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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
8/17

運命の歯車、ひとつの出会い

「飛行術の授業で箒を暴走させてた」


「あれはたぶん1年生だな」


「誰かが風魔法でその生徒を助けたみたいだ」


「救護室に運ばれていくのを見た」



今日の講義が終わった後、いつものように救護室へと向かうあたしの耳に届いた言葉。


“ありえない”と思った。その次に“なんで”

なんであたしがソコにいないのにソレが起きちゃうのよー!?






この世界は乙女ゲームの世界のはずだ。

『女神の宝石』シリーズと銘打たれたいくつかの作品の中で、特に好きだったのが【光の女神とサファイアの秘密】


主人公──ヒロインはデフォルトネーム:リリィ。幼い頃に何らかの事件に巻き込まれたかなんかでそれまでの記憶が無いまま孤児院で育った女の子。魔力があるのならそれまでに発現すると云われてる15歳の直前に光属性という稀有な魔法を発現したという設定。ぶっちゃけたことを言えば、後々ヒロインが聖女とか呼ばれそうだと推測できるようなよくありそうなもの。

それだけだったならあたしは友達に勧められるままに小説を読んだ後、わざわざゲームを買ってまでプレイすることは無かっただろう。それくらい好きになった作品だった。


神話時代からはじまる幻想的なプロローグ。裏付けされて深みのある世界観。そこから現代へと繋がる物語はすごいなんてものじゃない。

特にキャラクター達のモチーフになった宝石の表現が素敵で、石言葉を調べてみたりもした。

美麗としか言えない好みど真ん中のイラスト。そしてやっぱり注目すべきは魅力あふれる攻略対象キャラ達!



太陽のように輝く黄金の髪と瞳

得意な魔法は雷属性

文武両道才色兼備を地でいく、たまにちょっと俺様なところがカッコいい!

インペリアルトパーズがモチーフの皇太子

〘ルーカス・アクアフォレスト〙


涼しげな水色の髪、青緑色の瞳

得意な魔法は水……というよりは氷属性かな?

知的クールな学年首席の優等生、かと思いきやその素顔はちょっと天然だったり

ブルーオパールがモチーフの宰相の息子

〘ユリウス・ファーマー〙


新緑のような緑の髪、あたたかみのある緑の瞳

得意な魔法は木属性

穏やかで優しげな顔に隠された調子の良いヤンチャ系

ジェダイドがモチーフの伯爵家の双子の兄

〘アラン・ウッドヴィル〙


若葉のような緑の髪、ちょっとくすんだ緑の瞳

得意な魔法は風属性

どこか危なっかしくて放っておけない、生意気で素直じゃないツンデレ

ネフライトがモチーフの伯爵家の双子の弟

〘アレン・ウッドヴィル〙


赤みのある茶髪、貼りつけられた笑顔

得意な魔法は土属性(?)、絶対これなんかある!と思わせる表記がズルすぎた

神出鬼没で存在そのものがミステリアス、なのになぜか色々なところで助けてくれる不思議な先輩

オレンジガーネットがモチーフの謎めいた人物

〘テオドール・カーティス〙



残念ながらテオ先輩だけいっさい攻略できてないまま終わってしまったけどね。まだやれてないルートとかの全員分のスチルとか回収したかったなぁ……


“前世”と言っていいのかはわからない。だって死んだ自覚は無いんだもん。召喚系異世界トリップは顔が変わっちゃってるから違うにしても、転生トリップなのか、人格が交換しちゃったのか、憑依しちゃったのかもしれないけど、頭の悪いあたしが考えたってムダムダ。

今のあたしにわかるのはこれが寝てるあたしの見てるただの夢だったとするなら、ありえない事ばかりが起こってることだけ。それこそ単純に頬をつねった時の痛みとかね。


■■■■(ココに来る前の名前)はまるでモヤがかかったように思い出せない。覚えてるのはごく普通の中学生だったってことと、この世界によく似た乙女ゲームのこと。そして“前のこと”を覚えてない代わりにあったのが“リリィとして15年間生きてきた記憶”だった。


ゲームの舞台となった国の名前は『アクアフォレスト』だったし、ヒロインが15歳になって通うことになった学園の名前も総合魔導学園『セレスブライト』だった。

リリィの名前自体はそんなに珍しくは無いにしても、育った孤児院の名前だって、小説でちょこっと出てきたマザーやシスター達の名前だって同じ。

そして極めつけは15歳の誕生会(孤児院では春夏秋冬の4回に分けて行われてて、リリィは春だった)の前日、魔獣に襲われた時に発現した光魔法だ。無意識に放った『浄化の光』により魔獣は沈黙、気を失って目が覚めたリリィの中には“あたし”がいた



──え、これって乙女ゲームのヒロインじゃない!?



