淑やかなお茶会
「総合3位おめでとうございますわ。とても頑張っていらしたものね」
「ふふふ、ありがとうございます。これもセレナ様のおかげですわ」
「あら?あたくしはただ知り合いからいただいた過去問をお譲りしただけですわよ」
「その、“ただ”、“それだけ”のことがとても助かったのです」
寮の自室で2人きりのティーパーティー。以前わたくしが好きだと告げた花の香りの紅茶に、セレナ様おすすめのほどよい甘さで見た目も可愛いらしいお菓子が並ぶ小さなお茶会。
試験前に悩んでいたお礼には刺繍入りのハンカチとリボンをプレゼントすることにした。所有者を護る魔術を編み込んだそれらにセレナ様はいたく感動してくださり、お礼のお礼というのは少々間が抜けていて格好がつかないからと、試験のお疲れ様会として今日のお茶会をセッティングしてくれたのだ。
一般的な護符というのは基本的に魔法石や魔石を使った物が多く、刺繍という形では珍しいもの。だからこそわたくし自身の感謝の想いを伝えるには最適と判断してのこと。
高価になりすぎず、だからといって安価でもいけない。消えものだけでは普段と変わなくて味気ない。わたくしの生成する魔力石も質は良いとはいえ、苦も労もあまり無いのだから感謝を伝える品としては不適切。
その点ハンカチやリボンならば実用的かつ消耗品でもあるのだから我ながら良案と言えるでしょう。リオンに選ばせたショコラも添えれば完璧。
「わたくしの騎士もセレナ様とそのお知り合いの方に感謝しておりました。ありがとうございます」
「総合1位なのでしたわね。……主従揃って優秀とは羨ましいかぎりですわ」
羨ましい。口ではそう言いながらもその表情が曇ったように見えたのは勘違いではないのでしょう。その理由も察してはいるけれど、知らないフリ。
「どうかされましたか?」
「い、いえ。なんでもありませんわ」
「ふふふ。ウソが下手ですわね」
「っ……」
間髪入れずという言葉が適切なほどの返事。優雅さはなりをひそめ、焦りの感情がわたくしにも伝わるほどに。それでは何かあると言っているようなもの。にんまりとわらって指摘すればぴくりと肩が揺れた。
「あの、」
「はい」
どこかこわごわと緊張に震えるセレナ様。膝の上できゅっと手を握りしめているのだろう。彼女がゆっくりと絞り出そうとする言葉を待つ。少し冷めて飲みやすくなった紅茶を口に含み、ふわりと優しい香りに笑み。今ならきっとどんなことを言われても心穏やかでいられるわ。
「お聞きしてもよろしいかしら?」
「何をでしょう?」
覚悟を決めたのかきりりとした視線が向けられたので、つとめて優しさを前面に出した笑顔で迎える。ここにはわたくし達だけなのだから、何も心配する必要はないのだと言外の態度で示してさしあげるの。
「その……お家の方針もあるのでしょうから、部外者であるあたくしがこういうことを口にするのは無作法と思われるかもしれませんわ。それでもよくて?」
「えぇ、もちろんですわ」
「ではお聞きいたします。上の者というのは下の者が己よりも優秀であることを好まないものなのではないのですか?」
ふぅと小さく息を吐いた後のお言葉はやはりというか、掲示板のところでも似たような反応をされたことを思い出す。
いえ、セレナ様の疑問にはまるで悪意が感じられない分、あれらの方が性質は悪いわね。まるでリオンがわたくしの気分を害して叱責されるのを望んでいるような視線。そういう嘲りが目に見えて感じられるものだったわ。
「というと?」
「っ……ですから!ローザマリア様はリオネルさんの方が上の点数でも何も思われないのですか!?」
「あら?何も思わないわけではありませんわよ」
常に穏やかなセレナ様に珍しく強い語調に少しだけ驚いた。思い詰めてるとは違うまでも、それほどながらく心に巣食っていたのでしょう。
とはいえ聞き捨てならない言葉であるのも確かなので、そこはしっかり否定させてもらうわ。
わたくしだってリオンに勝つつもりで勉強したんだもの。わたくしの方が受講科目が多いことを言い訳になんてしない。負けたら当然悔しいに決まっているでしょう?わたくしが負けず嫌いなのは自覚しているわ。
「そ、それなら……」
「ですがわたくし、自らの手の者が優秀であることを許せないほど狭量ではございませんわ」
だからといってセレナ様の欲しい答えを与えられないことは承知で、わざと言葉を遮るように告げる。我が意を得たりといった顔で安堵したような表情を浮かべられても困ってしまうわ。多少の無礼は見逃してくださいましね。
わたくしとセレナ様では己を取り巻く状況が違いすぎる。わたくしには腹違いの兄もいなければ、家を二分するような勢力も無い。なかなかに複雑な背景をお持ちなのよね……。
彼女がその手に抱えるもの、それらを全て守りたいと願う気持ちは痛いほどわかる。けれど、だからこそ雁字搦めになっている様はいっそ哀れだ。
その大切の中にわたくしまでいれてくれていることに気づいて、ほんの少しむず痒い気持ちにもなったり。
旧くからの慣習、争いを嫌い平和を愛すると言えば聞こえの良い凝り固まった妄執。跡継ぎたる第一子もとい兄より成績優秀な下の弟妹というのは後継者争いを勃発させる要因として忌避されてしまう。
ましてそれが異母妹であったならば───
これも神話の影響なのかもしれない。厄災のドラゴンに立ち向かった4人の英雄のうち、3人は女性であるから、女は戦えないなんていう妄言がはかれることはない。それでも前衛で闘うような騎士職に女性が着くことは嫌煙されていたりする。
前線に出るのは男で、女はそのサポート役。そんなものが暗黙のうちに定められているのが現実なのだ。
そういう意味でなら、わたくしは実力主義を謳う『水』の家門の総領姫。他者におもねって実力を隠すように言われることなんてありはしない。出る杭は打たれるというのであれば、『黒』として生まれた時点で否応なし。ならば遠慮はいらないと解釈したところで誰にも文句は言われまい。
そんなわたくしが自分が勝ちたいからといってリオンに手を抜くよう命令するなんてありえない。お父様でもきっと家臣の誰かがそのような考えがあれば「くだらない」と吐き捨てるだろうことは想像に難くない。
でも、だからといって勝ち負けにこだわらないわけではないの。
「次は勝ちます」
それは心からの願いであり、決意。宣誓の意もこもったせいか少し声がかたくなってしまったが、その分想いの強さが明確となる。
「ふ、ふふ。」
「何がおかしいのですか?」
「いいえ、おかしくて笑ったのでありませんわ。ただ……ローザマリア様でもそういう感情があると知れて、なんだか嬉しくなってしまったのです」
「あら、ひどい。セレナ様はわたくしをなんだと思っておられたのです?これでも普通のヒトの子ですわ」
きりっとした雰囲気を出しつつきっぱりと言い切ってみせれば、きょとりとした顔。ぱちはちと瞬きをした後には、よりいっそうコロコロと鈴の鳴るような軽やかな音が広がる。
「ふふふ。えぇ、そうですわよね」
穏やかな笑い声。柔らかく、あたたかく、優しい、どこか無邪気な笑み。彼女の花が綻ぶような笑顔は、常に笑顔という名の仮面を貼り付けたわたくしには無いものだわ。