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やってやろうじゃねえですか!

初めまして



 ザクッ、ザクッ


 押し固まった土にクワが入る音が森の中に消えていく。

 貼り着く黒髪、流れる汗。

 周りの森のおかげである程度の日光は防げているが、畑を作るために1部の森を整地した時、その日除け用の影も狭くしてしまった。

 だが畑の作業をこれ以上放置するのもダメ。

 1人森の中で作業する手を止め、視界の隅で赤く光る【気温上昇中】の字を見ながら思わず口から言葉が漏れる。


「…あっつい…しんどい……ゲームの中でもしんどい…うううううう」


 七世 結衣 高校1年生の春。

 好きな人がいる園芸部に入った結果。

 こんな状況に陥っている、可哀想なJKだ。





◇ ◇ ◇




 4月。

 桜の花びらが舞う朗らかな季節。

 視界がピンクに染る中、結衣は運命的な出会いを…した訳でもなく部活紹介の場で、ある1人の先輩に一目惚れをした。


 それは園芸部の演目の最中。

 スライドに映し出される色とりどりの花や野菜を前にみんなの頭が眠気に耐えられず下を向く中、結衣はある一点に視線を釘付けにされた。


 もしゃっとした茶色の天然パーマに優しげなタレ目。人あたりの良さそうな表情とセンスのいい丸メガネ。

 この日、結衣は初めて恋をしたのだ。


 そこからの展開はとても速かった。


 まず部活に入ることはさほど難しいことではなかった。

 結衣はそもそも知り合いのいない学校を選んで受験していたため、文化部を選ぶことに抵抗はなかったし、部活に入らなければならない高校だったため、不自然ではなかったのである。

 ……さすがの結衣でも文化部、それも園芸部に入るのはまあ抵抗があったのだが。


 勢いそのままに、園芸部の部室へと駆け込む。

 なにやら書類に何か書いているモジャヘアーの先輩目掛け、結衣は入部届けを繰り出した。


「こんにちは!はじめまして!七世結衣って言います!これ!入部届けです!これからよろしくお願いします!」


「うぇっ?!あっはいはじめましてはい…あれ?ここ園芸部ですよ…?」


 まず、この状況を客観的に整理しよう。

 育ってきている花の記録を律儀に書類に残している部長の元へとギャルが突っ込んできて、何故か入部届けを出してきた。

 そう。七世結衣のビジュアルを一言で表すのならば『ギャル』という言葉が1番合うのだ。

 少し釣り気味な目とこぶりな鼻、リップをひいてある唇。

 日焼け止めの匂いを漂わせる白い肌とサイドテールに結った金髪、入学直後と言ってもいい時期にもかかわらず短く折ってあるミニスカート。

 とてもじゃないが、このような埃っぽい場所にいる見た目では無い。

 要はこうだ。ギャルが一目惚れしたのが明らかにオタクな先輩で、それ目当てに園芸部に入ろうとした結果、入部を信じられないと割と失礼なことを言われているわけである。

 

「園芸部に入部しに来たんです!名前なんて言うんですか!」


「……えっ?!あっ…名前は森戸 旬です。そ、そうですか。園芸部に入部希望ですか。部活説明の時に説明しましたが、うちは部員が3人しかいません。2年生の僕を入れてあと2人います」


