表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
5/17

日常と非日常の境界

講義は基本的に1コマが90分で行われる。

わたくしが所属するクラスは、Lクラス(ロイヤルクラス)──通称:ルーチェと呼ばれる。クラス分け試験での成績上位者、20名から成る特別クラスだ。

1クラスあたり約40人のGクラス(ジェネラルクラス)──通称:グランドと比べてもその差は歴然。


あぁ、食堂に併設されたカフェテリアの2階に位置するルーチェ専用サロンの存在も特筆するべきかしらね?

おかげで少しも待つこと無く席に着くことができるし、のんびり食事を楽しめるのだから、リオンと2人で頑張って上位に入った甲斐があったわ。


きらきらとやわらかくも美しい輝きを放つシャンデリア、学園内の食堂というよりはまるで洗練されたホテルような建物。大きく緩やかな螺旋を描いた階段を登るとまた別世界のような空間が広がるそこは、学園にいる300人の生徒の中からわずか40人のみが通ることを許される狭き門。


はじめの頃はリオンに対する不躾な視線に曝されたけれど慣れたもの。わたくしが毅然とした態度で、優雅ににっこりと笑顔を向けてしまえばそれだけ。それ以降は静かなもの。おおーと気のない賞賛を送ってきたリオンの頬はつねっておいたわ。


本来であればもう少し他者と交流を持つべきなのだろうが、これに関しては諦めている。好奇心や物珍しさならまだ許せたかもしれない。だが、あんな無作法者達の群れとなんて関わりたくもないという気持ちが正直なところ。

わたくしは建国当初から代々受け継がれてきた『水』の家門──ナイトレイ侯爵家の娘。皇族に対して頭を垂れることはあれど、決して阿ることのない誇り高き一族なのだから。
















本日の講義は1限目に基礎呪文学、2限目に皇国史があり、お昼休みを1時間挟んで3限目に基礎魔動植物学。

ふと集中が途切れたタイミングでゴーンゴーンと本日8度目の鐘の音が鳴り響く。板書をしていた教授の手が止まり、途端に生徒達の間に張り詰めていた空気も緩む。ノートに書き逃したところは特に無い。これで午後一の講義も終わった。

残る4限目は、座学が苦手な生徒ならば待ちに待ったと口にするかもしれない体力育成。楽しみだったかと言われると微妙。わたくし自身は特別好きでも嫌いでもない、とはいえ苦手というほどでもない。


動き安くも高貴さを失わないデザインの装いへと着替え、女子更衣室の扉から少し離れたところで待っていてくれたリオンと合流する。

護衛騎士という名目上、もとより動きやすさ重視の服装だったリオンは指定のローブとジャケットを脱いだだけの軽装だが、襟足の長い髪がしっかりと結われていた。やる気は充分といったところかしらね

特に何も言わなくても、わたくしの手にある箒を持ってくれるリオンに小さく「ありがとう」を示すと、「当然だろ」という顔で微笑んだ。

でもね、リオン。わかっているとは思うのだけれど……わたくしの愛用している『フェアリーブルーム』──花のような穂先でローズゴールドの柄の箒は、あなたが持つにはとても可愛らしすぎるわよ。


時間通りに着いた運動場では、すでに外周の走り込みをしている一団がいた。彼らは騎士コースを選択した2年生。つまりは今後リオンの同業者になる可能性のある集団だろう。

軽快なリズムで声掛けを行っている様は、失礼だけど少し面白い。もっときっちりかっちり揃うようになれば、目を奪われることもあるかもしれない。

お父様が率いる騎士団の鍛錬を幼い頃からよく見知っている身としては、残念ながらまだまだ未熟に思えてしまう。それはきっと最年少で騎士になったリオンも同じ、だからこそ「ここでは学ぶことが無い」の発言となったのだと理解している。


騎士コースの2年生は基本的に毎日午前が座学で、午後のほとんどの時間が鍛錬に使われるのだと聞いている。1年生の場合は座学の関係上、他の講義が無い者から参加できる形になっており、そちらに合流しようとしている生徒達の姿も見えた。


一方のわたくしが属する1学年Lクラスの面々は、筆記試験の結果だけで選ばれた弊害だろうか?形だけであまり意味のない準備運動をしている者達が多い。

講師が指摘しないそれを横目に、ゆっくりだが確実に筋肉をほぐし温めていく。

いくら内容が飛行術だとしても、空中で浮遊し続けるには相応のバランス感覚が必要となる。特に下手に怖がって変な体制でもとってごらんなさい。確実に翌日は筋肉痛に見舞われることになる。それを避けたいと思うのは、貴族令嬢として至極当然の心持ちだわ


箒に跨がる必要はない。魔力を込めて少し浮かせた後に腰掛けるだけで充分。

魔力操作を身体で覚えるには最適ということもあって、幼い頃は魔力を込めすぎて箒が割れてしまったり、想像以上に飛びすぎて怖い思いをしたこともあるけれど、それらは全て過去のこと。

魔獣討伐部隊でもある騎士団を率いる立場のせいか、顔に似合わずスパルタなところのあるお父様。その教育方針により怪我のないように守られつつも、結構危ない目には合っているのは内緒。

おかげで豊富な魔力を宿していても、繊細な魔力コントロールを身につけることができた。


ふわふわと優雅に飛びながら、空中に浮かべられた障害物を避けていく。必要以上に距離を取らず、決してギリギリというわけでもない。減速のしすぎもよくないわ。無駄を省き、効率よく進んでこそ優秀さを見せつけられるというもの。


ひと息ついて地に足をつけようとした直後、突然の悲鳴が上がる。驚きそちらを見れば、ぐんぐんと急上昇していく影。一瞬の混乱、泣き叫ぶような声に戸惑う周囲の喧騒。遠目からも制御を失っているとわかるほどにグラグラと不安定に揺れ動く。

講師が慌てたように生徒のもとへと向かうが、もう遅い。箒から手を離してしまったならば、後は地面へと叩きつけられるだけ。

咄嗟に編み上げたのは闇の魔法。イメージするのは無数の手。ぶわりと溢れさせようとして、



──貴様何をした!?この穢らわしい魔女め!!



脳裏へと叩きつけられた映像(ビジョン)。紡いだはずの魔力は急速に解けていった。

ドクンっと嫌な音を立てる心臓。凍りつきそうな吐息。ざぁざぁと耳障りな脈動。ままならない呼吸。

忘れていたはずの、明確な恐怖が蘇る。余裕は失われた。

幸いなのは、目の前の騒ぎのせいで誰もわたくしを見ていないこと。

あの生徒がどうなったかなんてわからないけど、講師の姿も見えないからきっと救護室へと連れて行かれた。周囲のざわめきから察するに誰かが風の魔法を使ったらしい。それならばわたくしが罪悪感を抱く必要なんてない。


落ち着こう。冷静にならなければ、


自分自身に言い聞かせるように右手で左手首を握ると、コツリと当たる硬い感触。それはガラス玉のブレスレット。わたくしの御守り。


大丈夫、わたくしは独りではない。


お父様がわたくしを見捨てるわけがない。どんなときでもわたくしの味方だと言ってくれたシアだっている。

リオンはずっと傍にいてくれるのだと約束だってした。だから大丈夫。“絶対”を信じられる。


瞬間、聞こえてきた爆発音と共に、耳の奥でパキンッと鈍い音が響く。一瞬にして無理矢理に奪われた魔力。最近ではほとんど珍しく、昔は何度も経験した感覚。

それは、わたくしがリオンへと与えた護符が破壊されたことを示していた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