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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
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総合魔導学園

総合魔導学園『セレスブライト』


それはこのアクアフォレストにおいて、魔法に関連する全てを学ぶことのできる随一にして最高峰の学園である。


例えば、魔導書の蔵書数。それはどの領地にも負けることのない最大規模と言えるだろう。国中の書籍が集まることから“皇立図書館”と言い換えられることもあるほどに


講義内容も豊富だ。個々の属性に合わせた修練だけではない。魔術師として活躍したい者、騎士爵を志す者、魔法道具開発技術者や魔法薬調剤師を目指す者、魔導に関連する様々な将来の目標を支援することのできる環境が整っている。

当然、教師陣だってその道のエキスパートが揃っていた。











••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••






この世界の生き物であれば、多かれ少なかれ魔力を持っているもの。魔獣はその名のとおり、植物や動物、ヒトもそう

ただそれを魔法として運用できる人間は限られてしまう。魔法を発動させるには一定以上の魔力が必要なのだ。


その魔法が発動できるに至る魔力は、よほどのことがない限り基本的には15歳になるまでに発現すると云われている。だから今日この学園に入学するのは、わたくしと同様に今年16歳になる少年少女ばかり。

その多くが貴族であることから、パーティーでお見かけしたことのある方も何人かいらっしゃる。とはいえ親しいといえる人は誰一人いない。

もちろん、当たり前のように式が始まる前には少しばかり煩わしいものを感じたけれど、始まりさえすれば静かなもの。その程度の視線は慣れているわ。


魔法が使える人間が貴族に多い理由など、考えるまでもなく明白。この国は魔法によって護られ、そして発展してきた。

つまり“魔法が使えること”それ自体が一種のステータスとなっているようなもの。だからこそ、高位の貴族達は魔法の使える人間を手元に置きたがるのも実情。


例えばの話、爵位が低い家の子供であっても、ここで優秀さを見せつける事ができれば養子にと迎え入れられる可能性もあるのだ。逆もまた然り……なのだけれど、今語ることではないわね。極端なことを言えば、血筋よりも魔力量を重要視している家もあるとだけ知っていればいい。


ただし、魔力が多ければ多いほど良いというわけでもない。何事にも限度がある。

『黒』のわたくしと『紺』のお父様はその筆頭と言えるだろう。強大すぎる魔法は天災と喩えられるほどに危険性をはらんでいるものだから。



「もしや緊張していらっしゃいます?」


「あら、わたくしが?それを言うならあなたは気を抜きすぎよ?」



こそりとした耳打ちに、ふふと小さく笑み。リオンが欠伸を噛み殺していたことにわたくしが気づかないとでも?せめてきちんと聞いているように見せかけなさいな。せっかくだからとからかいまじりの口調で返せば、薄い微笑が戻ってきてつまらないわ。


学園長先生からの有り難くも長々しい挨拶。それをただぼんやりと聞き流すなんて間抜けな真似はしない。心に止めはしないまでも聞いているふり見ているふりはしておかなければ。


ふと気付いた時にはザワリと揺れた空気。それも仕方のないことよね。その原因となっているのは、金色の髪の彼。在校生代表の挨拶が、よりにもよってこの国の皇子殿下だったのだから。

直接の面識が無くても、ある程度の学のある人間なら誰しもが見知っているご尊顔。


ルーカス・アクアフォレスト


殿下がこの学園の1学年上に籍を置いていらっしゃるのは知っていました。今期の生徒会長であるとも。

だからこの場にいらっしゃることも想定の範囲内。わたくしとしては特段驚くことでもない。喧騒する周囲とは一線を画して涼しい顔のリオンを横目に殿下からのお言葉を待つ。

ばちりと髪色と揃いの金色の瞳と視線が交差した刹那。ほんの一瞬だったけれど、キッとした突き刺すような鋭い視線が向けられた。



──私はお前を認めない!



昔も同じ視線を向けられたことがある。あれは次期皇妃候補としての顔合わせの日。もともと殿下に付き従う“ご友人達”のように好感度が高かったわけでもない。


魔力が豊富である。ただこの1点でのみ推挙されたわたくしを、嫌いだと隠しもせず言い放った殿下を覚えている。



──政略結婚であっても互いを思いやる気持ちがあれば、きっと幸せになれます



この言葉は誰に言われたのか、もう覚えてはいないけど、殿下の態度はそんな夢も希望も打ち壊すようなもの。わたくしは「これから私自身を知ってもらえればきっと!」なんて物語の主人公のように期待ができるほど乙女ではなかった。


