予想外のリアル
「うそ……」
そんな声が思わず漏れたのは許してほしい。だってこんなの予想してもいなかった。
約1週間に渡って行われた前期中間試験の結果、上位30位までが貼り出された。
下から上に見ていくと、ところどころLクラスの中にGクラスの名前があるのも面白いとこ。
ルーチェとグランド。目に見えてわかりやすいのは、ルーチェだと学年で色分けされているローブに輝く星みたいなブローチをつけられることよね。だからこそ1年から2年に進級するときにグランドからルーチェに上がれた人は“星を得た”と言われるし、その逆だと“地に落ちた”なんて言われたりするんだし。
あたしだったら上のクラスで落ちないようにヒイヒイするよりも、普通のクラスでそこそこの成績とれればいいや!ってなるけど、こういうのってやっぱ考え方の違いもあるんだろうなぁ。あとは見栄とかプライドってやつ?
まぁ、あたしも国から補助を受けて学園に通えてる手前下手な成績は残せないんだけどね。ちゃんと真面目に授業を聞いて、復習さえすればある程度の成果はでるからありがたい。もともと新しいことを知るのは嫌いじゃないし、魔法なんてファンタジーなものがあったら、勉強だってついつい楽しくなっちゃう。熱意だけならたぶんきっと負けないけど、それだけでどうにもならないからリアルなのよね。
あたし達2学年の総合点、学年首席は「やっぱり」と言えるくらいにはいつもの名前があった。
1位──ユリウス・ファーマー
ほとんど全教科で満点だから、むしろ何を間違えたのか気になるところ。凡ミスとかしてたら悔しい顔とか拝めたりしないかなぁ?なんてイジワルなことも考える。
ルーカス・アクアフォレストの名前も10番代にはあったし、生徒会を運営しながら帝王学?とかいう王様になるための勉強もして、護身のために剣術も習ってて、この成績維持してるってほんとすごいなって思う。尊敬
今度の生徒会のときにお疲れ様でしたって言おう。試験が終わった直後にもお疲れ様会としてちょっとしたお茶会に参加させてもらったけど、自己採点はしてるとはいえ結果が出るまでは手離しで喜べないし、どうしたってほんのちょっとピリピリしてたんだもん。今なら明確にお祝いもできるし
本当は差し入れとかもしたいんだけど、さすがに皇子様相手にそういうのは難しいんだよなぁ。個人の贈り物、信じられてないとかじゃなくて例外を作るわけにはいかないっていうやつ。毒見とか物語の中でしか知らないのが彼らのリアルなわけで……そういうのも大変だなぁってしみじみする。
あ、毒は毒でも、惚れ薬とかも毒の分類に入るっていうんだから魔法のある世界ってすごい。
おかけでお茶会とかのときは皇子様達が用意したちょっとどころかだいぶ良いものを食べさせてもらってるから感謝感謝。ゲンキンすぎかな?
小さい頃から魔法に触れてたわけじゃないから、特に専門的な試験だとそこそこの点数しかとれないけど、算術の講義は数学よりも算数に近いから、あたしでもそこだけは5位。この世界には筆算が無いってのも有利なのよね。そろばんみたいなのが持ち込み可だって、筆算を便利さには負けると思う。きっとたぶん慣れの問題なんだろうなぁ。
手紙とか小さいものは魔法で送れるけど、大きな荷物の配達には運送業者が関わってたり、ネットは無いけど、通信機ならあったりするのも面白いところ。
パソコンは無いからレポート課題とかが完全に手書きになるのは問題ないけど、書類とかはちょっと面倒だなって思ったり。羽根ペンが主流でボールペンは無いけど、万年筆はある。魔術的に重要な契約とかには羊皮紙が使われているけど、学生は植物紙のノートを使ってたりと、なんていうかファンタジーの世界観を壊さないように現代と中世の文化が混ざり合ってる感じにワクワクしてる。おかげでいつも明るく笑顔でいられる、ガワだけならまさにヒロイン。
他にも助かったって言えば文字だよね。ご都合主義といえばそうなんだけど、なんとひらがなカタカナ漢字アルファベットが混在してたの!
貴族の服装とかわかりやすく中世風で、ドレスとかロングワンピースが一般的で、家具とか小物もアンティークって感じで可愛くて憧れたプリンセスの世界なのに言語は日本語。アクアフォレスト自体が島国って設定だし、まるでファンタジー世界の日本って感じ。
古い魔導書とか魔法陣とかに使われてる、文字というよりは絵とか記号みたいな精霊文字ってのはあるし、名前のサインはかっこよく英語のスペルでだったりするけど、基本的な文字と言葉は日本で使われてるのと同じ。ゼロから覚えさせるとかじゃなくて、こればかりはマジで良かったと思う。いや、ホントは全部英語だけど勝手に脳内変換されてて、書いてる文字もホントは英語だったとかいうのだったらめっちゃこわすぎて考えないようにしてるってのが正解かな?わざわざ自分で鬱モード展開してバッドエンドルートなんてヤだし!細かいことは考えない!