 当然の話ではあるが、先輩。旬先輩以外にも部員がいるらしい。なんか悔しい結衣だが、そんな感情を表に出す訳にも行かず、続く説明に耳を傾ける。


「ここにいるみんな、植物のことが好きです。ここまではいいですか?」


「はい」


「………正直に言いますね。僕にはあなたが植物が好きだと思えないんです」


 ズバッという音が聞こえた気がした。


 いや、直接的すぎる。この場に第三者がいたのならば、この言葉が口からとび出ていただろう。このオタクただのオタクじゃないぞという声も出ていたかもしれない。

 たしかに、たしかに結衣は植物に関して感情を持ったことが少ない。きれいーとか、この雑草邪魔だなーとかしか考えたことがない。

 嫌いでもないが、好きと言える要素が少なすぎる。

 そんな考えが表情に出ていたのか、定かでは無いが森戸は畏まりながら、続けて言った。


「…いえ、これはただの偏見ですね。すみません。あんまりなことを言いました」


「あー。いや、あんまり間違ってないですよ。植物なんて宿題以外で育てたことないですし、嫌いでも好きでもないです」


「…そう、ですか……」


「入部しちゃ…ダメですか…」


「いえ!全然!入っていいですよ!!」


「は?」


 何やらおかしい雰囲気が二人の間を流れる。

 好きじゃないなら入部するなと言うような雰囲気ではなかったのか。

 剣呑な雰囲気で威圧してただろうが。


「あー、別に好き嫌いはどうでもいいんですよ」


「え?」


「極論を言うなら育てた草花を踏み荒らさない人なら大歓迎です。これから好きになってくれればいいですしね」


「い、いいんですか…?」


「もちろんです!ただ、ほかのふたりが問題なんですよね…」


「他の先輩ですか?」


「ええ。結衣さんとはタイプが真逆に見えますから…畑を作れぐらいは言われるかもしれませんね」


「あははっ!旬先輩って冗談言うんですね!」


「さすがにありませんか!はははっ!」



※畑を作ることになります。





◇◇◇


 入部届けが正式に受理され、結衣は正式に園芸部に入部した。

 部長である森戸が主導で行ってくれたためとてもスムーズにことが進んだ。

 だが結衣が部活見学をすっ飛ばして入部した影響か何をしたらいいかわからず、はてなマークを浮かべているとそもそも教えるつもりだったのか、森戸は結衣を伴って部室を出た。