思い出と呼ぶには苦い過去。想起しているうちに殿下の挨拶は終わっていた。

代わりに登壇されたのは緑の髪の背が低めの男の子。


アレン・ウッドヴィル


その名は、我が『水』の家門と対を成していた『木』の家門が有するもの。優秀だと云われている双子の片割れ。この場で新入生代表挨拶を任せられるということは、以前行われたクラス分けのための学力考査で優れた成績を修めたのだろう。素晴らしいことだ。


惜しむらくは分厚い眼鏡のせいで、お可愛らしいであろう顔がよく見えないことかしら?もったいない
















入学式が終われば、あとはもう寮へと戻るだけ。上級生の知り合いがいれば、そのお友達を交えて懇親会なんかも開かれるらしいが、お誘いを受けていないわたくしには関係のないこと。

まずは食事にしましょうとリオンに声をかけようとすれば大層不愉快な雑音が聴こえてきた。



「え、」


「あら?」


「みろよ」


「なにあれ」


「うわっ」


「なんだ?」


「おい。あいつ『白』くないか?」


「ホントだ」


「やだ、不吉」


「おかわいそうに」


「やっぱりアレは見間違いじゃなかったのか……」


「不愉快だ」


「あんな色初めて見た」


「気味が悪いわ」


「アレも一緒に通うの?」


「やめてよ!あんなのと一緒にしないで」


「まぁ!ひどい色だこと」


「汚らしい」


「穢らわしい」




「なぜ“無能”がこの歴史ある学園に居るのか」



その言葉を聞いた瞬間、ゆらぁりと“うっかり”魔力が漏れ出た。


魔法としての指向性を持たないそれは、空気を伝わり重石と化す。普段は抑えている魔力、それがどのくらいで相手を威圧するものになることはよく知っている。わたくしにとってのひと睨み、それが相手にとっては絶望にも似た恐怖になるのだと。


静寂に包まれた中で、口に手を添えたままくふりとこぼした小さな笑み。ほんの小さな音だったはずのそれは、驚くほどとてもよく響いた。



「ねぇ、リオネル。わたくし今とてもいやな言葉を聞いた気がするのだけど」


「オレのせいでお耳汚しをいたしました」


「あら?誰もあなたのせいだとは言っていないわ。あなたはわたくしのものなのだから、あなたへの言葉は主人であるわたくしへの意見と同等であると捉えるべきでしょう?」



そうでしょう?と言う代わりに首を傾げれば、魔法石のついた耳飾りがシャラリと鳴る。

周囲の青褪める顔。結局彼らは『黒』へは何も言えないくせに、『白』であれば容易に蔑む。それが嫌でたまらない。


流石にここで魔法を発動する気はなかったとはいえ、はっきりと示す必要はある。これ以上の言葉で誰に喧嘩を売ることになるのかを理解させるために。この者は『黒』であるわたくしのものなのだと牽制しておくの。

“学園内では身分差別なく公平”が謳われていても、そんなのは建前上のこと。次は“才能”という名の生まれ持った魔力量で差別されるだけ。ならばそれを利用しない手は無いわよね。わたくしはどちらも“持つ者”なのだから



「オレは気にしていませんから。落ち着いてくださいお嬢様」


「あら?わたくしは充分に落ち着いていてよ」


「…………」


「…………」



無言の見つめ合い。先に折れたのはわたくしの方。ふぅと息を吐くことで張り詰めていた空気を霧散させれば、助かったとばかりに慌ただしく姿を消していく人間達への冷めた視線。


本当は折れたくなんてない。けれどこれ以上はわたくしの立場も悪くするおそれがあるからやめるのよ。それにもう顔は覚えた。2度目はないわ。


あんなこと言われて悔しくないの?何も知らないくせに!彼らはリオンが……魔法を使えないリオネルがどれだけ努力して騎士の称号を得たのかも知らないくせに!

そんな思いの燻りもあるけれど、それはきっとわたくしも同じ。

わたくしだって彼らのことを何も知らないのだから



「情けない。あの程度で逃げ出すような人間、相手にする価値も無いわ」


「お嬢様……それはオレの台詞だとご存知ですか?面と向かって言えもしないのだから、好きに言わせておけばよろしいのです」


「あら、怒っているの?」


「いーえ。お嬢様はますますお強くなられたと感心しておりました」


「それ褒めてないでしょう?」


「おや、わかりますか」


「わかるわよ」



軽口の応酬。本当はいけないことだとわかっている。普通の令嬢なら許さないであろうことも。

でも仕方がないわよね。わたくしもリオンも“普通”ではないのだから

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