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蒸気船なんて……。
セフィードの港には、客船が停泊していた。
レバロンは大きな船体を見上げて説明した。
その客船は、黒の船体に赤紫のラインが入った印象的なデザイン。沈まない客船と呼ばれるバンテックサロン号。
ラバルト海の大嵐でも沈まなかった船で、設計者のヒューラック技師は、そのことがあって教科書にも載るようになった。この船はそれほど有名な客船だった。
すでに乗船は始まっている。紳士淑女が世話役を連れて乗り込む光景はいつものことだった。
レバロンの背後に女性の影。スーツケースを持っている。
「旅のお供をするミレンです」
ショートヘアーで活発そうな女性だった。彼女も案内役なのだろう。
「マリーヌ様ですね。広域行政案内役協会から派遣されてきました。よろしくお願いいたします。」
広域行政……って、国々が結んだ協定? 自由に行き来するための共通の制度でもあるの? マリーヌは疑わしく思った。が、この世界ではまだまだ知らないことが多いことも事実。今回はこのクリスチャーに頼るしかなさそうだ。
船が出港した。
港でレバロンが軽く手を振っている。
ご無事で……そんな唇の動きをした。
航行する客船、上空を羽ばたく海鳥の鳴き声。
マリーヌの客室は3等級の安い部屋だった。
不思議に思う。エレガントスイーツなんて、高級な部屋をイメージしていたのに。
デッキに上がると、ミレンが若い男性と親し気に話している。レバロンの送り込んだ謎の多いクリスチャーだ。油断できない。そんな思いで歩み寄る。
なかなかハンサムな男性。マリーヌの嫌いなタイプではなさそうだ。
「そではまた」
マリーヌの姿を見て、男性は去っていった。
「今のは?」
ミレンに訊ねた。
「旅のお客様のようです」
「知り合いではないの?」
「ええ、たまたま海を見ていましたら」
男性とすぐに親しくなるなんて……やはり、ただものではないか?
マリーヌは、ミレンをじっと見てしまった。
「なにか?」
「いえ、ところで、私の部屋って3等級の部屋なのね」
「お気に召しませんでしたか?」
「だって、いつもなら令嬢としての待遇で旅を任されていたから」
「なにもお聞きになっておられないのですか?」
「え?」
「この旅で向かう先は、海の綺麗なバカンス地です」
「それは聞いているけど」
「マリーヌ様は、バカンスで訪れる貴族や富豪の御子息のお世話役なのです」
「お世話役というと……」
嫌な予感もする。
「お相手ということです」
「まさか、不特定の男性に身を捧げろとか?」
「それはご心配なさらずに。マリーヌ様はお客様の宿泊先で雑務などをこなすお仕事を……」
それって、メイドってこと?
今回は、他人の身の回りの世話係、つまり仕事をさせられるということ?
これもレバロンの仕掛け? ……詳しい説明もなく私を送り込んだのね。眼鏡の裏に隠された光の意味がわかりかけた。きっと、さらに深い事情を抱えた旅になるのだろう。
マリーヌは、レバロンの顔を思い浮かべて、金づちで頭を殴ってやった。
メインディッシュは、焼き魚かぁ~
マリーヌは、3等の食堂で質素な食事をした。
バレンシアのパスタが食べたい。
食後、そんな気分で、デッキを歩いた。
んん?
先ほどの……。
ミレンと一緒にいた男性が、水平線の写真を撮っていた。
「それは?」
声をかけてみた。
「やぁ」
こちらを見た。近くで見るとやはり綺麗な顔立ち。
「なにを?」
「写真を撮っているんだ」
異世界のカメラは、銅製の小さな箱にレンズがついた簡単な構造のようだった。
「この写真機は、ありのままの風景を紙に残してくれる優れものでね。ラフィード国の闇市で手に入れたんだ」
とマリーヌにレンズを向けた。
「ちょ、ちょっと、恥ずかしい」
「また改めて、被写体を頼むよ」
と写真機をお腹の辺りまで下ろした。
「僕はフェルン、こうして旅の記事を書いて新聞社に持ち込んでいるんだ」
「私はマリーヌ、海の綺麗な街があると聞いてこの船に」
「バカンスで有名なマリンビュールの街に行くんだね。僕と一緒だ」
マリーヌが微笑みを返した時だった。
あっ!
ん!
フェルンがレンズを海へ向けた。
「シャッターチャンス!!」
大きな魚が海面を飛び跳ね、大きな水しぶきが上がった。