たまにはこういうのも
セレスブライトは全寮制の学園。生徒達は基本的に貴族階級の人間であるため、人の出入りには厳重に管理されている。
特に今年は皇族も居るのだから、従来よりも慎重になるのだろう。学外での行動は自己責任になるとはいえ、何らかの事件に巻き込まれた際に発見がはやいに越したことはない。
生徒の身を護るためにも、外出の際には事前に寮監への届出が必須となる。そうすれば警備へと話が行き、外出者名簿が作られ、必要であれば学園で馬車と御者の手配もしてくれるのだ。
もちろんわたくしも申請したわ。使えるものは使う主義、こんなに便利な制度を利用しない手はないもの。
あとは学園の門番であり守護獣──グリフォンを模した像に学生章をかざして魔力登録をすれば外出手続きは完了となる。のだけれど、先ほどの警備責任者の言葉だけは少し気掛かり。
「近頃、お年寄りばかりを狙った通り魔事件が起きているようでして、よろしければ念の為こちらでも護衛を増やされますか?」
神妙な顔で提案された内容。疑問形で尋ねているわりに、ズラリと並んだ男達のやけに自信に溢れている表情が気になってしまって、らしくもなくスルーしてしまった。いえ、むしろそこはわたくしらしいといえるのかもしれないわね。わたくしの行動指針にリオンへの贔屓があることは自覚しているもの。
特に比較的顔が整っていると言えるのだろう男の選ばれて当然とも言いたそうな態度、どこか下卑たような視線は不愉快だったわ。きっとわたくしが顔で護衛を選んだとでも勘違いしていたのでしょうね。リオンの顔が良いことも、魔法の使えない『白』であることも事実だけれど、こういうのはほんと嫌になるわ。
あれでは言外にわたくしのリオンでは護衛として役不足であると言っているようなもの。
彼らが普段相手をするのが成人を迎えていない少年少女と考えればさもありなん。能力に差が見受けられなければ、見目で選ばれるのもわからなくはないのだ。それ故の豪胆さだろう。
情けなくも一生懸命にわたくしと目が合わないようにしている者の方が好感が持てるなんて変な話。もともと御者として1人はこの中から選ぶ必要があるから、その彼を選ばせてもらったわ。
途端に「なぜそやつを!?」「そんな無愛想なやつでよろしいのですか!?」「ソイツは平民出身ですよ!?」と口々にいくつかの反論が上がったけれど、「わたくし、寡黙で従順な者が好みなの」とにんまり微笑みをうかべてさしあげれば、現在進行形で反抗したその口を噤まざるをえないもの。
わたくしが欲しいのはエスコートをしてくれる人ではないのだから、顔の良さも話のうまさも関係ない。望むのはただの御者兼案内人。実力が確かで仕事ができるのならむしろ平民出身者の方が都合が良い。
そうして選んだ彼──マーカスさんは、わたくし達からすれば“アタリ”の人選だったわ。また次の機会があれば指名させてもらおうと思えたくらいに。
無駄口も叩かず、真面目で無骨な印象。黙々と淡々と与えられた仕事のみを熟していた。何よりきちんと立場を理解していることが良い。リオンを通してわたくしの意思を確認しようとするその態度には『白』に対する差別もなく、一時的な上役にあたる相手への敬意もみられた。
まぁ、だからこそ馬がわたくしを怖がってなかなか出発しようとしてくれないせいで困らせてしまったのはとても申し訳なく思ったわ。こちらとしてはいつものことと予想はしていたから、馬が慣れるのにかかるだろう時間の余裕をもって早めに手続きをしたのだからマーカスさんが悪いわけではないのよ。
学園に通う貴族の子息令嬢だって魔力量は多いとはいえ、『黒』ほどではない。リオンは「生存本能や危機管理能力が欠如していない証拠だと言えば悪いことではないはずです」とフォローしていたけれど、それってわたくしが危険人物みたいじゃないの!訂正なさい!