本来のリリィなら1位とれるくらいの成績だったけど、さすがに中身があたしだと厳しめなのが辛いところ。そもそも平民でお貴族様達みたく家庭教師なんかいなくて、文字の読み書きと買い物で使うような足し算引き算くらいしか知らなかったのに、いきなりそんな首席争いできる点数とれてたとか、リリィって実は天才なんじゃないだろうか?あたしには無理!
ゲーム内のリリィが唯一名前に様付けじゃなくて先輩と呼んでた相手──テオドール・カーティスがなんでか親切にも過去問をくれたってのも大きいんだろうけどね。
悲しいことに、同学年の今そんな繋がりは無いのさ。同じクラスだから挨拶くらいはするけどそれだけなんだよなぁ……親しくなれそうな気配は一切無いし、彼のルート攻略はやってないから手がかりも無い。
乙女ゲームの世界なのに恋愛はともかくとしてって思うのは変かもしれないけど、そこはリリィの中身があたしなので諦めてもらうとして、それでもできたらお友達にはなりたいなぁなんて欲はある。ただ、彼の場合クラスの中心ってわけじゃないけど、常に誰かが周りにいるから話しかけるキッカケがつかめないのだ。ゲームだといつも神出鬼没な先輩の方から話かけてくれてたのにぃ〜残念。
「(あ、そういえば!)」
今年は下の学年にも知った名前があるはずだから見てみたいなと思って、なんだか妙にざわついてる淡い水色のローブの集団の後ろからひょこっと顔を出す。あんまり長居するのは目立っちゃうから良くないけど、ちょっとくらいなら平気。教科ごとのは後にして総合成績のとこだけ見る。
視力強化の魔術を使えば、少しくらい離れてたって小さい文字は見えるのよー。
いつも通り下から上にとパーっと眺めて見つけた、顔を知ってる彼らの名前。
3位──ローザマリア・ナイトレイ
2位──アレン・ウッドヴィル
そして
1位──リオネル・ロードナイト
「うそ……」
そんな声が思わず漏れたのは許してほしい。だってこんなの予想してもいなかった。
「(え?リオネルってあのリオネル!?)」
聴講生のはずなのになんで試験受けてるの!?とか、首席入学のアレンくんに勝っちゃうとかそんなに頭良かったの!?とか、あのプライド高そうなお嬢様よりも良い点取っちゃって大丈夫なの!?ロードナイトって名字なんだ!アレンくんが負けるのって次の学期末試験の時じゃなかったっけ?そもそも勝つのってリリィだったよね!?まだまだほとんど会話もしてないのにいつの間にかアレンくんルート入っちゃってたの!?もしやリオネルがアレンくんを攻略するパターンあったりする!?このあとどうなっちゃうの!?とかとかたくさんの言葉が頭をよぎる。
だいぶ頭がこんがらがりすぎて途中なんか変なのあったかもだけど……そんなことよりも、あるはずのない名前にただただ驚いて、言葉を無くしちゃったかのようにポカンとしてしまった。傍から見たら完全なる間抜け面。それくらい彼の名前があることが衝撃だった。
そしてあたしと同じくらい衝撃を受けてるのが貼り紙を見てる1年生達なんだろう。っていっても理由は違うかな?ザワザワヒソヒソしてる彼らの言葉は、ちょっと眉を潜めたくなるものばっか。
特に腹が立つっていうか意味わかんないのは、“無能”のくせにこんな点数が取れるなんておかしいってやつ。
別に前期の中間には魔法の実技は無いから、生まれ持った『色』なんて関係ないのにね。
あったとしてもそれで全ての成績が決まるんじゃ学園としての評価には不適切だってことで申請すれば魔法石や魔石の持ち込み可にもなってる。普段から視力が悪いなら眼鏡をかけるし、健康診断の視力検査のときにコンタクトをつけてたら自己申告が必要なのと同じ。だというのに彼らはリオネルが生まれ持った『色』をあげつらうのだ。
最初は聞いたこともない家名だから、成り上がりの男爵家あたりの出だろうと歯牙にもかけないって感じだったのに、それが侯爵令嬢の護衛で髪色が『白』だと告げられた瞬間、波紋のように一気にひろがった事実。嫌でも理解させられる仄暗い現状。
伝播する悪意、勝手に語られる憶測。邪推でしかないはずのそれが、まるで真実であるかのようにひろまっていく。まさしく数の暴力ともいえる光景に開いた口が塞がらない。
本来はリリィが──あたしがさらされていたのかもしれない。そう思うと悪意の対象が違うとわかっていても怖くて何もできなかった。