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第一章: クマの掌中で!

10年前…

「私は自分の目で見た。彼は来るだろう。時間の問題にすぎない。

この世界は貧しい者や富裕層に危険を見ている。彼らは盗賊や海賊、あるいは山賊を恐れている。一部の者は政府に反抗するが、私は危険をその本質で捉えている。

彼の動機は何なのか、またどのようにして彼が少しずつ目的を達成しているのか、私にはわからない。どれだけの時間が残されているのかもわからない。彼ら――外の者たちは、その危険に気づかねばならない。

あの目。緑色で、鋭く、まるで夢の中まで追いかけてくるかのようだ… その目が頭から離れない。

今まで一度も、これほどまでに妻を恐れたことはなかった。彼女のどんな小さな動きにも、その目が付きまとっていた。私は今まで緑色の目を見たことがなかった。

あれは私の妻ではない。アイリアはそんな人ではなかったし、これからもそうではないだろう。何かが――それが何なのかはわからないが――彼女を支配している。発作を起こすたびに、その緑色の目が毒々しく私の顔に映る。

彼女は私がここにいることを知らない… いや、彼が知らないのか?手短に済ませなければならない。私は彼をここに残していく。彼は生き延びる… そうでなくてはならない。失敗したときのために、ダンシに誰が彼の面倒を見るべきかを決めてもらいたい。どこが一番安全なのか、どの役割が一番大事なのか、今はわからない。父親?夫?それとも王?

アイリア… 私は君を守ると誓った。それなのに、あの呪いが彼女の目に忍び寄ってくるのに気づいたのは、あまりにも遅かった。

数日前、再び赤い雨が降った。ある力が… 理由もわからずに、死んでしまった。あの目も関係しているのだろうか?遅すぎなければいいのだが。彼女の死を取り戻すことはできないが、次に犠牲になるのが息子でないようにすることはできる。

彼は息子を探している。ヒツシロを探しているはずだ。だが見つけることはできないだろう。

息子よ、どうか気をつけてくれ。いつでも身を守るんだ。緑色の目には近づくな。まだ正体はわからないが… あの目は君を追いかけてくる。覚悟を決めなくてはならない。」

暗闇が書斎を包み込んでいた。静寂を破るのは、窓を叩く雨の音だけだった。

部屋の中央には、一人の男が座っている。ぼさぼさの髪と、もじゃもじゃの髭が薄暗い光の中でいっそう乱れたように見える。金色の瞳が、目の前の紙に書かれた言葉をじっと見つめていた。