「失礼します。2年3組の森戸旬です。園芸室の鍵を借りに来ました」


 森戸が結衣と来たのは職員室だった。

 園芸部が草花を育てるのに使う専用の部屋の鍵を借りに来たという。


「おお、森戸。どうした。見学が来たのか?」


 出迎えたのはコーヒーが入ったマグカップを片手に書類を眺めている女の先生だった。


「いえ、相良先生。見学者じゃなくて新入部員です」


「…ん?は?先生聞いてないよ?顧問なのに聞いてないよ?」


「先生虫苦手だって言ってあんまり来ないじゃないですか。吉義先生に言って受理してもらいましたよ」


「な、なにぃ?!顧問を差し置いて副顧問を頼るだとぉ?!」


「いやまあ、部室に1番近いクラスの担任してる人ですし」


 なにやら談笑している様子。

 職員室に入ったすぐのところで立ち尽くしている結衣に森戸が気づき、園芸部の顧問、相良 明子先生に紹介し始めた。


「先生。彼女が新入部員です」


「よ、よろしくお願いします。七世 結衣です」


「おお、よろしく〜…相良 明子だ。って君、園芸できるのかい?虫いっぱい出るぞ?」


「あ〜…まあ、やってみなきゃわかんないって感じです。文化部自体はじめてなので」


「ほう。聞いてみたいんだが、なんで園芸部なんだ?君ならダンス部とか似合いそうだが」


 ここ、礼園高校は部活に力を入れていて必ずどこかの部活に入部しなければならない。

 その部活も凄まじい数でここならやりたいことが見つかるとまで言われている。


「ダンスなら中学までやってたんですけど、高校からは文化部に入りたいなって思って」


 さすがに好みどストライクの先輩がいるからと、言うわけにもいかず当たり障りのない回答をする。


「ほうほう。なるほど。了解。把握した。これからよろしくな」


「よろしくお願いします!」


「おっと忘れてた。園芸室の鍵だが、アイツらが勝手に持っていったぞ。注意しといてくれよ?部長さま」


「いやいや、先生が注意してくださいよ。先生なんですから」


「私は仕事があるから無理ー」


 そう言って書類を眺め出す相良先生。

 やり取りからの想像でしかないが、結衣の脳裏では傍若無人な先輩が鍵を奪い取っていく想像が出来上がっていた。




◇◇◇



 園芸室、礼園高校の広い敷地の隅にある園芸部が使う専用の場所で、外から見た限りだと教室5つ分の広さ、大きさはあるように思える。


「うっ…わぁー…大きい…」


「あはは、そうでしょ。3人しかいない部活が使うには大きいよねー」


 そう。3人しかいない部活がこの大きさの専用の部屋、いや施設を持つのは正直言って異常だった。


「じつは、僕らの先輩の人数が多くてね。元々園芸部には25人も部員がいたんだよ?」


「えっ!多い!」


「そう。だから園芸室も新設された時に大きくなったんだけど……僕というよりもほかのふたりが熱心でね。スペースが足りなくなってきてるんだよ。おかしいよね」


「お、おかしいですよ。こんな大きいのに」


「先輩たちが残していった草花も育ててるんだけど、それでも新しい植物が増えてるから、凄いよねー。じゃあ入ろうか」


「わ、わかりました」


 中に入る。

 すると独特の空気感というか、湿気というか。

 とにかく外とは違う空気を結衣は感じた。


「ジメジメしてるでしょ」


「え?まあ…」


「入口に湿気が必要な植物が集中しててね。僕はやめて欲しいとは言ったんだけど、『植物園は別世界である必要がある』って聞かなくて」


「え、ここ湿気とか温度とか部屋ごとに違ったりするんですか?」


「もちろん。部屋ごとに区切って湿気、気温、土の中の栄養も機械がコントロールしてるんだよ。と言っても、それは去年までで、環境設定にまで手を出し始めちゃってね…」


「……一から新しい植物を作りたいと?」


「え?!なんでわかったの?すごいね〜。最近は品種改良にこりはじめちゃってねー。言っても止まらないんだよ」


 品種改良のために機械からコントロールを奪ったらしい。

 とんでもない人がいるものである。


 雑談もそこまでに、森戸は部屋をいくつか通り過ぎ目的の部屋に着いたようで、ドアをノックする。


コンコン。


 すると部屋の中から、「入っていい」という女性の声が聞こえてくる。

 

「失礼するよ」


「遅いわよ。最近やっと進展があったって言うのに………だれ?」


 部屋の中に入ると、そこは資料室と言っても納得できるほどに紙束が置いてあり紙を保護するためか、カーテンは締め切られている。


 部屋の中にいたのは、黒髪黒目の清潔感漂う見た目に白衣を羽織っている女性だった。

 睨みつけるようにギャルギャルしい見た目の結衣を見る。

 たしかに金髪サイドテールは園芸部には似つかわしくないかもしれない、と結衣が考えていると目の前の女性は溜息をつきながら森戸に言う。


「…見学?悪いけどあなたじゃ少し厳しいんじゃないかしら。この施設見てもこの部活にいれると思って?」


「あ、見学者じゃないです。新入部員です」


「は?」


「うん。入部届けはもう受理されてるよ」

 

「誰の許しがあってッ!」


「僕でぇ〜す」


「旬!!」


 どこか殺伐としながら楽しげな雰囲気が漂う応酬に結衣は割り込んでいいものか、と思うがそもそも会話を振られていないことに気づき黙っていることにした。


「そうは言っても、部活に部員は必要でしょ?あくまで学校の一員なんだから。研究機関でもなんでもないんだよ?」


「別に私は部員が必要ないとは言ってないわ!!でも選ぶ権利はあるのではなくて?!なんでよりによってこんなに頭が弱そうな女なのよ!!」


 話の矛先が結衣に向いたようである。話というか暴言だが。

 言われたままでは終わらない。それが結衣のギャルクオリティだ。


「アタシ。植物はあんまり知らないですけど勉強は得意ですよ」


「…はぁ…なによいきなり」


「いえ、見た目でしか判断できない偉大な先輩に言っておきたくて」



ブチン


 なにかがキレた音をたしかに結衣は聞いた気がした。

 それにしたってわかり易すぎである。


「あなた。言うじゃないの…そう。あなたがこの部活に相応しいって『あなたが』思うなら!畑のひとつでも作ってみなさいな!!ええ!!私に喧嘩売るぐらいならやってみなさいよ!!勉強が得意なら独学で十分よねぇ!優秀な新入部員さん?!」