わかってる情報を整理した後、びっくりしすぎてつい叫んじゃったのは許してほしい。誰かに聞かれてたら魔獣に襲われたせいで頭がおかしくなったとか思われてたよね……あぶないあぶない。


っていうかそもそもあたしがヒロインってのが解釈違いなんだけどね!!なんであたしがリリィなの!?ヒロインになりたいなんてお花畑思考してないよ!?そりゃ乙女ゲームは好きだったけど、自己投影型じゃなくて第三者観測型だったもん!リアルでだって恋愛したことないのにー!!


鏡にうつる容姿はゲームのまま。孤児院ではなかなか石鹸でしっかり髪を洗ったりできなかったから気付かれなかったけど、ふわふわの癖毛は薄い茶髪がありふれた世界では珍しい金色。このアクアブルーの瞳はタイトルのサファイアがモチーフとされてたんだっけ?たしか

あたしを取り巻く環境の何もかもが、あのゲームのヒロインの立ち位置にいることを示していた。

ちょっと変なのはゲームだと魔獣に襲われたからじゃなくて、怪我をして蹲ってた赤い目の男の子(?)を助けようとして〜〜だったと思うんだけど、あたしがリリィの中にいるせいで狂ったのかもしれない。


学園に入学したらしたで、本来1個上だったはずの皇太子様が同級生だったりもして、これまたあれ?とは思ったけど、次の年──つまり今年の新入生に光属性持ちの子はいなかったから、やっぱりあたしがヒロインの立ち位置で間違い無いんだと思う。ルーカス様とのはじめての出会いとか、ユリウス様が光魔法の練習の場として救護室の先生に話をつけてくれたりとか、ストーリーのまんまだったし。


今回の事件だって、本来ならリリィが慣れない箒のコントロールをミスって暴走したのを、同級生で風魔法が得意なアレンくんが助けてくれるという確定ストーリーだ。抱きとめる時の一瞬だけ小柄なツンデレにお姫様抱っこみたいにしてもらえるっていうレア中のレアスチルではあるけど、「これ下手したら2人共あぶないやつじゃない?」「教師なにしてんの?」とか賛否両論あったやつでもある。だけどココではあたしはアレンくんと同級生じゃないで1個上だから起こらないと思ってたのになぁ!!


なんで全部がストーリーそのままじゃないのかはわかんないけど、まぁいっか!って軽く考えることにする!どうせ何もできないし、できるとしたって何も思いつかないもん!






みっともないだとか言われるのも承知で、パタパタと廊下を駆け出す。ストーリー上だとリリィを庇ったせいでアレンくんは怪我をする。それを光魔法で治すことで、リリィの属性が学園の生徒達に広まるきっかけになっていた。つまりそのイベントが高位貴族が多い攻略対象者達に興味を持ってもらうためのもの。まぁ、あたしは1年はやくこの学園にいたせいで、治癒魔法も別の生徒相手にやっちゃってるし、光属性のことはとっくに知られてるんだけどね。

ゲーム通りに皇子達に目をかけてもらってる代わりに生徒会の雑務を引き受けたり、救護室で治療の手伝いなんかもさせてもらえてるわけだし、怪我人がいるかもしれないならやれることはやらないと!


