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 コバルトの海が青く燃える視界。

 ギリシャ神話に登場する世界にも似た青と白のコントラスト。海風が南から北へ、連なる建物の間を颯爽と走り去っていった。

 人の姿はない。禁断の楽園なのか? 神々の息遣いが聞こえてきそう。

 斜面には階段が続き、その先にはひときわ荘厳に佇む神殿があった。

 白い神殿の門扉が無人のまま静かに開くと、神話の予感。


 松明が風に揺られている。

 騎士の亡霊がうごめく。轟のような声がした。

「神の再会が果たされる時がきた」

「1千年の呪いが解ける」


 寂れた調理場で、メイドの亡霊達がひそやかに会話を交わした。

「ジェミーマーティス様とファンディーテ様の再会が叶うのね」

「1千年もの時を待ったのですもの」

「今度こそ幸せになってほしい」


 神の寝室。

 氷の棺で寝かされているのは、ジェミーマーティスだった。男性の顔だが白百合にように肌が白く美しい。それはまさしく永久氷河に封印された神の姿。

 凍り付いた体に、なぜか唇だけは赤く艶があった。

 ファンディーテの掌が棺に触れる。こちらも天使に囲まれた女神の絵画に登場しそうな美貌。

 棺は冷たく閉ざされ、冷気のバリアが邪魔をする。透明なバリアの向こうには瞳を閉じた彼の顔がはっきり見えるのに。女神でも今は、愛する男性神に触れることは許されないのか。


 神聖な空間がより深みを増していくような……。

 ファンディーテは自分の中に潜む神魂に力を込めた。その唇が動き出す。


『誰よりも愛しい人。千年の時が蘇生という言霊を私の全身に吸い寄せた』


『言霊の力が愛の力を手繰り寄せ、好きだという気持ちに拍車をかける』


『二度と離さない。離したくない。あなたは私の命、そのもの……』


 言霊は光る気体となり、氷の棺を囲み込んだ。そして、鋼鉄をも跳ね返す氷の中に深く浸透していった。乱反射で目を細めたくなる。


 ジェミーマーティスのまぶたがピクリとし、さらに薄く艶のある唇が動き出した。

「言霊を身に着けたようだね」

 懐かしい、彼の声。ファンディーテの瞳が潤いを増す。

 男性神の声は過去を呼び覚まし、女神の耳に届いた。


『これがあなたへのわたくしからの真の愛』

 ファンディーテがジェミーマーティスにキスをする。

 祝福の風が、二人の髪をなびかせた。

 ジェミーマーティスはゆっくりと起き上がり、ファンディーテを強く抱きしめた。

 天空の雲から太陽が出現する。

 その太陽は、三つに分裂したかと思うと、強い日差しが大地に降り注いだ。

 日を浴びた神殿は温もりに満たされ、カラフルな色で一面が塗りつぶされていった。



 時空間がシンクロする。


 ここは?


 歴代の王政を守護してきたと思われる由緒ある王の宮殿、その城壁が、きらびやかに日差しを吸い込み光沢を増していく。

 神々しき建物の中からこの世のものとは思えない不思議な香りが漂い始めた。

 自然に溶け込む動物たちの絵画が並ぶ通路。


 広間が騒がしい。

「ショータ~イム」

 道化師の姿で舞台を仕切る人、いやただの人なのか、奇人なのかもわからない。

 周囲には高貴な衣装に身を包んだ紳士淑女の姿。

 マリーヌはガラスに映る自分の姿を見た。

 奇妙なことにガラスは鏡に変質した。魔法をかけたように……。

 自分も令嬢の一人になっている。

 これが、転生した自分の姿なのだと悟った。


 オーケストラの演奏が始まる。空間に広がるダンスミュージック。

 ダンスの相手を探す男女。


『愛の逃避行……この手が触れ合った、この時から恋の始まり』

 男性の声が小さく届いた。

 瞬間、手に温もりを感じた。

 美男子の彼!! 色白で金髪、唇が淡いローズって、素敵すぎる。

 オーケストラの音符は集い合う男女を華麗なるダンスに導いた。優雅なひと時が、男女の個性あるふれあいに拍車をかける。


 マリーヌもまた、広間の中央まで連れてこられた。

 ステップが軽やかに紡ぎ出されるダンスの舞台。


 皆さん、踊り慣れている。

 ダンスなんて……。


「僕に任せて」と男性が言った。

 頼もしい言葉だった。


 彼がリードしてくれている。

 腰に手が触れる。いやらしくない。優しく丁寧に導いてくれる。

 身を寄せ合った。頬に彼の唇が近づく。

『出会いは突然だけど偶然ではない。すべてが運命……僕には、この先に二人だけの宿命ほしが見える』

 耳元での囁き。壊れそうなほど透明で淡色。


 道化師が舞を踊りながら言葉の粒子を放つ。

「誰もそのお顔を見たことのない王子のハートを射止める淑女はどなたでしょうか?」


「なんの話?」

 彼の体温を感じるこの距離で訊ねてみた。

「この宴は幻の王子のために開かれた」

「幻の王子? 誰もその顔を知らない?」

「今君がいるこの場所こそ、王子の妃選びの場だとしたら?」

 ミステリーの匂いのする言葉。

 豪華なシャンデリアの下で舞う男女の優雅なひと時が続いていく。

 仕切りのない隣の部屋では、使用人が料理の準備をしているようだ。


 瞳に吸い込まれそう。

 男性は、マリーヌに白い歯を見せた。

 こんなに見つめ合って踊ったのは初めて。


 時間が止まればいい……そんな気持ち。


 ダンス用の軽快なリズムが消え、演奏は静かなハーモニーに変わった。

 ワイングラスを手にして、彼は窓際にマリーヌを導いた。

 広間で集う女性の仕草に注目する。

 誰もが、王子が誰かと探っているようだった。


「テラスに出ようか?」

 誘われるまま外の空気に触れた。

 真下の薔薇園が美しい。香りがここまで届いてきそう。

「遠くに見えるのは、湖かしら?」

 光る水面から白い鳥が飛び立った。

「白鳥?」

「あれは雪月鳥(せきげつちょう)……寒い地域を行き来する渡り鳥で、その羽を月に照らすと幸運が舞い込むとの言い伝えがある」


「幸運をもたらす羽……」

「もし今、羽を手にしたら、君はなにを望む?」

 

 口説かれている? 勝手な思い込み?


「なんだろう? 今、私が望むことって?」


『恋に目覚め、恋にはまり、恋に溺れ、恋に身を任せ……』

「いいです。もういいです。私の心を読まないで」


マリーヌは、恥ずかしそうに背中を向けた。


はっ!!


 背中が感じる温もり。背後から抱きしめられた。

 頬に触れる彼の指先。鼓動がトキメキを奏でる瞬間だった。


 マリーヌの顔は男に向かい。瞳が重なる。

 この体勢で……無理……彼は強引にマリーヌの唇を自分に引き寄せる。

 拒めなかった。心が乱れ、ゆっくりと陶酔していく感覚。


 はぁ~

 甘い口づけ。

 温和な唇の優しさ。

 意識が羽をつけたように飛んでいく。


 ジュテーム……。

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