彼は思案するように窓の外を見つめた。遥か遠く、濃い青の海の中に小さな島が浮かんでいる。満月がその島を青白く鮮やかな光で照らしていた。

どうすれば止められるんだ?誰にも危害を加えずに、全てを終わらせる方法があるはずだ…

彼は慎重にペンを紙の横に置き、床を見下ろした。彼のすぐ隣には、毛布の上で揺れる木製の揺りかごの中に赤ん坊が眠っていた。

「大丈夫だよ。戻ったら、きっとママに会えるから。」彼は赤ん坊にささやき、その無邪気に微笑む目を数秒間見つめた。

どうか、そうでありますように。

男は、揺りかごに「ヒツシロ」と彫られた文字をなぞりながら、そっと揺らした。彼は深く息を吸い込み、遠くから足音が響いてくるのを耳にした。

急いで来たのか、いいことだ。うまくいくといいが…。

きしむ木の扉がゆっくりと開き、鍵を首にかけた若い男が姿を現した。

「準備はできたか?」若い男が尋ねた。

父親は一瞬躊躇し、ゆっくりと彼に向き直った。

「う、うん。」彼は不安そうにうなずいた。「モルデカイ、準備はできている。」

これが間違いでないことを願うが…まあ、彼らはわかっているはずだ。今、最もしてはならないのは、仲間を疑うことだ。

彼は赤ん坊の頬に手をやり、その顔に毛布をかけた。辺りは再び暗くなり、二人は赤ん坊と共に言葉を交わさず、長い廊下を進んでいった。一歩一歩が次第に響き渡る。

父親の視線は、前方の廊下と揺りかごの中の息子の間を行き来した。ふと足を止め、頭を抱えた。

まただ…あの映像、あの声が…。

「近づかないで!」

彼女があんなに…取り乱しているのを見たのは初めてだ。怒っていたんじゃない、苦しんでいたんだ。彼女は今も苦しんでいる…。

モルデカイは同じく立ち止まり、待つように彼を見つめた。

「すまない。」父親は頭を振り、再び歩き出した。二人はついに一つの扉の前で立ち止まった。

「本当に決めたんだな?」若い声が確認するように尋ねた。

「ああ。」男は躊躇しながらも、相手の顔を見つめた。「間違いない。」

そう信じたい…

扉が開かれ、二人は大きなテーブルが中央に置かれた部屋に入り、向こう側にはいくつかのベッドが並んでいた。

ヒツシロの目には闇しか映らない。足音が響き、耳の奥で反響する。かすかなすすり泣きが聞こえ、頭は無力に左右へ揺れ、光を求めて彷徨う。

突然、足音が止まる。揺りかごがテーブルに置かれた。

「こちらへどうぞ」とモルデカイが男に促す。

「約束してくれ…」父親の声はかすかに震えていた。「大きく、強くなってくれ。」彼は揺りかごに身をかがめ、ヒツシロの頭に手をそっと置いた。「たくさん学びなさい。ダンシの言うことを聞いて、年長者たちの話から学ぶんだ、いいかい?愛しているよ、息子。いつだって君のそばにいるから…必要な時には、いつでも。」今にも声が途切れそうだ。

父親は寝台に横たわり、天井を見つめながら思索にふけっていた。しばし躊躇したが、モルデカイにうなずいてみせた。

数秒後、鋭い光が突然辺りを照らす。赤ん坊が泣き叫ぶ。その泣き声は廊下に響き渡り、まるで割れるガラスのような音を立てた。

羽音が部屋に響き渡る。優雅に白いフクロウが揺りかごの縁にとまり、かすかにそれを揺らす。そっとヒツシロの顔にかかった布をはがし、涙で潤んだ金色の瞳が、黒い印と共に輝いた。まもなく赤ん坊は笑い出し、小さな腕をフクロウに向けて伸ばした。

怯えたフクロウは跳び上がり、反対側の縁にとまる。だが、再び追い払われる。何度も縁から縁へと跳び、ヒツシロの笑い声はそのたびに大きくなる。

その遊びは、モルデカイがフクロウを追い払い、布を再び顔にかぶせることで中断された。

「その目はまだ、これを見るには早い。」

「ダダ?」とヒツシロが突然呟く。

若者は微笑み、揺りかごをテーブルから持ち上げた。

「初めての言葉だ!」と彼は喜び、意識を失ったままの父親に目を向けた。「でも、彼には届かなかったね。」

そう言ってヒツシロを抱えたまま部屋を出て行った。しばらくは足音だけが響き、それもやがて反響を失い、次第に湿った音に変わった。優しい風が彼らの周りをそっと吹き抜けた。

