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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
12/17

違いそれぞれ

「あら?」



珍しくもどこかおっとりしたような声音、ぽつりとこぼされた疑問符に思考を占拠していたレポート用紙から顔をあげる。

オレの手にはお嬢様の、お嬢様の手にはオレの、それぞれが自力で終わらせてきたレポートを、明日の提出期限前の最終確認として互いのを交換して誤字脱字や間違いが無いかをチェックしていたところだった。



「何かありました?」


「この記述問題、これではあまりにも簡潔すぎるのではないかしら」


「どこです?」


「ここよ」



とんとんと指し示されたその問は[魔法石、魔石、魔力石の違いについて説明してください]とあり、その解として書いたものはお嬢様のご指摘通りに簡潔なもの。


魔法石:天然物。自然界でゆっくり魔力を蓄えた宝石。魔宝石と表記されることもある。

魔石:人工的に合成された石に魔力を込めたもの。ガラス玉に魔力を込めたイミテーションもここに分類される。

魔力石:魔力を結晶化したもので、魔力結晶とも呼ばれる。


たったそれだけ。後から付け足せるようにとレポート用紙に余裕もあり、大変にもったいないことをしていることは明白である。



「あー、忘れてました」



それ教科書にもあまり記載が無いんですよね……。


つい不貞腐れるように不満を漏らせば、くふりと落とされた吐息。仕方がないわねと言いたげな柔らかな表情が向けられる。


過去問の傾向からいっても8割の確率で出題される重要度の高い記述問題の1つ。特に配点は加点式でもあるため、しっかりとおさえておきたいところであることに変わりない。ただ、魔術が身近にある人間にとってはあまりにも基本的なことであるが故に、感覚的に理解して使い分けていても、いざ論述しようとすると詰まってしまうのだ。学術書にすらはっきりと明文化されていないからこそ、試験でも自由な記述式で解答を求められている。

ふと、お嬢様は既に完璧な解答をお持ちなのでは?と参考までに拝見しようとしたが、それは許されなかった。わざわざ魔術を使ってまでオレの手からレポートを奪い去ったロゼのしたり顔。



「ズルはだめよ。ズルは」



にんまりとした悪戯な笑みに舌打ちひとつ。本来であれば行儀が悪いと非難されるようなこの行為も、見目に反するガラの悪さをこのお嬢様は気に入ってるのだと言ってはばからず、他人の目と耳が無ければ許される。素もしくは本性と言いかえてしまえれば、気を許してることに他ならないとの解釈になるのだから寛大なことで。

幼い頃に友人作りに失敗したお嬢様からしたら、そりゃあオレのこういうところが愉しいのだろう。常にキチッとした対応をしたら悲しい顔をされるのだから困ったお方だ。



「ヒントならあげるから頑張りなさい。わたくしの騎士が情けない評価をいただくなんてあってはならないのだから」



わざとらしいツンとした物言い。だがそれはすぐに形をひそめて、くふくふと得意気な表情がにくらしくも可愛いらしい。己が優位に立てるとつい嬉しくなる気持ちはよく分かる。

生まれ持っての性質、得意分野が違うのだからそれぞれの項で互いを頼りにすることは常。魔法に関しては当然『黒』であるお嬢様に軍配が上がる。それも才能に胡座をかかず、自己研鑽に励むお嬢様の努力を知っているから悔しさなんてものもありはしない。

『白』であるオレが魔法を使えないのは事実だが、だからといって魔術を学ぶことまで無駄だと言わず、意欲を否定することもなく、積極的に共に学ばせてくれるお嬢様だ。ばかにされても蔑まれることはないから、素直に教えを乞おうと思わされる。



「たとえばこれらは全て鉱石の形をしているけれど、1つだけその本質から異なることも理解しているわね?」


「もちろん、魔力石ですよね」


「ならばそれを説明なさい。できるだけ詳しくね」


「えっと……魔法石は熱によって溶けていた元素が冷えて固まるのと同時に自然界の魔力を取り込みながら形成されたもの。で、魔石はその工程を人工的に再現することで、希少性のある魔法石の代用品として量産に成功したものと言えます。なのでどちらも魔力を使い果たしたとしても鉱石としては残ります。ガラス製の魔石でもそれは同じ。ですが、魔力石は本来は目に見えない魔力を結晶化させたものなので使用後は空気に溶けるように消えてしまいます。だから魔力石はどんなに質が良くても使い捨てになります」


「そうよ。魔力とは本来目に見えないモノ。魔術を使うときはその術式展開が見えてしまうけれど、魔法にはそれが必要ないから、その余波で可視化させてしまうことの方が稀なの」 



つまり魔法の発動段階で可視化するのはお嬢様のように魔力が多い人間だけに起こる現象ってことですね。わかります。


うんうんと頷いてみせれば、ふっと柔らかな笑みの後にぶわりと空気が揺れる。パキリとお嬢様の手で形成されたのは仄かに紅を放つ漆黒の魔力石だった。しかも手のひらサイズ……。

