼントは差し上げるまでが楽しいのだから」

 公子の意味深な言葉。

「また後で」

 フェルンと公子は出ていった。


「なんだろう? 気にならない?」

 フェミリアが疑問を投げかけるようにマリーヌを見た。

「すごく気になるよね。プレゼントって?」


 悪い話ではなさそうだけど、公子の言ったプレゼントという言葉が頭から離れないマリーヌ。


 いずれ、わかるはずだから、その時を待とう。

 とりあえずマリーヌはフェミリアの部屋に泊まった。


 静かな夜、恋愛話に花が咲く。

「俳優と貴族との出会いって、そんなに?」

「結婚に至るケースもあるのよ」

 ステージの輝きとは別の場所にもストーリーがあると聞いて、マリーヌは瞳を輝かせた。

「王室の盛大な結婚式の様子を、各大陸のメディアが取り上げて話題になることだって」

「女優から王妃になるなんて、幸せの階段を上がるような運命」

 話は尽きない……。


 ワインを飲んだせいか、互いに眠くなる。

 隣同士のベッドで眠りについた。


 深夜になった頃。

 ふと、マリーヌは目が覚めた。


 あれ? フェミリアの姿が? 

 どこへ? ……。



 マリーヌは着替えて部屋の外に出た。

 やはり深夜の館内は静かだ。人の姿はない。

 レセプションには夜勤のスタッフが常駐している。フェミリアが来なかったか訊ねてみた。

「外へ出ていかれました」

 南の島は夜景が綺麗。特に満点の星空は宝石箱をひっくり返したように美しい。

 夜の海を楽しむ客がいないわけではない。フェミリアが通り過ぎても、スタッフは特に気にしなかったようだ。むしろ声をかけないことが礼儀と考えるのがスタッフであろう。

「ただ一つ、なにか呪文のような、舞台のセリフのような言葉を言っていたようで」


 呪文? 舞台のセリフ? ……まさか、言霊?

 まだなにかしらの魔力のような現象が起こっているのかも? マリーヌは急いでフェミリアの後を追った。


 海岸の砂に足跡を発見するマリーヌだった。

 フェミリアが一人で夜の海へ? そんなことはない。行くなら自分を誘うはず。

 この時のマリーヌに星空を楽しむ余裕はない。周囲を見回した。月光が明るく照らしていた。


 あれは!!


 岸壁に立つフェミリアの姿があった。


 なにかを口ずさんでいるような? まさか海へと飛び込むとか? 憑依? それとも魔法にかかった?    とにかく助けないと……。

 マリーヌはフェミリアのもとへ走り出した。



『私は愛を求め、時空を彷徨う女神……マーメイドが私自身』

 フェミリアの瞳が月光を受け、エメラルドグリーンに変色した。昼間の海面の色と同じだった。なにかと同化し、虚無を抱いたようなフェミリアの姿。それは自分の意識を失っているようにも思える。瞳は一瞬だが、人間とは違う影を映した。


 亡霊のような足取りでフェミリアが海の方へ踏み出す。

「フェミリア!! ダメよ!!」

 マリーヌはフェミリアを背後から抱きしめた。


 ジャポンと遠くの海面で音がした。トビウオ? しぶきが上がる。普通の魚にしては大きい。


 海面に尾ひれが見えた。

 やはり大きな魚?


 月に雲がかかり影になった。姿が微かに海面に浮かぶ。

 ん? 髪の長い女性? 上半身は人間に思えた。


「あれがマーメイドだ!!」

 いつの間にかフェルンが立っていた。


 フェルンが、なぜ? ここに?


 海底に沈む影。本当にあれがマーメイド?


 影が消えた瞬間、フェミリアの瞳に月光が吸い込まれた。意識が戻ったようだ。


「私……」

「大丈夫?」

「どうして私はここに? フェルンがなぜここに?」

 フェミリアはまだ意識が膿漏としているようだった。


「どうしてもマーメイドの……その姿を見たくて、フェミリアの後を追ったんだ。その存在を確かめたくて」

「フェミリアがマーメイドを導いたとでもいうの?」

 マリーヌも半分錯乱している。必死で頭を整理しようとする。

「フェミリアがマーメイド役となり、その後の体調の異変で予感したんだ」

「本物のマーメイドの力が働いていると?」

「おそらく、だから僕はあの物語を考えたんだ」

「すべてはマーメイドを導くため?」

「これで確信した。マーメイドはマリンビュールの、この海に存在する」

 フェルンの瞳は希望を引き込んだように輝いた。


 その先になにが?

 マリーヌはフェルンを見つめた。


 フェルンはマリーヌと目を合わさずに言った。

「僕がこの時代に生まれたことは間違いではなかった」

 遠く海を見つめて言った。


 どういう意味だろう?


 その夜はこれ以上のことはなく。静かに朝を迎えた。

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