「無事だったようだな。」深い声と共に、長い白髪を後ろで結んだ男が建物の入り口にかかる橋の前で待っていた。ダンシ、ヒツシロの父の良き友である。

彼は慎重に揺りかごに手を伸ばし、ヒツシロを覗き込んだ。しかし、布を取ろうとした瞬間、モルデカイがそっと彼の手首を押さえた。

「まだ目を隠しておいてください。彼にはもう少し休息が必要です。」

ダンシはうなずき、手を引っ込めた。

「くれぐれも無茶はさせないように。そして無傷で私のところに連れてきてくれ、わかったな?」とダンシは笑いながら言った。

モルデカイもうなずいた。「彼が大人しくしていればね。」

そして二人は別れ、モルデカイは再び部屋に戻り、ダンシは揺りかごを持って小さな森の中を進んだ。

「お前の父親は本当に勇敢な男だ。でも、少し…頑固すぎるかな。お前はそんなところを見習わないでくれよ。」

ヒツシロは揺りかごの中で激しくもがき、腕を空中で振り回している。

「このうるさい毛布から解放してやりたいけど、安全のためには仕方がないな。」

数分が経過する。彼らの目の前には、小さく静かな村が広がり、ランタンが暖かい光を放っている。

村の中心には、長い髭と肩に垂れ下がる長髪を持つ男の数メートルにわたるブロンズ像が立っている。体には装飾が施され、胸を張った姿がこの村の不動の象徴となっている。ダンシは立ち止まり、数秒間その像を見つめた。

「もしあの人が時々もう少し考えを共有してくれれば、こちらも心配が少なくて済むのに。」

慎重にダンシはヒツシロの揺りかごを像の前に置き、その横に座り込む。考え込んだ表情で、彼はベストのポケットから何かを取り出す。小さなノートとペンだ。

「自分で世話をしてやりたいけど、それはそれで危険だってのは、あいつの言う通りだ。彼の計画だって、別に安心できるものじゃないけど……まぁ、あいつの子供なんだから、あいつの決めたことだ。」

不安が彼の心に忍び込み、揺りかごに目をやる。月明かりの下、村の景色がますます浮かび上がる中、ダンシはノートを再びポケットにしまった。

彼は立ち上がり、ヒツシロの揺りかごの前に最後に立った。

「お前の父親を信じてるよ。お前には、彼を信じるしか選択肢がないだろう。彼は確かに変わり者で、理解するのが難しいけど、彼はいつも何かを考えて決断してるんだ。」とダンシは呟いた。

「じゃあな、ヒツシロ。また大きくなったら会おう。」

ダンシがゆっくりと離れていくと、ヒツシロの動きも徐々に穏やかになる。ヒツシロは静かに満月を見つめ、顔にかかっていた毛布をさらに引き下ろす。彼の右目の下にあった印は消え、金色の輝きも薄れていった。

