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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
16/17

同じ時を刻む

「すみませんお嬢様、今って何時ですか?」


「いま?」



ふと聞こえてきた声に、現実に引き戻される。少しお買い物に夢中になりすぎていたみたい。



「あら、もう14時になるわ」



腕時計の針は思ったよりも時間が過ぎていることを教えてくれた。そこでハタと気づき。リオンはなんでわたくしに訊いてきたのだろう?



「……あなた時計はどうしたの?」



学園への入学準備の段階でわたくしの持つコレと同じ時に、リオンも自分用の腕時計を買っていたはず。

もしも忘れたならもう少し慌てるはず、なのに少しも焦りもしてないのだから確信犯。責めたいわけではないけど、ついつい口調はそれに準ずるものとなる。



「あー、アレ。ちょっと気持ち悪くて……」


「気持ち悪い?」


「慣れないせいだとは思うんですけど、きつくならない程度にしかしめてないはずなのに違和感が酷いし、鍛錬中は邪魔だし、模擬戦のときには逆に外し忘れてうっかり壊しそうになるしで良いことないなって思って……」



そわそわと所在なさげに揺れる瞳。その言い分はなるほどわからなくもないわね。わたくしも講義中などは板書するのに邪魔で外していたりするもの。腕時計をつけるのは利き手とは反対であるとはいえ、手首が拘束される感覚、常に違和感があるのはどうしようもないこと。


特にリオンは自身の魔力がないから、身体強化のための魔力でも外から補うしか無い。スピードを重視する戦闘スタイルに重たい盾は使えない。わたくしの与えた魔力石等で慣れない防御壁をはるよりも、咄嗟に身を守るために鞘を盾のように扱うところもある。


今さらその戦闘スタイルを変えろなんて言えるわけがないけれど、だからといって時計を持たないのは従者としてあまり褒められたものではない。いくらわたくしが持っているとはいえ、だ。


何か手は無いものかと考えていると、偶然とらえた視線の先。紳士然とした人の手に持つソレに一筋の光明。


さっそくとばかりにマーカスさんに寄ってほしい店を伝えれば、二つ返事の了承。おすすめだという場所に案内してくれた。













大通りから少し奥まった場所に位置する一軒の店。



「ここは時計屋……ですか?」


「えぇ。壁掛けや腕時計以外にも種類があって、デザインも豊富なのだそうよ」



コチコチと賑やかさとは無縁の涼やかな駆動音。穏やかで不思議な、どこかわくわくとさせるような雰囲気。なるほどセンスの良さを感じさせられる。



「せっかくリオンが1位だったのに、おめでとうをするの忘れていたからプレゼントするわ」


「で、ですが…」



少し困惑といった表情のリオンを笑みひとつで黙殺。


壁にかけられた時計、1つとして同じものが無い。腕時計だけでも様々で、実用的なもの、アクセサリーのようなものなどなど。

シンプルな革製の腕時計、男物で少しゴツい印象のもの、女物の華奢で繊細なブレスレットのようなもの。ちょっとした変わり種も。


可愛らしいバッグチャームになるもの、ペンダントのように首にかけるタイプもいいけれど、わたくしがすすめたいのとは少し違う。



「こういうのなら、お前にも良いのではないかしら?」


「これは……懐中時計ですか?」


「そうよ。特に決まりもないから鞄にもつけられるし、内ポケットにも入れられるわ。どう?」


「ほぅ……いいかもしれません」


「なら好きなデザインを選びなさい」


「お嬢様も一緒に選んではくださらないのですか?」


「あら、かわいいことを言ってくれるじゃない。いいわ、一緒に選びましょうか」



わたくしのためのものではなく、リオンのためのものを選ぶとなれば責任重大。重ねた手はわたくしよりも大きいから、時計も少し大きめのものを。蓋が無いものもあるけれど、蓋がある方が雑に扱っても文字盤が壊れ難そう。



「楽しそうですね」


「えぇ、たのしいわ」



くすくすと自然に笑みがこぼれる。刺繍糸のときもそう、誰かのために何かを選ぶのはとてもたのしい。わたくしが積極的に動いている分、リオンは受け身になっているけれど、まぁいつものこと。非協力的なわけでもないから文句もないわ。


途中、何かを見つけたのかフラリと移動してしまったリオン。追いかけた先で彼がじぃと見つめていたのはペアウォッチと呼ばれる2つ揃いの意匠のもの。



「これ、お嬢様の時計ですね」


「わたくし?」



ほら、と見せられた花の模様。リオンがわたくしのだと言う答えはすぐにわかった。これはこの国では珍しい薔薇の花だ。間違いない。

しかも、よく見れば金の細工が多い中で珍しいほどの銀の細工。



「オレこれが良いです。お嬢様はこっちの小さい方なんかどうですか?」


「お揃いで持つってこと?いいかもしれないわね」



花の意匠は少しばかり女性的な気もするけど、リオン本人が良いならそれでいい。わたくし自身も派手すぎないそれが気に入った。カチリと蓋を開ければなんとなく手にも馴染む気がする。


共に育ってきたとはいえ、お揃いの物って持っていなかったのよね。これならもともと男女のペアの品だもの、特別おかしくもないはずだわ。



「ありがとうございます。その代わりお嬢様の分の支払いはオレに出させてください」


「いいの?プレゼントにするには少し高いわよ」


「そりゃあお嬢様の財力と比べたら全然ですけど、これでも稼ぎはしっかりとありますので」


「ふふ、そうね。お願いするわ」



会計にと人を呼べば「お目が高い!」と言わんばかり。嬉しげに紹介してくれた店主曰く、異国では大切な人に贈る花で、5本であれば“出会ってくれてありがとう”という意味になるのだという。


少しばかり照れくさくなってついリオンの方も見れば、彼もまた同様にわたくしをみていて、ばちりと視線が合う。ほんのり赤く色づいた耳に笑み。


トンっとわざとらしく肩をぶつけつつ、腕を絡める。拒まれないことが嬉しい。


出逢ってくれてありがとう。いつも傍にいてくれてありがとう。リオネルがいてくれたから、わたくしは寂しさとは無縁でいられるの。


贈り物ならラッピングを承ると言ってくれたが、どうせすぐに不要となるものだ。意味がない。

リオンにはすぐにでも持たせたいものだから、この場で交換してしまう。


万が一のための、壊れてしまった際の修理保証も受け取らせる。他には特に見たいものも思いつかないから、ここでの買い物も終了。まだ門限まで時間もあるからもう少しだけお買い物を楽しみたいわ、なんて思ってリオンへと目を向けた瞬間、











その顔が険しいものへと代わり、


背後から感じた荒々しい殺気に心臓が凍りついたような気がした。






「みィーつけタ」

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