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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
7/17

厄介な偏見、貼られたレッテル

本来であれば、護衛の危機に護衛対象が駆けつけるなんてことは起きてはならない。許されないことではあるが、リオンとわたくしであるからこそ黙認される事象とも言えよう。


わらわらと集まる野次馬の頭上を、文字通り箒で飛び越えた先にあった光景に目の奥が熱くなる。

リオンの焼け焦げた衣服、爆発の衝撃で気を失った男と尻もちをついたままの情けなくも呆然としている数人の男達。

何があったかなんて明白。リオンに魔法が向けられた。それだけわかっていれば充分。それだけがわたくしにとっては重要なこと。



「リオン、無事ね?」


「はい。おかげさまで怪我も無いかと」


「そう、なら良かった」



ペタリと少しばかり煤けた頬を撫でて、壊れてしまった耳飾りを手に取る。リオンに与えていた護符はちゃんと身代わりを果たしてくれたらしい。この爆発は護符が壊れたせいだけれど、それがなければ黒焦げになっていたのはリオンの方だった。

火傷による二次被害を防止するために、魔法で水を霧状にして噴霧する。目に入ったところでただの水だが、念の為にと目を瞑ってわたくしがすることを受け入れてくれる信頼が少しくすぐったい。


焼け焦げた服の繊維が皮膚に張り付いてしまっていないことを確認しながら、慎重にシャツのボタンをはずしていく。そんなの侯爵令嬢の仕事じゃないと非難する者もいるでしょうが、逆にこの状況で誰にならリオンを任せられるというのかしら?これはそういう話。


今回は護れた。でもそれだって“絶対”ではない。

この場に残る炎の残滓が使用された魔法の威力を物語っていた。脅しであるはずがない、明確な悪意……殺意にも等しい所業。

平和なはずの学園で、そんなものが向けられる可能性なんて考えもしなかった自分が腹立たしい。「どこで何があるかわからないから念の為の御守り」だなんて、無いことを前提にしていた言葉。

『白』(リオネル)の生きる世界はこんなにも厳しいものなのだと、まざまざと突きつけられた気がした。



「あーあ、服がボロボロ。結構良いやつだったのになぁ」


「そのくらい買ってあげるわよ。動きやすくて丈夫なもの、でしょう?」


「さすがお嬢様。よろしくお願いしまーす」



じわりと滲んだ視界。焦燥感に表情が取り繕え無くなっているわたくしを察してか、おどけて茶化すようなことを言う。まったくもってわざとらしい。でも、そういうところがリオンらしくて、なんだか安心する。


あぁ、もちろんタダでは買ってあげないわ。あなたに似合う一品を見立ててあげるから、着せ替え人形になる覚悟をすることね。


幸いにも被害は服だけ。見た目が酷かっただけで、自己申告通り肌に傷は無さそう。

流石にこんな運動場のど真ん中で、下まで確認するわけにはいかないから「場所を移しましょう」と立ち上がると、野次馬のざわつきがいっそう酷くなった。

講師が戻って来たなら、犯人の処遇を任せられるのだが……なんだか嫌な予感がした。


聞こえてきた「退け!」「そこを通せ!」等々の低めのよく通る声は、耳馴染みこそないもののこの学園で知らない者などいない。

野次馬な生徒達を押し退けて現れた金色の髪。嫌な予感的中。

チッと小さく聞こえた舌打ちは、あまりお行儀が良いとは言えないけれど、まるでわたくしの心の代弁ね。ムスッとした顔で不機嫌さを隠さないリオンをなだめるためにぽんっと背中を一撫でする。



「ここは私に任せてもらおう!」



その堂々たる佇まいは、まるで正義感の擬人化。

陰謀渦巻く貴族社会の頂点に位置する皇族の中で、これほど清廉潔白で勧善懲悪という言葉が似合う人間も居まい。だからこそ清濁併せ呑むことを知っているわたくしを……なんて中枢の大人達が考えるのもわからないわけではないわ。