夜の闇の中で、ヒツシロの嬉しそうな笑い声と満足げな笑いが静寂を満たし、彼自身も像から目を離せなくなっていた。

10年後――現代

太陽が地平線の向こうに沈み、夜が始まろうとしている。像はすでに緑青に覆われていたが、その立ち姿は当時と変わらず堂々としている。

「おい、坊主!」見張りの声が朝の静けさを破る。

像を見上げていたヒツシロはすぐに跳び上がり、返事をした。「何もしてないってば。あんたたち、他にやることないの?」

「お前は店に近づくなって、よくわかってるだろうが。」見張りは苛立たしげに言い、彼に向かって歩み寄った。

「俺、店にはいってないよ。それとも、この像の人が何か売ってるって思う?」ヒツシロは像をからかうように指さして言った。

「さっさと行け。朝からこんなことに巻き込まれたくないんだ。」

「それなら同感だね。俺を放っておいてくれれば、お互いに平和だろう?」ヒツシロは手を差し出して提案した。

「そんなこと、何度も人を盗んだお前が考えるべきだったな。」見張りはそう言い、ヒツシロの背後に2人の見張りが現れた。

ヒツシロは緊張しながら見張りたちから数歩後ずさり、逃げる準備をする。

「さっさと逃げるのか?それとも、また捕まるか?」

「また?」ヒツシロは見張りの言葉に笑いながら答えた。「いつ俺を捕まえたって?走るにはお前ら年寄りすぎるんじゃない?」

「そうか?」別の見張りがヒツシロの背後から腕を掴み、彼を引き寄せた。

「おい!」ヒツシロは叫び、もがきながら叫んだ。「離せよ!」

見張りは嘲笑い、さらに彼の腕を強く握った。「お前は随分と生意気なガキだな。こんなに面倒ばかり起こさなければよかったのに。」

ヒツシロは暴れ、他の見張りたちが近づいてくるのを見ながら抗った。「俺は何もしてない!ただ像を見てただけだって!」彼は声を張り上げて抗議した。

「好奇心が過ぎると、身を滅ぼすことになるぞ。」もう一人の見張りが、ヒツシロの横に立ちながら呟いた。

ヒツシロは、3人の男たちに囲まれた瞬間、圧倒される感覚を覚えた。最後の力を振り絞って一気に警備兵の手から抜け出した。

電光石火で彼は警備兵の横を駆け抜ける。

「お前たち、遅すぎるぜ!」と、再び彼らを挑発する。「さっきの『好奇心は身を滅ぼす』ってやつ?見てる限り、お前たちが一番の問題だよ!」

迷わず、警備兵たちはヒツシロを追いかける。

「うおっ!」とヒツシロは焦りながら叫び、彼らの前を逃げ出す。「なんでこの像を見ちゃいけないんだ?そんなにまずいのかよ?」

イライラした様子で警備兵たちは彼を追いかける。「これは市の守られた財産だ。お前に汚させはしない。」

「でも、誰の像かすら知らないだろ!」とヒツシロは肩越しに素早く後ろを確認しながら、再び警備兵が後ろから来ないかを確かめ、角を曲がって駆け出す。「なんでそこまで気にするんだよ?」

「口が過ぎるぞ!これ以上やるなら、本当に厄介なことになるぞ!」と、警備兵の一人が息を切らしながら叫んで、追いかけ続ける。

「厄介?どんな厄介さ?お前たち、仕事が退屈すぎるだけだろ」とヒツシロは言い放つ。「ここには何もないから、目に見えたものを追いかけてるだけだろうが。」

「口の利き方に気をつけろ、坊主!」と、一人目の警備兵が息を切らしながら言う。

ヒツシロは何度も広場を駆け巡り、そのたびに像をじっくり眺める。

「一体ここで何があったんだ?お前たち、全然興味ないのか?何も知りたくないのかよ?」とヒツシロは呆れたように逆走したり、あちこち跳びはねたりする。

「俺たちの仕事は歴史を知ることじゃない。村を守ることだ、ガキどもからな。」

「子供相手に?」とヒツシロは呟き、像の周りを走り出す。「お前たち、仕事以外に何かやってんのかよ?自分の、そうだ、自分の人生とかさ。」

警備兵たちは鼻を鳴らし、彼を追い続ける。

本当に何も気にしないんだな。こんなつまらない生き方があるか?ただ仕事して、一日中何もしないで、家に帰って寝るだけなんて。そんなの退屈すぎるだろ。

突然、ヒツシロはスピードを上げ、近くの森に向かって一気に駆け込んだ。

「お前たち、遅すぎるぜ。明日また来るからな!じゃあな!」と叫び、すぐに茂みの中に消えていった。

警備兵たちは息を切らし、一斉に立ち止まる。「あのガキめ……」と、警備兵の一人が膝に手をつきながら呟く。

ヒツシロはすでに森の奥深くまで進んでおり、周囲を見渡して自分が迷ったことに気づいた。

またかよ。ここの森は本当に迷路みたいだな。次は、警備兵たちと正面から戦うべきだな。あいつら、2分走っただけでバテるんだ。武器を振るなんて無理に決まってる。

数分の間、石から石へ飛び移り、小さな池をいくつも越えていったが、出口は見つからなかった。

ずっと同じところを回ってる気がするな。どうやってここで道を見つければいいんだ?どこを見ても木と茂みと石ばかり……あれ、クマ?

突然、茂みの向こうから小さな唸り声が聞こえ、ヒツシロはすぐにその方向を見た。

なんでこんなところにクマが?しかも、子グマ?

