表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/22

2-4

 夕日が沈んでいく。

 街では夕方を告げるメロディーが行政部の建物から流れている。外灯はこの時代の発明品・電照フィラメントの灯り。柔らかなオレンジ色の光が歩道を優しく灯していた。


 夜になれば宝石箱を倒したような星の光が舞い踊る。この時間、小鹿座の一番星が最高の輝き。


 マリーヌは部屋で一人、かすかな波の音を聞きながら思いにふけっていた。

 海底神殿に人魚伝説なんて……イケメン揃いのこの逆ハーレム地で、一体なにが起こるんだろう?

 レバロンが私を送り込んだ理由って……。

 明日からは、従業員としての仕事が始まる。

 今夜はしっかり眠っておこう。

 そんな思いで、マリーヌは夜を待った。


 翌日も快晴。南の島らしく晴れの日が多いが、突然のスコールも発生する。

 海岸では早朝サーフィンを楽しむ観光客の姿があった。


 朝食が終わると、一部の従業員がロビーに集められた。マリーヌも制服を着て立っている。部屋には、何着もの制服が用意されていたが、今日は清掃員の服装だった。

「新人は、先輩の後をついて指導を受けるように」

 新人とはマリーヌのことだ。メッサリモールは、マリーヌの教育係にリリアを選んだ。

 髪を後ろで束ね、日に焼けた肌は綺麗だった。女性にしては腕が太く、腕相撲のチャンピオンにもなれそうな貫禄。

「ついてきな」

 リリアはマリーヌを倉庫につれていき、清掃用具のバッグを背負わせた。


「けっこう重いんですね」

「二人分の道具だからな」

 先輩の分も持たされるのかと先行き不安を抱きながら歩くマリーヌの足は重かった。階段を上り担当するフロアーにたどり着く。


「いい景色」

 窓から見える海が綺麗。

「始めるよ」

 リリアに笑顔は似合わない。そんなイメージだった。

「は、はい」

 床掃除から始まる。モップに薬品をスプレーして拭いていく。


 自然の風がフロアーを流れ涼しいはずなのに、やはりモップかけは汗がでる。額の汗を拭っていると、

「休むんじゃないよ」

 先輩の厳しい声が飛んで来た。

「は、はい」

 黙って体を動かすしかない。


「終わったら、窓を拭いておくんだよ」

 そう言ってリリアは歩き出した。

「どこへ?」

「どこだっていいだろ。黙って窓拭きしてな。手を抜くんじゃないよ」

 そう言って姿を消した。


 なにかの罰ゲーム? 


 マリーヌはモップを置いて窓拭きにかかった。大きなガラスがフロアーいっぱいに並んでいる。景色はいいのだが、全部一人で?

 仕方ないか……。


 窓の外にはエメラルドの海が広がっているのに。バカンスで来たかった。愚痴が零れてしまいそう。


「その制服似合っているじゃないか」

 男性の声。

 ビーチにいた人かな?

「お仕事がんばって」

 別の男性だった。

 なぜか、イケメンを引き寄せてしまう。


「君に磨かれると、ガラスがクリスタルのようだ」

 長髪の男性。瞳がダイヤのように光った。


「辛くないかい?」

 今度は、色白で優しそうな男性だ。

 美男子に囲まれている。

 また、逆ハーレム? 夢の続き?


「仕事の邪魔をしたら悪いよ」

 高級な服装の彼が現れた。一目で貴族を思わせる。胸元のエンブレムには貝殻をモチーフにした模様、その紋章が印象的だった。

 身分の違いだろうか、群がっていた男性達はその場から離れていった。


 上流階級の雰囲気を体全体からにじませる貴公子のような方。

「その方はルシード公子、パンドール家の次期後継者」

 男達に代わって、いつの間にかラディアスが立っていた。

「お知り合い?」

「公子は、俺の探検に興味を持ってくれて資金援助をしてくれているんだ」


 透明すぎる公子の素顔。

 しっかり目を合わせてしまった。吸い込まれそうな瞳。育ちの良さがうかがえる。


「君は、深海に眠るという神殿の話を聞いたことはあるかい?」

 公子が訊いてきた。

「詳しいことは全然」

「俺の一番の目的がそれなんだ」

 ラディダスが言った。そのまま話を続けた。

「神も過ちを犯すことがある。かつてこの地を支配していた神々にも恋する季節があった。ただ、必ずしも暖かな春を呼ぶ恋だったとは限らない」


 神様だって恋をする。マリーヌはそんことを知っている。

 その先になにがあったの?


 公子の唇が動いた。

「神の世界でも恋愛は切なく物悲しいもの。いくつかのの恋が目ばれ、愛に発展し、やがて崩れていく。時に憎しみを生み、神らしからぬ振舞をすることも」


 抽象的で意味が……。でも、もっと知りたい。マリーヌはそんな顔をした。


「神が下した裁き故、怨念は深く、その魔力によって神殿がどこかに沈められたという」

「なにかに憎しみを抱いた神が魔力で神殿を? 本当にこの海のどこかに神殿が?」

 興味をそそられ、マリーヌは身を乗り出してしまった。

「まだわからないことが多くて」

 公子は首を横に振った。

「だから俺は、この探索に乗り出したんだ」

「そして、愛を秘めたまま永遠を生きる女神もまたどこかに……」


「難しくて実態がつかめない感じ、複雑な謎解きをしているような」

「よかったら、その謎解きに君も参加しないか?」


 えーー 突然のお言葉!