そもそもナイトレイ侯爵家の1人娘でもあるわたくしに、次期皇妃として皇宮へあがるという話が出ること自体、大人達の思惑が交錯しているのだと察するに余りある。特にお父様の後妻として己の娘を送り込みたいと考える家のいくつかは、わたくしの耳にも入っていた。その者達にとってわたくしの存在は邪魔なのだ。そういう点でも後継者問題は面倒くさい。

他家がどのような魂胆であろうと、わたくしはお父様の決定に従うのみ。

とはいえ、残念ながらわたくしと殿下の相性の悪さだけはどうしようもないのだけど……。


爆発の大きさを明示するような地面の損傷、撒き散らされた“火魔法”の残滓。そしてその爆心地には“緋色”の瞳を持つわたくしとほぼ“無傷”のリオン。少し離れたところにはボロボロで気を失った男。

これが何を示すのか、他人にどのような印象を与えるか、殿下がこの状況を見てどのように推測をされるのか、わたくしには手に取るようにわかる。



「ローザマリア・ナイトレイ!貴様、何をした!?」



ほら。この場を見た彼──ルーカス・アクアフォレスト皇子の開口一番がこれよ。確かにこの爆発はわたくしのせいでもある。それが間違っていなかったとしても、その見解も態度も正しいものでは無いわ。



「まぁ!この場で何があったのかを訊きもなさらないで、わたくしを悪と断じるだなんて……流石は殿下。素晴らしいご慧眼ですわね」


「っ、私を馬鹿にしてるのか!」


「あらあら、そんなに大きな声をださらないでくださいませ。流石、と申しましたでしょう?」


「んなっ!」



悔しそうに眉をひそめる殿下。唇を固く引き結んで、息も止めているのか顔が赤くなっていく。

嫌われているのは知っているし、だからこそ煽るような言い方をしたのもわたくしだけれど……こうも簡単に平静さを失ってくれると逆に心配になるというもの。


だがここで折れるわけにはいかない。わたくしにも譲れないものはある。こればかりは己の矜持をかけて曲げられない。

睨み合いの膠着状態、進展の無さにどうしたものかと途方にくれたところで一筋の光明。



「やめろルーカス、お前らしくもない。分が悪いのはこちらだ」


「だがユリウス!」


「相手が火魔法が得意な彼女であろうと決めつけはよくない。わかっているだろう?生徒会長だろうと皇子だろうと為政者に求められるのは公平性。一時の感情でのみで裁定を下すというのなら、独裁者と誹られるのはお前だ。暴君になりたいと言うなら俺もこれ以上は止めないが……」


「ぅ、ぐ」


「事情も聞かずに申し訳なかった。ローザマリア嬢、ここは一旦引いてはもらえないか?」



殿下とのやり取りをサクッと終わらせ、くるりと向きなおると真摯な表情で一度下げられた頭。頭頂部にまとめられた鮮やかな水色の髪がなびく。凛として涼しげな雰囲気を持つ青緑色の瞳が真っ直ぐに見つめてくる。


ユリウス・ファーマー


現宰相殿の御子息で、殿下の幼馴染。生徒会では副会長を務める公私ともに補佐を任せられている人物。



「リオネル殿にも治療が必要だろう」



わたくしの情に訴える言葉を選ぶところがまた小賢しいというか、ずる賢いというか。その巧妙な口車に乗って差し上げましょう。

左手を胸に当て、右手の指先でスカートをつまむ。優雅に見える動作で軽く一礼をすることで相手に敬意をはらう。



「迅速な調査かつ公正な判断をお願いいたします」


「約束する。そのためにも後程話を聞かせてもらう。異論は無いな?」


「はい。それが事件解決のためであるのならば、一生徒として拒む理由はありませんわ」



言外にただの好奇心であるならば応じることはないと示すことは忘れない。努めて優しげな微笑みを浮かべれば、「冷酷だ」「感情が欠如している」などと噂の無表情がヒクリと引きつったように見えた。

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