茂みの奥には、小さな茶色の子グマが穏やかに眠っており、時折不器用に体を動かしていた。

うわ、かわいいな。でも、邪魔しないほうがいいな。俺も寝てるときに起こされたくないし

「おやすみ、クマさん!」とヒツシロはささやき、再び背を向けた。

すると突然、耳をつんざくようなうなり声が静寂を破り、その後には深く低い唸り声と、巨大な足が森の地面を踏みしめる鈍い音が続いた。

ヒツシロは振り向き、恐怖に固まってしまった。目の前には、怒りに満ちた瞳でこちらを見下ろす巨大な母熊が立ち上がっていた。

彼女はヒツシロの何倍もの大きさで、そのたくましい体が今にも彼に襲いかかりそうだ。

「い、いきなりどこから出てきたんだ?悪気はないんだ、ゆっくり寝てくれよ!」と彼は言い、両手を守るように前に出して呟いた。

慎重に一歩ずつ後退するが、クマもまた一歩こちらに近づく。ヒツシロに残された唯一の合理的な選択肢は一つしかなかった。

もうダメだ、こうなったら…

「走るしかない!」と彼は叫び、急に身を翻した。

彼は慌てて後ろ向きに走り出し、逃げ道を探した。

木、また木。どこも木ばかり?一体どこに逃げればいいんだ?なんでいつもこんな目に遭うんだ。クマに何もしてないのに。

彼は焦りながら辺りを見回し、茂みや石の間に一本の大きな木があるのを見つけた。

あれだ!

足が動く限り全力で走り、彼はその木の裏に隠れた。息を殺し、音に集中する。

もういない?何も聞こえない。たぶん、子供の元に戻ったんだろう。

ヒツシロは溜まっていた息を大きく吐き出した。

毎回ギリギリだな。

しかし、再び枝や葉が擦れ合う音が彼女の再来を告げる。母熊がその巨大な体で木に激しく突進してきた。

衝撃は凄まじく、木は砕け散り、ヒツシロも数メートル先まで吹き飛ばされた。

地面に激しく叩きつけられ、彼は苦痛にうめき声をあげた。

「くそっ、何が欲しいんだ、バカクマめ!俺はお前に何もしてないだろ!」と彼はクマに向かってうなり声をあげた。

母熊はすぐに彼に向かって襲いかかろうとするが、ヒツシロは四つん這いになって後退し、立ち上がろうとした。

怒りに任せて彼は母熊の鼻を思い切り蹴りつけた。

母熊は痛みで叫び声をあげ、ヒツシロから離れて身を引いた。

彼は喜びのあまり飛び跳ね、成功したことに歓声をあげた。

「だから逃げるべきだったんだよ、バカクマめ…」と誇らしげに言ったその瞬間、母熊がさらに怒り狂って再び彼に向き直った。

「やばい、喜んでる場合じゃなかったかも…」とヒツシロは小声で呟いた。「逃げろ!」と叫びながら再び走り出した。

ジグザグに走ってクマを巻こうとするが、母熊は次々と立ちふさがる木をなぎ倒して追いかけてくる。

森全体に激しい震動が響き、飛び散った枝がヒツシロに当たった。

あそこだ、穴がある!

最後の力を振り絞り、彼は全速力で岩に向かって走った。筋肉は疲労で焼けつくように痛んでいるが、母熊はすぐ背後に迫っている。

彼女の足音は止まることのない雷鳴のように轟き、ヒツシロはその息遣いを背中に感じた。

急げ、急げ、急げぇ!