「失礼いたします!」

 突然の緊張感。その声は丁寧だが確実に怒っている。

 振り向くと、リリアが腕を組んで仁王立ちしていた。眉を吊り上げご立腹の様子。マリーヌはまずいと思ったが、その場に立ち尽くすしかなかった。

「お客様、只今の時間は勤務中でございまして」

 お客様でも容赦ないといった口調だった。

「そうだったね。邪魔をするつもりはなかったんだけど」

 リリアの毅然とした態度に公子もタジタジだった。

「また暇な時間に」

 公子に向かってマリーヌは小さく頷いた。

 公子はラディダスに目で合図をして歩き出した。

 二人の姿が見えなくなるとリリアの本性がさらに表れる。

「新人の身分で、仕事中にお客様と立ち話とはいい度胸しているわ」

「すみません」

「やる気あるのーーーぉ」

 怒鳴られた。

「は、はい、もちろんです」

 目を合わせることもできなかった。頭を下げるのが精一杯。

「このことは報告しておくから」


 業務怠慢の知らせは、すぐにメッサリモールの耳に届いた。


 少ない!!


 たった一人のテーブルで寂しく昼食だった。お皿に豆とパンの切れ端?

 仕事中にお喋りしていた罰? なんて厳しい世界。


 すぐに皿が空になった。物足りない。色々言われたけど、十分に体を動かしたつもり、これではエネルギーが足りない。


 バタッ

 テーブルに書類が投げられた。メッサリモールが立っている。

「本日のディナーステージの作業マニュアルよ。テーブルの準備からお客様の案内まで、仕事の内容を頭に叩き込むこと」

 メッサリモールが去った後は、静けさだけが残った。


 夜も働かせるの? ため息が漏れた。

 やるしかない。マニュアルを読んでみた。


 定期的に行われるイベントのようだった。ステージのあるホールで食事を楽しみながら舞台を観る。

 従業員には料理担当からショーの運営、清掃作業など、いくつもの役割が割り振られていた。

 舞台とは演劇のようで、俳優が物語を披露するらしい。マニュアルのページをめくる。

 本日は『マーメイド オブ レジェンディア』。

 海と陸が一つになった不思議な世界。それがレジェンディア。神の化身とされるマーメイドとの出会いを求め海の冒険家が、運命に引き寄せられマーメイドと恋に落ちる。マーメイドはかつて恋に破れた女神で、最愛の相手を忘れられず、時空を超えた愛を手に入れるという物語だった。


「果たして、女神が恋する冒険家の正体は?」

 俳優の写真とプロフィールも載っていった。マーメイド役のフェミリアは大陸間演劇大賞で主演女優賞に輝いた若手俳優。冒険家役は演劇の聖地・ラダルス国の出身で、人気上昇中のマードック。


 美男美女の共演。


 面白そう。

 観客の一人として観てみたい。解説の文章を何度も読み返した。ラストシーンが神秘的な予感がする。予想外の結末が訪れそうで。あらすじだけでもストーリーに引き込まれる。

 観劇したい……今回は無理か……。

 マリーヌは一度部屋に戻ってシャワーを浴びた後、指定の制服に着替えた。清掃員の服装は汚れ覚悟のデザインだったが、イベントの衣装は身だしなみ重視のようだった。デザインもスタイリッシュで、物語の中の一人になった気分にさせられる。


 自分も高級リゾート施設のスタッフなんだ。そんな思いでマリーヌは会場に入る。すでにスタッフ全員、ステージの準備で大忙しの様子だった。


 ステージ上では照明のテストが行われていた。

 ステージより低い位置にあるフロアーが客席。丸いテーブルが並べられ、料理を楽しみながら観劇するというスタイル。


「新人さん、椅子を運ぶの手伝って」

 早速マリーヌに声がかかった。


 また新人扱いされた。


「はい」

 指示通り動こう。


「各テーブルに2脚ずつよ。ステージが見えるように配置するの」

「わかりました」

 人使いが荒いのは誰も同じかな? 声には出さず愚痴ってしまう。



 一通り客席の配置ができた頃だった。マリーヌの瞳にはステージの隅で話し込むフェルンの姿があった。向き合う相手は長身の紳士。


「なにボケーとしているのよ」

「あの人は?」

 スタッフに訊いてみた。


「知らないの? ジョーンズ支配人よ。この施設の責任者」

「支配人?」


 なんでフェルンと?


「隣の方が、息子のフェルンさん」

「えーーー」

 思わず驚きの声が出た。


 フェルンが支配人の息子だったなんて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