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 翌朝、使用人には内緒で、マリーヌはレティックの案内で森に向かった。


 小枝を避けながら、大きな葉をかき分けて進む。今日は冒険家の服装なので、備えは完璧だ。

滝の音がした。

「たぶん、この先にいるはず」

 レティックが指さしたのは川辺だった。魚が飛び跳ねた。空中にいる蛾をパクリと飲み込んでしまう。


「どこ?」

「あいつだよ」


 大岩の陰、小さな石に腰かけて釣り糸をさらしている小人がいた。レティックよりも体は大きいけど身なりは独特だった。なぜかベレー帽を被り、蝶ネクタイ。

「あれが下僕妖精、カンだ」


 高貴な人に使えるという下僕妖精。やはり性別・年齢は不明な森の住人だった。妖精族の下の地位にあるが、基本従順無垢なはずだった。 ただ、中には群れを嫌い鼻つまみ者などと嫌われるものもいる。レティックの情報では、公爵は、このカンに針を刺されたことで、感覚が麻痺しマリンガに矢を射ってしまったというが。


「な、なんか用か?」

「エディダス公爵に汚い罠を仕掛けたのはおまえか?」

レティックが詰め寄った。


「し、知らないよ」

 帽子を深く被り、表情を隠した。間違いない。

「本当のことを話して」

「な、なんだよ。この女は」

 カンの顎あたりから汗がにじんだ。

「なにも知らないって」

 どこまでもとぼけるつもりらしいが、ここで異変が起こり神聖なる風が薫る。

 滝の水が逆流する。魚が一斉に跳ねだした。


 まさか?!


 川面にメリフィスが立っている。宙に浮いているよう。

「か、神!!」

 カンの帽子が勢いよく飛ばされた。恐れおののく。


 ゆっくりと地面までスライドする神の体。その背後に妖精族の長老がいた。


「知らない なにも知らない」

 逃げようとしても、カンの足は地面に引っ付いて動かない。


「長老・ゲルク様」

「妖精族の長老なの?」

 マリーヌはレティックと視線を合わせた。レティックは黙って頷いた。


「すべて、ゲルクから聞きました」

 メリフィスの怒りは頂点にあった。

「申し訳ありません」

 神の前でカンは土下座した。

「おまえの仕業か」

「ハルキリス様のご命令で」


 やはりハルキリスだった。レティックから首謀者があの美男のハルキリスだと聞いても、マリーヌは信じられなかった。いえ、信じたくなかった。


 命令に忠実な下僕妖精を使い、兄に矢を射らせたのは弟ハルキリス。神と不仲にさせ、さらに領内の地位をわがものにするための下劣な策略だったとは。

 でもマリーヌにとってハルキリスの裏切りとその罪状より、今は二人の関係が重要に思えた。エディダス公に罪がないとわかった今なら、神との関係修復もできるはず。思いの深さを言葉の粒子に乗せて放った。

「公爵に会ってください!!」


 その気持ち、届いたのか?


「わたくしはどうしたら?」

 メリフィスは迷いの渦に飲み込まれた。神であろうと苦悩は存在する。しかも恋する相手なら人間と同じ感情に左右されるのも無理はない。神様だって人を愛し恋もする。この世界で恋愛は神をも支配する。愛するとは、そういう意味を持つのだ。


 マリーヌはさらに説得を続けた。

「事実が判明した以上、エディダス公は無実です。お願いですから会ってお話を」

「エディダスに酷い仕打ちをしてしまった。彼は許してはくれないでしょう」

「公爵は被害者です。その方をあのような哀れな姿にしておくなんて」

 マリーヌは泣きながら訴えた

 迷路から抜け出したい。そのルートを探している。そんな神の姿があった。マリーヌはどうにかメリフィスの心を動かしたいと思う。


「確かに怒りの矛先をエディダスに向け、神らしくない呪文を使い、あのような魔力をかけたのはわたくし」

「その魔力を解いてください」

「解くことができるかどうか?」

「え?!」

「魔力をかけることができても、解くことができるかどうかはわからない」

「どうして? 効力を消し去る呪文とか?」

「元々解くことなど考えてもいなかった。一生苦しめばよいと……それゆえに魔力は強すぎて、神の力でも」

 そんな、解毒剤の存在しない毒を飲まされたようなものじゃない。マリーヌは絶望の淵を彷徨う。

「ただ希望はあります」

 え?!

「もし彼に会うことができて、わたくしの愛が通じるのなら」

「魔力が解けるかも?」

「この世界で愛は神の力を遥かに上回る現象を引き起こすことが……」

「だったら……」

「でも彼は神を憎んでいるでしょう。会うことなど……」

「必ず、エディダス公を連れてきます」



 執事のグラニールに頼み込み、マリーヌはもう一度公爵の部屋を訪れた。予想通り、公爵は太い眉を釣り上げ憤る。

「国へ帰れぇーー #&%$#」

 意味不明な言葉とともに厳しい仕打ちが返ってきた。


 負けられない。絶対に諦めない。


「もう一度お話を聞いてください」

「グラニール、なにを突っ立ておる。この女が出ていかぬのならば、われが出ていく」

「神メリフィスの誤解が解けたのです」

 一瞬の沈黙。

ん?! と公爵が今までと違った反応をした。頬の肉がぶるっと揺れる。


「神はエディダス公とお会いしたいと」

「今更何を言う」

 不思議だ、メリフィスの話になると公爵の声がしっかりと聞き取れる声に変わる。

「お二人の間には、かつて愛が芽生えていたのでは?」

「もうどうでもいいこと」

 公爵は背中を見せた。その背中は悲しげだった。

「待ってください!」

「色々苦労をかけたようだ。礼を言う」

 そう言って重たい体をのしのしと動かし、開いている扉から隣の部屋に姿を消した。


 落胆するマリーヌにグラニールが歩み寄り優しく声をかける。

「お嬢様、無理はなさらぬほうが」

「諦めろと言うの。このまま二人を離れ離れにしておくなんて……わだかまりを残したまま生き続けるなんて」

 マリーヌの頬に涙が流れた。高級絨毯の上で涙は弾ける。グラニールは瞳を閉じて考えた。


 ハッ! と、ひらめきが生まれる。なぜか胸の筋肉がピクリと動いた。

「一つ方法が」

「え?」

「お二人を再会させることができるかもしれません」

「本当?」

 グラニールは視線を重ねて頷いた。

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