彼は必死に穴に滑り込み、母熊が続こうとした瞬間、ドスンという音が響いた。だが彼女は大きすぎて中に入れない。

「お前、太りすぎだろ!」とヒツシロはまたしても挑発する。

母熊はその穴の前に座り込み、ヒツシロが観念して出てくるのを待っている。

ヒツシロは穴の中を見回したが、思ったよりずっと狭かった。

「もう少し快適にできたはずだ。クマは本当にずっと待ってるつもりなのか?」 「お前の子どもはどうする?もし何かあったら?行けよ、見てこい…あいつを、いや、彼を!」 だがクマは一歩も動かない。 「ふん!そのうちいなくなるだろう。」 イライラしたヒツシロはクマの尻をつつく。するとクマは爆発的に振り向き、彼に向かって吠えた。 「怒ってんのか?でかくて太ってるからここに来られないんだろ!」とヒツシロはさらに挑発する。 だが、数分がまるで何時間のように過ぎ、ヒツシロはだんだん退屈し、少し眠くなってきた。彼は地面を見つめ、指で土を弄り始める。 「今年こそ絶対に成功しなきゃ。ここに一生いるわけにはいかない。こんな退屈で、いつも同じことの繰り返しだ。まあ、ここで年を取ることすらできるかどうかもわからないけど。この島のバカどもは、どうせ俺が消えることを望んでる。だったら、逃げ出してやれば喜ばれるだろう。もう毎日同じことをして、人から逃げ回るのはうんざりだ。いつも同じ店、同じ連中が、同じ話題でケンカしてるんだ。」 失望したヒツシロは仰向けに倒れ、空を見上げた。 「もう臆病者みたいに振る舞うわけにはいかない。去年、船にこっそり乗る勇気があったなら、今ごろはどこか遠くに行けたはずだ。もしかしたら、あちこちがきらきらと輝く大きな城にいたかもしれない。それとも、まだ発見されていない、モンスターや奇妙な花がいっぱいの宝島に。でも、ひとつ確かなことがある。ここよりずっとワクワクする場所にいることは間違いない!」 考えれば考えるほど、ヒツシロの中に眠気が広がり、月がゆっくりと空に昇る。クマは相変わらず隠れ場所の前で見張りを続けている。 だが、その警戒も長くは続かず、数分後、クマは何の前触れもなく倒れ込んだ。静かに、地面に散らばった葉や枝がカサカサと音を立て始め、やがて足音がだんだんと大きくなっていく。月明かりに照らされ、一人の見知らぬ男が木の陰から姿を現した。彼の服装は森の緑色のチュニックに、土色の革のズボン。頭にはフードを被っており、その顔の大部分は隠れている。武器としては、背中に長弓を背負い、腰には矢筒と曲がった鋭い短剣を携えている。 まるで彼がそこにいることを知っているかのように、謎の男は驚くほど静かな歩調で少年の隠れ場所に近づいていく。クマはすでに深い眠りについている。謎の弓使いは、眠っているクマの首筋に刺さっている金属的に輝く物を取り、それを腰の袋にしまい込んだ。そして彼は少年の隠れ穴に身をかがめ、少年に手を伸ばす。ヒツシロは眠りに落ちる寸前だったが、誰かが自分を引きずり出そうとしているのに気づいた。ヒツシロは慌てて飛び起き、見知らぬ男の手を振り払おうとした。彼は蹴ったり、殴ったりして抵抗しようとするが、男の腕はどんどん近づいてくる。 「何が目的だ?お前は誰だ?」とヒツシロは、次第に大きくなる声で叫んだ。突然、男はヒツシロの腕を掴み、隠れ穴から引きずり出した。ヒツシロは噛みついて逃れようとするが、男は放さない。男はヒツシロの口と鼻に布を押し付け、ヒツシロの力は次第に弱まっていく。少年は必死に意識を保とうとしたが、眠気が彼を襲い、力尽きる。 「な、何をする気だ?放せ……」とヒツシロは囁いたが、すぐに眠りに落ちた。彼が最後に聞いた音は、茂みが揺れる音と、男の重い足音だった。 そしてすべてが静まり返った。クマの脅威は消えたが、新たな危険が、この見知らぬ弓使いによって生まれた。だが今度の危険には、ヒツシロはなすすべもないまま、無力に立ち向かうことになる。


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