よし!と気合を入れ直したところで、外からドォオオーンと聞こえてきた、空気を揺らすような大きな音に心臓が止まりそうになった。



「(だって、あたしはそんなの知らない)」



足が止まる。こんなイベントゲームには無かった。



「(ナニ、コレ?)」



運動場から上がる土煙のようなモクモク。窓に張り付くように外を見る生徒達。ガヤガヤと騒がしい外の喧騒を恐いと思った。
















「おい!アンタはやく行った方がいいんじゃないのか!?」



どれだけの時間をそうしていたのか、名も知らぬ男の子の声にハッとさせられた。怪我人が出たならきっと救護室に運ばれてくる。

あの爆発音だ。水属性でも治癒はあるけど、あれは自然治癒力の促進。酷い火傷や損傷とかを治せるのは光属性のあたしだけ。

早く行かなきゃ、そんな焦りとこの広い学舎の最後の曲がり角に気が緩んだのだろう。前方不注意で突然現れた人影。

咄嗟に壁に手をついたものの、殺しきれない勢いに「ぶつかる!?」とつい目を瞑って身構えた。


だけど来るはずの衝撃は無い。



「(た、助かった?)」



恐る恐る閉じていた瞳を開くと、そこにいた顔にびっくりして思わず声を荒げちゃったのは失敗。



「黒白主従!?」



やばいと思ってバチンと勢いよく手で口を抑えたところでもう遅い。一度口に出した言葉は戻らない。

瞬間向けられた緋色の鋭い視線。苛烈さを秘めた瞳に「ひっ」と短い悲鳴を上げる。

だって、黒曜石のような艷やかで美しい黒髪にピジョンブラッドとかいう最高級のルビーに似た瞳の持ち主なんて、この世界には1人しかいない。


【光の女神とサファイアの秘密】における悪役令嬢

〘ローザマリア・ナイトレイ〙


“厄災の炎”と“邪悪な闇”の魔法をその身に宿していると畏怖されていた彼女の第一印象は、堂々としていて気品もあって、他者を寄せ付けない雰囲気を持った美貌の麗人。

特にモチーフは名言されてなかったけど、ルビーかインカローズか、もしくはオブシディアンかな?って考察がされてたくらいには人気だったキャラクター。

他のだと傲慢だったり強欲で我儘放題な悪役令嬢が多くいる中で、このシリーズの悪役令嬢達はみんな聡明なライバルって感じだったから余計に


あたしは嫌いだったけどね。侯爵令嬢として権力も魔力も持っていた彼女は、闇色のお姫様っていう綺麗な第一印象とは裏腹にとても陰湿で狡猾で、他人を使ってリリィに意地悪したりするんだもん。


直接身体を傷つけるようなのはなかったけど、だからこそ精神的にキツイというか……。例えば、ヒソヒソした陰口とか筆記用具が壊されたりとか、だいぶエグい描写だった。

気づいた攻略対象キャラが首謀者だろう彼女に抗議し諌めても、「その程度のことご自分で解決できないのでしたら、この先生きていけませんわよ」と知らぬ存ぜぬを通り越して、知っていますけどそれが何か?って感じで悪辣的に言い返してくる様にはコンニャロウ!ってなった記憶もある。

他にも気に入らない人を脅したり、圧力をかけて退学に追い込んだとか、質の良い魔石を買い占めて力の弱い生徒から金品を搾取してるとか、ルールの穴をついて不正を行った”だとかいう噂もあった酷い人。

しかも最終的には……ダメだ思い出すだけで胸糞悪い。


そしてそんな悪役令嬢の忠実なる従者(しもべ)

〘リオネル〙


彼についてはまだほとんど語られてはいなかったからわからない。

ひとつ言えるのは容姿の色に属性が現れるこの世界において、髪色が白銀の彼は魔法が使えないってこと。そのせいか生徒ではなく聴講生っていう立場にしかなれなかったとかで、平民のリリィとは別な感じで他の生徒達に馬鹿にされてたりする描写があったのを覚えてる。年齢としては1つ上なのに、歳下の悪役令嬢に奴隷のように使われてるかわいそうなキャラだとかなんとか言われてた人。


そんな2人が、今目の前にいる。しかも気が立ってるというか近寄りがたい雰囲気がバチバチで


コツリと響く靴音、サラリと揺れた銀色の髪からのぞく凍てつく氷のようなブルーグレーが見えた瞬間、



「ぶつかりそうになってすみませんでしたー!!」



あまりの恐怖にガバっと頭を下げて一目散に逃げ出したあたしは悪くない……たぶん。

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