じぃと視線だけで抗議してみたけれど、当のリオンは少し口角彼女あげるだけ。なんならふふんっと鼻で笑ってみせたほど。
少し悔しくなって、音は無いけど痛みがあるように脇腹を突いてあげたら、痛みに呻くとか身体を曲げるとかのみっともない醜態を晒さないところは残念だけれど流石の一言。代わりに恨めしげな瞳に睨まれたけれど自業自得。先に意地悪をしたのはリオンだもの。ふふふ。
最初に寄った洋装店では皇都で流行りの空色染めのワンピースを見た。二度と同じ空を見ることが無いように、1つとして同じ物がないことを売りにした染物だからこその魅力の品々。
1番の人気色は青空の色だけど、その青だけでもたくさんの色があって目に楽しい。煌めく太陽の光やのどやかな雲をイメージしたらしいグラデーションが素敵。
星空は数こそ少ないものの、青・紫・黒のグラデーションと散りばめられたビーズがオトナな美しさを放つ。夕焼けもまた茜色とオレンジのグラデーションが美しいのだけど、わたくしの目を奪ったのはその中間にあたる、いわゆる薄明と云われる空の色。濃藍・紫・オレンジの全体的に淡く妖しい美しさの中に、ほんのりと混じる雲のピンクが可愛らしい。
最新作はオーロラをかたどったハイウエストのマーメイドラインのスカート。それもぴったりと体型に沿わすデザインではなく、ほどよくゆったりとしているから普段着としても合わせやすい。流れるようなトレーンがあるのもわたくし好み。動きに合わせて輝きを変えるところはまさにオーロラで、メロウの鱗のようにも見えてついバッグと揃いで買ってしまったわ。
荷物になるから服は学園の寮へと送ってもらう。その際に必要となるのがこの学生章。正規の生徒である証ともなるそれは、見せるだけで色々な特典が受けられるのだから、さすがは皇立学園。卒業生との区別のために在学生の外出中のみに舞うグリフォンの羽の魔法もいずれは解析してみたいわ。
少し早めの昼食は噂になっていた評判のカフェで、ふわふわのパンケーキに舌鼓をうつ。そこにプラスでデザートを頼めば、うわぁと顔をしかめたリオン。リオンがあまり甘い物が得意でないことは知っているけれど、あんまりにもあからさますぎてついくふりと笑み。
そのリオンはオムライスにハンバーグとサラダのセット。フライドポテトとサンドイッチの4分の1はわたくしに分けてくれるとはいえ、3人前くらいの量がどこに消えるのかってほどに食べるの。普段はストイックなまでに食事にも気を使っているけど、たまにの外食時にはこういう光景を見れることに特別感。気持ちの良い食べっぷりにわたくしまでお腹いっぱいになりそうだわ。
お土産にと買った日持ちする焼き菓子を今日のお礼としてマーカスさんに手渡す。
所詮は心象を良くするためのもの。こういう心配りが大切なの。小賢しいと言われようが、人間関係を円滑にするためのちょっとした投資は惜しんでもいられないの。
本日の外出の1番の目的が刺繍糸の調達であることを忘れてはいない。刺繍は淑女の嗜みでもあるから、学内の購買にもある程度の品数はあるけれど、わたくしがほしいものは魔力を込められる糸だったから店頭で直接買う必要がある。
来月にと迫った剣術祭。そこでレディから騎士へと贈る刺繍のハンカチは、元は魔獣討伐の際に騎士達の勝利と無事を祈るためのもの。つまりは古くからの伝統文化ともいえる。多くは婚約者や恋人が贈るのだけど、家族から贈られることもある。
わたくしの場合は自身の婚約者候補との関係性があれなので、体裁のために用意したところできっと捨て置かれるのがオチ。そもそも受け取ってもらえるかもわからない。それならば家族のように大切な相手に贈りたいと思ってもいいでしょう?
リオネルのレディがわたくしであることは、紛れもない事実なのだから。
剣術祭ではより実戦の空気を感じるために使用できるのは己の肉体と技術のみという制限がある。
それは魔獣討伐の際に、万が一にも魔力切れを起こしても戦うことができるようにという思惑によるもの。と、耳障りの良い言葉に変換されてはいるが、結局のところ担当教師が「全ては健全な肉体から」をモットーとした、いわゆる脳筋と呼ばれる部類の人間であることが所以なのだろうと推測するのは簡単。
当然魔法の使用は禁止されているから、もとから使えないリオンには有利な条件でもある。お守りのハンカチだけが例外なのだ。
サプライズなんて無意味なことはしない。ハンカチにする布の生地はリオンに選ばせた。さすがは皇都の店、人々に好まれない黒色の生地の数も多くて少々目移りしてしまったわ。
特に素敵だったのは貝殻粉末の塗り込められた輝きの美しい糸。眺めているだけで時間の感覚をついつい忘れてしまいそうになるほど。
守護の魔法陣を縫うための糸は同色にして目立たないように、ワンポイントには家紋の守護妖精であるメロウにするつもりで、いくつか色を見繕う。こういうのは1色よりも複数の色を組み合わせる方が立体感が生まれるの。