「え?あの。せんぱ」


「ちょ!川田?!畑作れ!って言ったってこの子は勉強得意って言っただけだぞ!」


「これは入部試験よ!これが出来なきゃこの部活ではやってけないわ!!」


「話を聞け!」


 森戸が温和な印象と全く真逆の言葉を川田と呼ばれた女性に投げかけるがヒートアップした川田は止まらない。

 だが、それを真正面から受け止めたのは結衣だった。


「やってやろうじゃねぇですか!!これで畑作れたら入部させてくださいね!!」


「いいでしょう!畑で野菜が収穫出来た暁にはあなたを正式に認めるわ!!」


 なんだかいい感じに話がまとまりそうな刹那、森戸のメガネの縁がキラリと光った。


「座って」


「なによ!」

「なんですか?!」


「座って。2人とも」


「「………」」


「なんで私まで」と川田は思い、

「好きな人に説教された…ほぼ初対面なのに」と結衣は打ちひしがれた。




◇ ◇ ◇


 説教が終わり、陽も山の稜線に差し掛かった時刻。

 核心に迫るべく森戸が口火を切る。


「…第一、土地はどうするんだ。畑を作るんだろう」


「「あ」」


「はぁ…いくら園芸部が大きかったからって、今のこの人数じゃ欲しい土地も貰えやしない。いくらこの高校が寛容でもね」


「ぐ、ぐぅ」


「あ、ぐうの音でた」


「うっさいわね!!土地?!そんなの私が」


「その話聞かせてもらったよォ!!」


 ドガァンという音を立ててドアが叩き開く。

 まとめられていなかった書類が風の煽りを受け舞い散る中、茶髪黒目の暫定先輩は言う。


「勝負のための土地がない?!あるさ!ここに!!」


 そう言い掲げるように突き出した代物はなにかのゴーグルのようだった。

 結衣はスキーに行ったことがあるから分かるが、あれはスキーに使う代物ではない。

 視界を確保するための場所はプラスチックで埋め尽くされ、視認性が悪いどころか見えすらしないだろうことがわかる。


「えっと…だれ」


「三重 木実って言います!木実先輩って呼んでねぇ!」


「アッハイ」


「……木実。あんたこのばらまかれた書類どうすんのよ」


「このゴーグル!なんだと思う?!はい!旬くん!」


「…それ最近発売されてたVRゴーグルですか?」


「正解です!ゲーム業界に革命を起こしたフルダイブ型のVRゴーグルです!」



 フルダイブのVR。

 仮想現実と銘打たれたソレはアニメや小説などでジャンルとして確立され人々に愛されてきた。

 その不可能とまで言われた仮想現実は優秀な科学者たちに開発され、ついに市販されることになった。


「ちょっと、ゲームで畑がどうにかなるなんて言わないわよね」


「なります!」


「…」


 植物に対する熱情を良くも悪くもさっきの一瞬で知った結衣は川田からまた雷が飛ぶのでは、と勝手に戦々恐々としていたが次に出たのは意外な言葉だった。


「詳しく話しなさい」


「はい!あんまりグダグダ言うのもあれなんで単刀直入に言いますね!先日発売された『ゲートイデア・オンライン』内で農業をすることができるんです!そこで畑を作りましょう!」


「…ふむ。機械がアシストしちゃうんじゃない?」


「アシストを切ってプレイすることも可能です!というか現実と同じように動けるので器具さえ揃えば直ぐに農業を始められます!」


「…そう。そうなの…」



 その言葉を受け、なにか思ったのか川田は結衣に向き直り尋ねる。


「あなた。名前は?」


「七世結衣です」


「そう。七世。やる気はあるかしら」


「あります!」


「…じゃあゲートイデア・オンラインで畑を作ってみなさい。完成したら報告。完成した畑を私たち3人で評価します。それまでこの園芸施設に入ることは許しません」


「…川田「わかりました」七世さん?」


「やらせてください。作ってみせます」


 3人の先輩を真っ直ぐ見すえ、自信を感じさせる声音で言う。

 蛍光灯が発する光に照らされながら、約束は成された。


 その後、VRゴーグルは部費から購入されたものであることが発覚し三重はこってり絞られた。

 だがゲームソフト、ゴーグルは森戸の判断で結衣に渡り入部大騒動はつつがなくイベントを進めることになったのだった。


読んでいただきありがとうございます。


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