本来この工程にも魔法陣が必要なはずなのだが、このお嬢様はそれすら魔力で描いてしまうから規格外。

「お見事」と思わず口にすれば「はい、あげる」となんでもないように渡される。お嬢様からすれば手慰み程度のものでしかないのだろうが、その魔力含有量がとんでもないことをオレは知っている。 

普通、魔力充填率は同じサイズの物なら魔法石>魔石≫魔力石となるところが、お嬢様のつくる魔力石は魔石と同等の魔力が込められていることもある。

それこそ悪徳商人であれば魔石であると偽って販売して詐欺を働くことも可能なシロモノだ。しかも使ってしまえば残らない、証拠も無いのだから悲惨だ。つまり取り扱いには充分に注意する必要があるというのに、指摘したところできょとんとされるのだから諦めるしか無い。自信家ではあるが変なところで自己肯定感が低かったりする。



「では、それらの『色』については?」


「……魔法石は採掘した時点で『色』は決まっているため、使える魔術の属性も固定されています。あ、クズ魔石は『無色』で属性という指向性を持たないため、分類上は魔法石ですが価値がないとされてるんでしたよね?」


「えぇ。あっているわ」


「魔石は魔力を込めることで『色』付けするので、最初に充填する魔力の属性によります。魔力石は作った人間の魔力固有の色を持ちます。ん?…ん?あれ?てことは魔石に魔力を込めた人間と魔力石をつくった人間が同じならその2つは同じ色になります……?」


「ふふふ、良いところに気づいたわね。答えは否よ。たしかにわたくし達の持つ校章は魔石を色付けたもので、そのヒト固有の『色』だと言えるわ。でもそのためには血が必要だったでしょう?」



スッと指を切る動作に「あ、」と気づく。たしかにあのときは魔石に血を垂らしたし、だからこそ魔力無しのオレでも儀式登録を行えたのだ。



「そう。つまり魔石を個人の『色』で染めるには血が必要なの。あと特殊な魔法陣と薬液ね。さすがに魔石の製造業者に毎回血を流させるわけにはいかないわ」


「なら魔石の属性を決めるのは何になるので?」


「どう説明しようかしら」



んー、と首をかしげて困ったようにしているかと思えば、ふいにあっと何かを思いついたのか簡易陣用の正方形の紙を2枚取り出し、それぞれにひとつの魔法陣を書き出していくお嬢様。コンパスが無くとも手で支点をつくり、逆の手で紙をくるりと回すだけで綺麗な円を描いてしまうのだから流石だ。手慣れている。

完成した2枚は魔力石を生み出す魔術式だったが、一部が異なっているように思えた。それらを左右に並べ、そこに両の手をかざせば再び空気の揺れ。パキーンと鉱石を打ったような音が聞こえて2つの魔石が出来上がる。先程とは違って『赤』と『青』の2種類、同時に魔力を注いだにも関わらず『火』と『水』という異なる属性の『色』に染まったソレを見て気づく。



「つまり術式によって指定が可能?」


「正解。最初に属性を固定してしまえば、他の属性で染めることは不可能。空になった魔石に魔力を補充するには、その属性に合わせなければいけないから最初が肝心なの。特に魔石は量産品よ。魔力充填率は均等であることが望ましいわ。あまりにも不均一だったら価格設定が面倒になるでしょう?それもあってひとつひとつ丁寧に魔力を込めるのではなく、多数の魔石を複数人で一気に染める手法が取られることが多いの」


「だから魔法陣で個々の魔力のバラツキも無くす、と」


「そういうこと」



お嬢様からの肯定を得て、なるほどと思いながら説明された内容をレポートに書き記していく。漠然とした知識がこの問答だけで理解へと繋がっていくのだから面白い。

よくできましたとばかりに向けられる生暖かい目は無視だ無視。反応すればつけあがられることは確定。ならば気にしない方向でいくしかない。



「あと付け足すとしたら寿命差についてもいいと思うわ。もともとの質の違いも当然あるけれど、魔石は魔法石よりも魔力充填率が低いから、魔力の使用と補充のサイクルが早くて劣化しやすくなってしまう実情も合わせたらなお良し」


「……そういえば空の魔法石は魔石よりも魔力補充に時間がかかるとかもありませんでした?特に大きなものだと1週間かかるとかなんとか……だから緊急を要する可能性のあるときは魔法石よりも魔石の方が好まれると聞いた覚えがあります」


「そうなの?あまり気にしたこと無かったわ。許容量以上の魔力を込めてしまうと危ないから、基本的に枕元に置いて補充してるもの。いつも寝て起きたら終わってるわ」


「そりゃあお嬢様の魔力量ならそうでしょうよ」

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